うたかたの日々
授業が終わってベルの音が響き、校舎から子供たちが歓声を上げながら駆け出してくる。 帝国の将来の構成員であり、暗殺術の訓練も受けている彼らも、まだ幼いと言って良いくらいの年頃なのだ。 その様子は、ヨーロッパなどの寄宿学校でよく見られる終業の風景と何ら変わるところはなかった。
人の波の中に、並んで歩くふたりの少年の姿があった。
アルセーヌ・ルパン三世と次元大介だった。
次元と射撃場で初めて出会ったあの日から、三世は次元の事を調べた。
次元大介。 父は帝国の写真撮影技師。母、兄、妹がいる。兄は次元とは年が離れていて、既に父親と同じ職についていた。
次元の訓練や授業の時間も調べあげ、偵察もした。 射撃場、教養学校、体力養成施設―
気配を殺して身を隠す事を会得していたはずなのに、時折偵察しているのを次元に気付かれる事があった。 はっとして物陰に潜もうとすると、そのたびに次元の笑顔に出会う。 初めて出会ったときと同じ、あの無垢で優しい笑顔に―。
ある日、三世は意を決して教養学校を訪れた。 その日、次元はラテン語の授業を受けているはずだった。 誰からも愛されそうな風情の少年でありながら、何故か次元は孤立しているようだった。 本人はさして気にしている風でもないが、それは、ずば抜けた射撃の腕への皆の無言の嫉妬の顕れかもしれなかった。 次元の射撃の腕は、帝国内でも既に評判になっていたのだった。
だから、教室でもいつも隣に誰も座ることなく、一人黙々と授業を受けているのを知っていた。
三世が勢い良くアール・デコ調の扉を開けると、全員の視線が一斉に三世に集中した。 教師は狼狽の色を隠さずに一礼すると、おどおどした口調で三世に問うてきた。
「これは…!三世、何かご用でもおありでしょうか…?」 「授業を受けに来たんだよ。決まってるだろ?」 「は…」
まだ状況が飲み込めていない教師を尻目に、ルパンはずかずかと歩を進めると、やはり驚いている次元の隣にどっかりと腰を下ろした。 視線がまだ自分に集中している。中にはひそひそと話し合っている者もいる。
「三世だよ…!僕、初めて見た…!」 「どうして学校なんかに来たんだろう…。三世はもう俺たちが勉強しているような事は一通り覚えちゃってるんだろう?」
その時、教師が決まり悪そうに咳き払いを二つして、上ずった声で宣言した。
「みんな、静かに!…ええ、授業を再開します。」
それぞれがまだ何か物問いたげな視線を残しながら、黒板に向き直った。 前を見たまま机に足を組んで乗せている三世を次元は見やって、くすり、と小さく笑いを洩らした。 その時初めて、三世は横目でちらりと次元を見る事が出来た。
授業が終わって、皆が帰り支度を始めた。 次元も、無言で参考書をカバンに詰めている。だが、その表情はどこか楽しそうな、嬉しそうなものだった。 準備を終えて、次元は三世に向き直った。
どうされます?という言葉が顔に出ていた。
三世は口をすぼめて考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「…そこいらまで、一緒に帰らねえ?」 「…いいですよ。」
次元は、やはり嬉しそうににっこりと微笑んだ。
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