あの頃、俺は王様だった。 裸の王様。 誰も彼もにかしずかれ、自分の才能に溺れていい気になってた、傲慢で不遜などうしようもない奴だった。
―お前と出会うまでは。
うたかたの日々
お前に会ったのは、ええと、幾つのときだったっけな。 とにかくまだふたりとも毛も生え揃ってないような、ガキの頃だったってのは覚えてる。
あの日、俺はたまたま射撃場に行った。 俺の射撃の腕には誰もかなわねえってことはその頃もう自明の理だったから、ほんの遊び心で、躍起になって訓練をしている連中の顔を見て笑ってやろうと思ったのさ。 帝国の正式な射撃場に入れるのは、相応の腕を持った奴でなければならない。厳しい選考をパスしなきゃならなかった。だから、少しはマシな連中がいるかと思って見てみたら― とんでもねぇ、みんなクズばっかりだと俺は思った。 たった100メートルしか離れてねえ的を撃ちぬくのに、細かいミスばかりしやがる。 あの程度の距離なら、3発撃って3発とも同位置に命中しなきゃ意味がねえんだよ。 俺はその時笑うというより、鼻白んでた。
―なんだ、この程度なのか。
将来有望な帝国の構成員といったって、大したことはねえんだなあ。先が思いやられるぜ。 そんな事を考えてた。
その時だよ、お前が射撃場に入ってきたのは。
黒髪に黒いシャツ、黒のジーパン― まるで夜の申し子みたいな奴だと俺は思った。
だが― もう既にその時、俺はお前から何かを感じ取っていた。 それは、「出来る奴だ」ってだけじゃねえ。何かもっと特別な感情―
…上手く言い表せねえな。
ただ、俺が一目でお前に強く惹かれた、それだけは確かなんだ。 お前は練習用の銃を手に取ると、真っ直ぐに立ち位置に向かった。そして、銃を構えた。 迷いのない、綺麗な構え方だと思った。 そして、続けざまに5発撃った。
―全弾命中。
5発とも、寸分の狂いもなく同じ位置に命中していた。 お前は至極当然、といった風情で構えていた腕を下ろすと、教官に何事か話しかけた。 教官は満足そうに頷いて、的の距離をもう100メートル延ばした。
…俺はまるで、ショーを見ているような昂揚した気分でそれから起こった出来事を見ていた。
的への距離がどんどん離れていくのに、お前の放った弾はいとも簡単に全て命中してしまう。 周りの連中も、呆気に取られてお前のことを見てたっけな。 本当に、俺は夢中だったよ。
初めて― 初めて俺と同等に渡り合える奴と出会った気がした。
そして、それは間違いじゃなかったんだけどな。
訓練を終えると、お前は軽くひとつため息をついて、銃を元あったところに戻した。 そして何故か出口とは反対の、俺の方へ歩いてきた。 お前が近づいて来るにつれて、心臓の音が早くなるのが分かった。
―悔しいけどよ、本当のことだから仕方ねえや。
やがてお前は俺の目の前で立ち止まると、微笑んで俺に話しかけた。
「…あなた、三世でしょう。」
草原を渡る風のような爽やかな声で、お前はそう言ったんだ。
「どうして俺を見てたの?」
そう聞かれて、俺はバツが悪かった。 それまで、そんな風に率直に俺に話しかけてくる同年代の奴なんていなかったし、何より、お前をずっと見ていた事に気付かれていたのが恥ずかしかったんだ。
「…どうしてって…。」
俺が口篭もるなんて、あの時が初めてだったかも知れねえな。
「…いい腕をしてるな、と思ってさ。」
お前は微笑みを更に明るい笑顔に変えて、俺に一礼した。
「…ありがとう。三世にそう言っていただけるなんて、大変光栄です。」
…顔を上げたときのお前の笑顔。
俺はまだ、覚えてるぜ?
なあ、次元。
お前はもう、忘れちまっているんだろうか。
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