遠雷
F国から出て、一番手近にある闇医者の元まで辿りついたのは、一夜が明けてからだった。 その闇医者はルパン帝国が健在であったときからの馴染みだ。 ルパンはすぐに手術室に運ばれて、既に長い時間が経っていた。
次元は、手術室の扉のすぐ傍にある無骨な長椅子に沈痛な面持ちで腰掛けていた。 不二子はメンソールの煙草を燻らせながら、壁にもたれて佇んでいた。
「…何も、聞かねえんだな。」
殺風景な廊下のしんとした空気に、次元の声は頼りなく吸いこまれていった。 不二子は細く紫煙を吐き出すと、冷ややかな目で言った。
「聞いて欲しいの?」 「…いや。」
次元はリノリウムの床に目を落としながら、力なく答えた。 だが、その唇からはひとりでに言葉が零れ落ちてきた。
「…俺のミスだ。弁解の余地もねえ、稚拙なミスさ。…お払い箱になっても、文句は言えねえ。」 「…それだけ分かっていればいいわ。」
不二子は煙草を灰皿に押し付けると、腕を組んで真っ直ぐに次元を見た。
「気づいてなかったのは、あなただけよ。」
次元は驚いて顔をあげた。
「…見ていればすぐに分かるのにね。近くに居すぎるから、分からないってこともあるのかしらね。」 「不二子…」
不二子は壁から離れると、次元に背を向けた。
「せいぜいよくルパンに謝っておく事ね。それから今回の借りは、きっちり返してもらいますからね。」
ライダースーツの高いヒールの音が遠ざかっていく。その後姿に、次元は五右ェ門に言ったのと同じように、しかし万感の思いを込めて呟いた。
「すまねえ…」
不二子が去ってから1時間ほど経って、ようやく手術が終わって医者が出てきた。 次元は転げる様に椅子から立ち上がると、勢い込んで老医師に尋ねた。
「ルパンは!?」
老医師は手で次元を制すと、穏やかに言った。
「大丈夫です。出血は多かったが、急所は外れておりましたので。」
次元は安堵のあまりその場にへたりこみそうになり、自分より頭三つ分は背の低い老医師の両肩に手をかけて身体を支えた。
「…まったくぼっちゃまもあなたも、お互いの事になると無我夢中になるのは、お小さい時から変わりませんなあ。」
その言葉に、次元は心持ち頬を紅潮させて老医師を睨んだ。 老医師は穏やかに微笑んでいる。 決まりが悪くて、次元はその肩から手を離すと、ぶっきらぼうに長椅子に腰を下ろしなおした。
「麻酔はいつ頃覚める?」
次元が聞くと、老医師は微笑をさらに深くして答えた。
「明日の朝には話ができるくらいに回復するでしょう。しかし…」
老医師の疑問符に、次元は眉を寄せた。
「あんなふうに弾に当たるのは、何ともぼっちゃまらしくありませんなあ。」
それに対して次元が口を開くより先に、老医師はふぉふぉ、と笑って、手術室に消えて行ってしまっていた。
|