遠雷

5




夢を見ていた。


帝国でルパンと出会ったばかりの頃の夢だ。

夢の中のルパンは少年なのに、自分は大人のままだった。


「次元、俺の夢が何だか分かるか?」


少年ルパンが不敵に笑う。


―そうか、コイツの笑い方は、あの頃から変わってねえんだな―


夢だと分かっているので、現の自分はそんな事を考えている。


「…さあ、何だかな。」


大人になってしまった自分は、こんな返事を返す事しか出来ない。

そう、大人になったのだ。

ルパンも自分も、もう子供ではない。あれから幾年もの年月が過ぎ、その間、ずっと一緒だった。


「チェッ。気のねえ返事だな。ま、いいや。」


少年ルパンは、大人の次元の手を取って、指を絡めた。


「…俺には、夢があるんだ。今まで誰も考えた事がないような、でっかい夢が。」


俯いたその表情は、はにかんでいるような、何かを言い出しかねているような、そんな表情だった。

やがて少年ルパンは、意を決したように次元の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「…次元、俺と一緒に行かないか?」


どこへ―?



そう聞こうとしたとき、自分の名を呼ぶ声に、次元は目を覚ました。


「…げん、次元…」


はっとして顔をあげると、ルパンが横になったまま腕を伸ばして、次元の髪に手を触れていた。


「ルパン…!」


次元は思わずその手を握り返した。


「気がついたのか!」


喜びに逸る気持ちを押さえて声を控えてそう言うと、ルパンは苦笑いを洩らした。


「…ざまァねえな。ったく。」


言いたい事、謝りたい事は山のようにあった。だが、次元はそれには触れず、心底から微笑んだ。


「…良かった。…本当に、良かった…。」


我知らず、涙が頬を伝った。


「…泣くなよ…」


そう言ったルパンは、しかし、少し嬉しそうだった。




次元が時折しゃくりあげる音だけが聞こえる時間が、しばらく続いた。

ひとしきり涙を流してしまうと、次元は再び顔をあげてルパンを睨んだ。


「…ドジ踏みやがって。馬鹿野郎。」


ルパンはへへ、と笑うと、天井に目を移しながら話し始めた。


「…警報が鳴ったとき、お前のことを考えたんだ、真っ先に。」


次元は少なからず驚いた。ルパンが仕事の時、他のことに気を取られることは滅多にないからだ。それは次元を始めとする、腕にも気心にも信頼がおける仲間と仕事をしているという事も大きいが、何よりルパンは、盗みの時には、獲物の事だけを考えている。そういう男だ。なのに―


「…ああ、俺の所為だな、って思った。俺が嵐の晩、あんな事を言わなけりゃ、って。でなきゃ、お前があんなミスするワケねえもんな。」


次元は何も言えなかった。だが、何か言わなければいけない、という焦燥感が、腹の奥にこみ上げてくるのが分かった。


「…なあ次元、俺の言ったことを、忘れられるか?」


次元は黙っていた。ルパンの手をしっかりと握ったまま。



「…もし忘れられねえのなら、…多分俺たちは、もう一緒にいない方がいい。」



ルパンは天井を見つめたまま、はっきりとそう言った。

次元は握っていたルパンの手を離して、膝の上で拳を握り締めた。


沈黙が流れた。

どれくらいそれが続いたのか分からなかったが、やがて次元が口を開いた。


「…忘れられねえ。」


ルパンは静かに目を閉じて、短く息をはいた。終わりを悟ったように。


「…忘れられるわけがねえ。お前の言ったことも、…お前のことも。…でも、だから、俺はお前と一緒にいたい。」


その言葉に、ルパンは目を開けて次元を見た。


「…俺もあの時、お前の事を考えてた。俺もお前を…、って聞かれたその言葉を。それで、あんな事になっちまった。」


顔をあげずに歯噛みする次元を、ルパンはじっと見つめていた。


「…それから今までも、ずっと考えてた。考えて、分かった事は―。」

「…正直、俺のお前への気持ちが恋かどうかは分からなかった。俺はそういうのは苦手だからな。でも、一つだけ分かった事がある。お前が撃たれて、お前が死ぬかもしれないと思ったとき、それから今でも、俺は思ってる。俺はお前を失いたくねえ。」


夜と朝のあわいの薄明かりが、窓に滲んでいた。

次元は俯いたまま、最後の言葉を口にした。


「…だから、お前さえ許してくれるのなら―。俺はお前と一緒にいたい。」


病室の白い壁に、眩しい光が突然弧を描いた。夜が明けたのだ。


「次元。」

次元が顔をあげると、ルパンは両手を大きく広げて次元を待っていた。

次元は一瞬ためらったが、ゆっくりと椅子から立ち上がり、ルパンに近づいた。そして傷の負担にならないようにしながら、その腕に身を委ねた。

ルパンの腕はこんなにも力強かっただろうか。そしてこの胸は、こんなにも温かかったのか。

今まで何度となく背中をあずけ合った相棒の身体。今初めて、それに触れるような気がした。


「次元…」


次元の背を、髪を愛しげに撫ぜていた両手が、次元の頬を包み込んだ。

引き寄せられるままに、次元はルパンと唇を重ねた。

時折舌を触れ合わせるだけの、やわらかなキス。だが、次元は身体の奥が溶けそうになるのを感じた。

ルパンがもっと深く口付けようとするのに気づいた次元は、慌ててそれを遮って身を起こした。


「馬鹿!身体に障る!」


身の置き所がないといった風情で赤くなって目を逸らす次元を優しく微笑いながら見つめて、ルパンは予告した。


「…傷が治ったら、覚悟しとけよ。」


明後日の方向を見ていた次元は、人差し指でハートを撃ちぬく仕草をする相棒を、ばつが悪そうに頭を掻きながら横目で見返した。






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