遠雷

2



マズった―!






この稼業では、戸惑いや迷いは命取りになる。




嵐の晩、ルパンに組み敷かれてから、次元の頭の中では同じ考えが沸いては消えていた。




俺は、ルパンの何だ―
いや、それよりも、ルパンは、俺の― 何だ?






何事もなかったかのように笑うルパンとともにF国に入り、五右ェ門、不二子と合流した。
4人での打ち合わせの最中にも、次元が煙草を取り出した、その手首に残る痣の跡を五右ェ門に見咎められ、
誤魔化すのに一苦労した。

どうにも話に集中できず、不二子に冷たい目で見られる事もしばしばだった。

そんな次元を、ルパンは、終始優しい瞳で見守っていた。



ちくしょう、誰の所為だと思ってやがる―!



沸々と沸いてくる怒りは、しかし、甦ってくるルパンの言葉に打ち消されてしまった。




…お前も俺のこと、…って思ってたのは、俺だけか?




そう言った時のルパンの顔は…。

見た事もないような、狂おしげな表情だった…。









そんな次元の一瞬の思考の乱れが、ルパンを窮地に陥れてしまった。

今回の獲物、『虹の乙女』を奪う為に、F国宮殿内に潜入したルパンは、厳重な警備網をかいくぐって宝物室に入った。

赤外線レーザーが縦横無尽に張り巡らされた室内の最奥に、電子ロックの金庫がある。
次元の役目は、宮殿の外塀の上から、この赤外線レーザーの稼動スイッチを撃ち抜く事だった。

床には、煙草の灰の重さにも反応する警報装置が仕掛けられている。特殊な粘着弾を使い、プラスチックの欠片一片も落とさずに赤外線をストップさせる事が必要だった。

暗視スコープを覗き、ルパンの合図を待つ。

時間まであと3分。

次元は、風の向きを慎重に見計らった。

1分…2分…

スコープの中にルパンが現れた。

猫のようにしなやかに、しかし、影の様に音もなく宝物室に忍び寄る様が見て取れた。その時だった。突如、耳元でルパンが囁いたような気がして、次元は思わず身体を強張らせた。



…お前も俺のこと、…って思ってたのは、俺だけか?



次の瞬間、スコープの中のルパンが合図を送った。




次元の放った弾は、正確に稼動スイッチを撃ち抜いた。

しかし、トリガーに手がかかった、その一瞬、幻聴に気を取られたために、弾は本来の軌道よりコンマ01ミリずれた。裸眼で確認できるか出来ないかの、小さな破片が零れ落ちた。

途端に、宮殿中に警報が鳴り渡った。

次元は舌打ちして、ルパンを援護する為に塀から飛び降りた。すぐさま警備兵に囲まれたが、マグナムを抜き様その銃を弾いて、ひるんだ兵士たちの脇を、ルパンに向かって走った。

宝物室のある3階の窓ガラスが、自動小銃によって粉々に砕けた。



「ルパン―!!」



あいつが弾に当たるはずがない。
あいつに何かあるはずがない。



ルパンは、誰よりも神に近い男なのだから。



次元が再び走り出そうとした時、割れた窓ガラスの隙間から、ひらりとルパンが身を躍らせてきた。

「ルパン!!」

しかし、次元の呼びかけには応えず、ルパンはそのまま次元の身体にもたれ掛かった。

次元のシャツを、血が朱く染めた。





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