遠雷



その日、雨の中車を走らせながら、ルパンは呟いた。

「…なぁーんで、一緒にいるのかな。俺たち。」

助手席で長い足を組み、帽子を顔に被せて居眠りをしていた次元は、眠りから引き戻された。

「…あぁ?!なんで俺たちが一緒にいるのかって?」

「そ」、と、困ったような顔を向けるルパンに、次元は至極当たり前だと言う風に言った。

「俺はお前の相棒だからな。」

「…それだけ〜?」

ルパンは苦笑した。

「…他に理由がいるのかよ」

言い捨てると、次元は再び居眠りを決めこんでしまった。




「…参ったな。」




ルパンは独りごちた。

ワイパーが、雨粒を弾く。
どんよりと灰色の雲が垂れ込めた空は、まるでルパンの胸中そのものだった。



ちらりと隣の相棒を見やると、シートを倒して健やかな寝息を立てている。
伏せられた瞼、薄く開いた唇。
おそらく自分しか知らない、無防備な世界一のガンマンの姿。




「…足りねェな。それだけじゃ。」

ルパンの顔に、獲物を見つけた時に特有の、不敵な笑みが浮かんだ。






今宵のアジトである山小屋についたのは、すっかり日が暮れてからだった。

雨足は先ほどよりも強くなり、風は周囲の木立を大きく揺らしていた。

「…嵐が来るな」

遠く、暗い空を見つめて言った次元の言葉を、ルパンは聞こえないフリをした。




山小屋に入ると、まず火をおこし、暖を取った。
それから簡単な携帯食で夕食を済ませると、あとはする事が無くなった。

今度の獲物があるF国までは、もう山二つを越えなければならない。
準備は万端に整っているから、あとは現地で五右ェ門、不二子と合流するだけだ。

スキットルのウィスキーを互いに干しながら、取りとめも無い雑談をした。



やがて会話が途切れ、沈黙が室内を支配した。

パチパチと、薪の爆ぜる音だけが聞こえる。

しばらくして、次元が面白そうに言った。


「今夜は、やけに無口じゃねえか」


ルパンは暖炉に向かいながら、目線だけを次元に移した。


「ん〜?そぉぉ?」


気取られてはならない。


タイミングを一歩でも外せば、獲物は永遠に手に入らなくなってしまう。


ルパンは、意味ありげにゆっくりと目を閉じて見せた。

「…酔ったのか?」

次元が、ルパンの肩に手をかけた。


次の瞬間、次元はルパンに組み伏せられていた。


「…なんだ、脅かしやがって。」

そう言って次元は笑ったが、自分を見つめるルパンの顔に常に無い色を認めて、眉を顰めた。

ルパンの顔が近づいてくる。

口付けようとしているのだ、と分かるまでに、時間がかかった。

「…よせっ…!!」

次元はルパンの腕から逃れようともがいたが、ルパンは的確に次元を押さえ込んで離さなかった。

「やめろっ…!!俺ぁ男だぞ!!」
「関係ないね」

ルパンの声の冷ややかさに、次元は背筋が寒くなるのを感じた。

こいつは本気だ。






山小屋の外では、今や、ごうごうと嵐が吹き荒れていた。
窓に降り注ぐ雨粒。風に飛ばされた木の枝が叩きつけられる音。

それに混じって、次元の泣き声が聞こえる。

「…あっ…!いやだっ…、ルパン…!!」

次元の手首には麻縄がきつく巻きつけられて、その自由を封じていた。

はだけられた裸の胸の上を、ルパンの舌が這い回る。



どうして。
どうして、こんな事になってしまったのだろう―



次元は、子供の様に泣きじゃくった。

「ルパン…やめてくれ、お願いだから、やめ…あっ!」

ルパンは、尖った乳首に噛みついた。
舌先で転がしてやると、次元の身体はその意思に反してもどかしげに波打った。

「ああ…!」

ルパンの身体が圧し掛かってくるのが分かる。
唇の端からは、唾液が銀色に糸を引いていた。

泣きつづける次元の顔に自分の顔を近づけると、ルパンは呟いた。



「…分からねぇのか?」



その声音の優しさに、次元ははっと我に返った。



「…ずー…っと、分からなかった?」
「ルパン…」

次元は、涙に濡れた瞳でルパンを見上げた。

「…お前も俺のこと、…って思ってたのは、俺だけか?」

浅い息を継ぐ次元の頬を、新たな涙が伝った。



わからない。
わからない。



ルパンが好きだった。
初めて出会ったあの幼い日から、ずっと。

けれど、それは、こんな風にルパンに抱かれる事を意味するものだっただろうか―



「ルパン…」

次元は、身体の力を抜いた。

ルパンが息を呑む。

「…俺には分からねぇ。だから…」

ルパンから顔を背けて、次元は続けた。

「…好きにしてくれ…」

もう涙は流れなかった。

これでいい。
これでいいのだ、ルパンが望むなら、それで―

ルパンの手が、柔らかく次元の両頬を包み込んだ。
そのまま次元の顔を上向かせると、その唇に、額に、ルパンは、ついばむようなキスを繰り返した。

ひょい、と、ルパンの身体が次元から離れた。

次元がゆっくり目を開けると、ルパンは立ち上がって、苦笑しながらこちらを見下ろしていた。

「ほらよ。」

ルパンが手を差し出す。
気がつくと、縛めは既に解かれていた。

「………」

無言のままその手を取ると、ルパンは明るく笑って、次元を引き起こした。

「さぁーて、寝るとすっか!」
「…いいのか?」

訝しげに聞く次元に、ルパンは笑って答えた。

「…無理矢理ってぇのも、そそるんだけっどもがよ。」

やっぱり、お互いに盛り上がったほうがいいだろ?と、寝袋を用意しながら上機嫌にルパンは言った。

「………」

次元は、手首に出来たばかりの痣を見つめ、次に、鼻歌を歌う相棒の背中を見やって、今夜ばかりの安堵の溜め息をついた。



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