JANIE'S GOT A GUN

4

あれから一ヶ月たつ。

さしたる理由もなく、次元はこの町に滞在していた。

唯一気になることと言えば、ヴィクトルという老人が口にした、ジェイニーを「助けてやれ」という言葉だった。

次元の部屋は一階にあり、窓から大通りが見渡せる。日中のうだるような暑さは相変わらずだが、日が暮れると、時折涼しい風も立つようになった。そんな時、次元は窓を開ける。

住めば都、とは、よく言ったものだと思う。

初めて降り立った時に感じた町の死臭も、今では気にならなくなった。いや、もともと死に憑かれているのは自分のほうだったか…。

ジェイニーは、次元がそんな事を考えながら窓を開けているとき、用もないのに顔を出すようになった。

たいてい、

「元気?」

とか、

「調子はどう?」

と言った、他愛もない言葉を二言三言かわすだけだが、たまには用事もいいつかってくれる。

スプリングの飛び出したロングソファに寝そべりながら、何もしたくないと思っていると、ジェイニーがやって来る。

それで時々、金を渡して煙草や酒を買いに行ってもらう。
ジェイニーは礼などいらないというのだが、さすがにそれでは申し訳ないので、チップを渡す。それもジェイニーは最初は拒否したが、今ではおとなしく受け取るようになった。

けれども、ジェイニーが一番歓ぶのは、次元が機嫌の良い時に、夢物語として自分の体験を語る時だ。

べらべらとしゃべるわけではない。

ルパンと共にいた頃にあった出来事を、面白おかしく脚色して、一つか二つ話してやる。

暗黒組織の主催するレースでの入れ替わり大作戦。遠い異国の街まで贋金作りに会いに行ったこと。卑劣な悪漢に少女を人質に取られたが、見事に悪漢を退治し、少女を救い出した事…。

次元はこれら全てを、「相棒」が、いかに華麗に、見事にこなしていったかを話す。
ジェイニーはそのたびに、まるで御伽噺に目を輝かせる子供のように、食い入るようにして、全身で物語を聞いている。

そして物語の終わりには、必ずほぅっと溜め息をつき、

「あなたの相棒って、ほんとにすごいのね!!」

と、彼女にとっては名も、実在するかも知らぬルパンに対して賛辞を贈る。

そんな時、次元のこころは確かに満たされる。

ゆっくりと漣のように、温かいものがこみ上げてくるのが分かる。

ジェイニーが声をかけるまで、次元は時間など忘れ去ったかのように、ルパンに思いを馳せる。

今ごろ何処でどうしているのか。

相変わらずの我が侭で、贅沢な野郎なのか。

それとも、変わったのか。

変わったのなら、どういうふうに?

もう一度、会うことができるだろうか…。

「…ダイ?」

ジェイニーの声で、次元は我に帰る。

ジェイニーは何処かさみしそうに、自分を見上げている。

視線を逸らして、

「さあ、今日はこれで終いだ。」

と言うと、やはりさみしそうな笑みを浮かべて「ありがとう」を言うと、ジェイニーは去って行く。

ビビットなオレンジ色の夕日の中にその姿が消えてしまうまで、その後姿を見送りながら、次元はゆっくり窓を閉める。

すっかり日が遠くの山肌に隠れてしまうと、気が向けば酒場に行くし、そうでなければ部屋でひとり酒を飲んで眠る。
この町での次元の暮らしは、そんな風だった。

町の連中も、今では通り掛かりに姿を見ても、まるでそこにいないかのように、次元に気をかけなくなった。

そういう場所だ。

新しいものは全てが熱狂のうちに迎えられ、すぐ忘れ去られる。そういう場所なのだ。

死人も同然の今の自分を忘れ去ってくれるのは、次元にはかえってありがたかった。だから、だらだらとこの死んだ町に滞在しているのかもしれなかった。

しかし、もうあと1日早く、次元がこの町を去っていたら、ジェイニーの運命は変わっていたかもしれない。

いや、運命などではなかったのだろうか。
あれは、必然として起こった出来事だったのだろうか。

今でも次元は、亜麻色に、頼りなさげに揺れるポニーテールの赤いリボンを思い出すたびに、自問自答することがある。






それは月の美しい、晩夏の夜の出来事だった。

次元は 『Amsel』 で、随分遅くまで過ごした。

ここでだけは、挨拶くらいは陽気に交わす酒のみ仲間が、次元にはできつつあった。

気分良くスコッチを引っ掛けて、ボトル2、3本も空けたろうか。いや、もっとだったかもしれない。

とにかく次元はその夜、気分が良かった。

酒場を出て、舗装されていない道を小石を踏んで歩いていると、ふと、足元の自分の影が、くっきりと際立って美しいのに気づいた。

見上げれば、もうすぐ満ちそうな大きな月に、紫の雲。

夏の終わりの風は生ぬるいが、すでに秋の気配を含んでいて、上気した頬を撫でていくのが心地よかった。

再び足元に視線を落とした次元が、口笛を軽く吹き出そうとしたときだった。






絹を裂くような、女の悲鳴が聞こえた。




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