<地下10階>

 

「……ともかく、この忌々しい玄室から出るぞ。ミルワを唱えろ」

隠し扉を照らす光の魔法を使うよう、老魔術師は女は命じた。

魔女ソーンは、僧侶系の魔法も使いこなす司教だから、そうした呪文もお手の物だ。

しかし、魔女はすぐにその命令に従わなかった。

そのかわりに、苦りきった表情の夫ににっこりと微笑み返す。

「……ロミルワでも、ティルトウェイトでも、お望みのままに、わが殿。

――でも、その前にやるべきことがありますわ」

「何?」

「……夫を朝立ちさせたまま外に出しては、妻の恥です」

「何!!」

唇にたっぷりと媚笑を浮かべてワードナを見つめる魔女の視線を追って、

ワードナはあわてて自分の下半身を見る。

ローブの前がはっきりと盛り上がっている。

認識した瞬間、痛いくらいにはりつめた男根の感覚が襲ってきた。

「貴様――、さっきの口づけの時に、なにか仕込んだな」

憤怒の形相での抗議にも、魔女は涼やかに笑ってとりあわなかった。

「大切な旦那様に対して、そのような恐ろしいことはいたしませんわ。

ただ、復活したてのお体にマディは強力すぎたかもしれません。

――大丈夫、いまお手当ていたしますわ」

軽やかな足取りでワードナに近づいた魔女は、

あっという間にローブの裾を割り、ワードナの下半身をむき出しにした。

うやうやしくひざまずいて男根に手を伸ばす。

「な、何をする」

「妻の務めを果たします」

陶磁器のように白くて滑らかな指が、ワードナの男根をもてあそぶ。

老魔術師はうめいた。

その反応に、魔女は心底うれしそうな表情になった。

 

「こんなことは久しぶり? それとも――はじめて?」

「そ、そんなわけあるか!」

「――どちらでもかまいませんわ。今日からは、お好きなだけ私がして差し上げますもの」

魔女がくすくすと笑いながら何度かしごくと、ワードナの男根は完全に戦闘態勢にはいった。

「まあ、ご立派」

うっとりと夫の持ち物を見上げたあと、魔女は目をつぶって男根に顔を近づけた。

すんすんと上品に鼻を鳴らして匂いをかぐ。

「いい匂いがしますわ。汗と精液の入り混じった殿方の匂い」

水浴びもろくにしない迷宮での生活を思い出して、ワードナは真っ赤になった。

「まあまあ、恥ずかしがることなどありませんわ。

私にとっては、どんなモノであっても貴方の男根が、世界で一番素敵な男根ですもの」

娼婦でも顔を赤らめそうな猥語を堂々と口にし、舌なめずりをする。

見る者すべてが、「修道院で生まれ育ち、処女のまま高位の尼僧になった乙女」と疑わないであろう、

この美しい女の破廉恥極まりないことばとしぐさに、強烈な劣情が沸く。

 

――魔女は、ワードナのこわばりをためらいもなく口に含んだ。

老人の男根を、まだ少女の面影さえも残す若い女の唇が這う様は、淫靡の極致だった。

知らぬものが見たら、男が獣欲のままに美少女を犯し、奉仕させているようにしか見えまい。

しかし、真実は――犯されているのは老人のほうだ。

魔女の口技は、おそろしく丁寧で情熱的だった。

唾液がたっぷりとたまった口腔内で、少女の柔らかな舌が、娼婦の技巧と、若妻の熱心さで奉仕する。

「……うおっ!?」

ワードナは、あっけなく果てた。

こらえる暇もなく、魔女の口の中に精液を放出する。

魔女はちょうど男根の先端をすぼめた唇で包んで愛撫しているところだった。

射精の瞬間に、鈴口を軽く吸う。

男の反応を計算しつくしたタイミングの刺激に、ワードナは最高の射精感を感じながら放った。

「むおお!?」

精液はたっぷりと出た。

魔女の口の中にゼリー状の塊が何度も吐き出される。

魔女は目を細めた。

頬をすぼめ、唇を微妙に動かして、射精されたものが、

常に自分の舌のもっとも敏感なところに当たるようにコントロールする。

女の長い奉仕と、男の目もくらむような快楽のひと時が終わった。

一仕事を終えたワードナが、ため息をついて腰を引く。

男根が音を立てて抜け出す。

魔女の唇とワードナの先端と間に、唾液と精液が混じりあった銀色の糸が長く伸びた。

 

男のほうはこれで大満足であったが、女のほうには、まだ儀式が残っている。

魔女はうつむき加減だった美貌を、ワードナに良く見えるように上げて見せた。

頬が膨らんでいる。

魔女の口の中に、自分の精液が溜め込まれていることに、ワードナの心臓が高鳴る。

――口内射精した男が、女にその先に期待することはひとつだ。

――魔女はそれに完璧に応えて見せた。

目を閉じて、口の中のものを咀嚼し、舌の上で味わう。

<夫>の精液を。

ぐちゅぐちゅ、と粘液質な音が静かな玄室に小さく広がった。

十分に味わったことをワードナに見せ付け、つつましやかな音を立てて飲み込む。

あとは最後の仕上げだけだ。目を開けて<夫>を見つめ、にっこり微笑む。

「……うまかったか? わしの精液は」

何かに誘われるように、しわがれ声で聞いた。

魔女は期待通りの返事をした。

「ええ、とっても美味しかったですわ、わが殿。

とっても濃くって、子種もいっぱいの精液。――味も匂いも最高です」

陶然とした表情で答える魔女に、老魔術師の脳髄は白く爆発した。

<夫>のその欲望に、嬉しそうな微笑を浮かべた魔女は、身体を開いてそれを迎え入れた。

――従順で、忠実で、愛情深い<妻>なら、いつでもそうするように。

 

――そこから先を、ワードナはよく覚えていない。

かろうじて、魔女を押し倒し、僧衣を引き破って下肢をむきだしにしてのしかかったことは覚えている。

埃だらけの粗末な寝台の上で、魔女の身体が激しく官能的に反応したこと、

ワードナの男性自身をつつみこんだ秘密の谷間が、暖かく豊潤なすばらしい花園だったこと、

ワードナが何度も欲望を爆発させたこと、魔女がそれを嬉々として全部受け止めたこと。

――すべてが霞んだような記憶の底だ。

あるいはひとつひとつ正確に覚えていたら、あまりの快楽に発狂していたかもしれない。

ワードナが理性を取り戻したとき、魔女は身づくろいをしているところだった。

引きちぎられた僧衣は脱ぎ捨てられ、魔女はどこから持ってきたのか新品の法衣を身に付けている。

「お目覚めですか?」

こちらに向けられた魔女の美貌は、さきほどのものとは何か微妙に違っていた。

顔の造詣も美しさも何一つちがわないが、上気したような頬に先刻まではなかった色気が宿っている。

魔女は嫣然とした微笑を浮かべた。

その笑顔すら、先ほどまでと、わずかに、だが決定的に違う。

恋人とすでに肉体的な関係にある娘か、若妻だけがみせる満足げな微笑み。

セックスに十分に満ち足りている女のつややかさだ。

それを与えたのが自分だということに気がつき、

ワードナはラダルトの呪文の真っ只中に入ったかのようにぞっとした。

「結婚」とは、誓約。つまり多分に法的なものだ。

だが、その本質を突き詰めていけば、最後にたどりつく真実は――男女の性的な交わり。

すなわち、セックス。

男が、自分のものとした女の中に男根を突き入れ、精液を放つこと。

女が、自分のものとした男の男根を貫かれ、子宮にその子種を受け入れること。

生ける存在である限り、原初より伝わるシンプルな行為は、

それだけに何よりも強い拘束力を持つ。

昨日、悪夢の中で結婚式は済ませてしまったが、それだけなら、まだ逃れる術があったかもしれない。

だが、今は、もう駄目だ。

この世で最も単純で本質的な<婚姻行為>を済ませてしまった、今となっては。

「――永遠によろしく、わが殿」

ワードナの表情に何を読みとったのか、魔女が微笑みを一段と濃くして恐ろしい一言をつぶやいた。

……どんな呪いよりも強力でタチの悪い、制約の呪文だ。

 

「……そんなことはどうでもいい。行くぞ」

あわてて頭を振り、ワードナは足音高く部屋を出て行こうとした。

魔女がいつの間にか唱えていたロミルワ

(――そういえば、先ほどの交わりの中で、魔女の裸体をもっとよく見たい、

と言ったことに魔女がこの呪文を使ったことを思い出す。

魔女は、自分の太ももの間にある<深淵>の奥深くまでワードナにさらけだして悶え狂った――)

で、照らし出された隠し扉の前で、彼ははた、と立ち止まった。

「……はて、今回の旅の目的はなんだったか?」

カドルト神は倒した。

評議会の長にもなったし、悪逆なる王にもなった。

善悪中立の神々にもなったし、そのほかの終焉も迎えた。

忌々しいことだが、魔女との結婚も経験したばかりだ。

……すると、わしは何のためによみがえったのだ?

「旅の目的? 決まっていますわ、新婚旅行です」

魔女が答えた。

あっさりとした、だがとてつもなく恐ろしい返事に、ワードナは愕然として振り返った。

「……な、なんだと?」

「新婚旅行ですわ、わが殿! せっかく結婚したのですから、二人でいろんなところを旅してみましょう。

いろんなところで愛を交わしてお互いの理解を深めるには、この迷宮はおあつらえ向きですことよ」

なんとなく、この先に待ち受ける運命を悟ってワードナは身震いした。

それが、恐怖か不安か、それとも快楽への期待なのかは、この大魔道士にもわからなかった。

 

 

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