<復活>
苦痛の時は終わった
さあ、立つがいい!
貧弱な力に愕然としたか? だが案ずる必要はない。
物質界にはいまだ多くの力が満ちあふれている。
君は現世で再び時間の流れを取り戻したのだ。
なにを焦る必要があろう!
今度こそアミュレットを取り戻し、復讐を……?!
――起き上がろうとしたワードナは、何か生暖かいものがのしかかってきていることに驚愕した。
振り払おうとして寝台の上でもがく。
しかし、ワードナの上にいる「もの」は、巧みに体重をずらして密着したままの状態を保った。
「――な、なんだ、冒険者か、トレボーの亡霊か!?」
「――あら、ずいぶんなご挨拶ですこと」
復活したての脳みそが、それをうら若い女の声と認識する前に、ワードナの唇になにか柔らかいものが押し当てられた。
「むぐう!?」
口の中にすがすがしい風が吹き込まれたような瞬間、頭がしゃんとした。
「……今のが、お目覚めのキス」
つややかな唇を老人の口元からいったん離し、女は微笑んだ。もう一度唇を近づける。
「そして、これが朝食代わりのキス」
今度の口付けは情熱的だった。
女の舌がワードナの唇を割り、老人の干からびた舌をもてあそび、大量の唾液を流し込む。
(酒? 薬?)
女の唾液は甘く、えもいえぬ芳醇な香りを含んでいた。
女はワードナの唇を自分の唇でぴったりとふさいでいるから、老魔術師はその液体を飲み込む他に方法がなかった。
「それ」を胃の府に収めた瞬間、衰えきった肉体に力がみなぎった。
「私の唾液は、猛毒にも神薬にもなりましてよ。今のは、マディの効果」
――あでやかに微笑んだ美貌には見覚えがあった。
高レベルの尼僧といった感じの清純さのうちに、稀代の毒婦の妖艶さが見え隠れする。
「体力回復には別なものでもよろしかったのですが、
新婚夫婦の朝といえば、まずはキスと相場が決まっておりますわよね」
女は嫣然と微笑んだ。
「貴様は……」
とんでもないことを言い出した女を、ワードナは呆然と見つめた。
「はい、何でしょう、――わが殿?」
女は身体をくねらすようにして返事をした。
過剰ではないが、相手の男にはっきりと伝わる、甘えと媚。
――耳にしただけで、どんな男の精神もとろけてしまうだろう。
「……」
いつの間にか、自分の目が女の胸元へ釘付けになっていることに、ワードナは愕然とした。
女は、さりげなく胸を強調するようなポーズを取っている。
僧衣の上からでもわかる豊かなふくらみ。
まちがいなく大きく、やわらかい。
身をよじるわずかな動きにも、量感たっぷりにゆれる胸元に、生唾をのみこんだ。
だが、最初の口付けではっきりとした頭脳は、女のセリフからその正体を割り出すことに成功していた。
「貴様、ソーン……いや地下四階の魔女だな」
魔女はにっこりと微笑んだ。
「どちらも正解で、どちらもハズレですわ。
昨日から、私はそのどちらでもない存在になりましてよ。
――大魔術師ワードナ様の妻、お召しに従い参上いたしました。
未来永劫よろしくお願いいたします、わが殿」
悪の大魔術師の脳裏に、昨日の<結婚式>があざやかに思い出された。
悪夢だ。
すべてのアイテムを集めてしまったゆえに、ワードナは罠にはめられたのだ!
(貴様など召し出していない)、と言いかけてワードナは力なく口を閉ざした。
手近にある魔法円を恨めしげににらむ。
召喚もしていないのに、この女は自力でわしのもとにやってきやがった。……これが結婚の魔力か。
未来永劫に逃れられない牢獄の存在を、ワードナはひしひしと感じた。