<僕の夏休み>
予定よりもひとつ前の電車に乗れたので、
新幹線の駅には、発車時刻よりも四十分も早くついた。
ぶらぶらと、駅の構内をうろつく。
──朝の駅は、魅力的だ。
旅のはじまりというスパイスがあるから。
とくに、今日のような雲ひとつない七月の朝は最高だ。
「――シウマイ弁当、ひとつ」
目に付いた駅弁コーナーで、朝食を買い込む。
駅弁は、旅の魅力の増幅機能を持っているに違いない。
この<魏陽軒>のシウマイ弁当にも、電車の中で食べると、
きっと特別な魅力をもってくるのだろう。
個人的には、シウマイもさることながら硬めに焼いたマグロの切り身がツボだと思う。
あと小さなサイコロ状に切られた味付け筍と、半分に切られたアンズも。
ちょっぴりうきうき感が上がった僕は、弁当の包みをぶら下げてきびすを返し、――立ち止まった。
ドラッグストアが店を開くところだった。
駅の薬局は洗面道具や急に必要な薬を取り揃えているものだけど、
このドラッグストアは大規模で、何だってそろっている。
そう、何だって──。
不意に、僕は、この帰省の目的を思い出して、うつむいた。
毎年、夏休みに行っている、田舎の本家。
でも、今年の帰省は、今までと違った意味があって……。
……僕は、ふらふらと店の中に入っていった。
「いらっしゃいませ」
笑顔の女の人に声を掛けられ、どぎまぎとする。
奥のほうにいる年配の男の人──店長さんかな?――に小声で質問し、あるものを購入する。
不思議と、躊躇はなかった。
これは、お守りだ。
なんとなく買わずにはいられなかった、気休め。
新幹線で一時間半。
便利なものになったなあ、とオヤジくさい感想を抱く。
昔は、もっと時間も距離も長いもののように感じていた。
幼稚園のころの記憶だ。
地下鉄の接続がまだで、新幹線に乗る駅まで着くのにも一苦労だった時代。
窓の外に流れる景色もだいぶ変わったように思える。
──いや。
シウマイ弁当を食べ終えるころには、それは見覚えのある風景になっていた。
青々とした水田や、森や、山や。
ああ、あのきれいな三角の岩山は見覚えがあるぞ。
何という名前の山だったか、後で調べようと思って、いつも忘れる。
昔、――田舎に帰るのに、まだ両親といっしょに行ってたころ──父さんに教えてもらったはずなんだけど。
ぼんやりと眺めていると、風景はどんどんと見覚えのあるものになってきて……降りる駅に着いた。
新幹線から在来線に乗り換えて、二駅。
景色がさらに田舎になる。
駅から二十分。
山の方へ向かうコースのバスは、最初から乗る人もまばらだったけど、
僕の目的地──山のふもとのバス停に着く頃には、乗客は僕一人だった。
──ときどき考えるんだけど、ひょっとしてこのバス停って、うちのために作られたんじゃないのかな。
このバス停が出来たのは、二十年くらい前のことで、
当時も今も、このあたりに住んでいるのは僕のうちの「本家」とその関係者だけだ。
車を何台も持っていたって、運転してくれる住み込みのお手伝いさんも何十人もいたって、
「娘にバス通学を経験させること」にこだわって、寄付やら何やら手を回す──それくらいやりそうな家だ。
そんなことを考えながら、料金を払ってバスを降りる。
「……!」
──バス停には、もうお迎えが来ていた。