<僕の夏休み> 長女:美月 その1

 

 

「……美月ねえ……」

バスから降りた僕が声を掛けると、その女(ひと)はにっこりと笑った。

僕の母方の従姉妹――美月、星華、陽子の三姉妹の長女、美月(みづき)ねえだ。

「お帰り、彰(あきら)ちゃん」

──僕が帰省するとき、この女(ひと)は絶対に「いらっしゃい」と言わない。

「お帰り」と言う。

まるで、僕も、僕の両親も、「本家」から一時期ちょっと出て行っただけで、

またすぐにここに戻ってくるものだから、と言うように。

あるいは、美月ねえにとっては、僕は弟であるかのように。

 

──僕は、毎年夏休みの最初の日にここにやってきて、最後の日に帰る。

冬休みも、春休みも、ゴールデンウィークも。

そのことを不思議には思わなかった。物心ついた時からの習慣だったからだ。

そして美月ねえを「美月ねえ」、つまり「美月姉さん」と呼ぶことにも。

僕に対する美月ねえの挨拶が、「お帰り」ということにも。

……だけど。

だけど、今年の夏、僕はじめてそのことを意識した。

志津留(しづる)家の「お定め」を知った夏に──。

僕が当たり前に生きてきた世界が揺らいだ夏に──。

 

「……」

僕が何を言っていいかわからないまま立ち尽くしていると、

美月ねえは、くすりと笑った。

そして片手に下げていたものを僕に差し出した。

「はい、これ」

差し出されたものは──僕の麦わら帽子。

見慣れたそれを目にして、僕のなじんだ世界がすっと戻ってきた。

──今は……。

そう……今だけは……。

 

「うふふ、やっぱり彰ちゃんは、それが似あうわね」

美月ねえは、麦わら帽子をかぶった僕を見て、嬉しそうに笑った。

その笑顔につられて、僕も自然に笑顔が出た。

「毎年かぶってるもん」

「そうねえ、こっちは、夏、暑いからねえ……」

「あっちだって夏は暑いよ。アスファルトの照り返しはきついし。

なんだか暑さの質がちがう……っていうか。こっちの暑さのほうがよっぽどいい」

「うふふ」

美月ねえは目を細めた。

くるり、と日傘をまわす──機嫌のいい時の美月ねえの癖。

「彰ちゃん、どうする? お車、呼ぶ?」

「本家」のお屋敷は、バス停からさらに相当な距離がある。

バス停は山のふもとで、「本家」の本宅は山の中腹に建っているからだ。

というより、この山と、その背後に広がる森と、つまりこの辺一帯全部が志津留家のものだ。

あんまり広いので、携帯電話──ちょっと前まではバス停の横にある公衆電話から

お屋敷に電話をかけて、お手伝いのだれかに車をまわしてもらうかどうか、聞いているのだ。

ちなみに、駅まで車を回してもらうことはもちろんできるけど、僕はそうしたことは一度もない。

さっきまで乗ってきた、くたびれたバスにゆられてこのバス停に降り立つことこそが

「夏休みのはじまり」のような気がしてならないからだ。

そして、バスから降りた後の行動も決まっている。

「うーん。歩いていこうかな――まだ陽が強くないし」

朝早くに出発したおかげで、まだ昼までにはだいぶ時間がある。

エアコン熱やらビル熱やらがない自然の中にあっては、午前中はけっこう涼しい。

僕はその空気がとても好きだった。

「ふふ。そう言うと思った」

美月ねえは、もう一度日傘をくるり、とまわした。

 

「んー、やっぱりいいねえ」

目の前に広がる青々とした水田を見て、僕は声を上げた。

お屋敷に行く途中のこの風景は、僕のお気に入りだ。

もう少し上がったところにある麦畑も好きだけれど、夏場は水のあるこちらのほうが映える。

けろけろと鳴きながらあぜ道を横切っていったアマガエルを見て、

僕は笑顔が思わずこぼれてしまった。

この視界、この音、この空気。

帰ってきた、という想いが強まる瞬間だ。

「美月ねえ、こっち、まわって行ってもいい?」

僕は、お屋敷へまっすぐ続くアスファルトの道路(とても私道とは思えないくらいに広くて整備されている)ではなく、

横手に外れて行くあぜ道のほうを指差した。

「ふふふ、いいわよ。――彰ちゃん、こっちの道、大好きだものね」

美月ねえの言うとおり、僕はこのあぜ道が大好きだった。

水田地帯の真ん中を突っ切ってぐるっとまわっているから、お屋敷に行くには遠回りだけど、

時間さえあれば僕は、きれいな水が流れる用水路の脇を通ってお屋敷に行くことにしている。

この土と草で作られた道を踏みしめながら行くと、なんだか一歩歩くたびに元気になるような気がするからだ。

ため池の前まで来たとき、僕はすっかり上機嫌になっていた。

そんな僕を見て、美月ねえはにこにこと笑っていたが、

やがて、その笑顔がちょっといたずらっぽいものに変わった。

──あ、やばい……。

僕は、美月ねえが何をしようとしているのかを悟って、ちょっと身をすくめた。

「夏がくーれば思い出すー。はるかな尾瀬ーー、遠い空ー♪」

美月ねえは、あぜ道で、歌を歌いはじめた。

とても、きれいな声。

とても、きれいな歌。

でも、僕は、真っ赤になった。

「やめて美月ねえ、美月ねえやめてぇーー!」

でも美月ねえは優しく笑ったまま、続きを歌う。

「水芭蕉の花が、咲いてる。夢見て咲いていーる、みーずのほとり……うふふ……」

美月ねえは、くすくす笑いながらため池の水面と僕の顔を見比べた。

「うーーー……」

僕はさらに真っ赤になってため池を見た。

水面に密集している浮き草は──ホテイアオイ。池の造園などによく使われる水面植物だ。

これを見て、なんで美月ねえが「夏の思い出」を歌いだしたかと言うと……。

「……彰ちゃんってば、ずっとこれのことを水芭蕉だと思ってたものね」

──つまり、そういうことだ。

首都圏から帰郷してくるお馬鹿なお子さんは、

「水の上に浮いて花を咲かせる草」とは一種類しかないものと思い込んでいた。

それである日、美月ねえに「水芭蕉採って来たよ!」と

大いばりでホテイアオイを差し出して……現在に至る。

我が家での笑い話。

あの日から美月ねえは、ホテイアオイを見かけると「水芭蕉の花が〜♪」と歌って、

僕を過去の恥ずかしい記憶のどん底に沈めてくれるのだ。

……ひょっとして、美月ねえって、意外にいぢわる?

「うふふ、行きましょうか、彰ちゃん」

僕の悶える姿を見て、美月ねえの笑顔がとろけそうなほどに深まる。

恥ずかしさ半分、得した感じが半分の僕は、あぜ道をお屋敷のほうへ歩き出した

 

「――ふう」

それからは特に何があったわけでもなく、僕たちはお屋敷に着いた。

お祖父さん──僕の母と、美月ねえ達の母親のお父さん──は不在で、

ここからちょっと離れた大学に行くのに独り暮らししている星華ねえは今日の夕方に帰ってくる予定で、

陽子は学校から帰ってきていないから、僕は美月ねえとふたりで昼食を食べた。

この辺の名物のお蕎麦と、山菜の天ぷら。

美月ねえは台所へ行ってちゃちゃっと作ってきたけど、すごく美味しい。

はっきり言って、お手伝いさんの誰が作るのよりも。

本当なら、美月ねえは志津留「本家」のお嬢様だから、そんなことをする必要はない。

でも、この女(ひと)は、「みんながおいしいって食べてくれるのが嬉しいから」と言って、

お祖父さんや、星華ねえや、陽子や、僕――家族の分の食事は極力自分で作ろうとする。

お蕎麦と天ぷらをお腹一杯食べた後、僕は、客用の部屋──というと美月ねえは、怒る。

訂正──「僕の部屋」に荷物を入れ、昼寝をすることにした。

朝からの移動や、ここまで歩いたこと、それにこの間から気に掛かって仕方のない問題とか、

いろいろなことが重なって、涼しい風が入る部屋の中で、僕はすぐに寝入ってしまった。

そして、夢の中で、僕は数日前の事を思い出して、ひどくうなされた。

 

 

……。

……。

「――子供を作る?! ――美月ねえと、僕が?!」

夏休みに入る直前に、母さんから言いわたされたその話は、僕にとって青天の霹靂だった。

 

志津留(しづる)家は、平安から続く名門の支族で、この家自体も千年続いた名家だ。

公家侍の出で神官の家系と称して、お屋敷の近くの神社の宮司も兼ねているけど、

その本質は──もっと秘された存在。

それは、門外不出の「弓」の技を学んだ一族の人間には肌で感じ取れる。

……でも、その繁栄が、その総本家から分かれて以来連なる「血」の為せる業と言うのは、

「知っていた」けども、「理解していなかった」のかもしれない。

──平安の闇から生まれた七篠家と、その七つの支族は、

たった十数人の一族郎党で、強大な「敵」と戦うために、

一族を増やし、無理やりに「血」を重ねて強化することで力を得てきた。

怨敵を滅ぼした後もその「血」の力で、「ものの流れ」を感じ取り、操ることで一族は繁栄した。

志津留家の事業が成功してきたのも、その力によるところが大きい。

「力」を「血」に秘めた一族は、子供に血をつないでいくことでしか繁栄を得られない。

だからこそ、「本家」は薄まりつつある一族の「血」を再度結集することを決めたのだ。

 

──もっとも志津留の「血」を色濃く引き、そして一族の中で唯一の若い男である僕と、

現在の「本家」の三姉妹、その中でも僕と一番相性が良い、と判断された美月ねえとを交わらせることを。

 

「――志津留家の「血」は、他の六支族に比べて、だいぶ薄まっています。

本来、最も志津留の「血」が濃く出ていて、当主となる子を産むはずだった私が、

あなたのお父さんと結ばれるために家の外に出たせいで、本家に残った「血」は弱まってしまったのです」

目を伏せ、申し訳なさそうに説明した母さんは、いつもの母さんではなかった。

父さんと母さんが結婚するのに、「本家」との間でなにか揉め事があったのは、

子供心にも気付いていた。

夏休みや冬休みといった長期の休みの間中、僕が本家に行くようになっていたのも、

最初の一、二年以外は、両親がそれに付き添うことがなくなっていたのも、

何か理由があることなのだろうとは思っていた。

だけど、それがこんな荒唐無稽な話だったなんて……。

 

……だけど、僕は、そんな家のしがらみをすんなりと理解することが出来ていた。

なんとなく、志津留の家が普通とは「ちがう」ことはもうずっと前から気がついている。

それがどうやら、婚姻と血縁関係、つまり「血」の中にあるものだということも。

僕は──そして美月ねえたちも、見えないものが見えたり、見えてはいけないものが見えたりする。

感じ取れるはずのないものを感じ取り、時々、それを操ることさえできる。

それは、日常生活に差し支えのあるものではないから、気にしていないけれど、

もっと大きな「力」――一族の繁栄とかそういうものを含めて──に直結しているのは容易に想像がついた。

母さんから詳しく聞くまでもなく、その「力」のある人間が、当主として志津留の本拠地にいない限りは、

一族は衰退し、滅ぶしかないぎりぎりのところまで来てしまっている、ということも。

 

そして、その「力」のある当主とは、老いて衰えたお祖父さんではもうだめだし、

僕の母さんでも「力」が足りないし、美月ねえたち姉妹でも、僕でも「血」が薄い。

──僕と美月ねえとの間に生まれた子供、ではじめて十分な「血」の濃さと「力」をもつことができる、ということも。

 

けれど、頭で理解していても、それが逃れられない宿命だとわかってしまっていても、

僕の心の中は複雑だった。

……美月ねえと、子供を作る?

生まれてからずっと姉弟のように育ち、仲良く遊んできた女性と?

僕は、その話を聞かされたとき、足元の地面が崩れるような衝撃を受けた。

家族──実の姉と交われ。

そう命令された人間のように、僕はショックと本能的な嫌悪感を抱いた。

 

美月ねえ。

僕は、この女(ひと)のことが大好きだ。

でも、それは、ちょっと年の離れた姉のような存在という意味で、であって、

夫婦だとか、子作りの相手とか、そういう生々しい行為の対象としてではない。

美月ねえ。

いつだったか、僕がまだちっちゃなころ、

いっしょにお風呂に入って、タオルでごしごし頭や身体を拭いてもらったり、

小学生にもなっていないころに、おねしょしてしまった布団を

他の人に知られないように片付けてもらったり、

そんなそんな思い出ばかりがある女(ひと)。

僕にとって、実の姉と、母親の間にあるような女性(ひと)……。

その人と、獣のように交わって子供を作るだなんて、

──それは僕が今まで生きてきて築いた「良い思い出」を、すべてぶち壊してしまうようなものだ。

 

……だけど、僕はその「お定め」から逃れられない自分を一瞬で悟ってしまっていた。

目を伏せた母さんが、ぽつぽつと語る、志津留家の話が本当のことだというのにも。

いままで漠然と感じていた不思議が、ジグソーパズルがぴたりとあてはまって完成したように

すべての答えに導かれたことで。

……けれど、頭で理解したって、心が納得しない。

納得しないまま、僕はここまで来てしまった。

 

……。

……。

僕が目を覚ましたとき、外はもうオレンジ色にそまっていた。

いつの間にか、夕方遅くまで眠っていたらしい。

「彰ちゃん、起きた?」

しばらくして、ふすまの外から美月ねえの声がした。

「あ、うん」

「そう。疲れているみたいだから起こさなかったけど、星華と陽子が帰ってきてるわ。

そろそろお夕飯にしましょう」

「うん!」

僕はお腹にかけていたタオルケットを跳ね除けて立ち上がった。

汗で濡れたTシャツを着替えて、部屋の外に出ようとして、

──僕は、ふすまの向こうにまだ美月ねえがいるのに気付いた。

「……」

「……」

「……美月ねえ?」

「……彰ちゃん……」

「な、何……?」

「……あのね……あのことなんだけど」

僕は心臓が止まるかと思った。

美月ねえの言う「あのこと」が、何を指すのかわかったからだ。

そしてどこまでも普段と変わらない美月ねえの声の中に、今まで聞いたことのない響きを感じ取ったからだ。

「み、……美月ねえ?!」

「…………ううん、今はいいわ、――お夕飯にしましょう」

美月ねえはしばらく沈黙した後、不意に明るい声でそう言い、廊下を歩いていった。

美月ねえの気配が遠ざかっても、僕はしばらく動けなかった。

今、ふすまの外にいた女性は、まちがいなく美月ねえだ。

だけど、きっと、それは、僕の知らない美月ねえ……。

 

お祖父さんは、今日は帰ってこない──というより普段からめったにここには帰ってこない──というので、

夕飯は四人――三姉妹と僕──で取った。

トレーナーとタイトなGパン姿が自然に決まっている美人は、次女の星華ねえ。

この県の県庁所在地にある大学に入学した女子大生(!!)で、今年から一人暮らしをしている。

大学も夏休みになったので、僕と同じように帰省してきたのだ。

中学の時から化学(ばけがく)一本の理系ガールで、普段は白衣を手放さない。

キャンパスでもカジュアルスーツに白衣を羽織ってうろうろしていることで有名らしい。

さすがに御飯をたべるときとお風呂上りは脱いでいるけど。

星華ねえは、居間に入ってきた僕に無表情な顔をむけ、わずかに会釈した。

それは、星華ねえがめちゃくちゃ機嫌がいい証だ。

──なんでそれがわかるのか、って聞かれても答えられない。

僕と美月ねえと陽子にはわかるから、わかる。

 

もうひとり、ざっくりとしたTシャツに膝までのトレーニングズボンの女の子は、三女の陽子。

僕と同い年の女子高生(……)で、稀代のお転婆だ──。

ガツン。

「――い、いってえ、何すんだよ」

「彰。いま、あたしの悪口考えてたろ?」

「挨拶代わりにいきなり弁慶を蹴るな……」

ソフトボール部の期待のルーキーの脚力はものすごい。

ついでに、この男女は、なぜだか僕の考えていることが分かるらしい。

というか、美月ねえも星華ねえもそうだけど。

僕と陽子が言い争っている間に、美月ねえと星華ねえはどんどん支度をはじめていて、

いつの間にか、にぎやかな夕御飯が始まっていた。

 

──夕飯後、居間でのんびりしていると、いったん部屋を出ていた星華ねえと陽子が戻ってきた。

「にしし、これやろうぜ、これ!」

陽子が小脇に抱えたゲーム機をぽんぽんと叩きながら言い、

「……」

と星華ねえが、無言でマルチタップとゲームのCD−ROMを差し出した。

「あらあら、星華も陽子も好きねえ」

お茶を淹れていた美月ねえが、あきれたように笑った。

「何だよー。美月ねえだって好きじゃないか。そーゆーこと言うと、入れてあげないぞ」

「まあまあ、そんな意地悪を言う子に育てた覚えはありませんよ、陽子」

ぷうっと膨れた陽子をたしなめながら、美月さんは腕まくりをした。

なんやかんや言っても、この人もすごく楽しみにしていたことが見て取れる。

「じゃ、いつもどおりに、タッグマッチね!」

機嫌を直した陽子が、ぱちんと手を合わせて宣言したときには、

黙々と作業していた星華ねえは、もうコントローラーとかをつなぎ終えてるところだった。

電源が入った。

<スーパーグレートプロレスリング>――通称グレプロ。

数あるプロレスゲームの中でも、マニアックな動きが再現できることで有名な一品。

僕の従姉妹たちは、意外なことにこれが大好きなのだ。

もともと今は亡き彼女たちの父親――僕にとっては伯父さん──がプロレスファンで、

子供の頃からTVで見る機会が多かったのに加えて、

ある年の夏休みに地方巡業に来たプロレスをみんなで見に行ってから、みんなそろってファンになった。

その帰りに買ったグレプロの旧シリーズの対戦で大いに盛り上がって以来、

グレプロで遊ぶことは従姉妹たちとの年中行事になっている。

「よーし、くじ引き、くじ引き」

陽子がチラシの裏に書いたアミダくじでタッグチームが決まった。

僕は──美月ねえとタッグを組むことになった。

 

美月ねえの持ちキャラは──サザン・ハリセン。

<不沈艦><ブレーキが壊れたダンプカー>の異名を持つ外人レスラーで、

むちゃくちゃな馬力と、一撃必殺の威力を持つラリアットが魅力なキャラだ。

もう何年も日本を主戦場にしていて、日本人のトップどころと熱戦を繰り広げ、

三姉妹の中では一番プロレスにもゲームにも疎い美月ねえでさえ知っている有名レスラーだ。

最初、美月ねえがハリセンを選択したときは、僕は思わず吹き出した。

──<西部の荒くれカウボーイ>は、あまりにも美月ねえとギャップのあるキャラだったからだ。

でも、陽子などに言わせると、

「暴走ぶりは、美月ねえにそっくりだ」

ということらしい。

そう言われれば、ハリセンが普段はとても知的で温厚な紳士だというのも、

温和な美月ねえに意外とかぶっているのかもしれない。

実際、細かい操作方法などは苦手な美月ねえが使っても十分に動けるキャラだし、基本性能も高く、何よりも

「ド近眼で、ここだ! と思ったときに思いっきりぶっ飛ばすので、本人さえどんな威力になるか分からない」

といわれる必殺のラリアットは、

「めちゃ下手で、ここだ! と思った時に思いっきりボタンを押すので、本人さえもいつ出せるのか分からない」

予想外の威力を持つ。

それは、やりこみ派で読みも深い星華ねえが、「真似しようとしてもできないくらい」と評するくらいに「ハリセンっぽい」。

美月ねえのハリセンは、今日もその「ハリセンっぽさ」全開で暴れまくった。

 

「くそっ、なんてパワーだ!」

陽子が操作する<風雲登り龍>――源龍天一郎がタックルをくらって吹っ飛ぶ。

──今のは、美月ねえがラリアットを出そうとしてボタンを押し間違えただけなのだが、

陽子はすっかり不意を突かれた。

傍から見ると、本物のハリセンがよく使うフェイントそっくりだ。

「うふふ、Ask him Give Up !!

小ダウンした源龍をスリーパーで締め上げながら美月ねえがハリセンの得意台詞を吐く。

「……」

星華ねえのジャンプ鴨田がカットに入った。

 

「彰ちゃん、――タッチ」

源龍を場外へ落としたところで、美月ねえが僕と交代した。

僕の持ちキャラはリュック・ブレアー。

米マット界の老舗、MWAの王座に君臨すること10回、<ホウキ相手でも最高のプロレスができる達人>だ。

玄人好みする古典的なプロレス技が心地よい。

向こうも陽子から星華ねえに交代したところで、試合は一転、

今までのハイスパートなぶつかり合いからクラシカルなレスリングに移った。

バックハンドチョップ、首投げ、シュミット式バックブリーカー、

ダイビングボディプレスをかけようとしてデッドリードライブを食らう、

レフリーの隙を突いての細かい反則と観客へのアピール……。

そしてお互いの必殺技、足四の字固めとバックドロップを狙った攻防。

星華ねえが操るジャンプ鴨田も同じようなテクニシャンなので、流れるような攻防になる。

 

しかし、僕たちのタッグチームは、次第に押され気味になってきた。

もともと、ゲーム自体は星華ねえが一番上手い。

一番プロレスに詳しいので、有利不利を無視して「そのレスラーらしい試合」にこだわる分、

けっこう釣り合いが取れるようになるけど、やっぱり腕はダントツだ。

次に上手いのは、負けず嫌いでなんでもやりこむ陽子。

こういうとき以外にほとんどゲームをしない美月ねえは、三人の中では一番上手くないし、

実家にこのソフトがない僕は、やっぱりやりこんでいない。

その上、このゲームでは現実にタッグを組んでいるレスラー同士が組むと

ボーナス判定がもらえる設定になっている。

今は袂を分かっているとはいえ、ジャンプ鴨田と源龍天一郎は、

かつて「鴨天コンビ」として強豪外人を迎え撃った名タッグチームだった。

当然、この二人が組むとツープラトンの威力やカットの判定が強化される。

──それを見越して星華ねえや陽子がこのキャラを選んだわけではない。

僕らが、プロレスファンになった巡業の日、このチームはすばらしい試合をしていた。

そして、その日から彼女たちの持ちキャラは決まったのだ。

……ブルロープを片手に客席で大暴れしているハリセンに追いかけまわされ、

泣きべそをかいていた美月ねえの持ちキャラが、何でそのハリセンになったのかはよくわからないんだけど……。

 

「あ、食らった!」

鴨田の必殺技・バックドロップホールドが僕のブレアーをマットにたたきつける。

「彰ちゃん、助けに行くわよ!」

ハリセンがフォールを妨害しに出てきた。

「美月ねえの相手は、あたしだ!」

カットした後にまごまごしている美月ねえのハリソンに、陽子の源龍が乱入する。

四人が入り乱れての乱戦になった。

 

「ええと──えいっ!」

突然、美月ねえがコントローラーをはしっと叩く。

 

ハリセンがショートダッシュして、左腕をぶん、と振り回した。

それはちょうどハリセンに掴みかかろうとしていた星華ねえの鴨田をぶっ飛ばした。

ウエスタン・ラリアット。

星の数ほど使い手がいるラリアット系の技の中でも、次元が二つか三つくらい違う、問答無用の必殺技だ。

鴨田の頭の上に星マークがちらつく。グロッギー状態になったのだ。

「今だ!」

僕のブレアーは反撃できないジャンプ鴨田に掴みかかってくるりと丸め込んだ。

三カウントが入る。

「やったー!!」

美月ねえが飛び上がるようにして拍手した。

……美月ねえのハリセンは、これがあるから恐いんだ。

一瞬にして逆転された星華ねえと陽子が呆然としている前で、

僕と美月ねえは、手を取り合って喜んだ。

 

 

 

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