<僕の夏休み> 長女:美月 その2

 

 

夕食と、その後の三姉妹との恒例のゲーム大会も終わり、僕は部屋に戻った。

お風呂の順番が来るまでの間は、姉妹と遊ぶか、部屋でぼんやりとしているかのどちらかだ。

美月ねえは、僕に先にお風呂に入るようにすすめていたけれど、

こういうのは普通、お年頃の女の子たちのほうがお湯がきれいなうちに入るものだと思う。

「僕は、ここの家の子でしょ。だったら、お客様扱いしないでよ」

昔、そう言ったやりとりがあって、僕は三姉妹のあとにお風呂に入る習慣になった。

……でも、今考えると、これって……。

僕は、僕がこれから入るそのお風呂は、美月ねえが全裸で浸かっていたものなのだ、と思い当たって当惑した。

今まで十何年、一度も考えたことがないことだ。

お風呂は広いし、お手伝いさんたちは、こまめに掃除をしているから、

後に入っても汚いということは全然ない。

でも、たまに、床の石畳の上に長い髪の毛が落ちていたり、お湯の香りに溶け込んだいい匂いに気がつくことがある。

うわあー。

僕は、恥ずかしさに畳の上を転げまわった。

ごろごろごろごろ、

ごろごろ。

部屋を一往復半したときに、美月ねえの声がかけられた

「彰ちゃん……」

「あっ、は、はいっ!!」

ふすまに隔てられて、今の醜態を美月ねえに見られてはいないはずだけど、

僕は飛び上がって座りなおした。当然、正座だ。

「お、お風呂? い、今行くよ」

どぎまぎしながら答える。

──僕のお風呂の順番と言うことは、美月ねえが入った後ということだ。

僕は再び畳の上を転げまわりそうになった。

でも、美月ねえの返事は──

「ううん。お風呂は、今、星華が入っているわ。

……彰ちゃん、ちょっとお話しがあるの。入ってもいい?」

──美月ねえは、さっき夕飯に呼びに来たときにふすまの向こうにいた美月ねえの声で、そう言った。

 

「うふふ、こんなに散らかして」

……入ってきた美月ねえは、いつもの美月ねえだった。

声も、ずっと聞きなれている、あの響きのする声だった。

来たまんまで、あちこちに荷物を広げた部屋をぐるりと見渡す。

「リュック一つ、手提げ一つの中身でこんなになるなんて、

彰ちゃんって、部屋を散らかすことにかけては天才的ね」

「ち、散らかし名人です、はい」

「でも、これじゃ座ってお話できないわ」

たしかに、十二畳の客間──じゃない、僕の部屋──は、

僕の荷物がぶちまけられて大変なことになっている。

「……お話の前に、お片付けしましょうね」

美月ねえは、僕の荷物をまとめ始めた。

着替え類は、たたみなおして風呂敷に包む。

僕は、服をたたむのも風呂敷に包むのも苦手だ。

Tシャツを一枚引っ張り出すのに、一回あけてしまったら最後、

風呂敷は絶対に包みなおせない。

というよりも、中に入れる服の容量のほうが、風呂敷の容量より絶対に多く感じられる。

だけど、美月ねえの手にかかると、僕の着替えは、随分小さくまとめられてすんなり風呂敷の中に納まった。

美月ねえは、何か魔法を知っているんだろうか。

「あらあら、食べかけのチョコ、溶けちゃってるわよ。

後で冷蔵庫にしまっておくから、もう一度固まってから食べてね」

くすくす笑いながらお菓子の箱を片付ける。

──いつもと変わらぬ美月ねえだ。

小さい頃から母さんが仕事で家を留守にしがちだった僕にとって、

母親と姉の間のような存在だった女性(ひと)――。

休み前に、母さんが言ってきたことは何かの間違いだったんじゃないかな。

「お定め」なんて、もう昔話なんだよ。

だって美月ねえは──。

「……あら?」

美月ねえがつぶやいた。

──僕は凍りついた。

今の──は、「僕の知らない」ほうの美月ねえの声だ。

 

「彰ちゃん、……これはなぁに?」

美月姉(ねえ)が、にこやかに微笑みながらこちらを振り返った。

見慣れた──でもはじめて見る美貌と笑顔。

僕のリュックを部屋の隅に片付けようとして、美月ねえは、「それ」を見つけたらしい。

──美月ねえの手にあるのは、「明るい家族計画」。

従姉妹相手に子作り、という話に、どうしても納得いかない僕が、

新幹線に乗る前に駅のドラッグストアでこっそり買ってきたものだ。

それを使ってどうしようとか深く考えたわけではない。

準備と言うよりは、お守りのようなものだ。

でも、それを目にした美月ねえは、一瞬で状況を理解したようだ。

柳のような眉が、わずかにつりあがる。

──僕は麻痺したように身体が動かなくなった。

美月ねえの微笑みはいっそう優しくなる。

――僕は恐怖に凍りついた。

「だめでしょ、彰ちゃん。――これから私と赤ちゃんを作るのに、こんなものを使ったら?」

美月ねえが、決定的なひと言を言った。

ああ、「お定め」は、昔話じゃなかったんだ。

志津留の「血」の呪縛は、本当のことだったんだ。

僕は、がくがくと震えた。

美月ねえの、優しく、そして恐い視線に絡み取られて。

美月ねえの目は、僕に(返事をしなさい)と言っていた。

「……はい…」

僕は舌をもつらせながら、やっと声を出した。

美月ねえは、すすっと座りなおして、僕に正面を向いた。

まっすぐに相対するその姿勢は、やんちゃをした僕をしかるときの姿だ。

でも、今の美月ねえが僕をしかるのは──。

「……あのね、彰ちゃん。こういうものを使うのは、

風俗とか、不倫とか、やましい交わりをする人だけなのよ?」

いきなり、一方的な、しかもむちゃくちゃな論理。

そんなことはない、と反論――は、とてもできない。

保健体育の授業で習ったこととか、そういうのは、今の「この美月ねえ」の前では一切無力だ。

「……はい」

僕はそう答えるしかなかった。

「……愛し合ってて、これから子作りしようって仲の男女はこんなもの、使わないの。

いい、彰ちゃん。許婚や夫婦の間柄で、交わる時に避妊する人なんか、いないのよ?」

えーと、DINK婚とかセックスレス夫婦とかの話をしたら、――できっこないよ!

「……はい」

やっぱりそう答えるしかない。

おっとりとした話し方だけど、美月ねえの声には、反論を許さない強さがあった。

「……わかってくれたのね。じゃ、これは屑篭にぽい、ね。──ほら、ぽい」

美月ねえは、優雅な動作でそれを屑篭へ入れた。

──後で拾いなおすことなんて恐くて考えられない。

美月ねえも、僕がそれをできないことを十分承知で僕の部屋の屑篭に捨てたのだ。

破ったり、没収して他の部屋で捨てるよりも、もっと確実な処分。

僕にとって、未使用の「明るい家族計画」は、箱ごとこの世から消え去った。

「……」

僕は、屑篭から視線を戻した。

美月ねえは、うつむいていたから、その美貌にどんな表情が浮かんでいるのか僕には分からなかった。

頭の中が混乱しきっていて、何を言ったらいいのか、全然わからない。

すると──

「……彰ちゃん」

「は、はいっ……!?」

突然美月ねえが、衣擦れの音を立てて、すべるようににじり寄ってきた。

え? え? ええ?

ま、まさか、もう「はじまって」いるの?

こ、心の準備が……。

「彰ちゃん。――私と、赤ちゃん、作りましょう」

美月ねえの声は、どきりとするくらい近くからした。

ふわりと、湯上りのいい匂いがする。

み、美月ねえ──。

声にならない声を上げた瞬間、美月ねえの白い腕が、僕の首に回されていた。

くいっ。

優しい、でもあらがえない強さで引かれた僕は、

美月ねえにはじめての唇を奪われた。

 

 

(――!!!)

美月ねえの唇は、温かくて、甘くて、いい香りがした。

「え、え、え……?」

意外に冷静にそう感じる脳みそと、状況に慌てふためく脳みそは別物だ。

心臓は、後者の管理管轄なのだろう、ばくばくと脈打っている。

「――叔母様から、聞いて来ているでしょ、志津留の「お定め」の話……」

「……うん」

「うふふ、彰ちゃんの赤ちゃん、私が産んであげる。志津留のお家を継げる強い子を。

だから彰ちゃん、……私に子種さんをちょうだい……」

ことばと同時に、僕は押し倒された。

「――!!」

すぐに、美月ねえの身体が、僕の上に重なった。

服の上からでも伝わる体温。

そして、美月ねえはもう一度、僕の唇を奪った。

「……うふふ、お洋服がじゃまね。脱いじゃいましょう、……ほら」

美月ねえは、僕のシャツをまくった。

ズボンに手をかける。

「み、美月ねえ、――だ、だめっ……」

「どうして? 彰ちゃん、裸にならないと赤ちゃん作れないわよ?」

「いや、だって、その──恥ずかしい」

今の僕は、お定め、つまりセックスのこととかは混乱した頭の片隅に追いやられていて、

ただただ純粋に、美月ねえに裸を見られることが恥ずかしかった。

八歳年上の美月ねえには、子供の時にそれこそ何百回もすっぽんぽんを見られている。

一緒にお風呂に入っていた時期もあるくらいだ。

だけど、この何年かは、そういうこともなくなっている。

「……あ、そうか。――彰ちゃん、自分だけが裸になるのが恥ずかしいのね。

ごめんね、私、気がつかなかった。待っててね、私も脱ぐから……」

美月ねえは、僕の上で帯を解き、身をくねらせた。

しゅるりしゅるりと衣擦れの音がする。

「あわわ……」

僕が目を白黒させている間に、美月ねえは、和服を脱ぎ捨てていた。

「ほら、彰ちゃん、私も裸よ。――今度は彰ちゃんの番」

美月ねえは、もう一度ズボンに手をかけながら艶やかに微笑んだ。

「うわあ……」

電灯の光の下、僕の上に乗った美月ねえは、たしかに全裸になっていた。

白くて豊かなおっぱいは、先っぽの鴇色の乳首まではっきりと見える。

「和服美人は寸胴体型」だなんて何処の愚か者のたわごとだろう、と思えるくびれた腰。

僕の身体を優しく押さえつける柔らかなお尻まで、むき出しだった。

そして、視界の端にちょっとだけ見える、黒い翳り……。

「うふふ、彰ちゃん、そこが見たいの? じゃあ、彰ちゃんも脱ぎ脱ぎしましょうね。

──美月に、彰ちゃんのおち×ちん、見せて……」

電灯の影になった美月ねえの表情は、長い黒髪にも隠れて、良く見えなかったが、

僕はその美しさと、淫らさに、身体が麻痺したかと思った。

同時に、先ほどに倍する猛烈な羞恥心も押し寄せる。

「……だ、だめ、ダメだよ、美月ねえ。

そ、そうだ、僕、まだお風呂に入ってないからっ!! 汚いよ!!」

「うふふ、私は全然気にしないわよ、彰ちゃん。

それに、彰ちゃんのここ、こんなに元気なんだもの、

今すぐにお顔を出したいっ、って言っているわよ?」

美月ねえは、脱がせかけのズボンと、パンツの上からそっと僕のそれをなでた。

優しい手の動きに、僕は身もだえした。

「うふふ……」

美月ねえの手は、するりと僕のズボンとパンツを抜き取った。

「わあっ!」

僕は、僕の「分身」が空気に触れるのを感じた。

美月ねえとのキスと、裸を見たことで、いきりたっている「それ」が、

ぶるん、とはじけるようにゆれてから、下腹に張り付くように上を向いてそそりたったのも。

「……すごいわ、彰ちゃん……」

しばらく絶句していた美月ねえは、そう呟いた。

「あっ、こ、これはっ、そのっ!」

わけのわからないことを言う僕は、まるで母親に自慰の現場を見られたような気分だった。

幸いにして、そういう経験はまだないけれども。

「うふふ。分かっているわ、彰ちゃん。――私と交わりたくて、こんなになっているのでしょう?」

美月ねえは、黒髪の下で笑みを深くしたようだった。

「うふふ、おち×ちん、触っていい? 彰ちゃん……」

 

美月ねえの手が僕の下半身に伸びた。

何をしようとしているのかを悟って、僕は慌てた。

「美月ねえっ!」

「うふふ」

美月ねえは、答えず笑って、両手で僕のおち×ちんを包み込んだ。

ひんやりとした手が気持ちいい。

でも、美月ねえの動きはそれだけで止まらなかった。

添い寝のような体勢で横たわる僕の上に乗っかっていた美月ねえは、

いつの間にか、身体をずらして僕の下半身を覗き込むような姿勢になっていた。

艶やかな黒髪の頭が、どんどん僕の下半身に近づく。

ちゅっ。

「――!!」

美月ねえの唇が、僕の先端に触れた。

そして、美月ねえは、口を開くと、僕のおち×ちんをつるりとくわえ込んでしまった。

「うわわっ──」

僕は、混乱の極みに突き落とされた

これって……フェラチオ……。

健康な男子のたしなみとして、僕だってアダルトビデオくらい鑑賞したことがあるし、

そういう場面を妄想してみたこともある。

でも、それをやられているのが自分で、やっているのが美月ねえ──

なんてのは、想像したこともなかった。

「み、美月ねえっ、だめっ! ダメだよっ!」

僕は、もうそれ以外にことばを考えられず、かと言って抵抗もすることもできずにいた。

 

美月ねえの柔らかな舌と唇が、僕の性器を愛撫していく。

美月ねえのぬめぬめとした口腔粘膜と、たっぷりと溜まった唾液が、僕の生殖器に絡みついてくる。

美月ねえと僕は、まるで食虫植物と小さな虫だ。

 

あでやかな花にからめ取られた僕は、すぐに絶頂感に襲われた。

 

「――ひっ、だ、だめだ、美月ねえ! 離れて!!」

僕は今度こそ、必死になって叫んだ。

はじめて経験する性行為、しかもその相手は、僕の憧れの女性(ひと)。

僕の性器は、あっというまに限界に達してしまった。

美月ねえの頭に触れて、押し返そうとして、僕の手は止まった。

艶やかな黒髪は、まるでそこに意思と生命が宿っているように、

触れた僕の手を押しとどめた。

あるいは、僕自身が、それをやめることを拒んでいたのかもしれない。

人生ではじめて味わう、すさまじい快楽。

「ああっ──美月ねえっ!!」

我慢の限界を越え、僕は爆発してしまった。

──唇を離さないでいる、美月ねえの口の中へ。

どくどく。

びゅくびゅく。

僕の精子は、とどまることなく美月ねえの口を汚し続ける。

「うわあっ……」

僕は、快感と同時に、ものすごい罪悪感に襲われ、身悶えた。

母のような、姉のような女性を、性欲で穢す罪悪感。

でも──。

こくん。

こくん。

美月ねえが喉を鳴らした。

飲んでる──飲まれてる。僕の精液が、美月ねえに。

「……」

僕の射精が完全に終わるのを待って、美月ねえは顔を上げた。

「……み、美月ねえ……」

僕は、ごめんなさい、と謝ろうとした。

こんなことをして、大切な美月ねえを汚してしまったのだから。

だけど、僕が謝ろうとした美月ねえは、まるで別人の笑顔で微笑んだ。

天女のように美しく、淫らに。

「――うふふ、びっくりしちゃった。彰ちゃんったら、こんなにいっぱい出すんですもの……」

僕の背筋に、ぞくぞくとした何かが走りぬけた。

 

「うふふ、赤ちゃんを作るのに、最初の濃ぉーい子種さんを子宮にもらおうと思ってたんだけど、

彰ちゃんがこんなに元気なら、二回目でも大丈夫よね?」

美月ねえは、射精したばかりなのに、天を向いたままカチカチの僕の性器を見てにっこりした。

その唇についている僕の精液の残滓を、舌をちょっと出して舐め取った美月ねえに、僕は後ずさりした。

一度欲望を解き放って、冷静になったせいだろうか。

その目には、今の美月ねえは、とても恐い、見知らぬ女性に見えた。

「――どうしたの、彰ちゃん?」

美人て、淫らで、恐い、その女の人──美月ねえじゃない女性が口を開いた。

僕の精液を吸った艶やかな唇で。

その女(ひと)が、白い胸乳に黒髪を絡ませながらゆっくり近づいてくる。

「う…うわああああーーーーっ」

僕は、本能的に立ち上がって、部屋の外に飛び出した。

 

走る。

走る。

長い廊下は、子供の頃から慣れ親しんでいたけど、

こんなに長くて曲がりくねって、逃げにくいものだったけ?

僕は、すぐ後ろにあの女の人に追いかけられているような気がして必死に逃げた。

──廊下の角を曲がったところで、誰かにぶつかった。

「!?」

うしろに転げそうになって、ぶつかった相手に肩をつかまれて支えられる。

「――星華ねえ……」

僕を支えてくれたのは、星華ねえだった。

お風呂上りなのか、Tシャツと短パンにバスタオルをかけた姿だ。

「どうした、彰? 真っ裸で……?」

星華ねえは、慌てるふうもなく、静かに聞いてきた。

そうだ、僕ってば、無月ねえに脱がされたまま、裸で……。

「み、美月ねえが……」

それっきり絶句して、必死に股間を隠している僕を見て、星華ねえは何かを悟ったのだろう。

バスタオルを僕に手渡して腰に巻くように身振りで命じると、

「ついてきて。とりあえず、私の部屋に──」

と言って、廊下を歩き始めた。

 

 

 

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