一日一東方

2011年10月22日
(神霊廟・豊聡耳神子)

 


『M.i.3』

 

 

「太子様、ひとつお聞きしたいのですが……」
 幻想郷内を探索がてら練り歩いていた際、布都は前を歩く神子に兼ねてより疑問に思っていたことを尋ねた。
 神子が引き連れているのは布都と屠自古。まずは太子廟の入り口となる墓場を確認しておこうと、ひとつひとつの墓石を見て回っている最中であった。
「あら、何でしょう」
「どうか、お気を悪くされませんよう」
「大丈夫ですよ」
 微笑を浮かべ、恐縮している布都の緊張を解きほぐす。屠自古は基本的に口を挟まず、事の成り行きを見守っている。
「では……」
 わざわざ間を取って、神子の目を見ながら告げる。
 不意に、冬の匂いを感じさせる風が、三者の髪をめいめいに揺らす。
「その、独創的な髪型は一体……」
 神子の頭頂部にふたつ付いている、耳か寝癖かそれ以外の何かなのか、よくわからない部分もゆらゆらと揺れる。
 彼女は布都の指摘を受けて、やや気恥ずかしそうにその部位に触れる。
「あ! その、仰りたくないことであれば、胸に秘めて頂いても構いませんので!」
「……あーぁ、言っちゃったー」
 慌てふためく布都を崖から突き落とすように、屠自古が追い打ちを掛ける。布都は咄嗟に屠自古を睨むものの、当の亡霊は口笛を吹いて素知らぬ顔をしていた。
 頬を染めている神子にどう言い訳しようかとてんやわんやしているうちに、神子は照れながらも布都の腕を叩いて冷静になるよう促した。
「……これはですね。私も何とかしたかったのですが、どうしても跳ねが直らなくて」
 跳ねた部分に手を添えて、兎のようなそれを矯正しようと試みる神子。けれども千数百年の年季が入った寝癖はそう易々と直るものではなく、神子も一日で諦めるに至ったのであった。
「ふむ……、それは困りましたな」
「何を悩んでるんです。そんなの簡単じゃないですか」
 静観を決め込んでいた屠自古が、腕組みをして煩悶としている布都を押しのけて前に出てきた。布都はあからさまな嫌な顔をしていたが、屠自古は全く怯む様子を見せず、どこからか業務用のごついハサミを取り出して、人差し指に嵌めてぐるぐると回し始めた。
「切れば」
 パチン、と上手い具合に手の中に収める。
 これには神子も疑似的な耳を隠さざるを得ず、布都の延髄切りが唸りを上げて屠自古の上段ガードと共に吹き飛ばした。
 ガオンと音を立てて崩れ落ちる墓石を尻目に、布都は散髪を除く対案を弾き出す。
「そう、そうです! 帽子を被ってみたら如何ですか!」
 我におまかせを! と言いながら自分の帽子を神子の頭に乗せたのだが、そもそも跳ねている髪が邪魔で上手く被せることができない。ぽすっ、と悲しげに地面に落ちる布都の帽子を、神子が申し訳なさそうに拾い上げる。
「申し出はありがたいのだけど、君たちの帽子だと髪の毛が収まらないみたいね」
「ううむ……」
「でも、帽子という案は悪くないわね。もう少し大きければ、何とかなったかもしれないけど」
 手渡された帽子を被り直し、布都はなおも考えを巡らせ、そして何か閃いたように手を叩く。ちょうどその頃、墓石と一緒に崩れ落ちた屠自古が瓦礫の中から蘇り、修復できるところを修復している最中であった。
「そうだ! 大祀廟を守っているあのキョンシーはどうだろう!?」
「あー……、そうかもね」
 墓石を建て直した屠自古が、砂埃を払いのけながら再登場した。帽子を逆さにするとざざーっと大量の石ころが落ちてくる。
「何だっけ、名前……。確か、ゾンビなのに良い匂いがするとか矛盾した感じだったような……」
「芳香ですよ、宮古芳香」
「あーそう、そんな感じの……って、青娥か」
「うぼぉー」
 登場する機会を窺っていたのか、仙女の青娥とキョンシーの芳香が颯爽と姿を現す。芳香は大陸伝来の幅広な帽子を被っており、状況を把握していた青娥が芳香の頭から帽子を剥ぎ取る。
「あ、ぁ……あたまがかるいっ」
「はい、太子様」
 にこやかに、神子とは異なる種類の笑みを浮かべ、青娥は神子に帽子を手渡そうとする。が、その途中で、布都がその腕を掴む。
「いや、待て。その者は、腐っておるのではないのか」
「お肌の手入れは万全ですわ。これでも結構、良い匂いが致しますの」
 試してみます? と差し出された芳香を払いのけ、布都はみずから帽子の匂いを嗅ぐ。この間、払いのけられた芳香は、陸に打ち上げられた魚類のようにびくんびくんと跳ね回っていた。屠自古はそれを物珍しげに眺めている。
「……、むう、確かに問題はないようだな」
「生き死にの基準で申されるなら、あなた方も十分に年季の入った死体でありましょうに。何を躊躇う必要がございましょうか」
「うぬぅ……相変わらず、口だけは達者よのう」
「恐れ入ります」
 優雅に会釈をしてみせる。その後は興味が失せたと言わんばかりに、びくんびくんと痙攣しながら墓場を練り歩く芳香とそれを見守る屠自古の後を追っていった。
 期せずして取り残されてしまった布都と神子は、ひとまず帽子の引き渡しを行い、先行する屠自古たちを追いかけることにした。
 無論、神子の頭に帽子がきちんと収まるかどうかの確認は怠らない。
「太子様、帽子のお加減は」
「……、えぇ、悪くはないと思うわ」
 ありがとう、という感謝の言葉を受け、布都はさも当然のことのように胸を張っていたが、内心では期待と不安が入り混じっていたことを、神子の耳はしかと捉えていた。
 神子の寝癖が一段落着いて、後は探索を続けるだけだと屠自古に追い付いた時、帽子を失った芳香は地面との抱擁に飽きて既に立ち上がっていた。寝ているのか起きているのか、はたまた生きているのか死んでいるのかよくわからない顔つきだが、視線が神子の方を向いた途端、目を輝かせていたのは誰の目にも明らかだった。
「……我が眠りを妨げる者は、誰だー!」
 寝てたのかよ、という屠自古の指摘を振り払うように、死体らしからぬ俊敏さで神子に飛びかかる。おそらくは神子の被っている帽子を見て、よくわからない方向に覚醒してしまったのだろうが、神子からすれば飛んだとばっちりである。
「太子様!」
 しかしここは神子を慕う布都が颯爽と芳香の前に立ちはだかり、「我におまかせを!」とご自慢の決めポーズを構えたところで、芳香の額から図太いかんざしが生えた。
 鋭い先端が額のお札をも突き破り、謎の液体がぽたぽた滴る。
 スプラッタ。
「おほほほ」
 その研ぎ澄ました笑い声で、おおよその状況は呑み込めた。
 芳香が想定外の行動を見せた瞬間、青娥もまた芳香の背後に迫り、己が差していたかんざしを、即座に芳香の頭蓋に突き刺したのだ。
 元々芳香は死体であるから、殺人には値しないので問題ない。問題ないが、酷い有り様ではあった。
「びくんびくん……く、くやしいけど、でもっ」
「おほほほ、失礼致しました」
「ひぎぃ」
 かんざしの刺さった芳香を持ち上げたまま、青娥は揚々とその場を後にする。傍から視ると異様な光景だが、現場にいた者からすれば、居たたまれなかったんだなというのがよくわかる。
 血痕が飛び散った現場に佇み、話の流れから完全に取り残された彼女たちの中で、唯一屠自古が軽い口調で喋り始める。
「そういえば私、思ったんですけど」
「なんだ」
 屠自古は神子が被っている帽子を見、ちょうど耳的な寝癖のある位置に人差し指を当てて、他人事のように提案する。
「かんざし、差してみるのもいいんじゃないですかね」
 神子は、ゆっくりと首を振った。
 穏やかに。
 これ以上、何も望みはしないと言うように……。

 

 

 



幽谷響子 宮古芳香 霍青娥 蘇我屠自古 物部布都 二ッ岩マミゾウ
SS
Index

2011年10月22日  藤村流
東方project二次創作小説





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