一日一東方
2011年10月21日
(神霊廟・物部布都)
『生きとし生ける全ての者と死して死にゆく全ての者へ』
紅葉は美しく見応えがあるのだが、落ち葉の掃除は憂鬱なものだ。木も掃き掃除をする者のことも考えて散ってくれれば良いのだが、人に気を遣う自然というのも気味が悪い。これも森羅万象の道行きだと諦めて、霊夢は境内に降り積もった木の葉を物憂げに掃いていた。
そこに突然、くたびれた葉を踏み締める音が響き、霊夢は咄嗟にそちらを見やる。
と。
「来てやったぞ。さあ、茶を振る舞うがよい」
どこかで見たことのある顔だと思ったら、いつかの夜に出くわした尸解仙であった。名を物部布都という。傲岸不遜な態度も、さほど大きくはない身体と生来の童顔から、ただの小生意気な童子にしか見えない。いつぞやは大祀廟を守護する存在だと自信満々に吠えていたのが、弾幕勝負に負けた途端、急にしおらしくなってしまった。
その彼女が鼻息も荒く、腕組みをしてお茶を要求してくる。
「帰れ」
「えっ」
やっぱり傷付いたらしかった。
尸解仙がこんなに打たれ弱くて大丈夫かと思うが、霊夢にとっては大祀廟がどうなろうとわりとどうでもよかった。淹れるお茶もタダではないのだし。
「では、我は何のためにここに来たのか……」
「知らないわよ……。あーもう、泣きそうな顔しないでよ。私が悪いみたいじゃない」
「たわけが、泣いてなどおらぬわ!」
「面倒くさいわねえ、もう……」
まだ掃除を始めたばかりなのに、休憩を取るのも少し不真面目に過ぎる気がする。けれども、我がままし放題の新米尸解仙を放っておく方がよっぽど厄介である。
小さく溜息を吐いて、霊夢は小さく手招きをする。
「いいわよ。入んなさい」
「そうか! では世話になるぞ!」
「声がうるさい……」
霊夢の文句など耳に入っていないというふうに、布都は大股で境内を横切り、神社の社務所にずかずかと上がり込んでいく。
理不尽な思いを抱きながら、霊夢は自棄気味に箒を担ぎ、無邪気な尸解仙の待つ社務社に引き上げていった。
現代の煎茶にたいそう満足したらしい布都は、聞いてもいないのに自身の昔話を語り始めた。霊夢はそれを聞き流しながら、束の間の休憩を存分に味わっていた。お茶もつまみも今は十分にあるし、それが先日知り合ったばかりの人か妖か死体かわからない者に奪われていくのはまさしく諸行無常の理であるが、いつかは無くなるものと思えば悲しみを覚える必要もない。
そう思うことにした。
「ところで、だ」
話に一区切りついたらしく、布都は湯呑茶碗を置いて話題を変える。
霊夢はちょうど煎餅に齧りついていたところだったため、「ちょっと待って」と布都に目で訴えるのだが、やはりというか布都は構わずに話を始める。霊夢が半目になっても全く意に介さない、ある意味では器の大きい少女である。
「……おぬし、尸解仙になる気はないか?」
さも、それが素晴らしいことであるかのように、布都は勧める。
霊夢は煎餅の半分をばりばり噛み砕き、それを嚥下した後に、すぐさま残りの半分を口の中に放り込んだ。指先にわずかにへばりついた醤油のぬめり気を舌で舐め取って、ちゃぶ台に置いてあった布巾で指を拭く。その際、たまたま見えた布都の瞳には、一切の後ろめたさが感じられなかった。
「尸解仙はよいぞ。私や太子のような成功例もある、何より、道教の最終目的である不老長寿を達成することができるのだからな。無論、誰にも成せる業でもなし、誰にでも遂げられる道ではないが……おぬしは、見込みがある。我が言うのだから、間違いない」
煎餅を咀嚼し終え、次の煎餅に手を伸ばしたところで、布都に手首を掴まれる。相変わらずふわふわした面構えなのかと思いきや、意外にも真剣そのものといった表情であった。
「冗談で言っているわけではないぞ」
「冗談の方が何百倍もマシよ、全く」
吐き捨てるように呟いて、無理やり煎餅を掴みに行く。布都も霊夢の強引さに屈し、やむなく手を離す。
先程より小ぶりな煎餅を手に取り、やる気のない口調で、ばりぼりと煎餅を齧りながら霊夢は喋り出す。
「……あのさぁ、そんなに長生きして、んむっ、何になるわけ?」
合間合間にお茶を啜り、胡坐を掻く布都の表情を窺う。布都はやはり眉を潜めて、尸解仙の素晴らしさを説くことに懸命であった。
「死が、怖くはないのか。死して、全てを失うことが」
「そりゃ、怖くないって言ったら、……むぐ、嘘になるけど」
次の煎餅に照準を合わせてみても、既に結構な量の煎餅とお茶を胃に流し込んでいるから、あまり気乗りはしなかった。饅頭か羊羹があれば話は別だが、それほど手の込んだ持て成しをする相手でもない。
「死ぬ時には死んどくのが自然よ。人間も、たとえ妖怪であっても、ね」
「……我らが、自然に反する存在である、と?」
「どうかしら。神様に反する存在だろうと、神様を倒しちゃえば無理がまかり通る世の中だしね。私は、まぁ、長生きしてもあんまりやることなさそうだし……、長生きしそうな奴らはたくさんいるから、話し相手には困らないと思うけど」
正面にいる新手の茶飲み相手を見て、霊夢は湯呑みを傾ける。
しばし、布都は難しそうな顔をして霊夢を見詰めていたが、やがて意を決したように勢いよく立ち上がった。
「……短い間だが、世話になった」
「あら、もうお帰り?」
「うむ。煎茶と煎餅、なかなか美味しかったぞ。これからも精進するがよい」
「いや別に私が作ってるわけじゃないんだけど」
「では、さらばだ! また会おう!」
大仰に身を翻し、布都は縁側から中庭に飛び出していった。
「いちいちうるさい……」
霊夢が耳を塞いでも時既に遅く、布都の後ろ姿はもうどこにも見当たらない。あの様子だと、折角溜めた落ち葉の山も巻き上げていったのかもしれない。その無残な光景を思い、霊夢は休憩の甲斐なく溜息を吐いた。
立て掛けておいた箒を構える過程で、赤らみ始めた空を仰ぐ。
布都の慕う太子の話によれば、権力者はそれを失うことを恐れ、己の権力を維持したまま半永久的に生きることを望む。不老不死。けれど彼女たちが尸解仙になるには千年以上の時を要した。
時代は移り変わり、空は色褪せずとも、人の世は変わってしまった。
それを、彼女たちがどう感じているかは、霊夢の推し量れるところではない。
ただ、厄介な茶飲み相手が増えたのだと、嘆息していればよい。
「やれやれ、ね」
わざとらしく肩を竦めて、霊夢は大きく振りかぶった箒の先を、奇跡的にそのままだった木の葉の山に打ち付けた。
幽谷響子 宮古芳香 霍青娥 蘇我屠自古 豊聡耳神子 二ッ岩マミゾウ
SS
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2011年10月21日 藤村流 |
東方project二次創作小説 |