4.


 酷い夢を見た。
 具体的には、メリーに唇を求められる夢。執拗に迫られ、逃げても捕まえられ、とどめを刺したはずなのに電撃的な復活を果たす。不死身のメリーと呼ぶに相応しい。
 夢の中でも相変わらずメリーは発情している様子で、スカートから引きずり出した触手で蓮子の手足を拘束すると、そのまま蓮子を剥いてその唇に己の唇を――
「……夢か」
 ぱちくりと瞳を開け、瞬きを繰り返し、宇佐見蓮子は現実を受け入れる。
「どんな夢だったの」
「メリーに襲われる夢だったわ」
「今とあんまり変わらないわね」
「近付いてくんな」
 覆いかぶさるような体勢で、メリーは蓮子の頭の横に両手を付き、仰向けになった蓮子の唇に己の唇を押しつけようとしている。
 隣の布団で寝ていたはずなのに、如何なる寝相の悪さか、ただの夜這いであるならば話は早いが、むしろ性質が悪いと気付くべきである。
 然らば、メリーの腰に親指を当て、脇腹の二点を強く鋭く押す。「もょ」と形容しがたい呻き声を上げ、メリーは襦袢を着崩したまま布団の上を転げ回っていた。
「う、んぅー。よく寝たわ……」
 腕を伸ばして、まぶたを擦る。障子から漏れる朝の光がこそばゆく、うっすらと涙を誘う。見慣れない天井には染みひとつ見当たらず、部屋に置かれた調度品はどれも骨董屋が目を血走らせて欲しがるような時代物だ。
 この世界は何なのか。
 メリーが考えているような、夢の世界ならば深く追究する意味はないかもしれない。もし違うのならば、解き明かしたい気持ちはある。
 加えて、稗田阿求とは何者なのか。
 如何にも怪しげな二人組を家に招き入れ、食事と寝床を与える好待遇に処するのは何故か。うまい話には裏がある。善意か打算か、いずれにしても何か重大な事項を阿求は隠していると見るべきだ。
 謎は尽きず、早急に解決しなければならない問題もあるはずだった。が、個人の探究心よりも優先しなければならないものが、今蓮子の前に横たわっているのだ。
「……まあ、仕方ないわよね。メリーだし」
「にゅぅ……」
 枕に顔を埋め、苦しげに呻く友人を見て、蓮子は頬を緩ませた。
 布団の横には、丁寧に折り畳まれたふたりの服が置いてある。ぴっちりと糊をきかせてあるあたり、使用人の手際の良さが窺える。匂いを嗅いでみても、特に妙な臭気を感じることはない。むしろ心地よいくらいだ。
 メリーもつられるように鼻を寄せ、続けて蓮子の髪の毛に鼻の頭を近付けようとして、蓮子に距離を取られていた。メリーが拗ねる。
「私は蓮子が精子臭くないか確認しようと思っただけよう」
「別に何臭くないもの」
「でも蓮子臭かったわ」
「表現を選べ」
 メリーの額を軽く叩いて、蓮子は自分の服を抱いて力強く立ち上がった。
 ここから、秘封倶楽部の本領発揮である。

 振る舞われた朝食もそこそこに、蓮子は覚醒後間もない阿求を揺さぶって事件の調査に乗り出した。朝は苦手なようで、しばらく不機嫌極まりない表情を晒していたが、蓮子の頬を引っ張ってもその憎たらしいくらいの笑顔に変化がないと知るや、腹を括って可愛らしい仏頂面を引っ込めた。
 普段着を身に纏い、メリー以上に蓮子は溌剌とした表情をたたえている。これが秘封倶楽部の正装だと言いたげに、黒い帽子を被り、スカートを翻してくるりと回る。
「やっぱり、この格好じゃないと締まらないわね。昨日の私はどうかしてたわ、うん、今ならそう言える」
「蓮子って、わりと雰囲気重視なところあるわよね」
「形から入るのは歴史の王道よ!」
 腰に手を当て、えへんと鼻息を吐く。調子が良いにも程があるけれど、幸いにも昇り調子の蓮子を諌める者は誰もいなかった。苦笑いするメリーは元より、靴を履くのに手間取っていた阿求も含めて。
「それはまた、随分と大きく出ましたね……と、私も準備が整いましたので、そろそろ発ちましょう」
「あいあいさー」
 威勢よく返事をする蓮子と対照的に、周囲を見渡してから阿求はこれ見よがしに溜息を吐く。おそらく、自分たちに向けてのものではないだろうと蓮子は踏んだが。
「どうしたの。阿求」
「いえ、何でもありませんよ。今日もまた、護衛が付いているのかもしれないと思っただけです」
「……誰もいないように見えるけど」
「気配を消していらっしゃるんですよ。稗田に仕える者の中には、小手先の連中など片手で捻るような猛者が少なからずおりますし。ですから、道中はそりゃあ安全そのものでしょうよ。それ以前に里の中で妖怪が暴れるなんてこと事態、そうそう起こりゃしませんがね」
 阿求は肩を竦め、開け放たれた玄関の奥に鋭い視線を送る。心配げにこちらを覗きこんでいた使用人のひとりが、慌ただしく廊下の向こうに引っ込んでいく。
 途中、『妖怪』という聞き慣れていない単語を耳にしたが、今はまだ追究すべき時間ではないと蓮子は衝動を抑えた。
「そういう阿求は、怒ってるように見えるけど」
「気のせいじゃないですかねー」
 不機嫌を隠そうともしない阿求は、視界には映らなくとも護衛そのものを不服と感じているようだった。
 守られる弱さを認めたくない自尊心、自由に動けない己の不甲斐なさ、弱さを断ち切れない情けなさ、理由などいくらでも考えられるが、結局のところは阿求に問わねばわかるまい。
 だから蓮子は不貞腐れる阿求の背中を軽く叩き、「行きましょ」と満面の笑みで歩き始める。阿求も、「仕方ないですね」と苦笑しながら蓮子の後に続く。
 メリーは、微笑みを浮かべながらそんなふたりを眺めている。

 調査の基本は聞き込みである。
 彼らが普段と異なる行為を犯した原因を探るためには、その当人以外にも事情を聴く必要がある。彼らがどんな仕事に就き、どんな趣味を持ち、活動範囲がどの程度の広さなのか。しらみ潰しに当たっていけば、何か共通点が見つかるかもしれない。それはとても地道な作業であり、義務感や使命感を背負っているからといって容易にこなせる仕事でもない。
 だが、蓮子の表情に迷いはなかった。自身が被害者であることも理由に挙げられるが、何よりメリーの異常を解き明かせる可能性があるのだし、生来の冒険家根性が胸の中でうるさいくらいにざわついているのだ。考えることは嫌いじゃない。行動を起こすなら早い方が良い。壁があるなら望むところだ、全て乗り越えてこそ到達する意味があるというもの。
 今回もまた、強大な壁が目の前に立ちはだかっていると、経験から蓮子はそう考えていた。が。
「――どう思います?」
「どうって、ねえ……」
 何人かの関係者に事情聴取をし、お昼も近いからと一行は最寄りの茶菓子屋に立ち寄って休憩を取っていた。小上がりの席で足を伸ばし、蓮子はこれまで得た情報を簡単に整理する。阿求も同じように思考を巡らせているようだが、表情は芳しくない。
 一方のメリーは、開始当初からほんわかした微笑を浮かべたままだ。
「むぐ、話が早くていいじゃない。それはそうと、もごもご、お団子おいしいわねもぐもぐ」
「あんたは食べすぎ」
 目を見張る勢いで三色団子を頬張るメリーに、蓮子は呆れたような視線を送る。
 結論からすれば、収穫はあった。むしろ、核心に迫ったといっても過言ではない。
 だが、その距離を詰めるために必要な時間が、あまりにも短かった。
「一人目は、豆腐屋だったわね。一週間前に、湖の側にあるお屋敷に御用聞きに行って、今回の事件に至る」
「二人目は、花屋のご主人。この方に関しては過去にそういう話も聞きましたが、ここ最近は浮いた話もなかったので、正直意外でしたよ。……湖に程近い紅いお屋敷に花を届けに行って、すぐのことですからね」
「で、三人目は、酒屋の旦那だったかしら。あの館の主はワイン党だからって、初めて足を踏み入れたんだってさ。噂と違って、随分と待遇も良かったらしいわ。お得意さんになるかもしれないって、知り合いにさんざん自慢してたみたいね」
「四人目は……」
 手帳を睨んで経過報告を行う阿求に、蓮子はひらひらと手を振る。
「もういいわよ。こうも共通点がはっきりしてると、かえって疑わしいわ」
「罠、と?」
「さあ、ね」
 冷めかけたお茶を啜り、凝り固まった眉間をほぐす。
 彼らに共通する行動は、『最近、湖の側にある紅いお屋敷に行った』ことである。早くて三日、遅くても一週間のうちに、彼らは性犯罪行為に及んでいる。一人目から三人目までは、蓮子とメリーを犯した面々だ。偶然にしては出来過ぎている、と誰もがそう思うだろう。
 彼らは現在、稗田邸にて身柄を拘束されているが、彼らの関係者には『故あって稗田家に滞在中』と説明している。稗田ならば安心と、今のところ深く追及されることはないが、そう長い期間拘留しておけるわけでもない。
 眉間を押し、瞳を閉じる。裏の裏を読む。正道、邪道、ありとあらゆる可能性を模索する。
「客観的に見て、明確な真実が存在する……」
「素敵な言葉ですね」
「ありがとう。虎穴に入らずんば虎児を得ずとはいうけど、現状で突っ込んでもミイラ取りがミイラになるだけね。相手の出方を待ちたいところだけど、こっちの舞台に上がってくれそうもないし」
「もぐ……そんなこといって、えろえろになるのが怖いだけなんじゃないの。蓮子は」
「そんなわけないじゃない」
「じゃ、行って確かめてみましょうよ」
「そんなわけいかないじゃない」
 蓮子は真顔で拒否する。口だけでなく動きも達者な蓮子には珍しく、二の足を踏んでいることがよく解る。蓮子は恐れているのだ、昨日のような事態に直面することを。
 一度目は堪えた、堪え切れたかどうかは不明だが、もし二度目があれば、蓮子は己がきっと陥落するであろうと予想していた。悲しいかな、メリーほど性行為の耐性がなく、その手の話を避け続けてきたツケがここぞの場面で回ってきてしまった。
 万事休す、にはまだ早い。打つべき手はまだある、と蓮子は信じているのだが。
「蓮子の意気地なし」
「うっ……」
 メリーの一言に、たじろぐ。瞳を細めて、値踏みするように蓮子を見る眼差しは、悪戯でもあまり見ることができない。メリーはどうやら失望しているようだった。
「誰だったかしらね、夢を現実に変えるなんて大仰なこと言っていたのは」
「そ、それとこれとは……」
「気概の問題よ。今の蓮子にはそれが感じられない。夜に怖じ気づいて、雷に震えて立ち竦んだままの子どもと一緒じゃないの。情けないったらないわね」
「うぐっ……」
「蓮子が行かないなら、私ひとりでも行くわよ。たかだか硬くて太い棒を咥えさせられたりあそこに突っ込まれたりする程度じゃない。そんな恥辱、簡単に乗り越えてこその秘封倶楽部じゃなかったの?」
「その信念は初耳だなあ……」
 情けないわねえと繰り返すメリーに、言い返したくとも言葉に詰まる蓮子。険呑とも安穏とも言い難い微妙な空気を打ち破ったのは、穏やかにお茶を啜っていた阿求だった。
「落ち着いてください。おふたりとも」
 かたん、と湯呑み茶碗をちゃぶ台に置く硬質な音で、場の雰囲気を引き締める。ふたりの視線を受けても、顔色ひとつ変えずに話を続ける。
「痴話喧嘩も結構ですが、まだ調査は終わっていませんよ。結論を出すのは屋敷に帰ってからでも遅くはありません」
「別に痴話痴話しいことはないと思うんだけど……」
「え、チワワ?」
「話がややこしくなるから」
 目を輝かせるメリーはゴールデンレトリーバーに似ていた。尻尾があったらよく似合うと思う。本人も仏頂面ながら満更でもない様子が目に浮かぶ。
 阿求の言うように、調査はまだ半分にも至っていない。団子も既に無くなっている。席を立つには丁度良い頃合いだ。おもむろに、阿求が腰を上げる。身体は軽そうなのに、何故か腰だけは重そうに見える不思議な少女である。
「では第二陣、行きましょうか」
「なんとなく予想は付くけどね……」
「先入観は死に至る病ですよ。客観的に見て――ですよね?」
 そうね、と嘆息しながら阿求に続いて立ち上がる。びりり、と半分正座していた足が悲しく軋んだ。
「蓮子の根性なし」
「なんであんたは立てるのよ……」
 修練の差であった。

 夕暮れ時。稗田邸。
 最早馴染みとなった稗田のお屋敷には、最近湧いたという温泉がある。誰かが掘ったわけでもなく、ごく自然に地中から噴き出てきたそうだ。不思議なこともあるものだ、と簡単に納得する蓮子ではなかったが、阿求が「世の中には知らなくて良いことがあるのですよ」と不気味に呟くので、無闇に突っつくのはやめておいた。
 方々歩き回り、様々な人に話を聞き、如何に活発な蓮子といえど疲労の色は隠せなかった。ゆえに阿求が温泉の存在をほのめかした時、渡りに船とばかりに食いついたのは無理からぬところだった。
「折角なのでみなさんで入りましょう」
 と、にこやかに提案する阿求を無碍にすることもできず、そこはかとなく嫌な予感に苛まれながらも脱衣所に移動。寒い寒いと震えながらすのこの上で服を脱ぐこと数分、阿求の発育具合が当時の年齢の蓮子を凌駕していたことを除けば、大した問題もないまま滞りなく手造り温泉に到達した。
「しかし大きいわね……一体何食って生活してるの」
「おいしいごはんですよ。それに、メリーさんの前だと比べるのが馬鹿らしくなりませんか」
「たとえ五十歩百歩でも前に進んでた方が勝者なのよぅ」
 言って、阿求の髪の毛をわしゃわしゃと掻き乱す。さしたる抵抗もせず、阿求はいそいそと身体を洗い始める。天然の温泉を前に、いやがうえにも興奮して今にも飛び込みかねない秘封倶楽部とは大違いだ。
「メリー、あそこ源泉だから触ってみなよ」
「焼け爛れるとは思わないかしら」
「今のメリーなら、『あっつぅ……こんなにたくさん、白いの(湯気)出して……』とか言って乗り越えられるわよきっと」
「どーん」
「ぎゃー!」
 酔っ払いのノリが炸裂する秘封倶楽部をよそに、延々と手拭いに石鹸を擦り続ける阿求。源泉が掛け流しにされている温泉の一角に突き落とされた蓮子は、落下と同等の速度で陸に這い上がってきた。無論、肌は赤い。
「あはは、蓮子おもしろーい」
「鬼か! いくらなんでも死ぬわ!」
 指差して笑うメリーを叱責する余裕もなく、蓮子は必死に水を探したがそんなものはどこにもなかった。阿求は首を振るばかりである。
「私、蓮子のそういうところ好きよ」
「えーそういう台詞はもっと真面目なとこで口走ってくれると」
「どーん」
「ぎゃー!」
 よくわからない集団と化したふたりを尻目に、阿求は泡まみれになって原型を失いつつあった。お風呂に入る前は身体を洗ってくださいね、と予め念を押されていたにもかかわらず、この体たらくである。阿求は人知れず溜息を吐いた。
「……はぁー、酷い目に遭ったわ」
「お風呂に入る前は身体を洗ってくださいね」
「いやぁ、忘れてたわけじゃないんだけどさ、メリーがはしゃいじゃってもう」
 心なしか全体的に肌が赤らんでいる蓮子が、阿求の隣に陣取って石鹸を要求する。メリーは案の定、友人の隣に座り込んで恨みがましい視線を送る。
「そうやって私のせいにするのね、蓮子は」
「当たり前じゃん! 死ぬわ!」
「まあまあ」
「どうどう」
「馬かよ」
「牛……じゃないものね」
「そうですね」
「どこ見てるんだこら」
 左右から自分の乳房を凝視され、頬を染めながらもふたりの額に打撃を加える。だがその程度で怯むことを知らないのが現状のメリーであり、手の中で石鹸を転がしている蓮子の二の腕に触れ、びくんと感度よく震えるさまを見て悦んでいる。
「感じやすいのね、蓮子は」
「とろけた声出しても無駄だからね。温泉があるんだから温泉に入りなさい」
「じゃ、向かい合って洗いっこしましょうか」
「何そのわかりやすい展開。断じて認めないわよ」
「けち」
「けちで結構。ほら、阿求の背中空いてるから流してあげなさい」
「やめてください」
 早くも居場所を失う哀れなメリー。独り寂しく火照った身体を洗う。
 時折、不意を突いて蓮子の身体に触れようとするメリーだが、蓮子の守備は堅く髪を洗いながらでは揺さぶることもままならなかった。そこそこ泡まみれになりながら、口惜しげに唇を噛む。
「ねー、少しは触らせてくれてもいいじゃないー」
「段々と見境がなくなってきたわね……末恐ろしいわ」
「おっぱいは揉んだら大きくなるのよー」
「なんないし、大きくしてもあんまり意味はない」
「ねー、蓮子のおっぱいー」
「もうやだこのメリー……」
「むう。困りましたね」
 既に阿求は髪も身体も洗い終えて、後は勢いよく温泉に飛び込むのを待つばかりである。一方の蓮子は、メリーの攻撃を防ぐばかりで身体もろくに洗えていない。辛うじて、腕と足のあたりに泡が付着しているくらいだ。
「どうでしょう。大人しく揉まれてみては」
「いいの?」
「よくねえ」
 爛々と瞳を輝かせるメリーから目を逸らし、たまたま視線の先にいた阿求に矛先を向ける。
「私はいいから、阿求の発展途上おっぱいでも愛でてなさい」
「いただきまーす」
「来ないでください」
 ことごとく拒絶され、しょぼんと肩を落とすメリー。見れば、局部に値する個所はどこも泡だらけで、乳首や陰部は泡に隠れて良い感じに迷彩が掛かっている。誰に対しての迷彩かは定かでないが。
 今一度、確認しておかなければならない。
 マエリベリー・ハーンは巨乳である。これは全体的な脂肪の割合が高いというよりか、肩幅の広い体躯、連綿と繋がっている遺伝子の系譜がそうさせたと考えるべきである。ブラは確かに装着しているが、外した状態でも綺麗な半球形を保持しているのはある種の奇跡と呼ぶほかない。無論、何もしていないにもかかわらず、メリーの乳首は勃起している。
 対する蓮子の乳房は、ごく平均的な、あるいはそれよりも幾分か小ぶりに設計されている。あるともないとも言い難く、滑らかなおわんの流線形も、メリーのそれを前にしては些か地味な印象を受ける。
 無意識に、自分の胸とメリーの胸を見比べていたことに気付き、不埒な妄想を振り払うように頬を指で弾く。が、そのわずかな視点の移動に注目していた人物が、この場に存在していた。
「ひとつ、思ったのですが」
「どうせ私はそんなに大きくないですよ」
「誰もそんなこと言ってませんよ。蓮子さんのおっぱいも、柔らかそうで素敵じゃありませんか。好きなひと、結構いると思いますよ」
「どんな慰め方……」
 ともあれ、と阿求は蓮子を遮り、胸にぺたんと手のひらを乗せる蓮子に問いかける。
「メリーさんは確かにえろいですけど、蓮子さんもわりとえろいですよね」
「何を馬鹿な」
「でなければ、お友達の性交に見入ることはないはず。それも二回」
「あ、あれは、踏み出す勇気がなくて」
「知らない男のひとのおちんちん咥えこんで、蓮子もきゃんきゃん鳴いてたもんね」
「な、鳴いてなんか……」
 否定したいはずなのに、あのことを思い出すと言葉に詰まる。色合い、感触、熱、臭い、そのどれかを想起するたび、身体の力は瞬く間に抜けて、蓮子は二の句が告げられなくなる。
「ふふ……口では嫌がっていても、あそこは正直ね」
「あんたはそれ言いたいだけでしょ……」
 しおらしく座りこむ蓮子にこれ幸いと手を伸ばすメリーだが、蓮子の防衛機構は自身の機能がどれだけ低下していようともメリーに対してのみ絶大な守備力を誇る。首筋に伸びたメリーの手をぴしゃりと叩き落とし、突然
「わかりました」と納得した阿求に目を向けた。
 胸の前で腕を組んでも、メリーほどの圧迫感はない阿求おっぱいだが、それでも阿求の年齢にしては目を見張るほどの容量があると言わざるを得ない。
「私が危惧しているのは、蓮子さんもメリーさんと同じ症状に掛かっているのではないか、という点です。もしそうであった場合、こちらから紅魔館に赴くのは飛んで火に入る夏の虫、自殺行為になりかねません」
「それは……まあ、そうね」
 人差し指を立てて、阿求は力説する。
 休憩後の調査でも、「湖の側にある紅い屋敷」、通称『紅魔館』に関係しているという共通項を得たくらいで、目新しい情報は手に入らなかった。直接出入りしていなくても、家族が、恋人が、というケースが見受けられた。
 これらの結果を総合すると見えてくるもの。それは。
 ――感染、である。
「現在、どの程度の接触であれば感染に至るのか、詳しいことはわかりませんが」
「でも私は、自分から咥えに行ったり腰を振ったりしてないわよ」
「蓮子さんの意識はどうあれ、重要なのは観察と実証です。ですが、それを検証する場合、蓮子さんはご自身の気持ちに素直になって頂く必要があります。わかりますか」
「……わかんない」
「要は、えっちな気持ちになったらいつでもオナニーしていいってことよ」
「オナニー言うな」
「お、おな……?」
「あぁ、自慰のことよ。手淫、マスターベーションとも言うけれど」
「なんでそんなに詳しいのよメリーは……」
 病に掛かる前から、超弩級のスケベだった可能性も否定できない。できれば否定したいところだったが、ただ病気によって淫乱になったというには寝技の質が高く知識の量も多い。蓮子は、自分の知らないところで性の経験値を積み上げてきた親友の艶姿を、若干遠いところから眺めることしかできなかった。
 まずは身体を洗うのが先決と、蓮子は弄んでいた石鹸を本来の役目に帰すべく手拭いに擦りつけた。阿求の気配が不意に陰り、背中を行き過ぎ、髪の毛を纏めて温泉の湯を浴びていたメリーに接近する。
「そういうわけですので、メリーさんにもご助力をお願いしますね」
「ひゃっ……! やだ、いきなり背中なぞらないでよ、もう……」
 拗ねながらも、声音は正直である。あれほどメリーの接近を拒んでいたのに、いざ責める側になると態度も雰囲気もガラッと変わる。稗田阿求の真髄を、蓮子は垣間見た気がした。
 だが今は身体を洗うのが先決である、と自分に言い聞かせるだけの簡単な作業を延々と繰り返すのみだ。他にすることはない。
「うわ、ほんとにおっぱい大きいですね……掬ってもこんなに余りますよ、ほら」
「ん……阿求の手、柔らかいのね。お布団に包まれてるみたい」
「それは光栄なことで」
 阿求は、餅でもこねるようにメリーの胸を揉んでいる。痛覚を刺激しない程度に優しく、快楽を誘引する程度には強く、洗ったばかりのつるつるとした肌を勝手気ままに弄ぶ。
 もみもみだろうか、ふにゅふにゅだろうか。視界の端に飛び込む過激な触れ合いを間近に感じ、蓮子は益体もないことを考えながら手拭いを泡立てることに没頭した。
「もう、先っぽが硬くなってますね。一体何を妄想していたんですか、変態さん」
「あうぅん! だ、だってぇ……」
 背後から胸を揉みしだかれ、乳首の勃起を摘ままれて、メリーの声色にも余裕が無くなってきた。蓮子は泡にまみれた手拭いを自らの大胸筋に押しつけ、真実は苛酷であると自分に強く言い聞かせた。
 しかし乳房を揉んでいるだけなのに、よくもこれほど間が持つものである。温泉の熱で、水に濡れた身体でもしばらくは温かいだろうが、それにしても限度はある。あるいは、感度の良い部分を擦られて、内側から身体が火照っていると考えるべきか。
「ふぁ、んぅ……! ちょ、強い……かな」
「失礼。なかなか反応が良いものですから、つい」
「んうっ!?」
 言うが早いか、阿求はメリーの両乳首をほぼ同時に摘まみ上げる。ぎゅっと音がするくらい強く、握り潰すように攻め立てる。メリーも不意に顔を歪め、辛そうに俯いていた。
 その後は、こりこりと豆を転がすように乳首に触れ、軽く押したり引っ張ったりを繰り返す。出産経験がないメリーのこと、いくら刺激しても母乳が噴出したりはしないが、阿求は確かにメリーの乳を搾っているといえた。
「は、あぁ……もう、ひどいんだから……」
 涙が出るわ、と目尻を拭い、メリーは胸にあてがわれている阿求の手に自らの手を添える。そっと乳房から手を外し、肌の上を滑らせるようにして、おへそから股間へと導いていく。安逸な経路である。だが振り返り際に見えた阿求の笑みは、その短絡的な想像でさえ易々と実現してのけるほどの自信に満ちていた。
 幼い外見に似合わない雰囲気に、メリーは呑まれ、期待を寄せる。
「どうして、こんなに小さくて柔らかいのに……初めから、やることが解ってるのかしら。だから、無駄な動きが無くて、ひとを気持ちよくさせてあげられるの?」
 掠れた息で紡がれた問いにも、阿求は優しく答える。
「いえ、無駄な動きばっかりだと思いますよ。でも、ひとが気持ちよくなるであろう箇所は、そこそこ記憶しているつもりです」
 誇らしげに囁いて、か細い指先がメリーの秘部に触れる。
 ――にちゅ、と漏れた小さな水音は、源泉から湯船に流れ落ちる温泉の音に掻き消された。集中し、耳を澄まさねば、人の身体から零れ落ちる淫らな音の正体など解りはしないというように。
「おや、こちらも勃起してるみたいですね」
「ぼ、勃起だなんて、恥ずかしいこと言わないでよぉ……」
「今更じゃないですか。まだ知り合って間もない女の子におっぱいを弄ばれて、それで呑気に気持ちよくなってるんですから。それとも、知り合って間もないから興奮するんですか?」
 興奮を主張する陰核の勃起を、乳首のそれと同様に摘まんで転がす。感度は乳首の比ではなく、一回刺激するごとにメリーの全身が強張る。阿求はその反応に味を占めて重点的にクリトリスを責める。
「ぅ、あ、ぁんんんっ……!」
「ほら、ちゃんと大きな声で喘がないと、蓮子さんに聞こえませんよ」
「ぃゃぁ、でも、息が……くぅん……!」
「まだまだ、これからですよ。付いてきてくださいね」
 メリーの呼吸を無視し、花びらの内側に引っ掛けるようにして、指先を膣の中に滑り込ませる。ちゅぷん、と小石が水面に落ちる音が鳴り、メリーの性器は繊細な侵入者を許す。
「――、……っ!」
 同時に、片手を乳房に伸ばしている阿求にも解るくらい、メリーの鼓動が速まる。声が聞こえないのは、呼吸もままならないせいか。程無く、擦り切れた息が吐き出され、徐々に正常な呼吸を取り戻していく。
「はっ、ふぅ、んぁ……あ、あきゅう……」
「ふふ、休んでいる暇はありませんよ」
 阿求は乳房に当てていた手を離すと、片手で器用に石鹸を泡立て、再びメリーの胸を撫で回す。石鹸の泡が潤滑油の役割を果たし、胸のみならず、お腹に背中、太ももから足の先に至るまで、どこを触っても快感が得られるように仕向けられた。
 この時点で、既に蓮子は頭からお湯を被り、耳を塞ぐようにして温泉に飛び込んでいた。メリーと阿求の絡みに背を向けて、我関せずの姿勢を誇示する。それでも温泉から上がるという選択肢を選ばないのは、蓮子がまだ揺れている証拠でもある。
「んゃ、にゅるにゅるする……」
「手拭いより、素手の方が感じるんですよ。ほら」
「あ、ひぅん……! やだ、ぞくぞくって、えぅ……!」
 使えるのは両手だけではない。阿求の唇はメリーの首を舐め、おっぱいは背中に押しつけ、太ももですら脇腹に擦りつけて責め上げる。愛液が溢れ出す音の他に、ふたりの身体からもぬゅぷぬゅぷと淫猥な音が奏でられる。
 メリーが感じるのと同様、阿求も肌を重ね合わせている実感を経て快楽を共有している。乳首の突起がメリーの背中に押し潰され、そこに石鹸のぬめりも加わって得も謂われぬ快感を覚える。知らず、阿求の吐息も甘く蕩けていく。
「あふぅ……にゅぅ、メリーさんのからだ、あったかくて気持ちいい……」
「はぅんぅ……あきゅうのも、おっぱいの先っぽが硬くなってる……」
「ん……だめですよね、責める側が快楽に溺れてしまっては……」
「いいのよ。気持ちいいのは気持ちいいんだもの……誰もそれを拒むことはできないわ。自分に嘘は吐けないもの……ね、蓮子」
 蓮子は、鼻筋のあたりまで温泉に浸かり、子どものようにぶくぶくと水泡を生み出し続けている。メリーも、阿求も、その強情さに苦笑した。
 後ろから責めることにも飽き、阿求は体をずらしてメリーの正面に移る。覆いかぶさるように、メリーが比喩したような柔らかい布団になってメリーを抱く。身体の大きさはメリーより一回り小さいけれど、その温もりはメリーの全身を包み込んだ。
 ぬちゅり、と、小さな乳房と大きな乳房が重なり合い、その形が束の間に崩れる。歪んでは元に戻ろうと反発し、ぷるぷると震えながら相手の乳房を押しのけようと忙しなく動く。
「あぅ、ふぁ……ど、どうです……? 乳首が当たると、か、からだが痺れて……」
「はっ、ん、あ、あきゅう……すごく、かわいいわ」
 ごく近い距離で、感じている顔を褒められて、不意に阿求の顔から火が出る。
「っ! い、いまは、そんなこと、関係ないでしょ……!」
「んぁ、きゃうぅぅ!」
 阿求は咄嗟にお腹とお腹の間に手を伸ばし、メリーの恥部に指を突き入れる。照れ隠しの要素も加わり、手加減も無かったが故に深々と挿入された人差し指は、侵入を待ち焦がれた膣にきつくぬめらかに締め上げられる。
 メリーの鼓動に合わせて、一定の間隔で緊縮を繰り返す。内側の襞に軽く爪を立てれば、メリーは目を見開いて背中を仰け反らせる。最早、声にもならない。
「メリーさん、感じすぎですよ……そんなんじゃ、絶頂を迎えたとき本当に逝ってしまいますよ」
「……は、ふぁ、んぅ……そんなこと、言われたってぇ……」
 腕を投げ出し、されるがままに全身を晒しているメリーは、涙目になって声を震わせる。小刻みに揺れる身体は、天井知らずの快感に怯えているようにも、更なる快感を待ち望んでいるようにも見える。
 ただひとつ、明らかなことは。
「あきゅうの指、すごく深いとこまで来てる……おねがい、そのまま、続けて……?」
 涙ながらに催促するメリーの容姿が、あまりにもいやらしいということだ。
 阿求を繋ぎとめていた何らかの糸が、今、確かな音を立てて引き千切られた。
「……後悔しても、遅いですからね……!」
 ――ぬりゅうぅ!
「んあぁぁっ!?」
 宣言と共に、人差し指に加えて中指が突き入れられる。二本の指がメリーの中をぐちゃぐちゃに掻き回し、次々と溢れ出る愛液が凄まじい水音を立て始めてもなお、阿求の潜航は留まることを知らない。親指は陰核を押し、唇にはメリーの愛液が付着した指を差し出す。
 メリーは当然のように舌を伸ばし、おのずから愛しげにしゃぶり始める。指先の繊細な神経を舐められ、吸われ、阿求の瞳が陶然と緩み始めた頃、メリーの表情が変化を見せる。
 目の焦点が合わず、どこか遠いところを見るように。さながら天にでも昇るかのように、何かに耐えるが如く唇を噛む。
「……っ、ひゅ、ふ、くっ……!」
「では」
 絶頂が近い。阿求もまた、メリーを早く押し上げようと指の動きを加速させる。
 クリトリスは阿求の親指を押しのけるほど硬く尖り、膣の襞もまた阿求の指を引き千切ろうと強く締めつける。だが、愛液を帯びた膣は指が蕩けるほど気持ちよく、そこに根を張りたいくらいに心地よく、あたたかい。
 ぐちゅぐちゅと掻き混ぜ、背中を見せている蓮子にも見えるように下の口を開いて見せ、辛そうに歪むメリーが愛しくてたまらず唇を重ねる。舌は入れない親愛のキスで、ただその温もりと柔らかさを共有する。
 口元から、くちゅ、と軽い水音が響いた。
「いっ、ちゃえ――!」
 ずぷぅ、と二本の指がメリーの奥深くに突き刺さり、同時にもう片方の手でクリトリスが押し潰される。
「――っ、あ」
 瞬間、あれほど煩かった水音が、完全に消失した。
 直後。
「は、んっ、ひゃうぅぅっ……!」
 声が裏返るくらい喉を痛めて、それでも絶頂の衝動を表現し切れたかは知れない。膣から溢れ出た愛液が床に零れ落ち、阿求の手首を激しく濡らす。仰け反り、軽度の痙攣状態にあるメリーを、阿求はおっぱいに触れることで慰める。
 程無くして、呼吸は荒いもののメリーは我に返り、阿求に犯されたという現実を受け止める。しかし、それは決して悪い気分ではなかった。
 重ねられた唇を指でなぞり、そこに何の味も色もないことが酷く可笑しかった。
「いっ、ちゃった……」
「いっちゃいましたね。お友達の前で、しかも知り合って間もない女の子の指で」
 メリーの愛液に濡れた指を、今度は阿求が自分で咥える。ぴちゃぴちゃとわざとらしく音を立てながら他人の体液を舐め取るさまは、底の知れない淫靡さを秘めていた。
「そんな、改めて言わないでよ……私だって、わかってるもの」
「ま、そういうことにしておきましょうか。ね、蓮子さん」
「っ!」
 急に話を振られ、阿求と目が合った蓮子は慌ただしく湯面に沈む。その狼狽だけでも、ふたりの絡みを注視していたことは疑いようもない。
 未だに身体の痺れが収まらないメリーも、再び温泉の中に口まで浸かる蓮子を見ては、落ち着いてなどいられなかった。事此処に至れば、蓮子が淫乱の病に感染しているか否かはどちらでも構わない。立ち上がる気力も体力も擦り減らされたメリーは、四つんばいのまま温泉ににじり寄っていく。
「蓮子、約束」
「……ぶくぶく」
「忘れたとは言わせないわよ。やっぱり、蓮子もえっちな病気にかかってるんじゃない。ずっと、私たちのことが気になってたんでしょ?」
「……ぶくぶく」
「もう……素直に認めてくれれば、強引な手段に訴えなくてもいいのに」
「全くです」
 いつの間にかメリーの隣に陣取っていた阿求も、意味深げに頷く。刹那、蓮子の背中に悪寒が走る。温泉に浸かっているにもかかわらず、寒気が治まらない。源泉から遠い位置に身体を浸しているけれども、いつまでも全身を沈めたままではすぐにのぼせてしまう。実際、蓮子も限界に近い。もしや時間切れで這い上がってくるのを待ち構えているのでは、とメリーの策士ぶりを疑う蓮子であったが、その危惧は意外に早く杞憂に帰した。
「よいしょ、と……」
 恐る恐る、熱いお湯に足を浸して、メリーがゆっくりと温泉に浸かる。続けて、蓮子を挟むように阿求も温泉に入ってくる。それぞれ、恍惚の息を吐き、蓮子に目線を送ろうともしない。
 だが、囲まれた。
「……ぶくぶく」
 間もなく、息が切れる。ひとまず空気を確保すべく顔を上げ、囲んでくるふたりの動きを警戒しながら、温泉から離脱する機会を虎視眈々と窺う。
 けれど、さほど透き通った湯面でもなく、辺り一面に湯気が立ちこめる温泉のこと、間近にいる友人の動きでさえ容易に掴めない。温泉に浸かっていた時間が長く、意識が朦朧としていたのもまずかった。
「つかまえた」
「ひゃ!」
 満足に動くこともできない水の中、それでもメリーは蓮子の背中に回り、手のひらに少しあまるくらいの乳房を完全に確保する。
 もにゅ、と自分の内側が揉みほぐされる音を、蓮子は確かに聞いた。
「うわ……蓮子のおっぱい、本当に揉み心地良いわぁ……」
「にゃ、や、やめなさいっ、てば……! 怒るわよ、メリー!」
「まあまあ、ここは私に免じて」
「きゃぅ――っ!?」
 正面から回り込んだ阿求は、視界が悪いことなどお構いなしに、寸分の狂いもなく蓮子の陰部を仕留める。指先一本、いきなり二本挿入すればまず確実に蓮子は昇天してしまうであろう、という阿求の目算通り、一本でも蓮子の精神は桃色に染め尽くされつつあった。
「あ、ふぅ、んん……! あ、あんたね……いきなり、ひとのあそこに、ふにゃあぁ!」
 混乱する蓮子に落ち着く暇を与えず、蓮子の秘部をぐちゃぐちゃに掻き回す。愛液は水と混ざり、そこから漏れる音が何によって奏でられているのかも判然としない。
「蓮子さん、感じてるときは猫みたいに鳴きますよね」
「し、知らないわよ……! ふぁ、や、乳首さわらないで……!」
「きゅっ」
「うみゅうぅ……っ!」
 視界が弾け、意識が飛びかける。既に硬く勃起していた乳首を、優しく撫でられ、挙げ句には摘ままれ、押し潰されて、続けざまに加えられる衝撃を快感か苦痛かに選り分ける能力さえ、今の蓮子は持ち合わせていない。
 だから、稚拙なやり方で拒むしか成す術がないのだ。
「そんなに嫌がらなくてもいいわよ。これは、気持ちのいいことなんだから」
「別に、私を巻き込まなくてもいいでしょ……! やぁ、だから、あそこ掻き回しちゃだめなんだってぇ……! ひゃぅんっ!」
「でも、私は蓮子にも気持ちよくなってほしいかなぁ……なんて」
「んうぅぅっ! やめ、おっぱい、そんなにこねまわさないでよぉ……もう、わけわかんなくなっちゃう……」
 声も甘く蕩けて、涙を流しながら訳も分からず懇願する。突っぱねることも受け入れることもできず、快感の波に押し流される。それが怖くて仕方ないのだろう、溢れる蓮子の涙を指で掬って、メリーは蓮子の耳元で優しく囁きかける。
「大丈夫。蓮子もきっと、気持ちよくなれるわ。私が保証する」
「いらないし……メリーは自分のおっぱいでも揉んでればいいのよ……そっちの方が大きいんだし……」
「うーん、でも、蓮子のおっぱい気持ちいいのよね」
「ふえぇ……メリーのばかぁ……」
 友人におっぱいを揉まれながら、阿求に膣を開拓される。上と下のどちらに意識を割けばいいのか、しかし両方に当てる余力は初めからなかった。
 万事休す。抗いようのない波が、身体の内側から込み上げてくる。
「ん、はぁ、んんん……!」
「さ、遠慮なく、いっちゃってください」
「あは、蓮子のおっぱい、ぴくぴく震えてる……」
 メリーが乳首を摘まみ、阿求が二本目の指を蓮子の奥に突き刺し、蓮子が強く下唇を噛む。びくびくと身体が震え、蓮子は、自身が絶頂に至る感覚を他人事のように感じていた。
「――ぁ、ひゃぁん! はぅ、んんんん……っ!」
 黄色い悲鳴が鳴りやまない。喉から、胃の底から、あるいは子宮から放たれるような叫びだった。まぶたは固く閉じ、噛んだ唇は歯型が付きそうなくらい、意識は数限りなく明滅している。
 そこから残されたイメージは、何もない真っ白な景色だった。
「あ……」
 絶頂、昇天、あるいは逝くという単語が頻繁に用いられるが、もしかすれば、各人に共通する快感の頂点は、こんな風景なのかもしれない。
 そう、蓮子はぼんやりと思った。
 やがて、視界が現実に帰り、にやにや笑っている悪友と恩人が目に映る。とりあえず、それぞれの頭を軽く小突いておいて、蓮子は温泉から這い上がったあとすぐに寝転んでしまった。
「ちょっと、風邪ひくわよ蓮子――」
 やだ、熱い、死ぬ、と断片的な台詞を呟いていたことは覚えている。
 それ以上は、詳しく思い出せない。ただ、温泉の熱にほだされ、内側から弾けた熱にうなされ、ぐるぐると回る熱量を発散し切れずに倒れ込んだ自分の情けなさだけ、頭の片隅に意地汚くこびりついたまま。

 稗田邸には座敷牢がある。滅多に使われることはないが、いつでも使用できるよう手入れは怠っていない。
 先日、この座敷牢に移送されたのは四名。加えて今日、一名が新しく放り込まれた。前者は里の外れで若い女性二人を強姦したとされる罪で、後者は娘から反省するように命じられてのこと。ちなみに、後者は稗田阿求の父親である。
 座敷牢といえども間取りは広く、食事も質素ではあるが三食与えられる。用を足すのも、見張りに言えば滞りなく済ませることができる。身なりはみすぼらしいが、凍えるほどでもない。阿求の父だけは全裸だが、誰もそのことを指摘しようとはしなかった。本人も平然としていることだし、下手に踏み込んで共倒れするのも頂けない。
 ひとつしかない高窓から、下弦の月が光をかざす。淡い夜だった。春も近く、薄い布団でも寒さを感じることはない。
 物悲しさが漂う座敷牢にて、性のいろはも知らないであろう少年が鼻を啜っている。何故ここにいるのか、いつ帰れるのか、稗田の当主様は悪いようにはしないと言っていたが、それも信用していいのかどうか。
「おねーちゃん……」
 手のひらを開いたり閉じたりして、あの日の思い出を探り当てる。やわらかい胸の感触、女性の穴に自身の棒を突き刺したときの快感、そして、射精。
 想起しただけでも、股間が膨らんでいくのがわかる。詳しいことは理解が及ばないが、つまりはそういうものらしいと実感する。あの体験は真実だった。叶うなら、もう一度味わってみたい。それが罪だから自分はここに放り込まれたのかと思うと、溢れ出しそうな思いが容易に萎んでしまうけれど。
「うぅ……」
 布団に隠れた股をもぞもぞと擦り合わせて、悶々とする思いをやり過ごそうとする。が、それにも限度があり、耐え切れず分身に右手を伸ばしかけて。
 ――月ならぬ光が、座敷牢に舞い込んだ。
 あまりに眩く、瞳を閉じて闇が降りてくるのを待つ。数秒、目の痛みが失せたと知るやすぐさま目を開けて、視界に飛び込んできた光景に愕然とする。
「あ……」
 悪魔。
 背中を覆い隠す赤髪に、蝙蝠を思わせる黒羽はこめかみと背中から一対ずつ生えている。黒のロングスカート、ふんわりと包み込むブラウスの上にベストを羽織り、服装だけ見れば司書か秘書かといった風体である。
 彼女は、強姦の罪に問われた四人のうち、少年の父親が閉じ込められている区画に出現していた。ちょうど、少年がいる区画の正面に位置し、完全に悪魔と目が合っている。少年の父は、どこか呆けたように彼女を見上げている。
「あらら、可愛い子が増えていますね。……そうでないのも、ひとり」
 彼女は、座敷牢の鉄格子をあっさりと擦り抜けて、誰もいない廊下を歩いて周囲の配置を確認する。真っ先に反応したのは阿求の父親で、恥も外聞もなく鉄格子に手を付き、悪魔の容姿を頭から爪先まで確認していた。徹頭徹尾、助平なことしか考えていない人間である。一貫しているといえなくもない。
「ところで、誰の許しを得て勃起しているんですか? あなたは」
 がしゃん、と、格子の隙間から蹴りを加え、阿求父の息子を足蹴にする。ぐにゅ、と形容しがたい悲鳴を上げて昏倒する阿求父を尻目に、艶めかしい悪魔は座敷牢の錠前を一区画ずつ外していく。阿求父が幽閉されている区画の鍵も外し、最後に少年の区画に立ち寄った悪魔は、柔和な笑みを浮かべて少年を解放した。
「あ、ありがとう」
「いえいえ、礼には及びませんよ。あなたも例外なくこき使いますから」
 少年の手を引き、部屋の中央に並ぶ。きょとんと目を丸くしている少年に、彼女は相変わらずの微笑をこぼし、その唇に触れ合う程度の接吻を交わした。
「……え」
「気持ちよくしてあげるかわりに、私の奴隷として働いてもらいます。でも、安心してくださいね。自慢じゃないですけど、すごく気持ちいいと思いますから」
 艶めかしく囁いて、彼女の手が硬く勃起している少年のペニスに触れる。薄手の甚平では股間の盛り上がりを隠し切ることもできず、女性の柔らかな手を直に感じ、少年は恥ずかしさと気持ちよさで腰を引いた。
 けれど、逃げ出さないのは知っているからだ。
 悪魔が言うように、これによってもたらされる快楽を。
「お、おねーちゃん……」
「ふふ……そんなに物欲しそうな顔しなくても、ちゃんと最後までしてあげますから……ね?」
 腰を引き寄せ、少年の下半身を露にする。初めは亀頭を手のひらで撫で、皮が被っている部分を剥き、まだ空気に触れて間もない敏感な部分を擦る。
「うあぁ……! だめ、びくびくする、から……!」
 快感か苦痛か判然としない感覚に、少年は強くまぶたを閉じて耐える。その抵抗があまりにも激しいため、彼女も一旦手を離して思案に暮れた。
「刺激が強すぎますか、ね。じゃあ、こんなのはどうでしょう」
 先走りの液で濡れた手のひらはそのままに、上からひとつずつ、ベストとシャツのボタンを外していく。全てを解放する前に、豊満な乳房は自然とシャツの外に飛び出す。ぷるん、と活きの良いおっぱいの弾ける幻聴を聞いて、少年はいつの間にか溜まっていた大量の唾を飲み込んだ。
 おっぱいは、辛うじて留められているシャツのボタンに押さえられ、シャツに挟まれて谷間がより強調される形になっている。
「おっぱい、好きですか?」
 頬を朱に染めてなお、少年はこくりと頷く。その返事を確認し、彼女はその巨大な谷間に発展途上ともいえる男根をふんわりと包み込んだ。
「――ふ、あぁ……!」
 少年の肉棒がすっぽりと収まり、彼女の体温と肉棒の熱が掛け合わされ、まるで膣の中に挿入しているような錯覚を抱く。彼女はみずからの手で乳房を押し、少年の分身をより強く締めつける。途端、彼の口から快感に満ちた声が漏れた。
「はぁ、お、おねーちゃん……すごく、あったかくて、ふわふわしてる……」
「そう言ってもらえると、挟んでいる甲斐があります。――もっと、動いてもいいんですよ?」
 言うが早いか、少年は彼女の胸を両側から掴み、我武者羅に腰を振って快楽の高みに昇りつめようとする。細くて狭い谷間を行き来する剛直の熱に、彼女の柔肌も焼き切れそうな勢いであった。
 ふたりの表情に恍惚の色が滲み始めた頃には、放置されていた四人も虚ろな瞳で彼女に接近していた。各人、やるべきことは決まっていると言わんばかりに股間の逸物を天井に向け、甚平も完膚なきまでに取り払われている。
 そして悪魔は、計ったようにくすりと笑う。
「――いらっしゃい。魂まで抜いて差し上げますわ」
 淫靡な微笑を浮かべると同時、男たちが彼女に群がり、勢い余って押し倒してしまうもののそんなことは意に介さない。無論、少年もおっぱいからペニスを離すほど愚かではなく、彼女が床に倒れても、今度は彼女のお腹に跨って腰を振り続けていた。
 その執念に、赤髪の悪魔は相好を崩す。
「あぁん……」
 一人は彼女のスカートをめくり、タイツを破って露になった太ももに逸物を擦りつける。
 一人は彼女の手に肉棒を握らせ、また一人も余った手にペニスを掴ませる。彼女もそれに応じ、それぞれ握る力と擦る速さを変えて丹念に扱く。
 一人は彼女の前髪を掻き上げ、髪を絡ませながらその額に亀頭を擦りつける。髪に精液が付くと面倒なのだが、ここは男の好きにさせておく。獣は獣であればあるほど、その本能を開花させる。よく激しく腰を振り、より大量の精液を吐き出す。
「んぅ、ぺろ、れろぉ……ちゅっ」
「あ、うぅ! おねーちゃんの舌、すごく気持ちいい……!」
「ちゅぅ……むにゅ、いっぱい、とろとろしたのが出てきますよぉ……次は、もっとどろどろしたのをお願いしますね……?」
 肉のクレヴァスからはみ出た亀頭を咥え、先端から漏れる先走り液を吸う。尿道口を舌の先で突き、再び血気盛んに腰が振られても、眼前に現れる肉棒を舐めたり咥えたりすることは忘れない。
 両手に握った肉棒も、太ももに、額に擦りつけられた怒張も、ひとこすりするたびにその硬さを増し、熱く滾っているように思えた。呻き声の回数も増え、腰の振り方もにわかに慌ただしくなる。
 精液の臭いがする。射精の予感。
「ひぁ、お、おねーちゃん、おねーちゃん……!」
「んむぅ、どうぞ、たくさん、出してください……! ぬちゅ……!」
 あちらこちらで、今際の際の絶叫が漏れる。逝ってしまえと、心の底から願いを掛け、彼女の懇願に覆い被さるように、それぞれの亀頭がいまだかつてないほどに大きく膨らんだ。
「あ、あぁ……!」
「んんん……っ!」
 そして、理性の堤防が決壊する。
 ――びゅぅ、ずぴゅうぅ! ぶぴゅっ、ごぷぅ!
 ちょうど、彼女の口元まで突き出された少年の肉棒は、その唇に触れた状態で欲望を解放した。叩き付けられた白濁液は、唇のみならず鼻や頬や額にまで達し、口の中を犯してなおもびくびくと跳ねる逸物は、赤黒い幹を赤らんだ唇に押し付けていた。
 ――どぷぅ、びゅるるっ! びゅく、とぷぅ……!
 続けざまに放たれた精液は、太ももや手のひら、少年のそれと交差するように彼女の顔全体を白く染め、乳房の谷間を男性の子種でべとべとに犯す。彼女は、あえてその粘着液を谷間に塗りつけ、ぬちゃぬちゃと掻き混ぜて滑りが良くなるよう仕立て上げる。
「はぁ、くぅ、あぅ……なんか、いっぱい、出ちゃった……ごめんなさい」
「謝らなくても、いいんですよ。私も気持ちよかったですし、それに」
 陶然とした眼で彼女を見下ろす少年に向けて、彼女は悪魔然とした含み笑いを零す。
 その底冷えする微笑に恐れをなし、腰を引こうとしても遅い。彼女の指先は少年のへそに届いている。紡がれる言葉は彼を縛る鎖となり、その名の通り彼を意のままに操るための枷となる。
 悪魔は宣告する。
「これは、契約です」
 瞬間、指先から魔法陣が浮かび上がり、少年のへそに光を転写し、瞬きする間にそれは消え去った。
 もうひとり、額に射精し終えた阿求の父親にも、すかさず魔法陣を転写する。こちらは特に命じなくても勝手に奴隷を引き受けてくれそうだったが、契約は契約である。悪魔である彼女には、契約の意味するものはかなり重い。それが全てといっても過言ではないほどに。
「……これで、駒は揃いましたかね」
 呟き、顔に付着した精液をぺろりと舐める。先程まで元気に腰を振っていた少年も、今は彼女の言葉を待ち焦がれるようにじっと彼女を見つめるばかりだ。他の四人も同様に、彼女が指示を出さなければ勝手に動くことはない。
 少年と、阿求の父親を除いた三人は、既に契約が成立している。なればこその駒。そして、今宵新たに加えられた駒は二人。
 赤髪の悪魔は、押し倒されて犯されたまま、不敵に笑う。
「歓迎致しますよ。来れるものなら、いつでもいらっしゃい」
 誰にともなく呟いて、萎れ始めた少年の肉棒を元気付けるため、その赤い舌を亀頭と皮の間に差し込む。
 小さな呻き声は、物音ひとつしない座敷牢に響き渡り、すぐに消えた。

 

 






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2010年3月14日 藤村流


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