3.


 耳を澄ませば、ししおどしの音が聞こえてくるかのよう。
 目の前には襖、背中には障子、左には壺や掛け軸、右手には金具の和箪笥。蓮子もメリーも正座にはある程度慣れているものの、いくら座布団が厚くとも、長時間正座し続けるとなると流石に足が辛い。
 そのため、純和風の蓮子はメリーより先に足を投げ出している。
「……で、メリーはなんでそんなに不機嫌なの」
「だって」
「まさか、あの子に途中で邪魔されたからなんて言うんじゃないでしょうね」
「だ、だって!」
 図星のようだ。
 メリーのつるつるした額に、挨拶代わりのデコピンを一発。手加減抜きであるが故に、返ってくる衝撃も強い。額を押さえて恨みがましくこちらを睨む友人を尻目に、蓮子は現在の状況を確認する。
 ――件の少女に窮地を救われたらしい蓮子は、目が覚めると、見知らぬ家の布団に寝かされていた。隣にはメリーの姿もあり、ひとまず五体満足であることに安堵する。
 下着まで全て剥かれて、襦袢に着替えさせられていたのはむしろ幸いだった。いつまでもあの格好でいたら、心まで妊娠していたところだ。ふと、出来心で自分のあそこに触れてみたけれど、湿っている様子はない。気を抜くと、内側から精液が逆流してしまいそうで、しばらくは布団の中から出られなかった。メリーが幸せそうに寝息を立てて眠りこけているせいで、動くに動けなかったということもあるけれど。
 結局、使用人らしい女性が襖を開けてようやく、メリーは「もう食べられないよぉ……ちんちん」と変化のない寝言を呟き、欠伸混じりに覚醒した。蓮子が赤面していたのは言うまでもない。
 使用人の女性によれば、ご当主みずから蓮子とメリーに話があるようで、これから案内する客間で待っていてほしい、とのこと。断る理由もない蓮子は、枕元に置いてあった帽子をふたりぶん抱え、寝惚けて抱擁を求めてくるメリーの鎖骨を押しながら、ふたり揃って客間に向かったのだった。
 そして、現在に至る。
 犯された、という精神的苦痛は確かにあるが、間に睡眠を挟んだせいか、あの輪姦が夢であるかのような錯覚を抱く。身体も綺麗だし、膣の中はまだわからないけれど、下腹部が多少軋みを上げているくらいだ。そこがいちばん問題である気もするが、忘れようとすればすぐに忘れられる。
 現実から目を背けていると言われようが、そうしなければ、とてもじゃないが直視していられなかった。
 ましてや、強引に貫かれたとはいえ、多少なりとも性感を覚えていたなど――。
「あ、そうだ。メリーに聞こうと思ってたんだけど」
「蓮子もあんなに可愛い声出すんだ」
「あぅ……!」
 不意打ちにも等しいカウンターを喰らい、顔から火が出る。無論、それを見逃すマエリベリー・ハーンではない。
「さんざん私のこと馬鹿にしてたくせに、いざ自分がされたら嬉しそうにきゃんきゃん泣き喚いてるんだから。全く、いつもの毅然とした秘封倶楽部の部長さんはどこに行っちゃったのかしら?」
「う、ううぅ……」
 全く正鵠を射た描写であるから、蓮子も反論する術を持たない。頬を赤らめ、帽子を抱いてうーうー唸る蓮子の髪を、メリーが愛しげに撫でる。一瞬、びくりと身体を震わせた蓮子だったが、その手つきが単純に蓮子を慈しむ仕草だと察し、すぐに硬直を解く。だが、顔は火照ったままだ。
「はいはい、蓮子は可愛い可愛い」
「そういうの、やめてよ……子どもじゃないんだからさ……」
「そうね、ちょっと精子の臭いするものね」
「うっさいわよ……」
 手のひらの臭いを嗅ぎ、愉悦に頬を綻ばせるメリー。蓮子は、淫靡なる変貌を遂げたメリーを見、自分もこれくらい図太くなった方がいいのかしら、とさほど大きくもない自身の胸に手を当てた。
「メリーだって、トイレに行くって言っておきながら、なんで自分が出される側になってるのよ……意味わかんないわよ……」
 そもそも用は足せたのかという疑問もあったが、もし首を振られでもしたら対応に困る。友人を肴に、あれこれと下世話な妄想を展開するのも忍びない。
 対するメリーは、蓮子から受け取った自分の帽子を膝に置き、慈愛に満ちた聖母の如き笑みを浮かべ、そっと唇を開く。
「心配しなくても、おしっこ飲んだり飲ませたりしてないから大丈夫よ」
「さらっと言うな!」
 折角の配慮が台無しである。綺麗な顔をして淫猥極まりない台詞を放つ時点で、全然大丈夫ではないことにメリーは気付いているのだろうか。気付いているのなら、余計に性質が悪いと言わざるを得ない。
「何よ、ちゃんと用は済ませたんだからいいじゃない。先に入ってたあの子に順番を譲ってもらったから、お礼をしてあげただけよ。勿論、お互いにすっきりした後でね」
「もう一回すっきりしましょう、じゃないわよ。もう……」
「蓮子、本当に耐性ないのね……でも、そこが可愛いのよね。よしよし」
「だからそういうのやめて。撫でるな。耳に息を吹きかける、なー!」
 猫の背を撫でるようなメリーの手つきに、蓮子の顔もまた熱くなる。反逆の叫びを上げてメリーの手を振り払った瞬間、向かいの襖が気持ちよく敷居を滑る音が響いた。
 計ったとしか思えない絶妙のタイミングで、おかっぱの少女が現れる。両腕を高らかに突き上げたまま、少女の冷淡な視線を真正面から受ける蓮子。
「はい。おはようございます」
「お……おはようございます」
 挨拶しながら、ゆっくりと手を下ろす。照れに恥を掛けると、顔色は赤から青になるものだな、と蓮子は急速に冷めていく頭で実感した。
 丈が長い着物の裾を膝の下に織り込み、座布団に座る所作はまさに良家のお嬢様といった風情である。生まれも育ちも違う、と身の程を思い知るような物わかりの良い性格をしているわけではないが。
「ご挨拶をするのはこれが初めてになりますね。わたくし、稗田阿求と申します。以後お見知りおきを」
「いえ、こちらこそ……あ、私は宇佐見蓮子。こっちはメリー」
「正確には、マエリベリー・ハーンと発音致しますわ。彼女のように、メリーと呼んで下さっても結構ですけれど」
 にこり、と淡い笑みを浮かべて言葉を返す。
 お嬢様の気質でいえば、こちらのメリーも負けてはいない。歴史のある家系だと聞いたことはあるが、具体的にどういう家柄なのかは不明である。霊感は強いらしいが。
「成る程。蓮子さんに、メリーさんですね。――あなたがたお二人を、賓客として稗田の家にお招き致します。どうぞ、ごゆるりとお寛ぎ下さいませ」
 その細い指を畳に添え、小さな腰を折り曲げて頭を下げる。「これはご丁寧に」と蓮子もつられて頭を下げ、メリーもやや遅れて低頭する。
 数秒、その体勢を維持した後、蓮子が顔を上げた時にはまだ阿求は頭を下げたままであった。あ、と蓮子が己の失態を嘆くや否や、見計らったように阿求がすっと背筋を伸ばす。
「とまあ、前置きはこのくらいに致しまして」
 重たそうな着物を脱ぎ、畳みもせずそのへんに放っておく。幼いわりに貫録もあり、落語家みたいだなあと蓮子は思った。
「姿勢、楽にしてもらっても構いませんよ。正座は慣れていないでしょうし」
「ええ、まあ、そうなんですけど」
 そう断言できるのも妙な話だけれど、蓮子は阿求の言葉に甘えて足を解く。メリーはこちらを一瞥したのみで、姿勢を崩す様子はない。対抗心ではないだろうが、メリーの阿求を見る目が少しばかり鋭いような気がした。
「何か、お聞きになりたいことはございますか。答えられる範囲でなら、お答えすることもできますが」
「あ……、えーと、いいの?」
「どうぞどうぞ」
 口調の丁寧さと裏腹に、醸し出している雰囲気はかなり砕けたものだった。不審人物と解釈されてもおかしくない異邦人に、こうも友好的な態度を取れるのは生来の性格ゆえか、あるいは打算あっての賜物か。
 普段はぽわわんとしているメリーが、阿求に対して隙を見せないのも頷ける。
「じゃあ……、どうしようか」
 質問すべきことはそれこそ無限にあるが、とりあえずメリーに振ってみた。
「まず、蓮子を犯した人たちがどうなったか聞きましょうよ」
「う……」
 平然と、蓮子が触れたくない過去を掘り下げようとするメリー。蓮子も気にはなっているのだが、あまり思い出したくないせいか、できるなら避けたい質問ではあった。
 が、もじもじする蓮子の傷口を抉るように、阿求はさりとて何でもないことのように淡々と解説する。
「そうですね。現場に居合わせた男性は、全員こちらで拘束しております。現行犯ですから弁解の余地などあるわけがないのです。如何なる理由があろうとも、罪が軽くなることはありません。即刻、去勢しても一向に構わなかったのですが」
「ううん、でも男の子だけは赦してあげてほしいところだけど……」
「ほう。それは何故」
「だって、この金髪が駄々漏れする色香で誑かしたようなもんだし……」
「ひとを放射能みたいに言わないでよ」
 誑かしたことは否定しないらしい。ふむ、と阿求は腕を組み、ふと思い立って蓮子の方に手のひらを向ける。
「すると、蓮子さんも彼の男性陣を嬉々として咥えこんでいた、と」
「なっ――ち、ちが」
「気持ちよさそうな声で鳴いてたじゃない、蓮子」
「気持ちよさそうな声で鳴いてたのはメリーの方でしょ! 私は違うもん!」
「若い身空で、もうそんなに経験を積まれて」
「違うってば!」
 しみじみと呟く阿求に力強く否定するも、聞き入れられた様子はない。不本意だ。納得いかないにも程があるが、これ以上食い下がっても評価は逆転しそうにない。
「違うのに……」
「わかりましたよ。スイッチが入ると本性が露になるのですよね」
「そうそう」
「あんたら……」
 意気投合する二人に視線の呪いを浴びせかけ、いい加減に話を先に進める。
「で、そいつらの処遇はこれからどうなるの」
「それは、正直に申し上げますと、おふたり次第ということになります」
「……どういう意味」
「言葉通りの意味です。去勢といえば去勢、鞭打ちといえば鞭打ち、無罪放免といえば放免致しますし、もう一度交わりたいということであれば、あまりお勧めはしませんが場所もご用意致しますし」
「ね。蓮子」
「あんたは黙ってなさい」
 何を言うか容易に予想がつくメリーは放っておいて、蓮子は阿求の瞳を覗きこむ。巧みに視線を逸らすこともできるだろうに、彼女はあえて瞳を逸らさない。常に真摯であろうとしているのか、その態度すらも布石なのか。
「つまり、稗田さんの立場では判断できない、ということ?」
「阿求、と呼び捨てにしてくださって構いませんよ。そっちの方が楽ですし」
「うん、ありがとう。でも質問には答えてね」
「わかっていますよ」
 ひとつ、会話の流れを止めるように咳払いをし、眉間に皺を寄せて首を傾ける。
「実を言うと、こういった被害が何件か報告されているのですよ。蓮子さんが遭われたような事件は初めてですが、それ以前から、痴漢や覗きなどの性犯罪は増加傾向にあります」
「……元々、性交渉に大らかな気質の集落だとか」
「だとすれば、犯罪という物騒な言葉は用いていません。ちなみに、性の犯罪はここ数年全く起こっていない。それが、一ヶ月ほど前を境に、往来の場で女性の乳を揉む輩だとか、新婚さんの家に忍び込んで初夜の一部始終を観察する輩だとか、野外で、銭湯で、厠で、思いつく限りの淫行がまかり通るようになってしまったのです。今はまだ、それを異常だと認識する人間の方が多いですが、放っておけばその比率が逆転するかもしれません」
「……異常、ね。それも、何か原因が考えられる」
「ご明察」
 ぱしんと手を叩き、蓮子に純粋な賞賛を送る。身ぶり手ぶりが大袈裟なのは、子どもらしいと評していいものか。
「その原因とやらは目下調査中ですが、罪を犯した者に対する処遇も考えねばなりません。ですので、それが判明するまで彼らの処分は保留することになっているのです。一部を除いて」
「一部?」
 メリーが聞き返すと、阿求はメリーの頭から膝までを撫でるように見る。
「蓮子さんのように、被害に遭われた方が彼らの罪を判定する場合です」
「あれ、私は?」
「おのずから腰を振られていた方の意見は参考にしません」
「酷いこと言われた気がする……」
「的を射てるじゃない」
 へこたれるメリーに追い打ちをかけ、蓮子はこちらの胸部を凝視している阿求と目を合わせる。何か言いたげな様子だが、突っ込んでも何も答えないだろう。おおよそ何を考えているのか理解できるのが腹立たしい。
「して、蓮子さんは如何です」
「……今のところ、保留」
「そうですか。彼らとの延長戦を望まれるかと思いましたが」
「なんでそう思ったかについては腰を据えて話し合う必要があるけど、その話を聞いた後にちんこもげろとかならば去勢だとか即断したら、私が悪者になるじゃないの」
「成る程。そういう解釈もありますね」
「だから、前もって私にその話をしたんでしょう。多分、犯人の中に知り合いが一人か二人混じってるんじゃないかしら」
「さて、どうでしょうね」
 何食わぬ顔で、のらりくらりとかわす。真実はどうあれ、阿求が食わせ者であることは十分に解った。敵には回したくない筆頭である。
 蓮子は、阿求から与えられた情報と、メリーの状態、この世界における異変を総合的に分析し、これから自分たちがやるべきことを整理していく。ここに来た目的は初めから決まっている。ならば、多少の困難が待ち構えていようとも、自分たちはそれを乗り越えて然るべきなのだと思う。
 相変わらず、何を考えているのかよく解らないメリーに目配せをする。そして彼女が小さく首を縦に振り、蓮子は泰然と構える阿求に切り出した。
「お願いがあるの」
「はい。何でしょう」
 乗りかかった船だ。倒れるのなら前のめり、命短し恋せよ乙女。
 あんまり関係ない気もするが、景気付けだから細かい意味はどうでもよろしい。
「うちのメリーも、ちょっと前から淫乱体質になっちゃったのよ。その切っ掛けは、この夢の世界で犯されたこと」
「……夢の世界、ですか」
「とりあえず、そういうことにしといて。質問は後で受け付けるから」
「わかりました」
 メリーが聞いている手前、あまり迂闊なことは発言できない。阿求も何か思うところがあるらしく、しつこく食い下がってくることはなかった。
「メリーの豹変と、この集落の異常。共通項があると思わない?」
「確かに、検討の余地ありですね」
「余地があれば十分よ。私たちは、メリーの病気を治すために『ここ』に来たの。誰彼問わずのべつ幕なしに交わってたら、誰の子どもを孕むかわかったもんじゃないわ。本人は気持ちいいからそれでいいかもしれないけど、私はそんなの御免。避妊は基本、ご利用は計画的に」
「最後はよくわかりませんが」
「この異変を解決することがメリーの回復に繋がるのなら、私たちは阿求の調査に協力したい」
「私は別にこのままでもいいんだけど、蓮子がね」
「あんたは黙ってなさい!」
「うぅ、蓮子がいじめる……」
 しおれるメリーと対照的に、蓮子を見つめる阿求の目は力強い。蓮子の真意を計っているようでもあり、姦計を巡らせているようでもある。正直、異邦人ふたりが阿求に協力したところで、捜査が進展するかどうかは怪しい。
 だが、蓮子には奇妙な確信があった。
 阿求は、この頼みを無碍にはできまいと。
「あまり、あなたたちの手を煩わせるのも忍びないのですが」
「私たちは無関係じゃない。真相を暴く理由も、権利も十分にあるわ。危険な目に遭うかもしれない、それは承知の上よ」
 みずからの胸に手を当て、わずかに速まっているその心音を確かめる。
「見知らぬ男たちに犯されても、ですか」
 阿求の言葉を皮切りに、あの時の記憶が鮮烈に蘇る。けれど怯まない。メリーが隣で唾を呑みこんでいても気にしない。友人の太ももを抓り、自分たちが身を置いている不良サークルの矜持を思い起こす。
「今度は貞操帯でも装着するわよ。口に突っこまれたら、噛み千切るくらいの度胸がないと」
「嬉々としてしゃぶり始めないことを祈っていますよ」
「私を誰だと思ってるの。私は宇佐見蓮子、世に秘められ封じられたものを暴き、見極めることを本懐とする秘封倶楽部の最高責任者よ」
「いわゆるCEOね」
「それはなんか違う気もするけどまあいいや」
 綺麗には締まらないけれど、それもまた自分たちらしいと苦笑する。
 阿求は腕を組んで考えこんでいたが、ものの数秒で腕組みを解き、その艶やかな髪を、一度だけ押しつけるように撫でた。
「仕方ありませんね……」
「じゃあ」
 身を乗り出し、立ち上がりかけた蓮子を手のひらで制する。
「ただし、危険な真似はしないように。最低限、ここは既に自分たちの住んでいた世界でない、という意識を持ってください。それだけでも大きく違います」
「わかった。無理な注文を引き受けてくれて、ありがとう」
「勝手に動かれても困りますから。私も利用させてもらいますよ、お互い様です」
 冗談めかした台詞をこぼし、苦笑する。つられて蓮子も安堵の息を吐く。
 解決の糸口はまだ見えないが、目指すべきものは定まった。この世界に渦巻く陰謀を解き明かすことが、ひいてはメリーの性癖を治すことにも繋がる。
「よし……!」
 そうと決まれば、じっとしていられないのが宇佐見蓮子である。鼻息も荒く立ち上がったのだが、メリーも阿求も、息巻く蓮子を他人事のように見上げるばかりで、付いてくる気配は微塵も感じられない。
「……行かないの?」
「急いては事をし損じる、と申します。お茶の一杯や二杯、飲んでからでも遅くはありませんよ」
 ぱんぱん、と阿求は顔の横で手を二回叩く。廊下の方から足音が聞こえ、徐々に遠ざかっていく。待機していたらしい使用人が、お茶を用意しに行ったのだろう。所在なげに立ち尽くす蓮子は、畳に手を付いたまま何やらぷるぷる震えているメリーを見下ろす。
 彼女は涙目だった。
「蓮子。困ったわ」
「どうしたの」
「足が痺れて動けない」
「ふうん……」
 気だるげに呟いて、蓮子はぴくぴく震えているメリーの足の裏を踏んだ。

 振る舞われたお茶は確かに美味しかったけれど、流石に二杯も三杯も飲んでいると焦りも募る。メリーも阿求ものんびりとお茶を嗜んでいるし、蓮子ひとりが空回りしている印象を受ける。そんなことはないと自分に言い聞かせても、気が急いていることは否定できなかった。
 ひとつ、深呼吸をする。
「ちょっと、家の中を見て回ってもいいかしら」
「どうぞ。見られたくないところもあまりありませんし」
「いってらっしゃいー」
「メリーは来ないのね」
「蓮子に踏まれた足が痛いのよ」
 そうですか、と投げやりに答え、べーっと子どもっぽく舌を出して抗議するメリーに背を向ける。障子を開け放つと、曇った空から滲む淡い光が瞳を焼く。目を瞑ろうとして、それほどもないと軽く瞬きをするに留めた。
 廊下を見渡しても使用人の姿はない。気を利かせてくれたのか、それとも柱の陰から監視しているのか。相手が手練れである場合は対処のしようがないため、開き直って稗田家の探索を続行する。
 気候は温暖で、薄手の襦袢でも特に寒いとも思わないが、空気の匂いは春より冬のそれに近い。ぺたぺたと裸足のまま廊下を歩き、中庭に干してあるブラウスやスカート、ネクタイやリボンなどの乾き具合を見るに、どうやら少なくとも一日以上は眠っていたようだと判断する。太陽の位置は雲に隠れてよくわからないが、開放された部屋の柱時計はお昼過ぎを示していた。
 道理で、お腹が空くわけだ。
 ぎゅるる、と風船を握り潰すような身の引き締まる音が響く。お茶で誤魔化されなければ、もっと早い段階で悲鳴を上げていたに違いない。丸一日何も食べていないのに、よくここまで我慢できたものだと我ながら感心する。単に、空腹を越える刺激を次から次へと与えられて、食欲に回す神経が足りなかったのかもしれない。
 ともあれ、気付いてしまえば調査どころではなかった。恥も外聞も無しに、美味しそうな匂いを求めてさ迷い歩く。途中、すれ違った使用人に何か食べるものはないかと尋ね、ちょうど持っていたかりんとうを頂く。丁重にお礼を返し、誰かの部屋に置いてあったみかんを数個拝借する。天井に届きそうな本棚と、やたら場所を取る蓄音器、傷の目立つ机には途中で止まっている書き物があり、座布団の上には猫が数匹丸まって寝転がっていたので、やむを得ずもふもふ触らせてもらった。近付いても、触っても逃げないのは訓練された猫である。
「……は」
 ふと、我に返る。机に置いてある懐中時計を見れば、廊下を徘徊していた時から三十分以上は経っている。かりんとうを咥えながら猫を撫で回すだけでも、相当に時間がかかるものだ。
 空腹もある程度紛らわせたし、非常に有意義な時間を過ごすことができた。みかんはメリーへのお土産にしよう。二、三匹は固まっているらしい猫まんじゅうに別れを告げ、元来た道を引き返す。長い一本の廊下を戻るだけだから、流石に迷いはしない。一回、廊下の角を曲がると、中庭の景色が大きく変わる。
 その間際、見慣れた背中を見た。
「……メリー?」
 金の髪がわずかに視界に入り、すぐにまた向こうの角を曲がってしまった。前科があるメリーのこと、追うべきか、彼女の意志を尊重すべきか、少し迷う。
 結果、即座に尾行する決断に至る。
 小走りに廊下を進み、途中、相変わらず同じ姿勢で湯呑みを傾けている阿求と目が合う。無論、その対面にメリーの姿はなく、彼女らの温もりが宿された座布団が二枚、寂しそうに鎮座しているのみである。
「メリー、どこに行ったか知ってる?」
「厠、だそうです。場所はお教えしましたので、問題はないかと」
「……本当に、そう思ってる?」
「ええ、まあ」
 自信があるようには聞こえない。ややもすれば、諦めている節もある。確かに、あのメリーに何を言っても通用しないのは明白だが。
 阿求が動く兆しはない。やむを得ず、蓮子は単身メリーの後を追った。阿求が動かない理由は、ただ面倒臭がっているからとも、この家にいる限りは安全だからとも考えられる。どちらにしろ、阿求の行動ひとつ取ってみても、危険度の判定は十分に可能なのだ。
 やや小走りに、廊下を軋ませながら先に進む。距離はさほど離れていない、急ぎさえすれば、見失うことはないだろうと高を括っていたことは否定できない。
 が。
「――あ、あれ?」
 中庭沿いの廊下から屋敷の中に消えたメリーを追って中に踏みこんでも、彼女の姿はどこにもなかった。さほど距離が空いていたわけでもないのだが。というより、部屋の数が多く、廊下もいくつか交差しているからややこしいことこの上ない。
 そもそも厠といえば、この集落の文化様式からして外に設置されていると考えるべきではないか。従って、メリーが屋敷の中に進むのは変だ。完全に違えているわけではないが、違和感、悪寒といった類の予兆が背中を冷やしてやまない。
「ええい、しらみ潰しで行くしかないか……!」
 すぱーん! と気持ちいい音を立てて開け放った襖の向こうには、ちょうど着替えをしている最中のお手伝いさんがいた。露になった胸はメリーと同規模である。「お邪魔しました」と丁重に頭を下げて襖を閉めると、相手も突然の出来事に理解が追いついていないのか、悲鳴も絶叫も特には聞こえてこなかった。これ幸いと、蓮子はその場を後にする。
「しかし大きかったな……何食って生活してんのかしら……」
 腕組みをしても、余った脂肪が腕に乗ることもない。嘆息。
 愚痴りながらも歩数を稼ぎ、とっくにメリーの行方など解らなくなっていたが、足音しか響かない静かな廊下であるから、耳を澄ませば異質な音はすぐ聞き分けられる。
 勘を働かせながらメリーを探し、突き当たった壁の向こう側から、何か聞き覚えのある音を拾った。何かを舐める音、くぐもった喘ぎ声、辛そうに呻く男の低音、かすかに漏れる衣擦れの音。
「ばっかじゃないの……」
 蓮子は落胆した。がっくりと肩を落とし、襖を蹴り破って怒鳴り込まなかったのが不思議なくらいだった。それでも、多少残されていた理性が冷静さを保持する。
 状況を確認するべく、情事が行われているであろう右の部屋に忍び足で近寄り、周囲に誰もいないことを確認し、閉じられた襖のわずかな隙間に瞳を合わせる。
 そこには。
「……じゅぷぅ、んはぁ……ねぇ、気持ちいいですか……?」
「うお……唇が、カリに引っかかって……」
 さも当然であるかのように、メリーが初対面であろう壮年の男性の前に跪き、初々しさなど微塵も感じさせない滑らかさで肉棒をしゃぶっていた。
 再度、蓮子は呆れ返る。二度あることは三度あるとよくいうが、まさか自分の友人がこのような痴態を晒す羽目になろうとは、夢にも思わなかった。
 それでも、すぐには踏みこまずに観察を続行する蓮子なのであった。
 友人のフェラチオがあまりにもいやらしく、安易に踏みこむと場の雰囲気に呑まれそうだからであって、淫乱な友人をもう少し拝んでいたいからでは断じてない。
「んんっ、ちゅぷ、ちゅぱ」
「ふぅ、ぐ……しかし、いやらしい娘だな君は。さっき会ったばかりの男の逸物を、何の躊躇いもなく咥えるなんて……くぅ」
「くちゅ、じゅるぅ……おじさまの、とってもおいしい……」
 おいしいわけがあるか、と蓮子は常々思うのだが、愛する男のものならば愛しく感じられるのかもしれない。だとすればメリーはどれほど恋多き女なのだろうか。そもそも愛と恋ではその本質が異なるのではないか。考えると切りがないし、考えても仕方ない気もする。
 自然と、襖の隙間は若干広くなっていた。あんなに助平なメリーが悪い。
「むちゅ……ぐぽっ、じゅぽっ!」
「あぁ、そんなに激しくされたら、すぐ射精してしまうよ……! 最近ご無沙汰だったから、ひどく濃いのがたっぷり出るだろうね……うぅ、唾が、床に垂れて……」
「ちゅぅ……ぺろ、れろぉ」
 ぽたぽたと床に垂れ落ちる自身の唾の行方など、メリーは眼中にない。ただ野太く黒光りする幹をしゃぶることに夢中で、時折、鈴口から漏れる先走りの液を吸い、相手を上目遣いに覗きこんでその表情を堪能する。
「うぉ、もう、限界――!」
「あぁん」
 射精の予兆を感じ取ったメリーは、すかさず肉棒から唇を離し、その根元をぎゅっと握った。男は「めぎゃ」と声にならない悲鳴を放ち、親指と人差し指で小さな輪っかを作るメリーを悲しそうに見下ろす。
「ふふ、随分と可愛い顔をなさるのですね」
「ご冗談を……ここで止めるなんて、後生ですよ」
「申し訳ございません。でも、射精して頂く前に、どれくらいご無沙汰だったのか、お聞きしなければと思いまして」
 メリーの問いに、少し悩ましげに眉間に皺を寄せ、彼は自信なさそうに答えた。
「かれこれ、二ヶ月は」
「あら」
 何に驚いたのか、メリーの顔色が急に赤らむ。それは羞恥ではなく愉悦に近いものであったが、どちらにせよ卑猥であることに違いはなかった。
「でしたら、もう少し我慢してくださいね。その方が、もっといっぱい射精できると思いますから……はむっ」
「むぉ」
 指の拘束を解き、亀頭にキスをしてそのまま唾液と一緒に咥えこむ。片手は男の太ももに置き、片手は襦袢をずらして豊満な乳房を露にする。一心不乱にしゃぶりつき、唇と裏筋の間から零れ落ちた潤滑油がメリーの胸に落ち、肉棒と同様淫猥に照り輝く。
 無論、彼女の乳首は息をするたびにぴくぴくと跳ね、摘まんでほしそうに固く尖っている。そしてその無言の懇願を見逃すほど、男は武骨ではなかった。
「どれ、こちらもおいしそうだ」
「ふぁ……!」
 身を屈めるようにして、男はメリーの突起を摘まむ。初めは柔らかく、次第に強く、押したり引っ張ったり。乳房全体に手のひらをかざせば、予想外の重量ににやける。
「んぷぅ……ぢゅぽっ、じゅるるっ!」
「は、ぐぅ……! はは、そんなに気持ちよかったかい」
「ぷはぁ……もう、おじさまったら……」
 ぬちゃぬちゃと濡れた手のひらでペニス全体を擦り、いじらしく拗ねた声を上げる。その手を今度は玉袋に宛がい、こりこりと奇妙に固い感触を楽しむ。やはり我慢できずに袋に吸いつくと、若干今までと違う声音で男が呻いた。
「うわぁ……」
 非常に高度な応酬であった。蓮子には口出しする暇さえ見つけられない。別に蓮子の大事なところが大洪水になっているわけではないが、あんなに楽しんでいるのだから邪魔するのも悪いかな、と思う程度には毒されていた。
 監視という覗きに没頭してしまい、警戒が疎かになっていたのも失敗だった。
「ふゅー」
 突如、耳たぶに吹きかけられる、儚いほどの甘い吐息。
 蓮子は鳴いた。
「あひゃんはぅんにゃあ……!」
 おおよそ思いつく限りの恥ずかしい声を上げて、それでも襖を突き破るような失態を演じなかった自分を褒めてやりたいと蓮子は思った。
 板張りの床に額を擦りつけ、湧き起きる安逸な衝動を堪える。ほぼ気合いだった。
「何してるんですか。こんなところで」
「あ……あ、阿求!」
「まあ阿求ですけど」
 振り向いた先には、袖の中に手を入れて組んでいる阿求がひとり。不思議そうに、挙動不審な蓮子を眺めている。
「み、耳! 何考えるの! 変な声出ちゃったじゃない!」
「出来心です」
「もー!」
「それはそうと、なにゆえ蓮子さんは小声で怒鳴ってらっしゃる」
 訝しがる阿求に対し、蓮子は咄嗟に襖の隙間を指差そうとするが、これは阿求に見せていい光景なのかと理性の制止が入った。彼が阿求の知り合いだった場合、何かただならない事態を引き起こすのではないか、そんな懸念が脳裏をよぎった。が。
「どれどれ」
 あ、と呟く間もあればこそ、阿求は蓮子の腕を掻い潜って襖に擦り寄る。
 考えればすぐにわかることだが、阿求は蓮子の背後から近付いてきたわけで、蓮子が襖の隙間から部屋の中を興味深げに覗いている様子も見られていたわけだ。この体たらくでは、どれだけ言い繕おうとも時間の無駄である。
「ほう……」
 何やら意味深げな言葉を漏らす、外見年齢は一八未満であろう稗田阿求。
「子どもは見ない方が……」
「見た目ほど子どもでもないのですよ。一応は」
 解読が必要な台詞であったが、口元に手を当てて唸る阿求が件の台詞を解説することはなかった。悩ましげな視線の先には、相変わらず男のモノを愛しげに咥えているメリーの姿がある。
 ちなみに、今は股を開いてこちらにパンツを見せている体勢である。
 一体どこのカメラを意識しているのだろう。
「いや、しかし……これは」
「もしかして、お知り合いとか」
 懸念されていた事態が、より現実味を帯びた形となってふたりの前に姿を現す。
「ええ、まあ。父です」
「お父さんですか」
 勢い余って敬語に戻ってしまった。
「本当、何してるんでしょうかね」
「尺八をされているのでは……」
「尺八という名称を付けた方に敬意を示したい気分でいっぱいです」
 怒り、嘆き、呆れ、その他諸々の感情が混ざり合い、阿求の拳は知らずと握り締められていた。だが、表情自体にさほど大きな変化はない。
「あんなにじゅぱじゅぱ音を立てて……いやらしいったらないですね」
「すみません……あれ身内なんです……」
「あそこで阿呆みたいなツラさらしてるのも私の身内ですからお互いさまです」
 お互いに身内の恥を晒したところで、阿求父の声にいよいよ余裕がなくなってきた。メリーの髪の毛に手を寄せ、みずからの股間に押しつけようとするも、結局はメリーの首の動きに付いていけない。メリーの両手は阿求父の太ももの裏を押さえ、決して逃すまいと彼を拘束しているようにも見えた。
「んぷっ、ぢゅぷぅ、ぐぽっ……ぶちゅる、ずちゅっ!」
 首と舌の動きが加速し、抑えようのない唾がぺちゃぺちゃと床に零れる。もはや阿求父は腰砕けであり、何も言えずに息を荒くするのみだった。
 そして、長いようで短かった口淫にも、終わりが訪れる。
「う、ぐぅ……! で、出る、口に出すよ! うあぁ……!」
「ふぁ、いっぱい、射精してください……! んふぅ、じゅぱっ、ぬぽっ……じゅぷ、くちゅっ……!」
 メリーの懇願に、彼の我慢も限界に達した。びくん、と彼の腰が強く前に突き出され、ちょうど肉棒を呑みこんでいたメリーの咽喉に激突する。
 それが決壊となった。
 ――ごぷぅっ! びゅるる、ずびゅぅぅ!
「んんっ、うぶぅぅ……!」
 予想を越える濃厚な精液。二ヶ月溜めこんだその量は異常と呼んで差し支えなく、あまりの量と濃度に唇から白濁液が逆流する。メリーの舌では未だに肉棒がびくんびくんと震えており、絶え間なく精子を吐き出し続けている。
 ――びゅく! ぴゅっ、とぷっ、……びゅるっ! どくん!
 舌先で尿道口を押し留めても、鳴りやむことを知らない精液の津波。苦みと生臭さに顔をしかめ、舌根から喉に下っていく男の体液を抵抗もせずに嚥下する。
「ふう……、腰が抜けるかと思ったよ。きもちよかった、ありがとう」
「んぷ……」
 あっという間に、メリーの口の中は精液でいっぱいになり、硬さを失った逸物が引き抜かれた後には、辛そうにほっぺたを膨らませた淫らな女が跪いていた。
「味はどうかね」
「ん……んきゅ、こくん……」
 涙を浮かべるメリーに、阿求父は当然のように「飲め」と命じる。メリーは黙ってそれに従い、少しずつではあるが、喉を鳴らして溜めた精液を飲む。涙を浮かべて男に奉仕するメリーの髪を、男は愛しげに掻き上げる。指の隙間を流れる金の髪は、武骨な岩を避けて流れ落ちる清廉な瀑布のよう。唇から漏れた半固形状の精液が、顎を伝い、メリーの胸の谷間にぽとりと落ちる。
 粘液の間と呼ぶに相応しい空間を、咳払いと共に打ち砕かんとするのは稗田阿求その人である。
「さて。行きましょうか」
「え、今……?」
「もう遅いくらいですよ。まあ、弁解の余地もないくらい射精していますから、こちらとしても踏み込み甲斐があるのですけど」
 躊躇する蓮子を尻目に、阿求は襖の取っ手に指を掛ける。待ったなしだ。
「むしろ蓮子さんにお聞きしたいのですが、何故、もっと早い段階で踏み込まなかったのですか」
 ぐ、と言葉を詰まらせる蓮子に、阿求は口の端を歪ませて追い打ちを掛ける。
「それとも、お友達が破廉恥な真似してるのを見て、興奮していたんですか」
「ち、ちが……、う、わよ」
 声にも力がない。阿求もその声音を見抜き、すかさずトドメの一撃を加えた。
「蓮子さんって、ドスケベなんですね」
「ち、ちがうもん……」
 否定の言葉も弱々しく、阿求と目を合わせることもできない。ここらが頃合いと見て、阿求はひとつ深呼吸を挟む。そして一拍。
 ――すぱあん! と小気味よい音を立てて、大きな襖が滑りもよく左右に開く。
 丁寧に蝋が塗られているんだなあ、と蓮子は場違いな感想を抱いた。
「あ」
「んっ」
 前者は阿求の父、後者はメリーが発したものである。柔らかくなった陰茎の先端からは、尿道に残っていた精液が溢れ出しており、それに気付いたメリーが余さず啜ろうとしているところだった。
 根元から陰茎を握られ、擦り上げられ、残った精子までも搾り取られて、阿求父は娘の前であるにもかかわらず、恍惚の笑みを浮かべる。その後で、ようやく阿求に向き直る姿勢が整ったが、時既に遅し。
「あ……阿求、これはね」
「最ッ低」
 低く重い口調、侮蔑の眼差し、その立ち振る舞い全てが阿求父を切り裂く。メリーは底冷えする空気も読まずに濡れそぼった肉棒を擦り、わずかに漏れた白い子種をぺろぺろ舐める。
「いや、あの、話せば長いことに」
「いつまで粗末なものをぶら下げているんですか。さっさと仕舞ってください」
「す、すまん」
 物足りなさそうなメリーを引き離し、阿求父は慌ただしく下を履き直す。その間にも阿求は、足音も立てぬまま父に歩み寄り、視線の圧力を与え続ける。
「されるがまま、客人の口の中に射精、ですか。そりゃま、お父様も男の方ですから、誘われれば否とは言えぬ盛りのついた獣だと理解してはおりますが」
「あ、阿求、私はね」
「お話は後で窺います」
 ぴしゃりと言い放ち、世界の終わりかと見紛うばかりに意気消沈する父の手を引き、阿求は早々に部屋から退出する。蓮子とすれ違う際、「メリーさんをお風呂にお願いします」と言い残して、後は振り返りもせずに何処かへと去って行く。腰を屈めて阿求の後ろを付いていく、阿求父の背中に漂う哀愁を感じれば、誰もが落涙を禁じ得まい。
 むー、とほっぺたを膨らませているメリーに、なんと声をかければいいものか。蓮子が人知れず苦悩していると、メリーは蓮子を手招きする。嫌な予感はした。が、近付かなければ何も進展しない。意を決して、メリーとの間合いを詰める。
「な、なによ」
「むー……」
 見て見て、と言うように口元を指差し、くぱぁ、とおもむろに口を開く。
 無論、そこには阿求父の放った精液が溜まっており、メリーの口の中で固まりもせずにふよふよと漂っている。どう対応すべきか右往左往する蓮子をよそに、メリーは手のひらを受け皿にして、口に溜まった精液をまとめて手のひらに落とす。
 どろどろの、白よりも黄ばみの強い精液が、メリーの柔らかい手を犯していく。
「れぅ……ふあ、いっぱい、射精してもらっちゃった」
 見せびらかすように、溜めた精子の池を蓮子に差し出す。
 その仕草があたかも「おいしいから飲みなよ」と言っているように見えて、蓮子は今まで溜まった鬱憤やら疲労やらを大きく振りかざし、チョップの形としてメリーの頭頂部に叩き付けた。
「うみゅ!」
 猫のような呻きを上げて、メリーは口の中に残る精液の滓を一気に飲み込んでいた。

 草木も眠る丑三つ時、よりは些か早い時刻。日付も移り変わろうかという最中、男と女の甘い息遣いが響き渡る。
 薄暗い部屋に灯る燈篭がひとつ、寝台に寝かされた男は四肢を紐で拘束され、あどけなさの残る少女に雄々しくそそり立つ陰茎を弄られている。男は全裸で、少女は着物を着崩した半裸の状態。立場の違いが明確に分けられている。
「はぁ、くぅ……あ、阿求……」
「あら、また射精しそうなのですか。お父様」
 小さな手のひらを赤黒い亀頭に被せて、溢れる先走り液でぬちょぬちょと撫で回す。際限なく噴き出る先走りの液体は瞬く間に阿求の柔肌を濡らし、少女は頃合いを見てべとべとになった手を父親の剛直に宛がう。
 ひとたび竿を擦り上げれば、吐き出しそびれた精液が湧き出てくる。外から訪れた金髪の美女に放精しても、二ヶ月溜めた精液は尽きることを知らない。かれこれ一時間は阿求に搾り取られ続け、それでも触れられればゆっくりとだが確実に勃起する。
「でも、仕方ありませんよね。顔も名も素性も知らぬ女性の誘いに乗って、私との約束を破ってしまう方ですから。お父様は」
「ぐぅ……そ、それは、すまなかった……あぐぅ!」
 謝罪の言葉を述べる父親に、阿求は肉棒に爪を立てて怒りを露にする。約束を反故にしたこと、それはこの二ヶ月をふいにしたことを意味する。一体何のために、二ヶ月ものあいだ射精を禁じたというのか。
「すまなかった、と。そう仰るのですね。それは、認めるのですね。私の口の中で、二ヶ月も溜めに溜めた子種を吐き出すよりも、あの子の口で果てた方がよっぽど気持ちよかったと」
「そ、それは……」
「気持ちよかったのでしょう?」
 嘲るように言い放ち、人差し指の爪を鈴口に刺す。
 ――びくん! と阿求父の全身が強張り、声にならない声を漏らす。自業自得だと阿求は哂う。彼が言ったのだ、実の娘の口にたっぷり射精したいと。そのためにはどうすればいいのか、簡単な話だった。阿求は嫌がったが、他ならぬ父親の頼みでもあり、二ヶ月我慢することをふたりは決意した。
 だが、結果はご覧の有り様である。
「はぁ、は……」
「私が馬鹿でした。溜めたら我慢が利かなくなるのは当たり前です。だからこれは私の読み間違いでもありますから、あんまり酷い罰は与えないでおきましょう」
 肉棒を握る力を緩め、代わりに薄い唇を寄せる。汗と唾と先走り液、そして幾重にも混ぜ合わされた精液が、嗅いだだけでも妊娠しかねないほどの臭気を放っている。
「ですから、存分に抜いて差し上げます。もうこれ以上、先っぽから何も出せなくなるくらい」
 ぬちゅ、と亀頭の先に接吻し、そのままゆっくりと父親の陰茎を呑みこんでいく。
 二ヶ月、溜めに溜めた精液の一番搾りを受け止められなかったのは屈辱の極みだが、二発、三発と続いても大量に放出されるのは貯蓄の成果である。射精するたび、阿求父の呼吸が次第に荒く激しくなっているのは、年甲斐もなく興奮しているからだと思うことにする。
「くちゅ……じゅる、ずちゅっ!」
 一度喉の奥まで全て呑み込み、そこから唇をすぼめて一気にしごく。亀頭全体を舌で舐め回し、尿道口を舌先で突くのも忘れない。鼻息も荒く、脇目も振らず奉仕を続ける阿求の髪を撫でようと父が手を伸ばしかけ、手首に結ばれた紐が深く食い込む。
「じゅぱ、ぐぽっ、ぶちゅるっ!」
「うぐ、ぉ……あ、阿求、阿求……!」
「んふ……んちゅ、ぬちゃ、くぷぉ……ずじゅっ、ぬぽっ、ぷちゅっ!」
 限界が近いと知るや、阿求は一気呵成に畳みかける。射精を促すように手のひらは陰茎の根元を摘まみ、口で刺激しきれない部分を補う。
 そして、がくん、と阿求父の首がのけ反り。
「んんんっ……!」
 阿求は、迫り来る射精に打ち震えた。
 ――びゅくっ! びゅるるっ、とぷっ! ぴゅっ、こぽぉ――びゅくっ!
 何度目か知れないが、一日二日溜めたくらいでは比較にならない射精量。初回や二度目より勢いは目減りしているが、それでも舌や喉に絡みつく濃厚さは健在である。摘まんだ指先で勃起を擦り上げ、尿道に残った精液をも余さず吸い出す。
「ちゅぅ……むちゅ、ぷちゅ……むぁ、まだ、こんなにいっぱい……」
 唇を離し、脳が焼けつくような精子の臭いに息が詰まり、それでも口に吐き出されたものは全て飲み干す。実の娘に対して、何の躊躇いもなく精子を放つ父親の心情を思えば、今更何を憂うことがあろうか。
 ごくん、と最後の残滓を飲み下して、阿求は舌に残る精液の粘り気を確かめるように、その表面を指先で掬う。
「ふふ……こんなにたくさん射精されたら、たとえ口からでも孕んでしまうかも……そうなったら私、お父様の子どもを産んでしまいますよ。それとも、私の妹になるのかしら」
 可笑しそうに、阿求は笑う。その無邪気さに、父は戦慄した。
 夜はまだ続くのだ。終わりは確かに訪れるが、夜が明けるのが先か、精根尽き果てるのが先か、その行く末は阿求の唇ひとつに委ねられていた。

 

 






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2010年3月14日 藤村流


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