おぺれーしょん・かうんとだうん 1

 

 

 

  00:13 博麗神社


「ほら、起きた起きた! そろそろ始まるよー」
 頭の下の枕をいきなり引っこ抜かれて、霊夢の目覚めはひどく不快なものだった。
「ぬ……ま、枕返し?」
 のろのろと身を起こせば、枕元には小柄な影。妖怪枕返しなどではなく、見慣れた子鬼の姿だった。外見は乳臭いが纏った空気は酒臭い。
「萃香……なんの真似よ」
 霊夢は寝ぼけまなこでやぶ睨み。
 しかし子鬼にひるむ様子はなく、大口開けてけたけた笑う。
「だから、もうじき始まるんだってば。早いところ準備しようよ」
「何が始まるって?」
「それはね」
 と萃香に代わって応える声。
 すっ、と虚空に裂け目が生じたかと思うと、紫色の口が開く。そこから顔を出したのはもちろん、我らが八雲紫。
「季節外れの大宴会よ」
 すた、と彼女は畳の上に降り立つ。それに続いて藍と橙が、ごろん、ぺちょ、とスキマからこぼれ落ちてきた。
「や。夜分に失礼」
「こんばんはー」
 いきなり賑やかになり、されど霊夢は喜ぶはずもなく、ますます険悪な顔つきとなる。
「また何か企んでるのね?」
「のんのん。今回は私たち、何もしないわよ。しでかすのは他の連中。私たちはその騒ぎを肴に宴会でもしようかというわけ」
 ねー、と紫と萃香は顔を見合わせて笑う。霊夢の不安をひたすらに掻き立てる笑みだった。
 そして二人はハモるのだ。
「今宵、空をも砕き、月をも穿たんとする大騒動。地に湖に、雨と降り注ぐは少女たちの血と涙。果たして空を制するは、紅き魔王か、不滅の姫君か。さあてお立会い」
「帰れお前ら」
 霊夢は再び布団を引っかぶるが、安眠を得ることは許されなかった。
 妖どもに布団ごと担ぎ上げられ、哀れ博麗の巫女は夜空の下へと引きずり出されていったのだった。






  某年10月17日

  天候:快晴
  風向:南西2m
  月齢:13.7






  00:35 紅魔館


 月が晧々と照らす下、紅魔館は張り合うかのように多量の明かりを灯していた。湖上、おぼろに浮かぶその紅い姿は、正に不夜城レッド。
 光が集められているのは中庭、紅魔館の敷地内では最も開けていて、整地されている一角。方々でかがり火が焚かれているそこには、夜もすっかり更けたというのに、数多くのメイドたちが集まり、駆けずり回っていた。
 そして、忙しげな彼女らの中央には、巨大で奇妙な物体がある。
 くすんだ銀色で、円筒の上にとんがり帽子を乗せた、巨大なクレヨンのような形状。手当たり次第に掻き集めた金属を、これまた手当たり次第につぎはぎしたと見える外殻を持ったそれは、館の屋根に届かんばかりの全高を有していた。
 ずんぐりとしてあまりに不恰好だったが、色々なところに目をつぶれば、それは正しくロケットだった。JAXAの人が見たら、血涙を流して悶死してしまいそうなくらいアレなものだったけれど。
 ロケットは、明らかに急造されたと見える貧弱な発射塔に支えられ、天を見据えている。
 その視線の先にあるのは、夜空の彼方、月。
 今宵の月は、虚空に見事な真円を描いていた。


 発射塔の根元には、紫色な魔法使い。
 この計画の全責任を預かるパチュリー・ノーレッジが、パイプ椅子に腰掛けていた。
 パチュリーは書類の束を手にし、メイドたちから次々ともたらされる報告をさばきながら、同時にあちこちへ指示を与えている。
 そこへ突然、頭上から甲高い叫びが降ってきた。周辺警戒担当のメイドの声だった。
「早期警戒ラインより通達! 北北西より所属不明の影、多数接近!」
「……来たのね」
 パチュリーは冷静な表情を崩さない。
 そばに控えていた小悪魔を向く。小悪魔はなぜかメイド服に身を包んでいた。
「全館にコードレッド発令。各員、事前の打ち合わせどおりに動いて」
「は、はいっ」
 それを境に、メイドたちの間の空気が一層せわしないものとなる。その空気は中庭から紅魔館全体へと瞬く間に伝染していった。




  00:39


 通路という通路にどたばたとした足音が響き渡り、それらは従業員食堂へと収束していく。
 やがて静けさが戻ったとき、食堂には紅魔館に勤める全メイドのうち、屋外にいる者を除いた二百余人が詰め込まれていた。
 彼女たちの視線は入り口側の壁に集中している。そこにあるは彼女らの主たる真紅の吸血鬼と、白銀のメイド長。
 レミリアは椅子に腰掛けてティーカップを口に運んでいる。
 その三歩前、メイドたちのぶしつけな視線から主を守ろうとするかのように、咲夜が胸を張って立っていた。

「みんな、ご苦労さま」
 しんとした空気に、その声はよく通った。
「さきほど早期警戒要員との連絡が途絶したわ。最後にもたらされた情報は、大多数の敵の接近だった。所属不明と伝えられたけれど、十中八九、永遠亭の連中ね」
 メイドたちの間に小さなどよめきが起きる。
 咲夜は声のトーンを一段上げて、しかしあくまで瀟洒に、それを押さえつけた。
「知ってのとおり、今夜、ここから月へのロケットを打ち上げる計画となっているわ。過去にも立案されたものの、頓挫、破棄された計画が、今ここに復活しようとしている。……そのことを永遠亭が嗅ぎまわっているという疑惑は、以前からあった。そしてとうとう今夜の打ち上げを察知して、大慌てで阻止に向かっているのね」
 不敵な笑み。
「大規模な空戦になるわ。この空の戦いに打ち勝ち、制空権を守り抜く。パチュリー様によれば打ち上げのチャンスは満月の今夜しかないそうよ。一人でも多くの敵を地獄に蹴り落として、ロケット発射施設を防衛しなさい」
 そして自らの頭を指し示した。
「全員、特製のヘッドドレスに換装してるわね? これはパチュリー様の魔法により、今夜、月光の下限定で機能する魔法がかかっているわ。半径一キロ圏内の仲間と自在に交信できるもので、一度に全員へ意思を伝えることもできるし、特定の一人、あるいは一団のみと交信することもできる。各隊のリーダーはこれで私との連絡を密にすること。各隊の配置は先に定めたとおりよ。近衛中隊は私と共に中央へ」
 そこで一旦、言葉を切ると、咲夜はレミリアを振り返った。
「お嬢様。彼女たちに何かお言葉はございますか?」
 レミリアは即座に応じず、ゆっくりとカップの中身を干した。空のカップを咲夜に渡し、おもむろに口を開く。
「努力はしたけど……なんて言葉は聞きたくないわ」
 うっすらと、冷酷な笑みがそこに刻まれた。
「欲しいのは結果よ。防衛が失敗すれば何も意味はない。ロケットを守るために、あなたたち――ことごとく死になさい」
 激励としては凄絶にすぎる言葉に、しかしメイドたちは食堂が揺らぐほどの歓声で応えた。
 それでこそ。悪魔の君主に仕える甲斐もあろうと。
 意気軒昂。歓声に床を踏み鳴らす何十もの靴音が混ざり、興奮のあまりかテーブルの上に仁王立ちとなって吠え出すものまで現れた。
 彼女らの反応に咲夜はうなずく。

「出撃」




  00:44


「みんな、えらくノリがいいわね」
 全軍の先頭に立って屋外へと出たレミリアは、やや呆れながらも愉快そうに言った。
 先ほどの食堂でのことを話している。「死になさい」なんて半ば冗談で告げたものなのに、予想外に受けが良くて面食らったレミリアであった。
 まあ、半分くらいは本気で言ったのだけれども。
 隣に並ぶ咲夜は微笑み、追従する。
「お嬢様への忠誠心の顕れですわ。それに計画主任からして、あのノリですからね」
「パチェか……こういうのが好きだったなんて、意外なような、そうでもないような」


 発端は一月ほど前のことだ。
「今度こそ月へ行けそうなんだけど、どうする?」
 パチュリーがいきなりそんなことを言い出したときは、さしものレミリアも反応に困った。
 どうやらパチュリーは、前回の計画が霧消した後も、一人で月旅行の研究を続けていたらしい。そしてとうとう月に至る成算を見出したようなのだ。
 分厚い計画書まで用意した彼女の熱意に、レミリアもいつしか、かつて月へ抱いていた情熱を思い出していた。そしてうっかり計画にゴーサインを出してしまったのである。
 するとあれよあれよという間に材料が集められ、ロケットが建造されてしまった。
 正直、今度もすぐに飽きてしまうだろうなと心の片隅で考えていたレミリアは、驚くしかなかった。そして夢が実現目前であると知ると、俄然やる気になった。
 月へ行ってやろうじゃないか。
 ここまで来たら計画の中止などありえなかった。まして、他勢力からの妨害に屈するなど。
 いまや月旅行そのものよりも、ロケットを飛ばすこと自体が主目的と化していたことは、レミリア本人にも否めなかった。


 咲夜がまたうなずく。
「非日常において、人は意外な一面を見せるものですから」
「うちは非日常が日常みたいなものだと思ってたけど」
 すぐに中庭のロケットの威容が見えてきて、二人の視線はそこに向く。
「それじゃあ、咲夜。さっさと片付けてきなさい。乗り遅れたりしたら、承知しないから」
「心得ていますわ。歓迎委員会の幹事として、永遠亭の連中をしっかりもてなしてあげましょう。短時間でも満足してもらえるよう、誠心誠意を尽くしますわ」
 刃物のように鋭い笑みを交わすと、レミリアはひとり中庭へと向かい、咲夜はそのままメイドたちと共に正門へと向かう。



 正門上には美鈴たちがいる。
 日ごろ正門周辺の警備を担当している一隊が「門番中隊」として再編成され、そこに配置されているのだ。――つまりは名前が変わっただけでいつもと一緒なのであるが。そこらへんは気分的な問題というやつである。

「それはいいとしても……」
 紅美鈴はため息をつく。
「これはどうにかならなかったのかなあ」
 頭に乗っけた「それ」を、彼女は軽くつまんで引っ張る。
 パチュリー手製のまじかるヘッドドレス。美鈴もいつもの帽子の代わりに、これを装備させられていた。
 もっとも、服はいつものチャイナなので違和感バリバリである。
「せっかくだから美鈴さん……もといリーダーもメイド服で統一してしまえばいいのに」
 配下のメイドのもっともな進言に、だが美鈴はかぶりを振る。
「こっちのが動きやすいのよ、私は。だからこれまでだってこの服で通してきたの」
 そしてパチュリーやレミリアのことを思い、ずるいな、と考えた。
 あの二人だけは、いつもかぶっている帽子に魔法をかけて通信機能を持たせているのだ。だから普段どおりの格好でいられる。
 普段帽子をかぶらない小悪魔はと言えば、ちゃっかりメイド服で揃えてしまっているし。
 だから、ちぐはぐで素っ頓狂な格好をしているのは、美鈴ひとりのみということになる。
 しかも美鈴のヘッドドレスにはご丁寧にも
「龍」の文字が朱で記されていた。パチュリーの指示で入れられたものらしいのだが、余計な気を遣ってくれたものである。おかげでますますシュールな見た目になってしまったではないか。これはむしろイジメなのか? そうなのか?
 しかし不満顔でいるのは美鈴ひとりだけだった。他のメイドたちは総じてヘッドドレスの機能を称賛している。
「これ、すごい便利ですよねー。普段の仕事にも使えたらいいのに」
「満月の魔力を借りなければいけないほどの大掛かりな魔法らしいから。あのロケットってやつも満月のおかげで飛ばせるらしいし」
「ロケット、本当に飛ぶんですかね。ドキドキします」


「飛ばせるかどうかは、私たちのがんばり次第よ」
 いきなり会話に加わってきた声に、美鈴と話していたメイドはびくりと身をすくませる。
 既にその気配を察知していた美鈴は、驚くこともなく背後を振り返った。
 そこには咲夜を先頭としたメイドの一群。
 咲夜が片手を掲げると、後ろに続いていたメイドたちはいっせいに前進を停止、「休め」の姿勢をとった。
 咲夜の鋭い眼差しが美鈴に向けられている。
「美鈴、ここは任せるわよ。あなたたちが最後の壁なんだからね」
 美鈴は瞳に強い意志の光をたたえ、応じた。
「分かっています。誰にも抜かせやしません」
「私もなるべく後ろへ漏らさないようにするつもりだけどね。……まあ、あなたが後ろにいると思えば、ちょっとは気も楽だわ」
「油断は禁物です。気をつけて」
 二人は目元に微笑を浮かべ、そして別れた。
 咲夜に率いられ、迎撃部隊主力は北北西の空、予定戦場へと向けて整然と行軍していく。
 それを見送る美鈴は、なぜか苦笑を浮かべていた。
「咲夜さんが前衛で、私が後衛か。いつもと逆ね」
 それでも、やはりやるべきことは同じだ。
 我らが主の身と、主命を守り抜くこと。
 きっとできると美鈴は信じている。紅魔館の全員がひとつとなれば、その想いはそれこそ月にだって届くはずだと。




  00:48


 永遠亭の紅魔館攻略部隊は、湖の手前まで進軍を果てしており、そこで一旦足を止めていた。
 指揮官は鈴仙・優曇華院・イナバ、因幡てゐを副官とする、二百五十六羽イナバからなる大部隊である。

「うーん」
 ずっと下方に注意していたてゐが、どこか拍子抜けしたかのような声をこぼした。
「私ならこの辺りの林に兵を伏せておくんだけどな。私たちが湖上空に入ったところで本隊と呼応、挟撃! 可愛い兎たちは憐れ全滅よ」
「縁起でもない……そんな戦力はないわよ、向こうにも、こっちにも。時間的余裕もなかったはずだし」
 てゐと共に先頭に立つ鈴仙は、そう応じつつも、警戒の目を周囲に巡らせた。
「……それにしても、師匠も大げさなことさせるよね。これじゃまるで戦争よ。ここまでしてロケット発射を阻止しなければいけないものかなあ」
「なに言ってんのよ、甘いよ鈴仙!」
 ずびし、と音がしそうなくらいの勢いで、てゐが鈴仙に指を突きつける。
「もし、万一ロケットが月に届いたら、幻想郷の存在がばれてしまいかねないって。そしたらまた姫たちや、それに鈴仙にも追っ手がかかるかもしれないって。そういうことでしょ? だったら、なんとしたって、止めないわけにはいかないじゃない」
「……てゐ」
 鈴仙はぱちぱち瞬きし、それから嬉しげに耳を震わせた。
 てゐはぷいっとそっぽを向いたが、その横顔はほんのり赤らんでいる。
 鈴仙は目を細め、しかしまだ納得いかない風にひとりごちた。
「でも、それならどうして師匠も姫も出てこないんだろ。師匠は何か準備があるとか言ってたけど、一刻を争う事態のはずなのにな……」

 そこへ、斥候として先行させていたイナバが息せき切って戻ってきた。もともと色白なのだが、さらに血の気を失った形相でいる。
「敵は一キロ先に布陣を完了しています。数はおよそ三百……いえ、四百」
「そんなに……?」
 ロケット守備隊を別にして、それだけが前線に配置されているというのか。鈴仙は湖上に眼を凝らしたが、この湖特有の霧のせいで、敵の影を見つけることは叶わなかった。
 斥候の告げた敵戦力は、予想を大きく上回るものだ。まともにぶつかっては勝ち目が薄いと知り、鈴仙は青ざめる。幸い、月光が顔色の変化を隠してくれ、周囲にその動揺は伝わらなかった。
 しかしてゐだけはそれを見抜いたらしく、口を寄せてささやいてきた。
「斥候の子、そんなに臆病なタマじゃないけど、初めての戦を前に浮き足立ってる。まず、多めに見積もっているよ。だいたい、事前の調査で紅魔館の動員可能な数は割れているじゃない。四百はないって」
「そ、そうね……」
 鈴仙は素早く立ち直り、部隊を振り返った。
 自分に預けられたイナバたち。彼女らを活かすも殺すも自分次第なのだ。震えてなどいられない。
「敵は予定戦場にあり。そして私たちの勝利も予定されたものよ。みんな、何も臆することはないわ」
 ぴんと耳を伸ばし、声を張り上げる。
「五から八の中隊は北から回り込み、敵の側面を突いて。残りは私と共に正面から斬り込む。行くわよ!」
「突撃!」
 てゐが声を重ね、それに応える鬨が夜天を震わせた。
 月光の見守る下、月の兎と地上の兎たちは、雪崩を打って湖上空へと飛び出していった。



 湖上を覆う霧のヴェールの向こうを、そこにいるはずの敵を、鈴仙は懸命に見透かそうとする。
 戦で大事なのは初撃だ。それが趨勢を左右し、ことによればそのまま勝敗を決してしまう。
 鈴仙は理解している。自分に望まれているのは打撃力よりも、狂気を秘めたその瞳だということを。
 彼女の瞳は敵を狂気に陥れる。幻視で混乱させ、敵を同士討ちに導くことすら可能な、強力な狂気を発することができる。
 それは単純な火力よりも、よほど効率的に敵戦力を削ぐことができる、強大な武器だ。
 会敵と同時、できるだけ多くの敵を狂気に陥れる。それが鈴仙にできうる最大限の初撃。
 ――やってみせる。
 先制の機を逸してしまわぬよう、鈴仙は五感を研ぎ澄まし、霧の向こうにいるはずの敵の姿を求める。


 大気が、急激に密度を増した。


 すぐ目の前に敵の部隊が湧き出していた。
 忽然と。
 鈴仙は愕然となる。
 ばかな。いくら霧が出ているといっても、それほど濃いものではない。なのになんの視覚的予兆もなく、こんないきなり。敵は瞬間移動でもしたというのか?
 彼我の距離は既に十メートルもなかった。慌てふためくイナバたちに対し、紅魔館のメイド部隊は冷静そのもので、とうに攻撃態勢をとっていた。まるでこのタイミングで遭遇することをあらかじめ知っていたかのように。
「グルームリーダー、交戦」
「スカラリーリーダー、交戦!」
「ガーデナーリーダー、交戦」
 敵の交戦宣言は、味方への処刑宣告に等しかった。弾幕が怒涛のごとく押し寄せてきて、イナバたちがばたばたと撃墜されていく。痛ましい悲鳴の多重奏が耳を打つ。
 そして鈴仙は、
「十六夜咲夜、交戦」
 迫りくる白銀のナイフの閃きと、メイド長が浮かべる酷薄な笑みとを目撃したのだった。




  00:50


 零時五十分。
 鈴仙・優曇華院・イナバ率いる紅魔館攻略部隊と十六夜咲夜率いる迎撃部隊は、戦闘状態に入った。
 湖上のごく狭い空域に、双方の展開する弾幕が殺到し、たちまち飽和状態に至った。集中する弾の光は球状に膨れ上がり、遠めには小さな太陽の現出とすら映りそうだった。
 ついさっきまで湖上を支配していた霧は、弾幕が喚んだ熱と暴風によって、とうに吹き飛ばされてしまっている。
 おかげで、戦闘がもたらす異様な光は、意外なほど遠くからでも観測できた。



「たーまやー」
 博麗神社、本殿の屋根の上。
 伊吹萃香が自前の瓢箪を天高くかざし、それから自分の唇へと運ぶ。胸を大きく反らし、ごきゅ、ごきゅ、と豪快にのどを鳴らす。
 そばに座っていた橙がやんやと囃したて、それを見た藍は、ならば自分もと一升瓶を手に立ち上がった。
 紫はそんな光景に微笑み、そして遠く紅魔館の方角、空に生まれては消えていく光の花へと目を移した。
「ほら霊夢、綺麗でしょ。季節外れの花火大会よ」
「どこが花火よ」
 そして霊夢。彼女はここまで拉致されてきたときとほぼ同じ格好、すなわち布団に包まった姿のままでいた。
 そろそろ夜風が身に染む時節であった。
「綺麗」と表現するにはあまりに凶悪な光の数々を瞳に映して、霊夢はぼやく。
「なんなのよ、これは」
「説明したじゃない。あれは紅魔館がロケットを……」
「『あれは』じゃなくて、『これは』と言ったのよ、私は。この私の境遇を説明してよ」
 なんだって寒空の下、トンチキな妖怪たちに囲まれて大弾幕合戦など見物しなければならないのか。
 八雲答えて曰く、
「だって、せっかくの派手なイベント、みんなで一緒に楽しむのが一番じゃない」
「私はぜんぜん楽しくないの! ほんと、下らないことにばかり全力になるんだから。巻き込まないでよね、もう……」
 そして目の前、屋根瓦の上に危ういバランスで置かれていたコップを手に取った。
 琥珀色の液体で満たされているそれを、一気にあおる。のどが焼けて、たまらずむせ返りながら、だが体が温まるのを感じて安堵を覚えた。本当に、アルコールでごまかさないとやってられないくらい、夜気は冷たい。
「じってしているから冷えるのよ。ほら、あの子たちみたいに歌ったら?」
 紫が指し示したのは、屋根の端で耳障りな歌声を響かせている二匹の妖怪。ミスティアとルーミアだった。

「一個でーも、肉塊っ」
「にっ」
「二刀でーも三魂七魄っ」
「さんっ」
「三羽でーも夜雀っ」
「よんっ」

 …………

 つい歌詞に耳を傾けてしまった霊夢は、自分の軽率さを呪った。
 なんだあの悪酔いしそうな歌は。そもそも、なんであいつらがここにいるのか。
 しかも、これで全ての面子ではないのだ。
 ちょっと視線を持ち上げると、そこにはプリズムリバー三姉妹が楽器と共に浮かんでいるのである。


 今夜の三姉妹はちょっと違っていた。いつもの得物ではなく、エレキなギターやらドラムセットやらシンセサイザーやらを装備しているのだ。
 霊夢が眼を向けたときは、ギターを肩から提げたルナサに、リリカがなにやら指導しているところだった。
「違うって姉さん。ハードロックはもっと突き抜けなきゃ。固定観念を捨てた向こうに、新たな音楽表現の地平はあるのよ」
「ええと……こう?」
「ああっ、もー。なんでそんなアンニュイなのよ」
「やっぱり姉さんには、こういうの無理なのかしらねえ」
 ズンダズンタタドンデンドンデンジャーン、と神速のスティック捌きを披露しつつ、メルラン。意外な才能であった。


「……なんであんなのまで呼んだのよ?」
 頭痛をこらえるのに似た顔で、霊夢は紫を睨みつける。
「あら、どうして私が呼んだって分かったの?」
「わからいでか」
 ルナサの傍らにあるアンプ、それに接続されたコード類は、三姉妹の背後に開いているスキマへと伸びているではないか。
 指摘されると、紫は悪びれた風もなく、彼方で閃く光へと視線を戻した。
「こういう夜には賑やかな音楽が欠かせないもの。あ、曲の種類も私の指定ね。外の世界で聞いて気に入ったのがあってね……」
「そこまで聞いてないっ。ああ、もう。秋の夜の風流はどこへいったのよ」
 嘆息し、霊夢は手酌で二杯目をあおる。自棄酒だ。
「五台でーもロケットー」
 うるさい。




  00:54


「くそ、くそ、くそっ」
 乱戦の渦中で、鈴仙はらしくもない穢れた言葉を吐いていた。
 そう、乱戦だ。周囲では敵味方が入り乱れ、芋洗い状態となっている。弾を撃たずに白兵戦闘を行っている者すらいるほどに双方は密着していた。
 これでは、もはや瞳の狂気を発動させることなどできない。鈴仙の能力は前方に対して無差別に発揮されるものなのだ。敵味方選り好みできるほどの器用さは持ち合わせていないのである。
 ぎりり、と彼女は歯噛みする。
 あいつは、咲夜はそれを知っていたからこそ、あんな奇策を用いてきたのだ。



 斥候の報告で敵の指揮官が鈴仙だと知ったとき、咲夜は即座に対抗策を構築していた。
 鈴仙の駆使する最大の脅威・凶眼を封じるその策とは、咲夜の空間を操る能力でもって、両軍の間合いをいきなりゼロにすることだった。
 そうすれば鈴仙に能力発動の準備時間を与えることはない。そのまま混戦状態に持ち込めば、もはや鈴仙の能力は脅威でなくなる。おまけに敵の不意をついて先制もできる特典つき。
 もちろん、一歩間違えれば味方を危地に追いやりかねない策だ。咲夜はそのリスクよりも、成功した場合の効果の高さを重視した。普段から培ってきた部下への統率力に自信があったことも成算の一要素だった。部下へこの旨を言い含めると、彼女は実行に移した。
 そして、策は成った。
 突然、鼻先に出現した紅魔館メイド部隊に、敵はあっけにとられ、混乱に陥った。まるで逆に狂気の視線を浴びせられたかのように。
 すかさずメイド部隊は容赦ない打撃を加えた。
 そこへ北から、敵の別働隊が迫ってきた。挟撃を目論んでいたのだろうが、本隊が混乱しているこの状況では、ただの孤立した小集団に過ぎない。咲夜は直属の部下と共にこれを迎え撃ち、散々に蹴散らした。
 ほぼ完璧と評価できる成果の中、唯一の瑕疵といえば、最初の一撃で鈴仙を仕留めそこなったことだ。
 頭さえ潰せば、敵は組織としての強さを失う。臨時に新たな指揮官を立てるにしても、その間のロスは補いきれないだろう。
 だから咲夜は悔やむ。あと一息でナイフが届くところまで迫りながら、鈴仙を取り逃がしてしまったことを。
「でも……まあ、いいわ」
 思い通りに事が運ばないのは戦場の常。むしろ向こうの方が、計画の瓦解を嘆いているはずなのだ。

 ナイフを振るうその合間に、咲夜は時を止める。
 そして戦況把握。
 個対個の戦いよりも、このような集団戦においてこそ、彼女の能力は真価を発揮する。停止した時間の中では、敵味方の状態をはっきりと掴むことができる。どこで味方が苦戦しているか、敵がどんな戦術行動を採ろうとしているのか、じっくり観察・分析できる。刻一刻と推移する戦況に、誰よりも早く対応できるのだ。――古来、どれだけの指揮官が、そんな「神により近い視点」を渇望したことか。
 現在のところ、味方が圧倒していることを確認し、咲夜はわずかに眉を開いた。
 だが敵も一時の混乱から立ち直り、組織的な反撃に移ろうとしている。看過しては味方にいらぬ損害が生じるだろう。
 やはり頭を叩かなくては、勝利を決定的にはできないか――
 能力の限界が近い。咲夜は塞き止めていた時間を再び流れさせる。
「ガーデナー中隊、右前方の空隙を突いて敵の合流を阻みなさい。ランドリー、チェンバーの各中隊はそのまま優位を死守」
 ヘッドドレスで指示を飛ばしつつ、咲夜は新たなナイフを右手に装填した。



 鈴仙は後方に下がり、乱れきった部隊を必死に再編しようとしていた。
 こんなときこそ頼りになるてゐとは、接敵直後にはぐれてしまっている。心細かったが、そんなこと、指揮官としておくびにも出すわけにはいかない。ただでさえ味方の士気は地に落ちようとしているのだ。
 もはや劣勢は疑いようもなく、鈴仙は味方を取りまとめながら、この事態を打開する策がないものか、懸命に思考を巡らせていた。
「敵の指揮官を討つ」
 敵である咲夜と同じ、そんな結論に辿り着いたのは、不思議でもなんでもない。鈴仙にはそれを成すだけの能力があったからだ。
 狙撃。
 エネルギーを凝縮した長射程・高威力の弾で、敵を撃ち抜く。
 月にいた頃から、鈴仙の射撃能力には定評があった。地上に降りて後、永琳に師事したことで、さらにその技量は向上している。
 これで咲夜を墜とす。できるかどうかではなく、やらなければならない。
 泣き腫らしたみたいに赤い目を戦場に巡らせると、標的の姿はすぐに見つかった。
 似通った格好のメイドたちの中にいて、だがあの瀟洒なメイド長の姿は際立って見える。銀の髪を翻し、同じ色の刃を操りながら、舞踏のように宙で華美なステップを披露する、瀟洒な死神。その双眸に見初められたが最後、生半の者では、まず助からない。
 今もまたひとり。鈴仙の見ている前で、イナバが凶刃に倒れ、湖へと落ちていった。
「悪魔の狗め……」
 憎憎しげに吐き捨て、鈴仙はそちらに右の人差し指を向けた。左手を右肘にあて、固定させる。同時に思考を狙撃専用のそれへと切り替えた。
 小刻みに震える指先を、ゆっくりとした呼吸を繰り返すことで、徐々に落ち着かせる。
 気温・湿度・風向風速は既に計測済み、変化なし。敵の頭部にポイント。その機動から未来位置を予測、偏差修正。射線上に障害なし。
 指先に力がみなぎる。

 ――必中、それ以外の結果など


 射撃のまさにその瞬間、咲夜の眼がこちらを向いたような気がした。
 メイド長が浮かべた笑みに向けて、鈴仙は銃撃する。




  00:55


 白熱の軌跡を曳いて、弾丸は夜気を貫いた。
 しかしその進路上にメイド長の姿はない。カードを一枚――ハートのエースを宙に残し、忽然と姿を消していた。
 必殺の銃弾を受けて砕け散ったカードに、既に鈴仙の意識は向いていない。彼女は加熱した人差し指を抱え、躍起になって敵の姿を探す。

「惜しかったわね、月の兎さん」
 すぐ頭上から涼やかな声と共に、強烈な殺気が降ってきた。
 振り仰げば咲夜がナイフを振りかぶっているところだった。
「月へ行ったらあなたの奮戦を伝えてあげるわ」
「……月での評価なんて、いまさらどうだって!」
 鈴仙は敵に照準しようとするが、強大な力を充填・開放させたばかりの人差し指はまだ冷却を要し、次弾を撃つことはできなかった。人差し指の銃口を咲夜に突きつけたまま、鈴仙は時を止められたかのように凍りつく。
 幾本ものナイフが無慈悲な輝きをこぼす。咲夜が腕を振り下ろした。



 風が疾り、白銀の光が虚空を薙いだ。



 澄んだ金属音。銀の刃が五つ、宙にくるくると弧を描く。
 咲夜は呆然となった。投擲した全てのナイフが、鈴仙に届くことなく、頭上高くへと跳ね上げられたのだ。
 のろのろと視線を持ち上げ、そして正面へ戻すと、そこには鈴仙をかばう形で立つ少女の姿。ナイフを凌駕する長さの刃を引っさげた剣士の姿。
 風になびく銀色のおかっぱ、前髪の間から、少女は眼光鋭く咲夜のことを見据えていた。
「あなたは……」
 期せずして重なった咲夜と鈴仙のうめきに応えて、少女は朗々と名乗りを上げる。
「白玉楼は西行寺家が一刀、魂魄妖夢。義によって助太刀いたす!」



「どうして……」
 呆然とつぶやく鈴仙を、妖夢は肩越しに振り返る。
「永琳殿から使者が来たのです。私はあの人に恩がある、それを返す場を欲していたところでした」
「師匠が?」
 鈴仙の顔がぱっと明るくなる。
 対して妖夢は張り詰めた表情を崩すことなく、戦場を見渡した。
「どうやら分が悪いようで。話は後にしましょう。今は――」
 傍らに浮かぶ半霊、その表面に一枚のスペルカードが浮かび上がる。妖夢はそれめがけて白楼剣を抜き打ちに叩きつけた。
「ただひたすらに剣士の分を果たすのみ」
 刃を受けたカードと半身が共にまばゆい光を放つ。閃光は唐突に消え、すると半身は抜き身の白楼剣を手にした、もう一人の妖夢へと姿を変えていた。
 魂符「幽明の苦輪」。
「紅魔館も永遠亭も、等しく知れ。西行寺に魂魄流のあるを」
 二刀の切っ先に月光を吸わせ、妖夢と妖夢は疾風と化して飛び出す。
 これを受ける紅魔館の迎撃部隊、指揮官たる咲夜の顔には、初めて焦りの色が浮かんでいた。









 天高く、勇壮なギターリフが響き渡る。
 博麗神社では宴もたけなわだった。戦場となっている湖上空とはまた違った意味で、混沌に満ちていた。


 神社という場に、あまりにそぐわない激しい曲を、プリズムリバー三姉妹は奏で続ける。まさに罰当たりロック。
「あいらぶゆー、おーけー?」
「おーけー!」
「おk」
 リリカの呼びかけに、橙と、仕方なさそうに藍も応えている。
「よし、今よルナサ姉さん。ギターに火をつけて叩き壊して!」
「……え?」
「そうするとみんなハッピーになれるらしいわよー」
「あ、着火なら私がやってあげるよ」
 萃香が口から紅蓮の火炎を噴き出し、三姉妹は慌てて逃げ惑う。


 片やこちらでは、
「三人でーも、四季映姫・ヤマザナドゥ」
「誰それー?」
「ええと……忘れた」
 ミスティアとルーミアがエンドレスで歌いつづけていた。
 プリズムリバーの演奏を無視して、ひたすら我が道をゆく選曲である。ある意味すごい。いやいろんな意味ですごい。


「……お願い、紫。私もう、本当にだめ。帰らせて」
 霊夢は布団に包まったまま屋根に横たわり、明らかにグロッキー状態だった。場のあまりの混沌ぶりと睡眠不足のせいで、そろそろ精神状態が危険域に突入しつつある。
 これにはさしもの紫も心配げな顔を見せた。
「落ち着いて、霊夢。どこへ帰るって言うの? ここがあなたの博麗神社なのよ」
「違うわ。私の知る博麗神社は、神気に満ち、安らぎに満ち、お賽銭で満ちていたはずよ」
「幻想郷で幻想を見るのはよしなさい、霊夢」

 そこへ突然、
「うひゃあっ」
 というミスティアの悲鳴が上がった。
 見れば屋根の端、ミスティアは境内に植えられた一本の木を凝視している。
 そこには、いったいいつからそうしていたのか、西行寺幽々子がふわふわと浮かんでいた。木の幹に寄りかかるようにして、透明な微笑を浮かべて。
「あら、可愛らしい夜雀」
「で、出たぁーっ!」
 幽霊を見た人の八割くらいが口にしそうな言葉を、ミスティアもまた叫んだ。
 だが彼女の幽々子へと向ける眼は、幽霊を見るそれではない。もっと格の違う、絶対的な恐怖と遭遇した者の絶望が、彼女の顔にはあった。
 硬直したミスティアに向かって、幽々子はウィンクを飛ばし、紫たちの方へとふわふわ漂い去った。
 危機が去り、しかしなおもミスティアは気死したかのように動かない。その背中をルーミアが一所懸命さすってあげていた。



「どうしたの、幽々子?」
 紫と霊夢のそばに座った幽々子は、問われて、手にしていた扇で紅魔館の空を示した。
「妖夢がね、永遠亭の加勢に行っちゃったの。お留守番なんてつまらないからマヨヒガへ遊びに行ったら、紫たちもいないじゃない。これはもしやと思って、ここへ来たわけよ」
「帰れ」
「幽々子はあれに加わらないの? 妖夢のことが心配じゃない?」
「ロケットなんて食べられない物、飛ぼうとどうなろうと興味ないわ。……ふふ、冗談よ、だからそんな食いしん坊を見るような目はよして。妖夢のことなら、これもいい修行だわ。集団戦も経験しておいて損はないから。薬師への義理なんてどうでもいいとは思うんだけどね」
「帰れ」
「霊夢はご機嫌斜めみたいね」
「帰れ」
「壊れちゃった?」
 うふふ、と笑い声を残し、幽々子は酒のアテを求めてその場を離れていった。紫の耳に、遠く夜雀の悲鳴が聞こえてきた。
「……あら?」
 視界の端、何かがちかりと瞬いたように見え、紫はそちらへと目をやる。
 月光あふれる空に、星たちの輝きは弱い。虚空を紫は見つめている。
「何よ。また何か来たの?」
 むしろ恐々とした霊夢の問いかけに、紫はかぶりを振った。
「いいえ、何も来ないわ。――ここには、ね」




  00:56
 

 前線を突破して紅魔館中庭にまで到達したイナバはまだおらず、ロケットにも発射施設にも損害は出ていない。
 しかし、ほんの目と鼻の先で激戦が繰り広げられているのだ。発射準備に追われながらも、メイドたちの視線は、どうしてもそちらへと吸い寄せられてしまう。同僚が、友人が戦っているその場へと、できることなら自分も駆けつけたいと願う。
 しかしそうすることは、何よりその同僚や友人を裏切ることとなる。自分の仕事を的確に、迅速にこなし、見事にロケットを打ち上げることだけが、仲間の奮闘に応える唯一の手段だった。
 だから。足を止め、戦場へ意識を飛ばすことがあっても、それは一瞬のこと。未練がる目をまた前へ向け、彼女たちは駆け出すのだ。

 場の秩序が保たれているのは、中心となるパチュリーの落ち着きによるものも大きいだろう。
「全管制員へ、打ち上げ最終チェックを急いで。発射まであと十二分、秒読み続行中」
『はいっ』
『了解』
 普段と変わらない囁きかけるような声に、各部署から威勢の良い声が返ってくる。
 それに混ざって、ノイズ交じりの切羽詰った叫びも、パチュリーの耳に届けられていた。

『こちらグルーム5、二人に狙われてる。誰か助けて!』
『無理だわ、なんとか振り切って』
『チェンバー12、目標を撃墜。後で鍋にするから誰か回収お願い』
『パーラー7、6時方向に敵! 後ろだ!』
『めいでーめいでーめいでー……こちらキッチン3、やられた。みんな、ごめ――』
『オメガ11、エンゲージ』

「混線……? サーバかアンテナの調子が悪いのかしら。あれも急造したものだしね」
 パチュリーは眉をひそめ、帽子の飾りをいじる。
「通信班、システムの調子はどう? ちゃんと月光は当たってる? ……そう。いいわ、作戦に支障は出ていないし、このままで構わない」
 通信を切ると、彼女は紫水晶のような瞳を空へと転じた。そばに控えている小悪魔からオペラグラスを受け取り、近眼を補う。
 北の空に苛烈な光が満ちている。両軍とも疾うに隊列と呼べるものを失い、互いに入り乱れ、個々に熾烈なドッグファイトを行っている。どちらが優勢なのか、ぱっと見では判断できなかった。

「咲夜が押されはじめているわ」
 不意に頭上で声がした。
 ロケットの腹にぽっかり口が開いて、そこからレミリアが顔を覗かせていた。
 紅の少女は苛立たしげに戦場へと目を走らせる。
「小うるさい蝿ども……待ってるのも飽きてきたし、駆除してくるわ」
 そして翼を広げようとするのを、パチュリーが制止した。
「だめよ。クィーンが前に出たんじゃ、事実はどうであれ、苦しいってアピールするようなものだから」
「実際、苦しくなりそうなの。咲夜の尻を叩いてこなくちゃ」
「レミィにはまだ仕事があるでしょ。あなたのほかに誰が妹様を押さえられるの?」
「だけど……」
「大丈夫。手は打ってあるわ。本当は保険のつもりだったんだけど、敵にも予想外の増援があったみたいだから。これでちょうどいい」
「……パチェがそう言うのなら」
 レミリアは搭乗口から中空へ足を踏み出すと、ゆっくり地面へ降りる。パチュリーの前でいったん滞空し、
「それじゃ、そろそろフランを迎えに行くわ。しばらくお願い」
「ええ。みんなで月へ行きましょう」
 視線を一瞬、交錯させ。レミリアは館へと羽を広げた。
 パチュリーはそれを見送ると、天空へと視点を戻す。
 そしてふと、口の端をわずかに持ち上げた。

「来たわね、凶事の兆し。今日は誰にとっての凶星となるのかしら」




  00:57


 混迷の空に星が流れる。
 月光満ちる遥かな空より、弾幕の小太陽が照らす此方へと。
 きらきら七色に瞬く乙女ちっくな尾を曳いて、箒星は戦場へと流れ来る。

 

 

 

 

■作者からのメッセージ


「おわり」
「なっ……ちょっと待て、私はまだ科白どころか名前すら出てないんだぞ」
「帰れ」

 *

 こんばんわ。
 徹底的に趣味に走ろうと思った今作ですが、どう見ても暴走です。本当にありが(ry
 元ネタはアレとかアレですが、知らなくても大丈夫なように書いた……つもりです。ウドーンゲンジ砲は出ません。あれは憎しみの光です



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2005年10月30日 日間

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