いぐにっしょん ―おぺれーしょん・かうんとだうん 4―

 

 

 

  01:05(+3)



『霧雨魔理沙、墜落』


 その報告の方が、ほんの一瞬、早かった。
「発射三分前」を告げようとしていたパチュリーは、開きかけた口をつぐみ、天を仰ぐ。
 そして敗北を噛みしめた。自分は乾坤一擲の賭けに敗れたのだ。


 たった今まで、博打だという意識は、あまりなかった。
 魔理沙はきっと、人柱にされたメイドたちごと妖夢を撃ってくれる。ほぼ確実な成算をパチュリーは持っていた。
 魔理沙は傍若無人で唯我独尊もはなはだしい性格をしている。その一方で、奇妙に情の深いところもあった。味方であるメイドたちを巻き込むのに躊躇いを覚えることは、十分に考えられた。
 だが、それ以上に、「やると決めたらやり通す」彼女の人格の根幹の部分を、パチュリーは重視した。魔理沙は理解しているはずなのだ、わずかな躊躇が、この防衛作戦全体の失敗につながるであろうことを。
 故に、彼女は撃つ。妖夢を倒す。
 それはほとんど確信に近かった。


 果たして――魔理沙は妖夢を仕留めそこなった。あまつさえ、決死隊のメイドたちごと返り討ちにあった。
 転がした賽は、予想だにしなかった最悪の目を上に、止まったのだ。
 そしてそこでやっとパチュリーは、これが賭けであったのだと、それも極めてリスクの大きい賭けであったのだと認識するに至ったのである。
 迫り来る刻限に焦りを感じていたのは確かだ。永琳の挑発的な宣戦に、いささか冷静さを欠いていたことも認めよう。
 だが何よりの敗因は、魔理沙に対する理解不足だった。そう認めざるを得ない。

 ――結局、私は彼女のことをどれほども知らなかったのね。

 唇を噛みしめ、パチュリーは瞳に夜空を映す。
 そこは月光と弾幕に満ち、ひどく賑やかで目映いというのに。もう魔理沙が飛んでいないのだと思うと、恐ろしく空虚に思えてならなかった。
 胸腔にまでぽっかりと穴が開いたような気分になり、不意にパチュリーは強い喘息の発作に襲われた。身を折って激しく咳き込み、腰を乗せていた椅子ごと転げそうになる。
「パチュリー様!」
 小悪魔が血相を変えて駆け寄ってきた。それをパチュリーは手でそっと押しとどめる。
「大丈夫、もう落ち着いたわ」
 喘ぐような呼吸の合間、搾り出すようにして言葉をつむぐ。そして手で口元を拭うと、毅然とした顔つきを作った。
 自失していられる立場にはないのだ。この計画のために皆を戦いに駆り立てておきながら、一足先に諦めるなど、誰が許してくれるものか。
 確かに払った犠牲は大きく、収穫はなかった。だが、まだ戦いは終わっていない。ならば最後まで全力を尽くそう。長い年月をかけて蓄積してきた知識と魔力のすべてをもって、勝利を追い求めよう。
 決意を新たに、戦場たる空を見上げる。その瞳から動揺は去っていた。



 咲夜が美鈴に背負われて中庭へ入ってきたのは、そんな折だった。ふたりの後からは、なぜか氷精がついてきている。
「申し訳ありません」
 パチュリーの前で美鈴は足を止め、その背中から咲夜が軽く頭を下げてきた。
「無作法に過ぎる相手とはいえ、客人を最後までもてなし損ねるなんて、一生の不覚ですわ」
「まったくね……状況は不利を通り越して最悪と言ってもいいくらいよ。こんな時こそ、あなたの力量を頼りたいものを」
 パチュリーは疲れた笑みを返す。


 フランドールの乱入によって、戦況は混乱の極みにあった。
 この場合、味方に何よりも必要となるのが、強力な統率力を発揮できるリーダーの存在だ。
 向こうには永琳がいる。加えて妖夢も健在。
 片やこちらはこの通り、咲夜が沈んでしまった。替わって前線の指揮を執っている近衛隊長では、大規模な戦力をまとめきれないだろう。
 魔理沙も墜ちた。パチュリーは中枢で管制を勤めねばならず、おまけにロケットへの搭乗を控えている。レミリアやフランドールも同様、本来ならばとっくに搭乗を済ませていなければならない時刻なのだ。
 防空戦闘がここまで長引くとは予想していなかった。とことん見通しが甘かったことを思い知らされて、パチュリーは下唇を噛む。
「あの……発射時間って、延ばすわけにはいかないんですか? そうすれば、みんなで前線に出られるんじゃないかと」
 美鈴がおずおずと挙手して、尋ねた。
 パチュリーはじっとり湿気を帯びた眼差しを返す。
「ああ、門番中隊は正規のブリーフィングを受けてないから、聞いてないのね。――ロケットを打ち上げるには様々な条件あって、その中でも重要なもののひとつが、タイミングなの。特にこのロケットは、推力の生成を月光の魔力に負うところが大きくて、だから満月と正対できる位置関係で打ち上げるのが望ましい。その時間が今夜、一時八分きっかり。あと三分弱の後よ」
 紫水晶の瞳は、天上に光る円盤へと向きを変えた。釣られて美鈴たちも空を仰ぐ。
「これを逃せば、次のチャンスはだいぶ先のことになるわ。再準備のコストも馬鹿にならない。そしていまや、計画の延期は、永遠亭に屈することと同義になった。私たちはなんとしても刻限に打ち上げを成功させ、勝利のしるしとしなければならない」
 そしてパチュリーはわずかにうなだれた。
「あの人形遣い――アリスあたりも呼んでおけばよかったかしら。あれだけの数の人形を同時に操れるのだから、指揮官の資質があるのかもしれない」
 答えるのは咲夜。
「それは……どうでしょう。人を操るのは人形の糸を手繰るのとは勝手が違うかと。単独戦力としては強力でしょうが、その域を出る器ではないと思います」
「あれには心無きものしか傀儡にできない、か。他には……蟲だけ操れるのとか、どうも応用の効かないのが多いわね」
 いずれにせよ、ないものねだりに違いなかった。ここはむしろ、フリーランスの連中が敵方に抱きこまれなかっただけでも幸運だったと思うしかない。
 現有戦力でこの劣勢を覆さなければならなかった。パチュリーは嘆息したくなるのをこらえ、咲夜に向けて手をひらひらと振った。
「行っていいわ。先に乗ってなさい。ベルトはちゃんと締めるのよ」
 咲夜を乗せた美鈴が歩き出し、だがすぐに「ぎえ」と奇声を発して立ち止まった。咲夜に髪を引っ張られたのだ。
 のけぞって白目を剥く美鈴の背中から、咲夜はささやくように言った。
「考えようによっては、不利なことばかりではないかもしれませんよ。強力な者を前線に立てられないのは」
 謎かけのような言葉にパチュリーはまばたきし、それから思い当たるところがあったのか、すっと目を細めた。
「なるほど。確かに妹様の性格からすると、そろそろ……」
 それは小さくて不確かな希望だった。しかし、そんなものにさえ縋りつきたい局面なのだ。
 パチュリーはほんの少し顔色を取り戻し、新たな要素を加えて、戦局を見つめなおそうとする。


 彼女たちが真剣に話している間、チルノはといえば、
「うわ、なにこのデカブツ。こんなのが空を飛ぶっての? ……ねー、これ凍らせてもいい? 凍らせるわよ?」
 ロケットの周りを能天気に飛び回っていた。



  ☆



 飛び交う弾の中を、永琳率いる永遠亭増援部隊は好評進撃中だった。
 進軍と同時に、先遣隊との合流を図っている。
 先遣の制空部隊は指揮官を失い、さらにフランドールの無軌道極まる攻撃によって戦列を寸断され、指揮系統を失ったまま各個に戦闘を続けていた。それを永琳は自らの部隊に併合、指揮下に置こうと考えたのだ。
 と言っても、広大な戦場のあちこちに散らばった全ての味方を集めて回る時間はない。攻撃目標への進路上、目に付いた者へ呼びかけるのが精一杯だった。
 それでもわずかな間に十名近いイナバを取り込んで、永琳の部隊はその規模を大きく膨らませ、永遠亭戦力の新たな中核になろうとしていた。



「……小降りになったわね」
 ふと、永琳は空を見上げた。
 隣にいた副官イナバも釣られて顎を持ち上げる。そして長い耳をかしげた。
「何がですか?」
 雨でないことだけは確かだった。今夜はずっと快晴で、月光を翳らせる雲ひとつでていない。
 永琳はひとりごとに近い感じでつぶやく。
「雨よ」
「へ?」
「弾の雨」
 それでやっと副官も理解した。
 言われてみれば、戦場を飛び交う弾幕の規模が、小さくなっている。両軍が激しく戦力を削りあっているのだから、弾数も減って当然ではあったが、それにしてもわずかな間に極端な減り具合を見せていた。
 理由はじきに分かった。視線を前に戻した副官は、緊張に耳をぴんと屹立させる。
「永琳様、前!」


 前方から高速で飛来する敵影があった。
 月光に濡れる金色の髪と、七色の翼。手には夜闇より黒い魔杖。
 フランドール・スカーレット。
 永琳もそれを認めると、即座に弓を構え、矢をつがえていた。間髪置かずに射る。
 大気との摩擦に白熱しながら飛ぶ矢は、頭から突っ込んでくるフランドールの額の中心に命中するかと見えた。
 が、的中の寸前、幼い吸血鬼は杖を持つ手を閃かせ、こともなげに凶矢を打ち砕いていた。
 そして彼我に二十メートルほどの距離を残して急減速、唇の端をきゅっと吊り上げ、笑った。
「やっと見つけたわ。面白そうな人」
「何か御用かしら、お譲ちゃん。お遊戯の相手をしてほしいのなら、生憎とそれほど暇ではないのよ」
 永琳も速度を落としながら、その手は二の矢を用意している。
 フランドールは身構える素振りも見せず、背中の羽をぱたぱた暢気に揺らした。
「どうもね、つまらないの。飽きちゃったのよ。みんなあっさりと墜ちちゃって、これじゃひとりではしゃいでいる私が馬鹿みたいじゃない?」
 これが、弾幕の量が激減した理由だった。幼い破壊魔は、盲滅法弾をばら撒くよりも、明確な方向性を持って力を振るう方がもっと楽しいことを、思い出したのだ。
「イレギュラーだって自覚はあったのね」
 永琳の意外そうなつぶやきは、フランドールの耳に届いたのかどうか。吸血鬼はマイペースにしゃべりつづける。
「せめて霊夢や魔理沙くらいに歯ごたえのある相手はいないのかなあって。そんなところへ来てくれたのが、あなた」
「人の話を聞かない子ね。遊び相手になる気はなくってよ?」
 やりあえば負けるかもしれない――そんな危惧は、永琳にはなかった。ただ、まともに戦えば、どうしたって時間はかかる。可能な限り強敵との交戦を避けるのが、この作戦における要点だと言えた。その判断を誤ったため、鈴仙は早々とリタイアする羽目になったのだ。
 だが待てよ、と永琳はある可能性に思い当たる。
 事前に密偵が持ち帰っていた情報によれば、ロケットに搭乗予定の人員は、レミリア、フランドール、咲夜、パチュリーの四人となっていた。この内のひとりでも欠けた状態で、敵は打ち上げを強行するだろうか。
 その可能性は低いと、永琳は判断する。ここでフランドールを釘付けにすることが、そのまま打ち上げの阻止に繋がるかもしれない。
「……そうね。付き合ってあげるのもいいかしら」
 艶然と笑いかけて、だが彼女の目論見はすぐに揺さぶりを掛けられることとなる。
 眼下、真紅の残像を曳いて、もうひとりの吸血少女がやはり高速で接近してくるところだった。


 顎の下から掬い上げてくるような爪の一撃を、永琳はわずかに体を開くことでかわした。紅い突風が前髪を持ち上げていく。
 レミリアは永琳を見下ろす位置まで急上昇したところでトリプルアクセルを決めながら停止、虚空を抉るに終わった自分の爪を舐め、軽く舌打ちした。
「いきなりご挨拶ね。妹君の方が、よほど礼儀を知っているみたいよ?」
「これが賊に対するスカーレット家の礼節よ。ガタガタ言わずに、そっ首よこしなさい」
 乱暴に告げて、レミリアは妹を振り返る。
「絶対に動くなって言ったのに。フラン、いけない子」
「だってぇ。『動くな』ってことは、『動け』って意味じゃないの?」
「誰よ、そんな芸人根性みたいなの教えたのは。まったく、ロケットに乗らなきゃいけないの、忘れてるわね」
 ため息をこぼすと、再び永琳を向き、
「さて……時間もないし、気の利いた啖呵を考えてる暇も惜しいわ。言いたいことはひとつだけ。さっさと消えな」
 翼を大きく広げ、頭上から急襲する。
「ああ、お姉様ずるいわ。やっと見つけた面白そうな人を」
 フランドールも七色の翼をはためかせ、夜空を駆け出した。
 永琳の顔から余裕の色が滑り落ちた。連続で迫る爪牙を紙一重でかわす。
 飛び退る永琳へ向けて、敵姉妹は紅い弾幕を張った。これも永琳はかわしたのだが、そばにいたイナバたちが巻き添えを食ってしまう。
 吸血姉妹の攻撃はとても呼吸の合ったものではなかったが、それぞれ連携など不要とばかりの攻撃能力を誇っていた。まともに相手取れば、時間稼ぎもできないまま撃墜に追い込まれかねない。
 永琳は激しい攻撃の間隙を縫い、副官に接近する。
 副官のイナバは半べそをかいていた。
「永琳様、こっち来ないでくださいよぉ。敵は永琳様を狙ってるんじゃないですか。私たちにはあんな弾幕かわせませんって」
「まあ、確かに厳しいわねえ」
 永琳は普段どおりの冷徹な声を出そうと努める。
「でも、これはこれで利用できる状況かもしれない。ひとつ、勝負をかけてみましょうか」
「私は勘弁です」
「私は妹君と一対一の形に運びたいの。だから、あなたたちは姉君の方を引きつけてちょうだい」
「うそぉん」
 ますます悲痛な形に顔を崩す副官の背を叩き、レミリアに向けて押し出す。
 そして永琳は、フランドールに弓の一端を突きつけた。
「どう、お嬢ちゃん? 邪魔が入ってしまったけれど、ここらで改めて一騎討ちといかないかしら」
「あら、意外と話せる人なのね。お姉様から聞いていたのとは大違いかも」
 フランドールは喜色と共にうなずいた。永琳に誘われるまま、姉から離れようとする。
「フラン、だめよ。無策でそんなことを言う奴じゃないわ」
 レミリアが慌ててそれを制止しようとするが、
「永琳様のあほ! サド! 死んだら化けて出てやる!」
 自棄を起こした副官率いるイナバたちが、彼女へ向けて突進していった。


 永琳と対峙し、フランドールは杖を頭上でバトンよろしく、くるくると回す。
「本気でいくわよ」
「望むところだわ」
 永琳は静かに間合いを取る。



  ☆



 妖夢は迷っていた。
 魔理沙と対峙している間は一分の迷いも見せていなかった彼女だが、敵を下した今となって、懊悩の表情を惜しげもなくさらしていた。
 悩みの種は、魔理沙との戦いで湖へ落としてしまった楼観剣。
 師より譲り受けた大小の片割れだ、もちろんこのまま湖に沈めておくつもりはない。
 ただ、今すぐ回収すべきか。
 決着まで、もう幾ばくの猶予もないことは、妖夢も知っていた。それで敢えて愛刀の回収に時間を割くべきか否か。なにせ夜の湖だ、すぐに発見できるとは限らない。今は腰に残った白楼のみででも、急ぎ敵陣へ斬り込むべき局面ではないだろうか。回収など、戦闘が終わってからでも出来るではないか――
 しかし、と胸中でもうひとりの自分が声を上げる。敵の本丸に乗り込むのならば、それこそ万全の用意を整えてからにすべきではないのか。ただでさえ半身が戦闘不能となっているのに、楼観剣まで無いのでは、半人前がさらに半人前の半人前になったようなもの。そんなざまでどれだけの働きが為せるのか。
 大事な刀だという私情を抜きにしても、回収を優先すべきという理屈は成り立つ。それゆえに妖夢は悩むのだ。
 ジレンマに陥りながら、妖夢はとりあえず湖面のそばまで降りていた。魔理沙と戦った地点の直下。楼観剣もこの辺りに落ち、沈んだはず。
 降りてくる間も悩みに悩み、水面を間近で見下ろすに至って、なお迷う。辺りには被撃墜者の救出に励む妖精たちの姿があったが、いまの妖夢にとっては注意を払うべき存在ではなかった。
 そして、ついに彼女は結論を出した。
 一分。一分だけ探そう。
 それで見つからなければ、この場は諦める。脇差のみで決戦に向かおう――それが、彼女なりの精一杯の妥協点だった。
 意を決すると、妖夢は大きく息を吸い込んで、そして思い切りよく湖に飛び込んだ。



  ☆



『ストレガ、こちら通信班。敵に奪取されたヘッドドレスをふたつとも突き止め、機能を封印しました。並行して、すでに戦闘不能となった者たちのヘッドドレスにも同様の処置を施しているところです。敵が予備を確保していたら厄介ですから』
「こちらストレガ、やっとなのね。でも、よくやってくれたわ」
 パチュリーは安堵の息をつき、椅子の背もたれに深く寄りかかった。これで永琳にこちらの動きが漏れることも、怪情報に味方が惑わされることもなくなったわけだ。
 加えて咲夜が予見したとおり、フランドールが独り相撲に飽きて、最も遊びがいのありそうな相手――永琳に因縁をつけてくれた。そこへレミリアも加わったとなれば、永琳の足止めばかりか撃墜さえ期待できるかもしれない。
 流れは少しずつこちらへと向いている。残る問題はといえば、いかにして吸血姉妹を撤退させ、ロケット発射前に搭乗させるかだが……
「美鈴に前線指揮官をやらせてみようかしら。あれも指揮能力は悪くないし、防衛線のエキスパートでもあるし」
 いやそれとも、敢えて敵を門前まで引き込んで、前衛と門番中隊とで挟撃させるか。
 現在、美鈴は咲夜と共にロケットの中。咲夜をシートに着かせて安全確認を終えたら、すぐに戻ってくるはずだ。
 ついでにチルノのことを記すなら、彼女は普段と違ったメイド姿をしている小悪魔をからかって遊んでいた。


『……あの、ストレガ? パチュリー様?』
 思考を巡らせていたパチュリーは、しつこく呼びかける声に、遅まきながら気付いた。通信班との回線がまだ開いていたのだ。
「ああ、悪いわね。まだ、なにか?」
『はい。怪情報の発信源になっていたヘッドドレス、これは0058時に被弾、継戦不能を確認されたガーデナー10のものなんですが』
「それが?」
『救護班から連絡があったんです。既に救助され、陸地に運ばれていたガーデナー10を再度確認に向かったところ、奪われていたのはヘッドドレスだけじゃなくて……』
『こちら観測班!』
 いきなりけたたましい声が割り込んできて、通信班員を遮った。
『フランドール様発の弾が打ち上げ施設へ向かっています! 至急防御を!』
「なんですって」
 パチュリーは椅子から立ち上がり、空へと目をやった。
「それ」はすぐに確認できた。並の弾とは比較にならないエネルギーの塊が、禍々しい光を発しながら中庭へと高速で向かってくる。白い子弾の尾を曳きながら飛ぶそれは、
「カタディオプトリック……」
 パチュリーは呆然となりかけて、すぐ我に返った。
「防御結界展開、防御要員は位置に着いて! 非戦闘員は退避急いで」
 急いで指示を出したが、それで防ぎきれるとは彼女自身、信じていなかった。
『弾着まであと6、5、4……』
 白く輝く巨大な弾が視界いっぱいに広がる。
 メイドたちが逃げ惑う中、パチュリーはロケットを背にかばうようにして立ち、せめてもの抵抗をとスペルカードを抜く。




  01:06(+2)



『弾着!』

 巨大な白色弾は、中庭を守る結界をガラス同然に打ち砕いて、突入を果たした。
 そして逃げ遅れたメイドたちを蹴散らしながら、ロケットに襲い掛かる。

 パチュリーは既にカードを切っていた。

「エメラルドメガリス」

 中庭に激震が走り、地表が縦横にひび割れる。亀裂の奥に漆黒の奈落が見えたのも束の間、そこから巨大な石筍が何本も立て続けに生え、天へ向かって高々と伸びていく。
 石筍の群れは真下から巨弾を突き上げる形になった。バレーボールのトスに近い。白色弾は大きくバウンド、その進路を変える。
 流れ弾がカタディオプトリックだったという幸運、その上に築かれた防御策だった。他のスペルカード攻撃だったなら、石筍はたやすく破壊されていただろう。
 フランドールの弾幕の特性を知っていたパチュリーだからこそ咄嗟にできた対応だったが、それでも完璧というわけではなかった。スペルカードの発動が遅すぎたのだ。
 兆弾は最前までの進路からやや左へとずれつつ、低角度の上昇へと移っていた。ロケットを飛び越えるには、わずかに角度が足りない。
 パチュリーは息を飲み、顔を強張らせる。

 幸運はまだ続いていた。中途半端に。
 白色弾はロケットの尖頭のすぐ脇をほとんどかすめるようにして、通り過ぎた。そしてその向こうにあった発射塔に直撃したのである。
 塔を構成する鉄材はろくな抵抗を見せず、弾に道を譲った。白色弾が貫通した後にぽっかりと大きな穴が開く。
 やがてそこから不穏な軋み音が響き始めた。残された鉄材が、上部を支えることなどできぬと悲鳴を上げている。
 崩れる。パチュリーはそう確信しながら、今度こそ打つ手を閃くことができなかった。打つ手があろうとも思えなかった。
 ぎしぎしと、耳障りな音は徐々にその大きさとテンポを増しつつある。程なく、発射塔は傷口から折れ、支えるべき対象だったはずのロケットに向けて崩れ落ちてしまうだろう。それをパチュリーは為す術なく見守るしかない。



 赤と緑の風が疾ったのは、その時だった。
 ロケットの搭乗口から流れ出た風は、発射塔に開いた穴へと吹きつけ、そこで人の形を取った。穴の底部に足をしっかと踏ん張って、上部を両手で支えようとしている。
「美鈴!」
 パチュリーは驚愕の声を上げた。驚きの半分は、鉄材の発していた悲鳴がぴたりと止んだことによる。
 無茶もここに極まれり、だった。いくら体術自慢の妖怪とはいえ、とても支えきれる重量ではないはず。
 なのに――美鈴の腕や脚は、わずかな震えも見せていない。揺るぎ無く、まるで塔の一部と化したかのようだ。
「……アシャレット2、こちら美鈴」
 夜風に溶け消えてしまいそうなささやきを、パチュリーは耳にした。美鈴が通信で門番中隊の副官に呼びかけている。
「どうもね、そっちへ戻れそうにはないみたい。悪いけど、門をお願い」
『リーダー? 美鈴さん!?』
「今からあなたがリーダーよ。頑張って、あなたならやれる」
「美鈴!」
 発射基の足元から見上げ、パチュリーは声を張り上げる。
「馬鹿な真似はよしなさい。冗談じゃなく死ぬわよ」
 蒼褪めている魔女に向け、門番は思い切りのいい笑みを顔に上らせた。
「パチュリー様……私の気功をなめてますね? 全身に気を巡らせた今の私は鉄骨よりも硬いかもなのです。例え気を失おうと、どてっ腹に穴を開けられようと、けして崩れたりはしません」
「だからって……」
 いつまでも持ちこたえられるものでもあるまい。やせ我慢であることくらい、パチュリーにも分かる。
 しかし、やめろと二度は言わなかった。
「……あと二分足らず。頼むわ」
 美鈴は無言で、ただにっこりと笑った。その顎先に、汗の一滴が伝い、はるかな地面へと落ちていった。



  ☆



 フランドールの流れ弾が中庭へ来たのは、おそらく偶然ではない。
 永琳が、そう誘導したのだ。フランドールに目をつけられるという危機を逆手に取り、その圧倒的な破壊力を利用して目標の破壊を狙う――あの策士なら、それくらいのことはやってのけるだろう。
 思いがけぬ危険はどうにか凌ぐことができたが、パチュリーにはまだ冷や汗を拭う余裕さえ与えられなかった。このままフランドールを戦わせ続ければ、また同様の展開が起きてしまう可能性は十分にある。そして今度は幸運が味方してくれるとは限らないのだ。
 スケジュールを鑑みても潮時だった。フランドールとレミリアを撤退させねばならない。
 しかし、そうなると誰が前線を支えるのか。美鈴をそちらへ回すことも不可能となった。このままスカーレット姉妹を退がらせれば、おめおめ敵を懐へ招き入れることになる。
 パチュリーは眉間にしわを寄せながら、答えを求めるように中庭を見渡した。エメラルドメガリスの発動で荒れ果ててしまった庭には、メイドたちに混ざって呆然となっている小悪魔とチルノの姿。彼女たちではいまひとつどころか、二つも三つも頼りない。
 いくら頭をひねっても、活路などありえないと悟り、パチュリーは重たそうに口を開いた。
「レミィたちのそばにいる部隊、誰でもいいわ。二人に撤退を具申、もし駄々るようならパチュリーからの絶対の言葉だと伝えて。全軍はこれを全力で支援。意地でも宇宙人たちを中庭へ通さないように」
 我ながら無茶を命じるものだと思う。指示を受けた者たちも、きっと同じ気持ちだろう。
 だが、弱音を返してくる者はなかった。

『ガードリーダー、了解』
『チェンバー中隊、了解。みんな、気張れよ』
『元スカラリーリーダー、了解! 兎どもに湖の水をたっぷりご馳走してあげましょう!』

 そして最後に、意外な声をパチュリーは聞いた。

『あー、そういうことなら私に任せろ』

 パチュリーは一瞬、緊迫した状況をきれいに忘れ、きょとんとなった。何度も瞬きを繰り返す。
「魔理沙?」





「いかにも私だ」
 紅魔館の立つ島、その西岸。ずぶ濡れの姿で岸辺に立つ魔理沙の姿があった。
 エプロンドレスの裾を絞り、湖水をぼどぼどとこぼしながら、盛大なくしゃみをしている。
「やれやれ、もう十分に寒中水泳ができる時期だな。パチュリーさんよ、報酬に体の温まる紅茶なんかを加えてくれると助かるんだが」
『魔理沙……無事だったの?』
「あまり無事ってわけじゃない。箒には応急処置もしてみたんだが、やっぱり魔力がだだ漏れでな。これじゃ飛んでもすぐ落っこちちまう」
 傍らに転がる愛用の箒を、裸足のつま先で突っつく。靴と靴下は水をたっぷり吸って、履物の用をなさなくなってしまったため、足元に脱ぎ捨てられていた。
 ヘッドドレスが結ぶ通信回線の向こう、パチュリーのかすかな吐息が聞こえた。
『あなたは十分にやってくれたわ。妖夢とのことは私の作戦ミスよ、あなたに非はない。こっちへ引き上げてきて』
「おいおい、レミリアたちが退くのを助けてほしいんじゃなかったのか?」
『飛べもしなくなったのに、何ができるっていうの。変な意地を張らないで』
「そうもいかん。霧雨魔法店は半端な仕事はしないんだ」
 濡れた髪を後ろで簡単にまとめ、リボンで束ねる。これでいくぶん、動きやすくなった。
「それにな、人間様は飛べなくなったくらいじゃめげないんだぜ。地対空もやれるってところ、見せてやるよ」
 右手が胸元で閃いたかと思うと、そこには一枚のスペルカードが出現していた。魔理沙は手首のスナップを利かせて、それを湖上に放る。
 カードは水平に回転しながら滞空、発光し、周囲に小さな魔法陣をいくつも展開させた。
「悪いが、ちょっくらお先、月に足跡つけさせてもらうぜ。ついでに月の煩悩も撃ってしまえ」
 シュート・ザ・ムーン。魔法陣から光の刃が放たれ、次々に天空へと立ち上っていく。



  ☆



「撤退か……気に食わない言葉だ」
 駆けつけたメイドからもたらされた言葉に、レミリアははっきりとした失意の表情を見せた。彼女の向き合う先には、まだ多くの敵が残っている。
 しかし、拘泥する愚は犯さなかった。ここへ上がってきた目的は忘れていない。
「フラン!」
 妹はなおも永琳と一騎討ちの最中だった。今はレーヴァテインを振り回している。
 フランドールが繰り返す大振りの斬撃は、まったく敵に届かず、ただ夜気を焦がし火の粉を撒き散らすばかりだった。かすりでもすれば問答無用で敵を沈められるだろうが、永琳の落ち着き払った挙動を見るに、それは期待できそうにない。完全に見切られている。
 レミリアは永琳へ横合いから牽制射撃を浴びせながら、妹のそばへと飛んだ。
「フラン、ここまでよ。一緒に来なさい」
「お姉様、また邪魔をするの?」
 フランドールは威嚇するかのように大剣を振りかざしてきた。
 レミリアは構わず詰めより、その手首を掴む。
「フラン、あなたも君主の血筋にある者ならば、聞き分けなさい」
 無防備な姿をさらす姉妹を、しかし四方から集結してくるメイドたちが前方に壁を作り、敵から守ろうとしている。
「見なさい。私は彼女らに死ねと命じ、彼女らはそれに応えてくれている。ならば私は下した命の責任を果たさなければならない。例えあなたに焼かれても、例えあなたの心臓を握りつぶしてでも、必ずふたりでロケットに乗り、打ち上げを成功させて見せるわ」
 レミリアは手に力をこめる。
 みしりと不気味な音が鳴る自分の手首を、フランドールはどこか不思議そうな顔で見上げた。それからなぜか、目を細めて笑う。
「お姉様が私に本気の顔を見せるの、ずいぶんと久しぶりな気がするわ」
 不意に頭上の熱気が消え、見上げれば巨人の剣は、いつもの杖の姿に戻っていた。
「その顔に免じて、いいわよ、行きましょ」
「なんか腹が立つわね……」
 レミリアは苦笑と呼ぶにはいささか険の強い顔になって、妹の手を握りなおす。



 置き土産に一秒間の制圧射撃を残し、身を翻して紅魔館へと去るふたりに、当然、永遠亭側は追撃の動きを見せた。
 しかしそこへ絶妙のタイミングで、地表からの支援攻撃が行われ、永遠亭側の出鼻を挫いた。これほど強力な援護が、それも下方から行われるとは、いくら永琳でも予測できていなかっただろう。
 その隙に集結したメイドたちが二重、三重の防御ラインを築き上げていく。それに助けられて、スカーレット姉妹は戦線の離脱に成功した。



  ☆



 そんな激動の空の下、湖面に水しぶきを立てて顔を出す者があった。
「ぷあっ」
 鯉みたいに大口開けて懸命に肺へ酸素を取り込むは、魂魄妖夢。その手も楼観剣も、依然として空っぽのままだ。
 立ち泳ぎしながら空を仰ぐ彼女の顔には、絶望の影が濃い。湖の深さが想像していた以上で、深部では全くと言っていいほど視界を得られなかったのだ。今更だが、夜間に装備もなしでは、とても捜索などできたものでない。
 だが――これで道は定まったとも言える。端から楼観剣なしで決戦に赴くしか、選択肢は残されていなかったのだ。
 迷いが失せ、でもわずかに残念な思いを引きずりながら湖上へ身を引き上げようとしたとき、
「あの……大丈夫ですか?」
 妖夢に声を掛けるものがあった。
 まだ水中であることも取り合わず、反射的に白楼剣の鯉口を切り、旋風の如く声の出所を向く。
 そこには妖夢の剣幕に仰天する妖精の顔があった。
「大丈夫、みたいですね。その様子だと」
 緊張に乾いた声が、その小さな口から漏れる。
 多分、大妖精と呼ばれている存在だろう、そう妖夢は察した。話に聞いたことがあるだけで顔を突き合わせるのはこれが初めてだったが、他の妖精たちと比べて明らかに違うものが、そいつにはあった。
 名が示す通り、大きいのだ。体格がではなく、なんと言おうか――雰囲気あるいは身に纏うオーラのようなものが、でかい。
 胸のでかさは――それはまた別の話。

「何をしてるの?」
 そう口に出してから、妖夢は愚問だったと気付いた。妖精たちが物好きにも救助活動を行っているのは既に知っている。そしてそれに興味などない。ただ、自分が無慈悲に敵を切り倒していた下で、対照的な慈悲が為されていたという事実には、若干の感慨もあったが。
「ああ、ごめん。今のなし」
「はあ。ところで、そういうあなたは何を? 見たところ撃ち落されたわけでもないみたいですが……風邪ひきますよ?」
「いや、ちょっと探し物をね」
 確かに湖水は冷たく、元から白い妖夢の肌からさらに血色を奪っていた。妖夢は水上へ体を引き上げると、力ない動きで両腕を広げた。
「これくらいの長さの刀をね、落としちゃったの」
「はあ。不法投棄は勘弁してほしいんですが。最近、多いんですよね」
「捨てたんじゃないし、好きで落としたのでもないわよ。……ねえ、あなた、見なかったかしら?」
「残念ながら。人やら弾やらひっきりなしに降ってきますし。ひょっとすると目にはしたのかもしれませんが」
「そう……」
 まあ、元より期待はしていなかった。余計に気落ちすることもなく、妖夢は四肢の末端を振って、水気を払う。戦場に戻らなければならない。
 そのとき、大妖精が何か閃いたのか、ぽんと手を打った。
「あの、よろしければお手伝いしましょうか?」
「え?」
 空を蹴ろうとしていた妖夢は、思いがけぬ言葉に動きを止めた。
「私たち妖精は、失せ物を見つけるのが得意なんです。迷い子だろうと迷い物だろうと、どんと来いですよ」
「そう……なの?」
 妖夢は首をひねる。そんな言い伝え、あっただろうか。むしろ逆に、悪戯で物を隠されるようなイメージならあるのだが。
「本当ですってば。空飛ぶダウジングロッドなんて呼ばれてることもなきにしもあらずなんです」
「そ、そう」
 わけの分からぬ大妖精の強弁だったが、内容よりもその勢いに、妖夢は不覚にも気圧されつつあった。
 再び迷う。なんとも胡散臭い話ではあるが、ここは藁にもすがりたい気持ちであった。あるいは藁ですらなく、単なるハズレくじかもしれないが。
 自分で定めた一分という捜索時間の限界は、もう過ぎている。だけど、ここはひとつ、彼女に賭けてみるのもありかもしれない。袖振り合うも多生の縁――師が教えてくれたのは、こういうことなのかもしれないし。
「それじゃ、お願いしてみます」
「お任せあれ。どーんとこーい、ですよ」
 大妖精は拳を握ると、自信たっぷりに頭上へと突き出した。



  ☆



 正門のほうから近付いてくる鋭い羽音に、パチュリーは首だけで振り返った。フランドールの手を引いてやってくるレミリアの姿が目に入り、皮肉な笑いをこぼす。
「仲良し姉妹が、やっとの到着ね」
「悪かったよ、パチェ。でも仕方ないじゃない」
「まあ、話の続きは月への道中にでも。早いところ乗ってちょうだい」
 レミリアはまだ何か言いたげだったが、結局は指示通り、フランドールと一緒にパチュリーの頭上を飛び過ぎていった。
 途中、地上でチルノが見上げているのに気付き、レミリアは軽く手を振る。そして搭乗口に近付いたところで、発射塔の傷口に美鈴が埋まっているのを目撃して、ぎょっとなった。隣のフランドールは大笑いしている。美鈴は泣き笑い。
 ふたりがロケットの中に消えたのを確かめて、パチュリーは肺が空っぽになりそうなほどの深い溜め息をついた。
 ともかくも、これで「安全」を除いたすべての発射条件が整ったのだ。最後のひとつについては防戦中の味方を信じるしかない。
 パチュリーは計画要綱の書類を小悪魔に渡す。
「それじゃ行ってくるわ。管制、任せるわよ」
「了解。良い旅を」
 そして宙に浮かび上がり、自らもロケットの搭乗口へと向かった。



「パチュリー様、大変です」
 ロケットに触れるほどの距離まで近付いたところで、声を掛けられた。
 見れば、ひとりのメイドが慌ただしく飛んでくる。
 この期に及んで、とパチュリーは眉をひそめた。今夜はもう「大変」は食傷気味だった。ただでさえ自分は小食だというのに。
「困るわ。何事か知らないけど、あっちに回って」
 不機嫌な声で、小悪魔を指し示す。しかし、
「パチュリー様でないとだめなんです」
 メイドは強引に近付いてきた。
 かなり小柄なメイドで、着ている服はサイズが合ってないのか、ぶかぶかだった。黒髪を、ヘッドドレスとは別に、頭の半分を隠してしまうくらいに大きなリボンで飾っている。
 パチュリーははっきりとしない違和感を覚えたが、それよりも苛立ちのほうが上回っていた。普段以上に愛想なく、メイドを急かす。
「何があったっていうの? 早く教えなさい」
「はい、実はですね……」
 メイドは切羽詰った顔色を一転、冷酷な笑みへと変えた。


「エンシェントデューパー!」


 至近距離から放たれた高速弾の束が、パチュリーを直撃した。




  00:07(+1)



 ひとたまりもなく吹き飛ばされながら、無意識の仕業か、パチュリーの指は反撃の一弾を撃っていた。だがそれも、敵の頭のリボンをかすめるに終わる。
 衝撃でリボンがほどけ、風にさらわれていく。その下から現れたのは、長い兎の耳。
 パチュリーの瞳に映るのは、因幡てゐの勝ち誇る顔だった。



 終局にかけての混乱の最中でなければ、いくら変装したとはいえ、こうもたやすく侵入を果たすことはできなかっただろう。敵が門番中隊の大半までをもレミリアたちの撤退支援に駆り出してくれたのは、てゐにとって大きな僥倖だった。
 あとは最後の、決定的な破壊工作を行うだけ。
 てゐはまずロケットを直接狙おうと考え、だがすぐに諦めた。単身ではこれほど巨大な鉄塊を破壊するなど不可能だし、機関部にダメージを与えようにも具体的にどこを攻めれば良いのか分からない。もたついていたら敵に見咎められてしまうだろう。
 そこで標的を変更した。パチュリー・ノーレッジ、打ち上げ計画の中核を担う人物。
 進行中のプログラムを止めるには、何もハードを破壊するばかりが能ではない、ソフトを消してしまっても同じことだ。パチュリーなくしてロケットは飛ぶまい。
 そして、てゐは最後の詐術を仕掛け、見事に標的の懐へと潜り込んだのである。



 パチュリーが大地に沈み、てゐは偽計の成果を満足げに見下ろしていた。
 そこへ、悲鳴にも似た怒号が響く。
「そこのお前、動くな!」
 声の出所へと視線を動かしたてゐが見たのは、まっしぐらに飛んでくるパイプ椅子だった。
「うわっ」
 危ういところで横っ飛びに逃げる。だが、その逃げた先にも黒い塊が突っ込んできた。
「リトルデーモンクレイドル!」
「なんの、搗餅『フルフラット』!」
 錐揉み回転しながら突入してきた小悪魔を、てゐはどこから取り出したのか片手サイズの杵で迎え撃つ。
 夜気がわななくほどの勢いで両者は激突し、再び分かれた。どちらも決定的な打撃を相手に与えられていない。
「よくも……」
 身構える小悪魔に、てゐも杵を上段に振り上げる。が、
「ふふん、もう用は済んだのよね。長居は無用、追うのは無作法だよ」
 武器を敵に投げつけると、一目散に逃げ出した。ぶかぶかのメイド服を脱ぎ捨て、淡いピンクのワンピース姿を露わにして、まさに脱兎の勢いで駆けてゆく。

 それを小悪魔は苦々しげに見逃した。地面で仰向けにダウンしている主のもとへと降りていく。
「パチュリー様……せっかくここまで来たのに。無念です」
 パチュリーは苦悶に顔を歪ませたまま、目を閉ざしていた。
 小悪魔は痛ましい思いで、その顔へと手を伸ばす。と、堅く閉じていたはずのまぶたが勢いよく開き、紫色の瞳がのぞいた。
「まだよ……まだ終わっていないわ」
 その眼差しは、なおも天井の月を望んでいる。
 視線が脇へ流れ、小悪魔の瞳と重なった。
「代わりに行きなさい」
「わっ、たし?」
 素っ頓狂な声を上げてのけぞる小悪魔の手に、ひんやりとした魔法使いの掌が重ねられる。苦しげな咳を交えながらも、パチュリーははっきりと告げた。
「このざまじゃ、私は打ち上げに耐えられない。あなたしかいないのよ。常に私のそばで計画を見守ってきたあなたしか。操縦法に計器の見方、他のいろいろ、全部分かるんでしょ?」
「ですが……」
「お願い」
 短いそのひと言には、万の想いが込められていた。
 小悪魔自身も痛いほどに分かっている。この計画がどれほどの想いを支えとして、ここまで築き上げられてきたか。今となって諦めるのは、それらすべてを裏切ることでしかない。
 肩にのしかかる重責を感じながら、小悪魔は迷いを振り切り、うなずいた。
「いってらっしゃい」
 パチュリーは静かにうなずき返す。



 搭乗口へ向かう小悪魔の背を見送り、そばに転がっていたパイプ椅子を広げてどうにか腰掛けていると、そばにチルノがやってきた。
「みんな、乗っちゃったのね」
 どことなく寂しげな声に、パチュリーは微笑する。
「あなたも乗りたかったかしら?」
「まあ、面白そうよね。でも私は落ちると思うのよ。あんなデカブツが飛ぶなんてありえないって。だから乗らないの。君子危うきに近寄らずんば孤児になる、ってやつね」
「ものすごい間違え方するわね……言っておくけれど、あれは間違いなく飛ぶわよ」
「魔法使いの言うことなんて、あてにならないわ」
「ずいぶんね。それじゃあ代わりに、もっと面白そうなこと、教えてあげようかしら」
「へ?」
 首を傾げながらも好奇心で瞳を光らせるチルノに、パチュリーは耳を貸すよう、小さく手招きした。



  ☆



 メイドたちと魔理沙による最終防衛線は、なおも強固に永琳率いる永遠亭勢の前進を阻んでいた。だが各人の疲労は極限に達し、ほとんどの者がなけなしの気力で踏みこたえているような有り様だった。見るからに動きが緩慢となった者も出始め、隊列に乱れを生む。敵はそれを看過してくれず、的確な攻撃を加えて戦力を削ってきた。
 さらに魔理沙からのこんな報が、パチュリーに届けられる。
『そろそろ対空用のカードも種切れだ。支援火力が落ちるが、大丈夫か?』
「いいわ。代わりの手は既に用意してある。こんなこともあろうかと……よ」
 パチュリーに動揺の色はなかった。てゐに受けたダメージは深く、椅子から動ける状態ではなかったが、瞳に強い意志の光が残っている。
「各部署、最終チェックは済んでるわね?」
『制御班、完璧です』
『誘導および航法、最終確認終了』
『各担当主任より、すべて問題なし。いけます』
「了解。発射三十秒前」



  ☆



 ついに魔理沙の対空砲火が止み、それを待ち受けていたかのように永遠亭勢は突撃を開始した。永琳を先頭とする彼女らの突進力は凄まじく、たちまちに紅魔館の防衛線を瓦解させていく。
 士気も高い。永琳の副官などはレミリア戦での自棄っぱちがまだ尾を引いているらしく、
「上陸! 上陸! オペレーションオーバーロード!」
 テンション高く叫びながら、どのイナバよりも先を駆けていた。



 前線崩壊の報を受けて、パチュリーは不敵に顎を持ち上げる。
「今よ。気象班、術式展開」
『了解、術式展開!』

 空に遠雷の如き唸りが轟いた。
 それと同時、虚空にいた者は皆、一様に体調の変化を覚えた。気圧の急激な変化がもたらしたものだった。
 大気が重く湿っていく。いずこからともなく黒い雲が湧き出してきて、まるで生き物のように頭上に広がって行く。重苦しい色合いのくせして、鮮やかなまでの素早さで、その領域を広げていく。
 そして、立ち込める黒雲は、とうとう最初の一滴を戦場へと落とした。

『降雨確認。打ち上げへの影響なし』



 頬を濡らす冷たいしずくに、永琳は眉をひそめた。
 自然の雨でないことは、もちろん見抜いている。まず間違いなく敵が魔法で喚んだものだ。
 ただ、こんなことをする意図が掴めない。
「どういうつもり? こんなもので足止めできるのは吸血鬼くらいじゃない」
 引っ掛かりを覚えながら、彼女は行軍の勢いを止めようとはしない。



 見る見る強まっていく雨脚を確認し、パチュリーは髪を揺らす。
「総員後退! チルノ!」
「まっかせて!」
 中庭の中央にいた氷精が、羽を震わせて飛び上がった。くるんとトンボを切りながら、ロケットを見下ろす高度まで上がり、取り出したるはスペルカード、

「パーフェクトフリーズ!」

 瞬間、夜空が白く染まったかと見えた。
 雨の空に、強烈な冷気が高速で伝播し、瞬く間に雨粒を凍らせていた。氷結したしずくが雲間から漏れる月光を反射して、白くきらめいたのだ。
 冷たく、無慈悲な輝きだった。
 氷のつぶてが降る。雲の下にいる者を打ち据える。ただ肌を濡らすものでしかなかった雨滴は、冷気によって硬度を得たことで、凶器と化したのだ。
「いぃーやっほーっ!」
 自分が生み出した美しくも酷薄な世界の中心で、チルノはひとり、すこぶるご機嫌な様子でくるくる踊る。



 体を叩く氷雨に、永琳はこらえきれず呻き声をこぼした。
 彼女の部隊は降りしきる氷の弾雨に囲まれ、進退窮まっていた。皆、身をかばうのに必死で、体勢の立て直しを図る永琳の声も聞き入れられない。
「これを狙って……ほんと、なんとかと鋏は使いようね」
 苦い声の端には、ほんの少し、感嘆の響きもあったかもしれない。



  ☆



「発射十五秒前。すべての友軍は安全圏へ退避して。あなたたちの奮闘に感謝するわ」
 パチュリーは近くにいたメイドの手を借りて、中庭の隅に設けられた防護壁の陰へ移っていた。
 遥かな真上に望月がある。ロケットと月とを結ぶ直線にだけは、雲もかかっておらず、氷雨も降っていない。月への通路は、そこに開かれている。
 カウントダウン。

「10、9、8、7、6、点火開始」

 ロケットの底部、四基のエンジンノズルが低い唸りを上げる。それに合わせて大地がびりびりと小刻みに揺れ、パチュリーの体に心地よい振動を伝えてきた。動作順調。

「3、2、1、」




  01:08(±0)



「点火」


 リフトオフ。
 ノズルと発射基との隙間から閃光があふれ、地に満ち、紅魔館の紅い姿を白く塗り替えた。爆風が地表を滑り、凄まじい勢いで粉塵を巻き上げる。轟音が辺りを覆いつくし、館の窓を次々と破っていく。
 そして。
 250msという膨大な推力で大地を蹴りつけ、ついにロケットはその巨大な図体を浮かび上がらせた。

『おおっ』
『やった! いけ!』
『ボンボヤージュ!』

 閃光と白煙を噴きながら上昇するロケットの姿を認め、あちこちで歓声が上がった。
「にゃっ」
 爆風に吹き飛ばされ、発射塔から中庭の植樹の上へ転げ落ちた美鈴も、目を輝かせている。
 もちろん、防護壁の後ろにいるパチュリーも、いつになく明るい表情となっていた。

 ところが、それが急に翳る。
 ロケットの目指す月に、小さな黒い染みを見つけたためだった。
 その染みは、二刀を構えた少女のシルエットにも見えた。



  ☆



 これも天命というものなのかもしれない――迫り上がってくるロケットの威容を見下ろして、妖夢は考える。
 魔理沙に楼観剣を落とされていなければ。大妖精の胡散臭い提案を信じていなければ。今、この瞬間、万全の状態でこの位置を占めることはできていなかっただろう。無駄や失策かとそのときには思えた事柄のひとつひとつが、振り返れば、ここへと至るための一歩となっていた。
 背に月の光を感じる。光に充ち満ちる力を。
 天運は我に味方せり。なれば、あとはただ常の通り斬るのみ。
 ロケットは加速を続け、じきに音速に至ろうとしている。
 しかし妖夢は怯まない。たかだか音の壁、自分の太刀にも斬れぬわけがない。
 楼観、白楼の両刀を揃って大上段に構えた。
「月までなんて遠慮しないで――冥王星まで飛んでいけっ!」



「無理よ、斬れるはずがない」
 地上でパチュリーは自らに言い聞かせるようにつぶやき、

「だけど軌道をずらすことなら十分に出来るわ」
 冷えた雨の中で、永琳がほくそ笑む。

 そして、
「なら、やらせるわけにはいかんだろ」
 魔理沙が、箒にまたがって空を駆けていた。


 この翼は折れてしまったわけじゃない。ただ酷い疲労に休ませていただけだ。
 今ひとたび、この空に広げよう。
「いくぜ、相棒! 仕事は終わってないし、意趣返しもしなきゃならん。おまけに月がこんなに綺麗ときた。これじゃあ飛ばないわけにはいかんだろ」
 妖夢によって開けられた箒の穴を、魔理沙は掌で押さえつける。そんなもので魔力の漏出が抑えられるわけでもないのだが。この調子でいけば、ものの十秒もせぬうちに、箒は飛行能力を失ってしまうだろう。
 だが、それだけ時間があれば事足りる。決着まで五秒もいらない。
 魔理沙は取って置きのスペルカードを袖口から引く。切り札を最後まで残しておくのは淑女のたしなみだ。
「燃えろ、私! 奴もろともに!」
 カードが発火し、それはたちまち盛大な炎へと成長して、魔理沙と箒を包み込む。急激な増速。強烈なGが魔理沙を箒から引っぺがそうとする。箒の房から吐き出される星屑が色を失い、蒼褪め、鋭利さを増す。
 蒼い尾を曳く彗星が、夜空を斜め七五度にぶった斬る。
 それこそ多段ロケットの如く急加速を繰り返し、最後の瞬間、とうとう星はロケットを追い越した。



「魔理沙――!」
 突進してくる彗星に、妖夢は愕然となりながら二刀を振り下ろす。もはや引くことは叶わない。
 左の白楼が切っ先から水蒸気の雲を生みつつ、分厚い大気の壁を切り裂く。瞬間的に生まれた真空の領域を、右の楼観が神速でなぞった。
 待宵反射衛星斬。
 ロケットを叩くはずだった奥義は、割り込んできた彗星を真っ向から殴り、斬り飛ばした。水晶を砕いたかのような甲高い音が響き、細かな星屑があたりに飛び散る。
 そして二の太刀を構える間もなく、ロケットが妖夢のそばの空を貫き、彼女を衝撃波で弾き飛ばした。



 魔理沙は落ちていく。斬撃に傷つき、右手に飛べなくなった箒を握って。
 満身創痍となりながら、その顔には望月にも劣らぬ輝きの笑みがあった。
「見ろ。私たちの勝ちだ」
 高く高く、どこまでも昇っていくロケットの勇姿を瞳に映して。魔理沙と箒は落ちていく。
「グッドラック」
 ぼちゃり、と。月の濡れる音がした。



  ☆



「うああっ、リロード、リロードっ」
 文は必死の形相でカメラのフィルム巻き上げダイヤルを回す。どうにか完了させるとレンズを天の頂へと昇る白光へ向け、シャッターを切った。
 ふう、と息をついて、冷や汗拭う仕草をする。
「危ない危ない。もう少しでメインの絵を撮り損ねるところでした」
「まったく。もう少しで上がるぞと、ちゃんと教えておいたのに」
 隣で苦笑するのは慧音。その眼差しは、やはりロケットの噴射光を追っている。
 文は反省の色もなく、カメラを抱いて「うーふーふー」と身悶えした。
「エクセレント! 今夜の取材は完璧です。こりゃもう徹夜で朝までに記事を仕上げるしか!」
「やれやれ、仕事熱心なのはいいが。これで暴走癖さえなければな」
 慧音はさらに呆れ、でも彼女も高揚するものがあったのだろう、うっかり口を滑らせた。
「でもまあ、確かに今回の新聞は私も楽しみかもしれない。今のうちに予約しておこうかな」
「本当ですか? あっ、なんならこれを機に定期購読なども……」
「いや、それはいい」
「いけずぅ」




 右フックが妹紅のテンプルを捉える瞬間、輝夜は相手の肩の向こうに、虚空を貫く光を見てしまった。
「永琳、しくじったの……?」
 右拳が相手の頭蓋を打つ感触。反射的に五色の弾丸をこめかみに密着状態で撃ち込む。
 が、浅い。打撃の瞬間に意識を逸らしてしまったためだ。
 妹紅は頭を爆ぜさせるも、コンマ二秒でリザレクション。打たれた衝撃に抗わず、逆に利用して身体を回転、硬直中だった輝夜の横っ面をバーニング裏拳でひっぱたいた。
 長い黒髪に引火、生理的嫌悪を催す臭いが竹林に広がる。
「なんか知らないけど、その様子じゃ企ては失敗したみたいだねぇ。いや愉快、愉快」
 げらげらげらと妹紅は高笑い。油断しきったその顎先へ、輝夜のジョルトアッパーが突き刺さった。




「ごらんなさい、霊夢。あの光を」
 彼方へと伸びる白い輝きを、遠くおでんの匂いが漂う博麗神社の屋根の上から、紫は見守る。
「この幻想郷は、外界で生きる術を失ったものたちが集う場所。外界に出る機を逸し、過去の遺物と成り果てたものたちが留まる場所。ここでなら、彼ら彼女らは自分らしく生き、死んでいける。……なのに、どうして外に恋焦がれるのかしら。暖かな安寧の地を後にして、過酷な風雨の中へと飛び出したがるのかしら。
 あれは矛盾に満ちた光。好奇と欲と希望と――地に生きる者たちのサガに彩られた光。覚えておきなさい、霊夢。私たちがどれだけの大結界を張ろうとも、けっして隔てきれぬものがあるということを。そして……」
「あの、紫様。何やら含蓄有りそうな無さそうな話をされているところ、まことに恐縮なのですが」
 この上なく気まずそうに、藍が口を挟んできた。
「霊夢、寝てますよ」
 紫の背後、霊夢はロケットの打ち上げも確かめることなく、屋根瓦に突っ伏していた。橙がその下敷きになって、うんうん唸っている。
「なっ……ちょっと、霊夢? 私が今日来たのは、この話をするためなのよ? ほんとにただ宴会しに来ただけと思ってたの?」
「ううん……ちくわぶはもういいってば……」
「なにそのテンプレートな寝言? 起きろ、この白痴の巫女! こんなオチは幻想郷だって受け入れないわよ!」
 あんまりな状況下、紫のあんまりな絶叫が、騒霊の伴奏に乗りながら幻想郷の空へとフェードアウトしていった。



  ☆



 氷の雨も止んで、戦場にある音は、ただ遠ざかっていくロケットエンジンの轟きのみ。
 紅魔館のメイドも、永遠亭の兎たちも。みな弾撃つ手を止め、一様に空の一点へ視線を吸い寄せられている。
 静かな月光の空、やがて夜風に歌うような声が乗る。
「こちらパチュリー・ノーレッジ、月旅行計画委員会代表。ロケットは無事、安全高度に達したわ。もう誰も手は出せない。本計画及び防衛作戦に参加したすべてのスタッフへ……ありがとう」




  01:10(-2)



 理由を失ったことで、戦闘は自然消滅的に終息した。


 わずか二十分足らずの実戦闘時間で、紅魔館側は一五八名、永遠亭側は一七七名もの被撃墜者を出した。それぞれ初期戦力の六、七割からそれ以上を失ったことになる。
 補足すれば、その内の半数近くが咲夜や鈴仙、魔理沙といった各陣営の主力級によって挙げられた戦果であり、またフランドールなどは三分弱の戦闘行動で、実に三十七という撃墜数を叩き出していた。ただ、このうちの半分以上が味方への誤射(この表現については異論あり)だったため、彼女をこの夜の撃墜王と認めるのは問題があるだろう。ちなみに次点は魔理沙の二十六であった。


 一時一〇分。
 永遠亭側の全面撤退を受けて、パチュリーは防空作戦の終了を宣言した。

 

 

 

 

■  01:32(‐24) 紅魔館従業員食堂


 <デブリーフィング>

「お疲れさま。あなたたちのお偉方はみんな行ってしまったことだし、楽にしていいわよ。
 さて……永遠亭の魔手をかいくぐり、無事にロケットの打ち上げを果たしたことで、作戦名『カウントダウン』は成功に終わったわ。
 だけどロケット計画そのものはまだ終わっていない。家に帰るまでがなんとやら、ってね。スタッフはチャートを確認、引き続き、フェーズ『アフター・ゼロ』へ速やかに移行すること。
 戦闘要員はその限りではない。休息を取り、その後、通常業務に戻りなさい。計画の続きに興味があれば覗きに来てもいいけれど、後で文句は言わないでほしいわ。その――知らなかった方がいい真実とか、見えてしまうかもしれないから。
 以上、解散」



      SS  『アフター・ゼロ』
Index

2006年1月16日 日間

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