『サバトの夜に』02

 夜の帳が溶けたような髪に保科は覆い尽くされた。漆黒の洪水に溺れそうになりながら 波をかき分けると、黒羽と目が合った。普段はあまり見ることのない双眸が潤んでいた。 おそらく自分もそうだろう。そのまま言葉を交わすことなくお互いに見つめ合い続けた。  いきなりベッドに押し倒され、濃厚なキスをされたことには驚きもし、抵抗めいたこと すらしたが、いざこうして何もされないままでいるというのも所在なかった。たまらず保 科は口を開く。 「こ、こういうのはよくないよ。母さんだってもうすぐ帰ってくるし、やめよう?」 「だいじょうぶ。いまこの家の周りに結界魔法を展開したから。おばさんには悪いけど、 しばらく道に迷っててもらうね」  その結界の中ではこの家と家の中にいる存在を誰も認識できなくなる、と続けて黒羽が 不敵に笑った。 「またそんなこといって。結界だとか、魔法だとかあるわけないじゃん」 「あるよ。学子が知らないだけ。でも、今日はいつもみたいな押し問答はしないから」  言いたいことだけ言うと黒羽が再び口を閉ざした。その態度に保科は不安を覚えた。何 から何まで今までどおりの付き合い方が通用しそうになかった。  それにしてもそんな便利な魔法が本当にあるなら、誰にも邪魔されることなく研究に集 中できるなぁ、と場違いなことを考えてしまう。だが、黒羽の言った結界魔法は実際に行 われていたのである。ただし、それは彼女の手によるものではなかったが。  同時刻。保科家の屋上に人影がひとつ。暗闇の中で黄金の髪が月の光に輝いていた。 「まったく、あの小娘め。我のことを便利なマジックアイテムか何かとカンチガイしてお るのではないか?」  いらだたしげに屋根を踵で叩くのは二季草歳華こと、魔女のアドニアだった。 「いきなり我を呼びつけたかと思えば、この家の周囲に広域結界を張れじゃと? たやす いことではあるが、なぜ我がそんなことをしなければならんのじゃ!」  両足を投げ出して暴れる姿は魔女というよりただの駄々っ子でしかなかったが、本人は いたって真剣に怒っていた。 「だいたいあの小娘はクロキア様の生まれ変わりだと我をたばかっておいて、それでもま だ我の師匠気取りとは片腹痛いわ! 妄想狂め!」  言うだけ言って少し気が晴れたところで、ふと思うところがあった。 「何かとあやつを手助けしてやったのが間違いじゃったか……」  黒羽を大魔女クロキアの生まれ変わりと信じていた数日間、師の完全復活の助けになれ ばと譲ってしまった魔具の数々。それらが黒羽を増長させるには事足りた。  いまこうして呼びつけられたのも、遠く離れた場所からでも意思の疎通を可能とする魔 具によるものだった。もちろん黒羽の頼みごとを聞いてやったのは今回だけではない。 「結局クロキア様ではなかったが、人使いの荒さだけは似ておるようじゃな」  何となく懐かしさを覚えて苦笑する。その気持ちこそが黒羽の要求を断りきれない理由 なのかもしれない。アドニアは強引な押しに弱い自分が嫌いではなかった。  だが、この家の家人である保科学子はどうだろう。黒羽月夜とは長い付き合いになると いうが、親友でしかも同性の相手に強く求愛されて受け入れるか、拒否するか。そこに興 味を覚えたこともあって、面倒でも結界を張りにきたのである。 「我とてアルラウラとは口に出すのもはばかれることがあるわけじゃしのう」  毎日の赤裸々な行為のひとつひとつを思い出してアドニアは赤面する。それを誤魔化す ように空を見上げた。暗天に描かれた真円が赤く輝いていた。 「まさに魔女の宴にはもってこいの夜じゃな」  せいぜい愉しむがいい。そうでなければ面倒ごとに付き合った我の立つ瀬がない。こう いったことに目がない我が使い魔も置いてきたわけじゃしな。  そう胸中で呟きながら、アドニアが指を鳴らすとどこからともなく携帯ゲーム機が現れ、 両手に収まった。さっそく電源を入れると小気味いい起動音が鳴る。画面に映し出された ゲームのタイトルは「ポケモソ不思議のダンジョン 蒼の救助隊」とあった。  暇つぶしにはこれにかぎる。それにしても、 「いまごろ、助けを求めて声ならぬ叫びを上げている者がいるかもしれぬな」  誰に聞かせるでもない台詞が夜風にさらわれて消えた。  確かに保科は切実に助けを求めていた。  幼なじみにして親友の女の子によって、頭の上で両手首をセーラー服のリボンで縛られ、 身動きが取れないよう全身を押さえつけられているのだからたまらない。誰でもいいから この状況から救ってくれないだろうかと願うがその思いは届かなかった。  本当に結界が張られているかのように母親が帰宅した様子はなく、いつも側にいるはず のラビビはその母親の買い物についていっているために、やはりここにはいない。  ならば自力で、と黒羽を止めようと何度も声をかけるが聞こえないふりをしているのか、 彼女は何も言わないままこちらの裸を食い入るように見つめていた。 「や、あ、だからもうやめてってば」  黒羽の視線が舐めるように保科の体を上下に行き来すると、羞恥で肌が赤く染まった。 熱病に浮かされた感じで頭の中がはっきりとしない。まるで夢を見ているようで、自分の 身に起こっている出来事に現実感がなかった。  ぼんやりしているうちに、いつのまにか黒羽がその体をずらして保科の開いた股を見つ めていた。焦った保科は脚を閉じようとしたが、膝頭を掴まれて強引に開脚させられた。 「み、見ないで、お願いだから」  いつもの強気な調子はどこへいったのか、保科はか細い声で懇願する。だが、黒羽は返 事をするどころか、保科に視線を向けることなくただ一点を凝視し続けていた。 「何とか言ってよ、ねぇっ!」  その叫びを合図に黒羽が股間に顔をうずめたかと思うと、恥丘を縦断する秘裂をなぞる ように舐め上げてきた。背筋に寒気にも似た震えが走り、鳥肌が立った。 「え! ええ!? そ、そこからぁっ、ああん!」  予想もしなかった始まりに保科の腰が跳ねた。  ふたつに分かれた恥丘のふくらみを左右に押し広げられ、濡れた舌が肉襞を刺激する。 その度に保科の体が小刻みに震え、快感に耐えるように唇を噛み締めた。 「んん! んっ、んぁっ、ああああっ!!」  たまらず声を上げてしまう。黒羽はこちらの声をもっと引き出そうとしているようで、 その責めが次第に激しく、そして陰湿になってくる。片手の指で皮につつまれた肉豆を弄 くられると、膣口から粘液が溢れた。その蜜が音を立てて吸われるのを保科は耳を閉じる こともできず聞かされた。 「ひぁ」  さらに黒羽の人差し指が膣の中に侵入してくると、反射的に内壁で締め上げた。その抵 抗を気にすることなく黒羽は膣内を蹂躙する。指が出し入れされるたびに漏れ出る水音と 空気音が保科を辱めた。  最初は暴れるようにして執拗な責めに抗っていた保科だが、無意識のうちに自ら快楽を 求めて動き始めた。それはまるで黒羽を自分の最も感じる場所に誘導するかのようだった。 「ふあ、あ、ん……んんぅ! きもち、いっ、はぁん!」  惜しげもなく漏らしてしまう艶めいた声と荒い息づかいが淫靡な旋律を奏でた。  そんな保科を尻目にいつの間にか黒羽は指の抽送をやめている。そのことを知らず、も の欲しそうに腰を振る自分に気づいたとき、保科は今まで以上に顔を赤くした。 「あ……、ちが、これは、えっと」  しどろもどろになりながら弁明を試みるが無駄だった。黒羽は暗く沈んだ瞳で保科に笑 いかけると、 「学子、いやらしい」  おもむろに尿道口をすぼめた舌先で弄くり始めた。 「やめっ、くろば、ねぇ! そこは、あ、だめっ……!」  一度は収まったはずの尿意が再びわき上がってきた。自分では止めようのない生理現象 に保科は十数分前の惨状を思い出して、心臓の鼓動が一気に激しくなった。 「感じてるんだ? おしっこのでるところ舐められて気持ちいいのよね学子?」 「んっ、そん、ぁ……こと、ないよ!」  必死になって否定するが、どう言いつくろっても体は正直に反応する。黒羽がついばむ ように尿道へといたる穴を刺激する度に膀胱まで熱くなった感じがした。 「やぁっ……出ちゃうっ! どいて! どいてよぅ!!」  その叫びを無視して黒羽はしっかりと保科の腰を固定すると、秘裂を覆うように口付け た。保科は黒羽が何を期待しているのかわかったが、その期待に応えるわけにはいかず、 必死に尿意に耐えた。だが、それもほんの数秒だけ結末を先延ばしにしただけだった。  黒羽は苦しそうに眉根を寄せる保科を上目遣いで見やると、クリトリスを二本の指で軽 く摘み、もはや言葉もなく目尻に涙を浮かべて嫌がる保科に止めを刺した。 「ふふっ、堕ちちゃえ」 「ひぁ―――っ! いやっ、いやぁっ、はぁぁぁん!」  熱い奔流が小さな窪みから溢れた。勢いよく流れ出る黄金水を黒羽は一滴も逃さないよ うに大きく口を開いて受け止めた。きついアンモニア臭にむせ返ってもおかしくないとい うのに、黒羽は喉を鳴らして排泄物を嚥下した。 「飲むなよ!! ばかぁっ!!」  両手を縛られたままだったために保科は黒羽を押しのけることができなかった。だが、 下手に暴れても今度はベッドのシーツに黄色い地図を描くことになってしまう。どうする べきかどうか悩んでいる内に排尿の勢いは小さくなり、最後に身震いをひとつ起こすと止 まった。  やってしまった、と保科は自己嫌悪に陥った。黒羽に一番恥ずかしい所を見られただけ ではなく、彼女の眼前で尿を漏らしてしまい、しかも飲み干されてしまったのである。 「うあああぁぁぁぁぁん!」  せき止めていたものが一気に溢れ出すように涙を流した。悔しくて、悲しくて、苦しく て、人として大切な何かを失ってしまったみたいに心が痛かった。 「た、学子!?」  子供のように泣きじゃくる保科を前にしたところで黒羽は正気に戻った。保科の裸身を 目の当たりにした瞬間から、何かに憑かれたように我を忘れていたが、ここにきて自分を 取り戻したようだった。  取り乱す保科が怪我をしないよう、慌てて手首を拘束していたリボンを解いた。 「黒羽のばかぁっ」  なだめるために抱きしめようと伸ばした手を払われた。明確な保科の拒絶に黒羽はただ ひたすら謝るしかなかった。 「ごめんねごめんね!」  取り返しのつかないことをしてしまったのは黒羽も同じだった。今までも何度か理性を 失うことはあったが、保科の無垢な態度によって良くも悪くもはぐらかされることがあっ たおかげで、最悪の結末に至ることはなかった。  黒羽にとっての最悪とは、保科との関係が壊れてしまうことに他ならない。今まで築い てきた信頼関係が一時の過ちで崩れてしまったことには悔やんでも悔やみきれなかった。  なおもすすり泣く保科に近寄ることもできず、黒羽は罪悪感に苛まれ続けた。 「ごめんなさい学子。でも、私のこと許してくれなくても嫌いにならないで」  自分勝手なことだとはわかっている。だからこの場はいったん身を引いて、お互いに落 ち着いてからもう一度話し合おう。黒羽は緩慢な動きでベッドから立つと、乱れた制服を そのままにして部屋から出て行こうとした。 「……いに…………ない」 「え?」  振り向くと保科が何かを呟いていた。その言葉をきちんと聞き取りたくて再び保科の前 に立った。保科は黒羽がそばに近寄ってきたのを見ると、ベッドの上に残されたリボンを 握り締め、大声で叫んだ。 「嫌いになんかなるわけないだろ!!」  保科の強い意志が部屋の中に響いた。  だが、はっきりと叫んだにもかかわらず、黒羽は言葉の意味を量りかねているようだっ た。呆然と立ちつくだけの彼女に、保科はその正直な気持ちをぶつけた。 「だから! 黒羽のこと嫌いになるわけないじゃん! ただ、あたしのことを考えないで 一方的にいやらしいことするから怒ってるだけだよ!!」  本当は保科自身も謝らなければならないことがあった。きっかけは何であれ、黒羽を思 いながら自慰行為に耽ってしまったことをきちんと謝りたかった。 「あたしだって黒羽に嫌われるのはイヤだし、このままケンカして明日になるのはイヤだ から」  仲直りしよう。そう言って、保科は初めて微笑んだ。  真っ直ぐ両手を差し出すと黒羽がその腕の中に飛び込んできた。  「学子……!」  ほんの数分で憔悴しきったように黒羽の顔は青ざめていた。そこまで黒羽のことを追い つめてしまったのかと保科は胸が締めつけられた。 「ごめんなさい。私、学子にひどいことした……」 「そうだよ。でも、あたしも黒羽のことを考えてえっちなことしてたから、おあいこだね」  痛み分けと言うのもおかしいだろうか。とにかく黒羽を慰めることができるならどんな 言葉でも良かった。お互いがお互いを傷つけあったなら、そのどちらかが優しくならない と仲直りもできない。  そんな気持ちが伝わったのか、黒羽が顔を上げた。涙で頬に張り付いている前髪を払っ てあげる。その奥の瞳を覗き込むと、複雑な感情が絡み合って揺れていた。 「私ね、学子のことが好きなの」  優しくされて張りつめていたものが切れたのか、黒羽は秘めていた思いを告白した。 「あたしも黒羽のこと、好きだよ」  照れくさそうに笑う保科を見て、その「好き」が自分の「好き」とは違うことを黒羽は 悟った。いつか保科がその違いに気づいたとき、それからもふたりはずっと一緒にいられ るだろうか。  近く遠い未来に思いをはせて寂しく笑っていると、 「黒羽」  不意打ちに唇を塞がれた。  保科からキスされたのはこれで二度目だった。前回のとき、「一回だけだから」という 約束で口付けを交わしてくれたというのに、あえてその約束を破ってくれたことに対して 自然と涙が流れる。雫が頬を伝って唇の隙間に滑り込むと切ない味がした。 「ん……」  どちらが先に相手の体から離れたのかはわからない。ただ、その心まで離れずに済んだ ことは保科にとっても黒羽にとっても幸いだった。 「ありがとう学子」 「うん、黒羽も元気出たみたいでよかったよ」  ようやくふたりの間に穏やかな空気が流れたところで、黒羽は保科が寒そうに震えてい ることに気がついた。保科はいまだに服を着ていないのだから無理もない。近くにあった 布団を保科の肩にかけてあげると、不意に尋ねられた。 「あのさ、黒羽がくれた薬ってどれくらい効果があるの?」 「えっと……確かひと口で二時間くらいはもつと思う」  その台詞に保科は心底困った顔をした。 「あたし、半分くらい飲んじゃったよアレ」  机の上に倒れた薬瓶を見る保科の瞳は、酔っ払っているように焦点があやふやだった。 「は……ふ、あぁ、んっ」  媚薬を大量に服用しただけあって、二回も絶頂を向かえたにもかかわらず、体の奥底が みたび疼き始めた。吐く息は熱く、内股を擦り合わせるだけで股を濡らした。 「んぅっ……どうしたらいいんだろ、黒羽ぇ」 「落ち着いて! このまま薬が切れるまで我慢するか、もう一度オナニーをすれば収まる はずだから」  とは言え、どちらも保科には耐えがたいはずだった。前者は肉体的に、後者は精神的に。  黒羽がもっと別の方法がないか考えていると、保科がしなだれかかってきた。その体か ら香る甘い匂いに眩暈を覚えながらも何とか理性を保つ。その黒羽の態度を見て、保科の 心は決まった。 「じゃあさ、お、オナニーするから手伝ってよ」  人の助けを借りる時点でオナニーではないのだが、今の保科にそこまで考える余裕はな かった。ただ黒羽に愛撫されたとき、自分でしたときの何倍も気持ちよかったことを思い 出す。嫌悪感も忘れさせるあの快感を今度は自ら進んで味わおうとしていた。 「で、でも」  黒羽は、また自分を失って保科を傷つけるのが怖かった。だが、保科はそうやってため らいを見せる黒羽になら、先回よりもずっと安心して体を預けられると確信したのである。 「だいじょうぶ」   尻込みする黒羽の手を取ると、保科は断続的に襲いかかってくる快楽の波に耐えながら 笑顔を浮かべてみせた。 「もうあんなことはしないって信じてる。だから、ね?」 「……うん」  ベッドの中心でお互いの体を抱きしめながら、その温もりを逃がさないように、強く、 きつく、繋がり合った。  ふたりだけの夜は終わらない。

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