背中合わせの恋心 2話
お付き合いが始まっても、表面上は何の変化も無かった。
テニス部は朝練があるから一緒に登校も出来ないし、帰りも特に一緒に帰りたいとか思わない私は生徒会の仕事でテニス部の部活が終わる同じ時間ぐらいまで残っていても、さっさと一人で帰ってしまっていた。
正直付き合いにイエスの返事をしたのも、あそこでイエスって言えばどんな反応を見せるのか知りたかっただけなので、その後のお付き合い云々には興味は無かった。
だから、今までどうり生徒会室で会う以外の接触しか持っていなかった。
もとより仲良くなって付き合いを深める気がさらさら無い、適当に濁して終わるつもりだった。
ところが、そうはいかないようだった。
話は以外な所から来た。
「さん。ちょっといいかな?」
「え?何かしら」
同じクラスの大石君が、お昼休みに話しかけてきた。さぁ、今から友達のとお弁当食べましょと思っていたので不意打ちも不意打ちだった。
私は今から、お弁当たべたいのオーラを出しながら大石君を見るとちょっと顔があせりはじめている。
「いや、あの。良かったら、一緒にお昼食べないかなと思って」
「大石君と一緒にですか?」
「俺とっていうより、テニス部の皆と一緒にどうかなと思って……」
その言葉で、何を言わんとしているのか分かった。
「会長に頼まれたんですか?」
ジっと顔を見てそう言うと、ますます焦り始めた。
私はこういうの人づてに言う男は大嫌いなので、思わず眉間に皺がよる。
「頼まれたとか、そういうんじゃなくって…」
「やっぱり、大石じゃ荷が重かったみたいだね」
後ろから、男の人の声がして振り返ると不二君が居た。
「テニス部が私に何の用なんですか?」
「そんなに、喧嘩越しにならないで欲しいな」
底の見えない微笑みを浮かべて私を見る。隣でが不二君ファンのなのでぽやーんとなっているけどそこいら辺は無視して。
「どっちにしても、お断りします。と一緒にお昼食べる約束していますので」
「良かったら、お友達も一緒にどうかな?」
その問いかけにが一も二も無く了承の返事をしてしまった。
不二君ファンなのは私も知ってたけどねぇ……。
どうやら、テニス部は屋上で昼食を取っているらしくて大石君と不二君とと私の4人で上がっていくと、すでにそこにはメンバーが勢ぞろいしていた。
「お邪魔します」
内心の憤りを押し殺して、軽く会釈するといっせいに視線が集まるのが分かった。
居心地の悪い目線。値踏みというか、興味津々という感じで見られているのが分かる。
それらの視線を気付かないフリをして、輪からすこしはずれた場所に腰を下ろそうとすると、腕を取られて強制的に手塚君の隣に座らされた。
しかたなくその場に腰を下ろすと、手塚君がその光景を嬉しそうに見ていて何だかそれに腹が立った。
「会長はいつも皆さんで昼食を取っているんですか?」
「あ、ああ」
「なら、どうして急に私を呼んだのですか?」
「そ、それは……」
まがりなりにも、お付き合いしているのだからこんな聞き方は無いだろうってことは分かっていた。でも何だか納得いかない。
「あ、あの。それについては、俺たちが独断で呼んだから…。手塚は関係無いんだ」
そう大石君が控えめに告げてきて、正直眩暈がしそうになった。
もしかしなくても、テニス部公認の中で手塚国光の恋をテニス部全体がバックアップしてるとか言うんじゃないでしょうね。
バカバカしくてやってられない。
ふぅーとため息をついて、仕方なしにその場でお昼を取る事にした。
一緒にお昼を食べていても呆れるほど、会話が少ない。
無口な手塚君に、話す気の無い私会話が成立する訳も無い。黙々と食べて、お弁当を片付けるとその場を後にしようとすると。
「明日もここに来てくれるよね?」
そう不二君が問いかけてきた。
しばらく答えずに顔を見ていると。
「手塚の彼女なんだから、来てくれるよね?」
そう言ってくださった。後方で、の「ええっー」とかいう大声が聞こえて、やられたーと思っていた。どうせ別れるつもりだったので、友達にも誰にも言っていなかったのだ。
「分かりました」
不承不承承諾の返事をして、屋上を後にしたけど。
その後のに問い詰められるだろう事は分かっていたので、正直憂鬱だった。
予想通り、に激しく問い詰められて付き合うことになった経緯を事細かに聞かれてゲンナリした。
「へー。手塚君から告った訳ね。でも、よくOKしたわね」
私の手塚国光嫌いは友達には周知の事実なので、そう言われても仕方ない。
「魔が指したとしか言いようがないんだけどね」
「うわっーファンクラブの子に聞かれたら殺されそうな事言ってるー」
そう言いながら、クスクス笑われてしまった。
「は不二君のファンだから、お昼休みはこれから楽しみでしょうけど。私は、針のムシロよ」
「黙々と食べてたもんね。ちなみに、付き合いだしたのっていつから?」
「3週間前くらいかしら」
「え?そんな前からなの、でも普通の生活送ってたわよね」
「そりゃ、当然普通の生活送るでしょ」
「あー。分かった気がする」
「何が?」
「手塚君はの事好きなんでしょ?でもにその気は無いから、付き合い出す前と変わらない生活を送っている。これが付き合う前なら、それが当たり前なんでしょうけど。やっぱり付き合っている手前、好きな人と一緒に居たいと思うのが普通でしょ」
「なのかしら?」
「んー。もうそれが、普通なのよ。でも相手が手塚君だから、何も出来ないでいると。それを見かねてテニス部か出てきたっていうところじゃない?」
「ふぅん」
「やる気の無い返事ねぇ」
誰かを好きになった事などない私は、恋愛の話をされてもイマイチピンと来ない。
「まぁ、でも一緒に昼食取るのがそんなに重要?」
「分かってないわねー。あんたみたいなの好きになった手塚君に本当同情するわ」
人を恋愛オンチみたいに言いおって、少し腹がたったけど。恋する気持ちは、確かに理解不能なので反論は止めておいた。自称恋する乙女のはこのテの話になるとうるさいのだ。
とりあえず、日課としてお昼休みにはテニス部と昼食が追加されたみたいだ。
手塚side
俺が、の存在を知ったのは2年の時に生徒会のメンバーとして集まった時だ。
受験を控えた3年生が引退後すぐに来た文化祭で、皆右往左往するなか俺自身も生徒会長の職務にも慣れないうちに、テニス部でも部長の役職がつくことになって正直いっぱいいっぱいの日々を送っていた。
毎日部活が終わった後に、生徒会室に行くと残っているメンバーの中に必ずが居た。不必要に俺に話しかけるでもなく、黙々と仕事をこなしていく。頼もしい会計で、信頼できる人材だと思っていた。
それが、いつ恋心に変わったのかというと今でもハッキリ思い出せる。
あれは文化祭1週間前の事だった。
その日はたまたま二人で残って仕事をしていた。は来たときからずっと難しい顔をして電卓片手に書類とにらめっこしていたので、計算でもあわないのだろうかと思っていたのだか。
「あっ」
小さな声に引かれて振り返ると、今まで難しそうな顔をしていたがふわりと微笑んだ。
その表情のギャップと華やかさに、それが恋の始まりなどとは気付きもせずに知らずにただただ見惚れた。
ずーっとの顔を見ていると、余ほど嬉しかったのか。やっと計算があったのだと、教えてくれた。その後は、無表情に戻ってしまったのだけど、一度焼きついたの笑顔は俺の脳裏から離れることは無かった。
それから俺は、ずっとを見ていた。
会計として提出される書類は殆ど一人でが作成していること、綺麗に整えられた生徒会室もの手によるものらしくて備品一つ一つの管理もすべて彼女がしているらいいことが分かった。
それも気をつけて見ていないと気付かない事だが、上辺だけ飾り立てて不必要な笑顔を張り付かせて接してくる女子生徒ばかりを見ていたのでの勤勉さは際立っていた。
容姿自体も、派手な容貌ではないのだがかなり整っているのが分かる。肌理の細かい白い肌、少し茶色がかった長い髪切れ長の瞳小さな口元見れば見るほどに好ましく思えた。
誰かを好きになることなど、俺自身思ってもいないことだったが一度自覚してしまうとこの思いを忘れることなど出来なかった。
だが、現実的に生徒会長とテニス部部長の兼務というのはとても忙しく毎日が忙殺されていく中思いだけが募るばかりだった。
あの告白でさえ、俺にとっては予定外の事だった。
部活が終わって、部室へ帰る道すがら生徒会室が目に入る。
そこに明かりが灯っているかどうかチェックするのは日課になっていた。3年になると、おのおの役割分担が出来ていて、実務関係はほとんどが一人でこなしていた。その他の役員は体育祭の実働にかかわり、はその裏方に徹していた。
なので、この時間まで残っている人物と言えばが残っているとしか思えなかった。
今しかない、そんな気持ちに急かされて着替えもせずに生徒会室へと急いだ。
いざ、生徒会室に足を踏み入れてもは書類と格闘しているらしく全然視界にも入れてもらえない。
こんな時、気の聞いたセリフの一つも言えない俺はただ見ている事しか出来ずにいる。
だが、その日は少し違っていた。
唸りながら書類と格闘していたが、また不意にふわりと微笑んだのだ。
次の瞬間にはすぐにまた難しい表情に戻っていたが、その表情の鮮やかさに見惚れ俺はその熱に浮かされるように告白の言葉を口にしていた。
「さんは、誰か好きな人はいないのか?」
「へっ?」
そう口にすると、がこちらを見る。まっすぐな目線。それを、引き寄せることが出来て嬉しいと思える。
誰かをこんな風に好きになったのは、初めてで女の目線一つで一喜一憂するなどもっての外だと思っていたが、実際に好きな女に見つめられてドギマギする自分が居る。
もっとこの瞳に見つめられていたい。その思いが高まり、自然にその言葉が口をついて出た。
「いや、……あのだな……。俺は、さんの事が好きだ」
「はいーー?」
俺の言葉にひどくびっくりしているのが分かる。俺なりに、分かりにくいかもしれないがアプローチはしてきたつもりだった。さりげなく、帰りには送ると言ってみたり。(断られ続けて未だ一度も一緒に帰ったことなど無い)一人残っているのを発見したら今のように、一緒に居る時間を増やしてみたりと俺は俺なりに涙ぐましい努力をしてきた。
「生徒会長は私の事好きなんですか?」
そう問い返されて、絶対にこの恋を実らせたいと思ってしまった。
思いを告げるだけで満足、今まで漠然とそう思っていたのだが。
「俺は、さんが好きだ。付き合ってほしい」
そう言っていた。
それからのやりとりはあまり覚えていない。承諾の返事を貰えた事に自分でもおかしいくらいに浮かれていたのだ。
友達からという制約は付きまとうが初めて、彼女と言うものを持ったその翌日俺は意気込んで登校した。
付き合いというイメージの中で、一緒に登下校したり一緒に昼食を取ったり、メールや電話などをしたりと漠然としたイメージを持っていたが翌日からきっと何らかの変化が訪れるとそう信じていた。
だが、希望に胸膨らませた1日がすぎ2日、3日が過ぎてもいつもと同じ日々だった。
オカシイ。こんなはずでは…。と思うが、お付き合いを始めた日から1週間という日が過ぎてもメルアドも知らないままで、(携帯番号は生徒会の連絡網で知っている)勇気を振り絞って電話しても、「あら、会長生徒会の事ですか?何かありましたか?」とか言われてしまって元来口ベタな俺が気の聞いた会話が出来るわけもなくほんの2、3分で会話が終わる。
付き合っているのに、一向に縮まない距離に俺自身イライラしていた。
そんな事をしているうちに、どうやら様子のおかしい俺の様子をいぶかしんだ乾やら不二やらに誘導尋問されてしまい。の事をあらいざらい白状さされてしまった。
「ふぅん。手塚がねぇ」
「これは意外だな。もっと状況を詳しく教えてくれないか?」
興味津々の二人に、もうどうすればいいのか分からなくなっていた俺は思いのまますべてを告げていた。
「了解。だいたい状況は分かったよ、ある程度お膳立てはしてあげられると思うけど。どうなるかは手塚次第だね」
「俺の方でも情報収集を始めるとしよう」
「協力してくれるのか?」
俺の問いかけに、二人はとても楽しそうに笑って。
「当然、協力させてもらうよ」
そう言った。とても心強いはずだが、背筋が薄ら寒いのは何故だ?
それから、経緯は良く分からないがテニス部全体が俺の恋の援護射撃をするようになってしまった。
何処で間違ったんだ?
2006.02.04UP