守ってあげたい 8話 〜男達の呟き〜
忍足 side
4月12日の放課後、跡部の不機嫌な顔はいつもと同じだがその日はいつも以上に苛立っているようだった。
「なんや、機嫌激悪やなー。跡部のやつ何ぞあったんかいな?」
「跡部が機嫌悪いのなんて、いつもの事だろ?ほっといたらその内……。もっと悪くなってたりして」
そう言って、あははと悪びれずに笑う岳人を見ていると。気が抜ける。
「跡部が、お前みたいにお気楽やったらこのテニス部も平和なんやけどな〜」
「俺がお気楽ってどういう意味だよ〜。クソクソ侑士め」
跡部が大きなため息をついてバサリと、書類をほおリ投げた。
部室のテーブルの上に散らばる書類。
「なんやこれ?」
「明日編入してくるヤツの書類だ」
「そんな大事なもん、こんな所に持ってきてもええんか?」
「俺様が、預かった書類だからどう扱ってもいいんだよ」
らしいというか、らしい答えに苦笑が漏れる。
「そうか。まぁ、ええわ」
他人の入学の書類なんて目にする機会なんて、殆ど無いので物珍しさもあって悪い事とは知りつつ。
見入ってしまう。
「まぁ、顔はまぁまぁやな。立海からの編入かぁ……。これで、テニス部の関係者やったら言う事なしやな、偵察いらずやで……」
書類の1、2年の所属部活に、男子テニス部マネジャーとなっているのを発見して。
「おー。お誂えむきに、この子男子テニス部のマネージャーやっとったみたいやで、勧誘したらどうや?」
「興味ねぇ」
「へぇ、そいつ元立海テニス部のマネジャーかぁ…いいんじゃねぇ?あ、こいつ身長150cmじゃん」
岳人が書類を覗き込んで、一番に見たところは身長の欄だった。
「今時珍しいくらいに、背低い子やなぁ・・・・・・。」
「だな。って、俺それよか8cmしかかわんねぇじゃん。だったら俺は何なんだよー。」
「あー。分かった分かった、悪気は無かったや」
ポンポンと頭を撫でて、宥めつつ部室を見回すと長太郎や宍戸も興味津々でその書類を覗き込んでいた。
「あっ…。この方、さんって言う名前なんですね」
「そうや、っていう名前らしいで、証明写真では細かい所までは分からんけど。顔もまぁええ方かな?」
その後も、長太郎は元男テニマネで、さんって・・・とかブツブツ言っているので。
「なんや自分知り合いか?」
「いえ…。いや、多分…」
「なんや、煮え切らんなぁ…。それか、タイプか?」
「あっ…そんなんじゃないですけど…いや・・・あの…」
とますますオロオロしだす始末で。
「忍足、その辺にしといてやってくれよ」
見かねた宍戸が助けに入る始末だった。
「跡部は、まったく興味無しか?」
再び問うても返事も無い始末だったのだが、それが翌日その噂の張本人が部室のソファに居たときには驚いた。
しかも、跡部がムリヤリ連れてきたのを聞いて、今まで女にそんな風に興味を抱いたのなんて無い事だったので意外というのを通り越してまさに晴天の霹靂だった。
あんなに興味ない言うてたのに、それが手のひら返しや。
なんやあるとは思うけど。
ちいさな証明写真より、実物の方が可愛く見えるが。
跡部に対して、敵愾心を持っているらしく。
「綺麗に、きっぱりさっぱりお断わりしたらここまで拉致されたのですが…。
というか、あの俺様をしっかりテニス部で管理してくれないと安らかな学園生活が送れそうに無いので………。
誰に苦情言うのが一番いいのかしら?やっぱり榊監督に言うのが一番早い?」
といきなりそう問いかけられて、本気で笑えた。
面白いヤツ、最初の印象はそうやった。
だが、今朝のキス…。
思い出しても体が熱うなるようなキスをして、嫣然と笑うその様子は15歳の少女の顔やなかった。
化粧とか、髪の色とかそういうんやない。雰囲気というか、幼さを裏切るような理知的な瞳が印象的やった。
「論外。何で選択肢が、跡部とあんたなのよ。私はどちらもお断わり。
自分の好きな人や愛する人は自分で決めるわ」
その言葉に自分の自惚れをはっきり指摘されて、何故跡部がこの目の前の少女に惹かれるのか分かった気がした。
自分自身の切ない片思いを持て余している俺は、違う女との恋愛を考えてみるのもいいかとそう思った。
「ねぇ…。なんや台風の目になる予感がするわ」
朝から例のキスのせいで調子狂いっぱなしで、朝練では凡ミス連発するし。なんやもやもやするんでサボリを決め込んで屋上の給水塔の上でゴロンと寝転んでいる
誰に聞かせるでもなくそう呟いた呟きは、4月の抜けるような空に溶けた。
鳳 side
今日の朝練に少し遅れて来た忍足さんは、ちょっと朝からボーっとしていて跡部さんがここぞとばかり怒鳴っていた。
そんな忍足さんが朝練が終わった後こう言った。
「ああ、そうや伝えてくれって言われてたんや。長太郎伝言や『さんが昼休みに交友棟で、会いたい』やって、確かに伝えたで」
「え?忍足さん。さんと会った事あるんですか?」
「何だ?長太郎、俺様の女と知り合いか?」
「ちょ、跡部さん。俺様の女って、さんがですか?」
「ああ…。そうだ」
「ウソウソだって。長太郎騙されんなよ。コイツ昨日、に振られて頭にきてここまで攫ってきたんだぜ。宍戸じゃねぇけど激ダサだぜ」
いきなり、跡部の俺様の女発言にもびっくりしたが、向日さんの発言で昨日さんがこの部室まで来ていた事を知る。
そして、なんてことない発言だけど向日さんが自然にさんの事と””と呼び捨てにしたことに、ひっかかりを覚えた。
自分のさんへの感情を、どういえば言いのだろうか?
毎日メールのやりとりをしていて、同じテニス部の関係者ということと相手が年上ということで色んな事を相談したり雑談したりしていくうちにどんどんさんに惹かれていった。
急に、さんが氷帝に転入してくる事になったと聞かされたとき俺は、純粋に嬉しかった。
当たり前のように側にいることが出来る、立海のヤツラの事を羨んでいた。
だから、さんからのメールで。
送信者 宛先 チョタ
件名「大事件です!」
本文
こんにちは、あのですね。大事件!で何と氷帝に転入する事になりそうです。
私も急に決まった事で、正直戸惑っているところなのですが…。
急にも急なので、今週中に荷物を纏めて来週の週明けにはそちらに通う事になりそうです。
立海から離れたくないのが、本音だけど。そっちに行く事になったら、長太郎に会う機会もあるかも
しれないから。楽しみかな?
これから少し忙しくなるのでメールも途切れがちになると思うけど。
許してね。今から、荷造りしないといけないので今日はこの辺で。
じゃあ、またメールするね(^^)/
これを読んだときに、やっと貴方に会えるそう思ったんだ。
今まで何度か、会いたいと伝えてきたけどその度にスルリと交わされて来た。
それが、やっと貴方に会える。
昨日何度も宍戸さんに「帰ろう」と言われても待ち続けた俺の気持ちが、分かりますか?
「へぇ…昨日ここに来ていたんですか?」
「……長太郎」
「いえ。大丈夫です、さんにも何か事情があったんだと思いますので」
唯一事情を知っている宍戸さんが、気遣ってくれる。
「あ?事情というか、昨日のヤツ…プ・・・クク…思い出しても笑えるぜ・・・。なぁ、侑士」
「ああ、あれは今時あらへんよな?」
「何ですか、何があったんですか?」
事情の分からないさんの話題に、不快感が巻き起こる。
「ふらぁっとして、倒れそうになったかと思ったら、その理由が何と空腹のせいだったんだぜ?」
「え?空腹……。」
倒れそうになるほどの空腹って、想像出来ないのですが。何処か具合でも悪いんじゃなかと心配していたが、50%当たっていて50%外れていたようで。
宍戸さんが笑いをかみ殺しながら。
「良かったな」
とそう言ってくれたけど。お昼休みにやっとさんに会えるというのに、少しだけ会うのが怖かった。
さん。本当の貴方はどんな人なのですか?
2005.10.14UP