守ってあげたい 55話











時間にすれば、幸村との面会は30分にも満たなかったと思う。
だけど、精神的なものと肉体的なもの両方からの疲れで私はかなり疲弊していた。

幸村と次の面会の約束をして、別れエレベーターから降りロビーを歩いている時だった。

いきなり後ろから手首を掴まれた。


「ッ……。びっくりした」


振り返ると、そこには柳蓮二の姿があった。


「驚かせるつもりは無かったのだが……。すまないな。何度呼んでも反応が無いようだったのでな」

「この間からびっくりしてばっかりだね。呼ばれてたの、全然気がつかなかった。こっちこそ気がつかなくて…ごめん」


ボーっとしていたようで、柳の呼ぶ声も気がつかなかった。
疲れて思考能力低下している時は、聴力まで鈍くなるようだ。


「約束どおり、来てくれて感謝する」

「ううん。私も気になってたし、気にしないで」

「幸村の様子はどうだ?」

「病気あまり良くないみたいね。私自身以前の幸村の事、ちゃんと知ってる訳じゃないけど、かなり追い詰められている気がするわ」


すぐ正気に戻ってくれたけど、自らの手をベットの柵に打ち付けたあの時の幸村の様子は尋常じゃなかった。どこか狂気すら孕んでいたように見えた。

さっき起きたことを、ストレートに柳に伝えるのは幸村に対しての裏切り行為に思えて詳しくは言えず、ぼやかして言うしかなかった。


「幸村の病気は、手術をすれば治るらしいのだが……」


そこで一端言葉を切り、柳は言いずらそうに口ごもった。

原作どおりなら、幸村は手術を受けて再び元通りの身体を手に入れる。なので、あまりその手術の事についても深く考えていなかった。


だけど――――。


「手術の成功確立は、20%。失敗すれば二度とテニスは出来なくなると言われている。だから、幸村が追い詰められているとしたらそのせいだ」


その言葉を聞いて、頭を鈍器で殴られたような衝撃があった。
私にとって、幸村の手術は通過点としか考えていなかった。描かれていなかった部分にこんな裏話があるとは思わなかった。

幸村にとって、テニスが掛け替えの無いものだろうことは容易に想像出来る。
それを失うかもしれないということが彼の精神にどれ程の負担をかけているのだろうか?

ふっと先ほどの狂気を孕んだ笑みを見せた幸村の顔が脳裏に蘇る。


「そう、なんだ。そんな大変な手術だとは知らなかったけど。幸村と約束したの」

「約束?」


主語の無い言葉に鸚鵡返しで、柳が問いかえしてくる。


「側に居るって約束したの。と、言っても手術までの期間だけどね」

「………が側に居てくれるなら一安心だな」

「幸村にとって本当に側に居て欲しいのは、“私”じゃないだろうけど。マガイ者でも居ないよりマシよね」


何処か自虐的な気分でそう言っていた。


「そんな風に言わないでくれ……。貴方がであることは変わりないのだから。…いや、そんな風に言わせてしまったのは俺達のせいだな」


であることは変わりない。柳がそう言ってくれた言葉が嬉しかった。
前と違い私自身を否定しない彼の言葉が嬉しくてたまらなかった。


「そんなつもりで言ったんじゃないわ。だから、気にしないで」


だから、殊更明るくそう言って笑う事が出来た。
私のそんな様子を見て柳も安心したように微笑ってくれた。


「それにしても、随分遅い時間に来たものだな?」


そう問われて、少し返答に困る。
実際こっちに来たのは、14時前くらいだが貧血のせいで仁王の家に寄り道していましたなど言えるはずもなくって。


「本当は、もっと早く来るつもりだったのだけど。ちょっと用事が出来ちゃって」


などと、曖昧に誤魔化すしかなかった。
歯切れの悪い私の返答に、何か問いかけようと開かれた唇は結局言葉を紡がれることは無かった。


「……。そうか、なら仕方ないが。今から帰るのであれば、帰りの時間がかなり遅くなるのでは無いのか?」

「家の方は、父さん殆ど家に帰ってこないから大丈夫」

「そういう意味ではなく、女一人夜道を歩くのは危ないと言ってるのだ」

「あぁ、そういう意味ね。駅から家近いから平気よ」


徒歩5分以内に家のマンションに帰れるから、何の気なくあっけらかんとそう言っていた。
私がそう言うと、ふぅっと小さなため息を柳はついた。


「ともかく、今度からこんなに遅い時間にならないように」

「了解」


心配してくれているらしいのは分かったので、逆らわずに返事をしておいた。


「それに、顔色もすぐれないようなので体調管理にも気をつけるように」


小姑の小言のような言葉に思わずクスリと笑いがこぼれた。


「そっちも、気をつけとく。柳はこれから幸村のお見舞い?」

「そのつもりだったが、今日は予定を変えてを送っていく事にする」

「え、どういう意味?」


予想外の言葉に、慌てて問い返すと。


「迂闊なのは歳を取っても変わらんらしいな。外を見てみろ?」


そう言われて、外を見ると薄暗くなってきていた。時計を見ると20時近くなっていた。ちょっと話し込みすぎたようだ。


「一人で帰れるから平気よ。駅まで一本道だし」

「………。送っていく」


何処か憮然とした表情でそう言われて不承不承頷いて送ってもらう事になった。
20分ばかりのその道程を、柳と二人連れ立って歩く。



と連れ立って歩く柳の表情は、柳を知る人間が見たならびっくりするほど穏やかで優しい顔をしていた。


はそんな事などつゆ知らず、居心地の良い様な悪いような不思議な気分を味わいながらその道を歩いていた。








 





2006.04.23UP

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