守ってあげたい 53話












その日の夕方6時を回る頃、私はやっと幸村が入院している病室にたどり着いていた。




あれから仁王のシャツを濡らす程子供みたいに声をあげて泣いて、ひとしきり泣き終わった後に。
私の顔を見た、仁王がプッと噴出した。


「?」

「鏡見てきんしゃい」


そう促され、洗面台で顔を見ると泣きはらしたせいで目と鼻は真っ赤で、おまけに鼻水まで出ていた。

色気の無いこと甚だしくて、目の腫れと鼻の赤みの緩和の為と、気まずい雰囲気を誤魔化す為に、バシャバシャと冷たい水で顔を洗った。

顔を洗った後に、スっとタオルを差し出され。
振り返るとそこには食えない笑みを浮かべた仁王が居た。

受け取って顔を拭いつつ。


「……。ありがと」


短く礼を言う。


「好きなおなごに、胸を貸すのは当たり前の事やき。気にせんでええ」

「わ、私がお礼を言ったのはタオルに対するお礼で……。」

「ああ……。さっきん事は無かった事にしたいちゅう事かの?」

「そうじゃない。ただ、ちょっと恥ずかしくて……。」


声を上げた泣いた事なんて、本当何十年ぶりだろうって感じだった。
誰かの胸にすがり、受け止めてくれる人が居てその人の胸の中で流す涙のなんと暖かい事か…。

暗闇で一人流す涙とは、まるで違っていて一人じゃないそう感じられるだけで心の奥底から温まる思いだった。


「女が25にもなると、声をあげて泣くやなんて出来ん事なんかのう?」

「他の人は分からないけど、少なくとも私は出来なかったわ。人に寄りかからないで生きていこう。ずっと、そう思っていたから」

「誰にも寄りかからんで、生きていく……。口で言うほど簡単な事やないぜよ」

「そうね……。でも、向こうの世界に居た時はずっとそうしていたから。だから大丈夫だと思っていたんだけど、こっちに来て私弱くなったのかもしれない」


こっちの私は、周りに沢山支えてくれた人が居た。それに比べて、私の過去にそんな人は一人も居なかった。この世界に居た私に、嫉妬してしまいそうになるほど妬ましかった。

私には与えられなかった、暖かい腕。暖かい言葉。

成り代われるものなら成り代わりたい、そう思う自分が心の片隅に居て。
それを認めてしまったら、自分自身が消えてなくなりそうで恐かった。


「弱うなったんやなくて、それが当たり前じゃ。一人で生きていける人間なぞおらん。皆だれかしら、他の人間に支えられて生きちょる。俺ん言わしたら、向こうに居ったは無理しちょったそう思うぜよ」

「…無理してたのかも、しれないわ」


ずっと誰かに気がついてほしかった。自分の感情すら巧妙に騙す術を、覚えてしまっている私は、辛くても『大丈夫』まだ私は『幸せ』そう思い込む事ですべての感情を閉じ込めていた。

そうやって、誰にも気付かれないようにしていても尚誰かに気付いてほしい、そんな勝手な思いを心に抱いていた。

だからこそ、健司との恋がうまくいかなかったのだけど。


「25歳のがどんな人生を歩んできたのかは、俺には分からん。やけんど、俺もも現在(いま)ここに居る。俺は、見んフリも知らんフリも出来ん。好きな女が痛がって泣きよったら何処んでも駆けつけて抱いちゃる」


どうしてこの人は、私の欲しい言葉をくれるのだろう。

こんな風に言われると、私はどんどん弱くなってしまう。ずっと一人で立って来たのに、誰かに寄りかからないと生きていけない女になんてなりたくないのに……。


「私は、仁王の事何も知らないわ」

「教えちゃる」

「仁王も私の事何も知らないでしょう?」

「さっきも言うたが、おまんが思うちょるより、知っとるつもりぜよ。そんで、足らん分はが教えてくれればええ。分からんかったら、分かり合えばええ。簡単な事ぜよ」


『詐欺師』との二つ名を持つ男は、こともなげにそう言って微笑う。


「後は、そうやの。必要なんは、勇気くらいかの」

「勇気って何?」

に必要なんは、俺ん胸飛び込む勇気やろ?」


そう茶化してくるので、それに便乗して笑って誤魔化した。
そこで明確な答えは何も出さなかった。いえ、出せなかった。

臆病な私は、仁王を信じる事も跳ね除ける事も出来ずにいたのだ。













その後仁王と携帯の番号とアドレスを交換し、病院へ送るというのを丁重に断って一人幸村の待つ病院へ来た。

仁王の配慮のおかげか花も枯れずにすんでいた。



コンコン



「どうぞ」


この間と変わらない幸村の声。それに立ちすくみそうになる自分を叱咤して、扉を開いた。














仁王side

気を失ったを抱え上げ、そっとベットに下ろす。
空調を低めに設定して、タオルケットをそっとかけると苦しそうなの息が和らいだ。

眠るを見て、其処が自分のベットの上という事で少しおかしな気分になりかける。


見慣れた自分のベットの上に眠る


ありえない状態で、ありえない状況。そこで眠っているのは病人で、おかしな気持ちを抱く事など不謹慎だと思ってはいても自分のベットで眠る少女を見てあらぬ妄想をしてしまいそうになる。


「…顔でも洗うてくるかの」


冷水でしっかり頭を冷やしたはずだった。
だが、しばらくして目覚めたを見てたまらず口付けてしまった。

キスを拒まれなかったので、調子に乗ってファスナーに手をかけようとするとそこはあえなく拒否されてしまった。


まぁ、当たり前ちゃ当たり前やの


いくばくかのやりとりの後、はずっと気を張っていたのか幼子のように声をあげて、泣いた。
そんなを見て、熱が冷めるかと思ったが幻滅する所かたとえようもなく愛おしく感じられた。

がどんな人生を歩んできたのかなぞ、想像もつかないが俺が今まで会った女の中で誰にも寄りかからず一人で生きる、そんな気概を持った女は居なかった。

誰も彼も、女は人に甘えて寄りかかることが当たり前そんな女とばかり付き合って来ていた。

つっぱって、無理しているだからこそ甘やかしてやりたい。

そう強く思った。

甘やかして、甘やかして他の男など目にはいらなくしてやりたい。


に必要なんは、俺ん胸飛び込む勇気やろ?」


そう冗談めかしに言いながら、目の前の女を取り込むべく微笑みを浮かべた。

こわごわ、俺を見るその瞳が信じてもいいの?そう問いかけているようで、それが微笑ましくて愛おしくて、俺はいっそう微笑みを深めた。

その後、送っていくという俺の言葉を丁重に断りは一人病院へと向かった。

ふと独り言がこぼれ落ちる。
目の前に居ない、幸村への言葉をつぶやく。


「のう、幸村。おまんが、あくまでおまんの“”を求める限り。は手に入らんぜよ。俺には過去とか、未来とかどうでもええ。今ここに在る大切な存在を大切にするだけじゃ。今回は負ける気はせんけえ、覚悟しときなあせ」


そう呟いた後、さっきまではただの鉄の塊だった携帯だが今は愛する女へと繋がるアイテムに化けた。
それを愛おしそうに撫でた、そんな自分自身を哂った。


クスクス笑いながら、ベットに転がるとの残り香がしてそれに目を細めた。


―――――早う、俺の胸の中飛び込んで来んしゃい。


の香りを抱き、へと繋がるモノを握り締め――そして、今幸村の元に居るだろうの事を思った。








 





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