守ってあげたい 50話 跡部side











俺がそれを見たのは、本当に偶然だった。

昼休みの開いた時間に、生徒会の仕事を済まそうとこの間行われた、地域交流対抗戦の報告書を書いていた。

比較統計を取る為に過去の資料が必要で、生徒会執行部の役員にその資料を持って来させていたのだが実際その資料を使おうとした時に、年度が間違っている事に気がついた。


「チッ、使えねえな」


呼びつけてもう一度取りに行かせようとも思ったが、それをするのも面倒で気が進まないながらも、自ら資料室に行く事にした。

特別教室棟の3Fの一番角の部屋の資料室にたどり着き、扉を開くと締め切った暑さと埃臭さが相俟ってムンとした熱気と臭気で、たまらず窓を開く。

さわやかな風が入ってきたので、その窓はそのままにとりあえず資料を探す事にした。
ほどなく資料は見つかり、部屋を出る前に窓を閉めようとして何気なく下を見ると。

そこには、木陰の中丸まって眠るとそれをやさしく見守る忍足の姿を発見してしまった。
声を発する事も、どうする事も出来ずにいると忍足はの髪を撫でその額にキスをしていた。

その光景は恋人同士そのものの姿に見えて、カっと自分の頭に血が上るのが分かった。
それ以上その光景を見続けると、嫉妬で胸が焼ききれそうになる、そう思い。

乱暴に窓を閉めた後、その場から逃げるように去った。


5時間目の授業には出席して居なかった。


今この時も、忍足と一緒にいるかもしれない。そんな想像が容易に出来てしまって、その時間の授業は全く頭に入らなかった。

もとよりを諦めたつもりは無かった。

どんなに長い時間がかかっても、最後にを手に入れられればそれでいい。
そう思う事で、胸を焦がすこの思いを紛らわせ、やり過ごしていた。

あの時、は俺も忍足も選ばず。一人で居る事を選択した。
だからこそ、手を離す事が出来た。誰のものにもならないからこそ平静でいられた。

だが、それが崩れようとしているかもしれない。

誰のものになっても、最後に自分のモノになればそれでいい、そんな思いは虚勢であって虚飾であったことを思い知り、苦い思いをかみ締めていた。
放課後忍足の姿を見るなり、場所も気にせずその場で問いかけていた。


「どういう事だ?」

「は?何やいきなり、すごい剣幕で」

「昼休み、誰と何処に居て何をしていたか説明出来るか?」

「ああ……。何や、見てたんか。それより、ちょっと移動せえへんか?」


その言葉にやっと、周囲を見る余裕が出来て辺りを見回すと部室前で話をしていたせいかファン共の女達が興味津々でこちらを見ていた。

共に部室の中に入り、トレーニングルームで話を続ける事になった。


「お前達は俺に隠れて付き合っていたのか?」


切り口上でそう言った俺の言葉を聞いて、忍足は苦笑を口元に刷いた。


「そやったら、幸せなんやけどなぁ……。残念ながら、妥協しただけや」

「妥協?」

「恋人として、側におられへんのやったら。せめて友達としてでも、一緒におりたい。そう思ったから、そのマンマそう言っただけや。」

「…………。」

「まぁ、あないな終わり方して、こないな手使うなんて卑怯だと言われてもしゃあないのかもしれなぁ…」

はそれを許したのか?」

「優しいからなぁ、はホンマ残酷なくらいに。俺が辛い、そう言うたら受け入れてくれたわ。その調子で、恋人になってくれたら世話ないんやけどなぁ」

「お前はそれで、満足なのか?」


俺のその問いかけに忍足はクツリと笑う。


「勿論そんな気あらへんよ。跡部には悪い思うけど、最終目標は恋人のつもりやからは誰にも渡さへんよ」

「俺はそんな偽りの関係なんて欲しくねぇ」


友達に成り下がるなら、側に居られなくてもかまわないそう思った。


「跡部は強いなぁ。俺は弱いからこんな決断しか出来へんねん」

「俺はイイヒトで終わるような関係に、なりたくねぇそう言ってるんだ」


強いか弱いかなんて、関係などあるものか。
ことがからむと、俺も驚くほど脆く弱くなる事を自覚している。

だが、どうしてもこれだけは譲れないそう思った。


「イイヒトでも何でもかまへんから側に居りたいだけやねん」


こんな気持ち跡部には分からんかもしれんなぁ、そう苦笑まじりに忍足がそう続けても俺は黙したままだった。

忍足の気持ちなら、同じ女を愛したもの同士分かりすぎるほど分かっていた。

だが、俺と忍足とで違う点を述べるならに愛された者と、偽りの愛を向けられた者との差とでもいうのだろうか?

一時愛する女を手にしたという点は同じだろう、だが俺がを手に入れても心は手に入らなかった。身体は近くにあっても、心は遠く。それがもどかしくて完全に手に入れたくて俺はいつも渇望していた。

俺が同じように友達に戻ろう、そう言ってもきっとは受け入れてくれるだろう。

だが元々、恋に発展してない関係だった俺達だったのにそれを今更友人にランクを下げるなどそんな事出来る訳もない。


俺と奴とでは、との心の距離が違う。


俺がと友達になったら、それで終わりだ。
多分二度と、恋人にはなれない。そう確信していた。だからこそ、偽りの関係は欲しくないそんな言葉が漏れたのだった。












それから2日後、ふいにがテニスコートへと現れた。
立海大の制服を着た、男を案内しているようで親しげに話している姿を目にした。

そこには、俺の知らないが居て。
ただこうして見つめている事しか出来ない自分の立場に少しだけ嫌気がさす。

じっと見つめていると、と瞬間視線がかち合ったのだが目を逸らされてしまった。


――――――それでいい。


忍足とのように微笑み合うような関係じゃなくてもいい。
俺を見るたびに目を逸らし、表情を強張らす。そうやって意識し続けていてくれる方が友達に戻る事より100倍マシだ。

そう思える。

立海大の奴と連れ立って、去っていくの後姿を注視している忍足に俺は声を掛けた。


「おい、忍足。試合形式で、勝負しようぜ?」

「勝負?何のや?」


その問いかけには微笑って答えなかった。
俺の表情を見て、悟ったのか忍足はそれ以上俺に問わなかった。


「実践は、まだ先やから。模擬戦っちゅう訳なや」


そう言って、忍足はニヤリと笑った。



俺は俺のやり方で、お前を思っていく。

その思いの強さを込めて、スっと空にトスされたボールを俺は強く、向こう側のコートに叩き付けた。












試合が終わり、そう言えば気になっていたのでそれを忍足にぶつけてみると。


「忍足、そういやお前にキスしてなかったか?」

「……。何や、見てたんかいな。が無防備に寝てたから、つい出来心でしてしもた。口にはしてへんから、ギリギリセーフやろ?」


悪びれず笑う忍足に、メラメラと嫉妬の炎が燃え立った。


「てめぇ、グランド100周してこい」

「そんな、職権乱用やないか!」

「200周がいいのか?」

「…ひゃ、100周がええに決まってるやん」


ブツブツ言いながら、走り去っていく後姿を見送りながら俺は少しだけホっとしていた。

関東大会が迫っているのに、俺と忍足はを挟んでライバルになってからは何処かギクシャクした空気を纏わせていたのだ。

今日話してみて、お互いのへの思いは変って居ない事が分かった。

だが、同じ状況に立たされたもの同士妙な連帯感が生まれていた事に気付いた。
それが、ギクシャクしていた俺達の空気を元に戻すきっかけになった。




西に傾きつつある、夏の日差しを浴びながら俺は最後の夏の大会を悔いなくすごせるであろうことを予感していた。









 





2006.03.28UP

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