守ってあげたい 49話












目が覚めて、私はこの前と同じように千石の目が覚める前に脱走するつもりだった。
だが、今回は成功しそうに無いらしい。
『おしおき』その言葉どおり、度を越して責められた為に腰に力が全く入らない。


「イタタタタタッ」


腰を抱えて、ベットの上でもんどり打っていると。
その騒ぎで、千石が目覚めてしまったようだ。


「…うんっ…お…はよう、て言ってる場合じゃ無さそうだね。逃げ出そうとするから、バチがあたったんだよ」


あんだけヤっといて、良かった訳だ。にっこり微笑んでそう続けられて、何だか背筋が寒くなりました。

あれ?千石ってキャラ的に黒い訳ないはずよね……。

そんな場違いな事を思い出しつつも、どうやって逃げようかと考えるけど腰から下が他人みたいな状態ではどうすることも出来ないみたいで……。


「あはは……。帰ろうとした訳じゃないのよ。ただちょっと、シャワーを浴びようとしただけなんだけど。腰が抜けて、立てないのよ」


本当は、こっそりシャワーを浴びた後にさっさと逃げるつもりだったけどその辺は割愛してしまった。
笑顔が恐いっていうのはこういう事なんだっていうのを、思い知りました。


「ああ…。シャワーね。なら俺が入れてあげるよ」


そう言って私の了承も取らないで、有無を言わさずに俗にいうお姫様だっこの裸バージョンで運ばれて洗われた。
ついでに、言えないような事をあれやこれやされてしまいました。

お風呂の湯船の中で、のぼせそうになりながら無理やり誓わせられた事があって。
テニスが忙しくなりそうだから、流石にBARで待ち伏せが出来なくなるのでメールや電話を無視しない事をしつこいくらいに誓わせられた。


「も、分かったから。お願いだから、もっ抜いて…んっ……」

のその言葉ってイマイチ信じられないんだよね。一度逃げられてるからかな?」


ちゃぷちゃぷお湯が波立つくらいに、激しく責められて。
絶対に無視したりしませんって何度も誓わされた。

当然そんな事をされてしまって、私の腰が立つ訳も無くて。
ラブホを出たのはその日の夕方になってしまった。
そんなこんなで、千石とメールする仲になりました。

と言っても、1日2、3回他愛も無い内容でメールのやりとりをするくらいで特に今までと変わりない感じだけど、千石にしてみたら私と連絡が着く事がかなり嬉しいらしい。

2日に1回のペースで電話がかかって来て、「好きだ」とか漏れなく口説かれたりするけど彼とのそんな言葉のやりとりを楽しんでいる自分も居て、千石の事もしかしたら好きになったのかな?

そう思う事もあるけど、それが“逃げ”であることは分かっていて。
嘘の上に塗り固められた関係が長続きしないことは私は心の何処かで分かっていた。













そんな日々の中、1通のメールが着信した。
千石かな?と思いつつメールを開くとそれは、幸村からのようで……。



from幸村
Sabこんにちは
―――――――――――
この間は来てくれて、あ
りがとう。嬉しかった。
あの時は動揺して追い返
すような事、言ってごめ
ん。
許されるなら、もう一度
会いたい。




幸村からのメールが入った瞬間、係わり合いになりたくないそう思ったけど、メールの中の言葉で『もう一度会いたい』その言葉を見て、嬉しいと感じる自分が居て複雑な気分になった。

この嬉しいと感じる、感情は“誰”のモノなのだろうか?

私自身の、幸村に対する感情とも思えなくて……。
私の中の15歳の私の記憶がそう感じさせるのだろうか?

いくら考えても、答えなど出るはずもない。だけど、この胸の中のモヤモヤの正体をハッキリさせる為にも、彼――幸村に会いに行くべきなのか?

そんな事をツラツラと考えながら、一人下校していると校門を出た所すぐの場所で男の声に呼び止められた。


、久しぶりだな」


何処かで聞いた声だと思って振り向くと、そこには『達人(マスター)』こと柳蓮二が居た。


「ッ…びっくりした。ひ、さしぶりだね」


気配のさせない登場の仕方に、思わず息を呑む。


「この間、幸村の所に行ったそうだな」

「え、ええ。切原君と丸井が知らせてくれて、お見舞いに行ったわ」

「俺達には、挨拶も無しなのか?」

「ごめんなさい。何だか気まずくって。幸村のお見舞いだけして帰ちゃった……」

らしく無いな……。まぁ、いい。そんな事より今日は氷帝に偵察に来たのだが、良かったらテニスコートまで案内してもらえないか?」


問いかけているようで、その声音には有無を言わさない響きがあった。


「テニスコートまで?…いいわよ」


先ほど言われた、『らしく無い』という言葉で動揺していた私はあまり深く考えずにテニスコートまでの案内を引き受けていた。


「テニスコートは、グランドのすぐ奥にあるんだけど。入る階段が奥側にあるのよ」


テニス部の練習は一度も見に来た事は無いのだけど、体育の授業でテニスのカリキュラムも組み込まれていたので、場所の把握は出来ていた。


「ほぅ……。施設はうちと同じくかなり充実しているな」

「今日は、ちゃんと許可取って偵察に来たんだね」


マンモス校なので他校の生徒などが、構内に許可なく入る事は出来ない決まりになっている。校門横の警備室に書類を見せているのを見たので、計画的に今日偵察に来たという事が分かったのだ。


「ああ。今日来る事は大分前から決まっていた事だ」


当たり障りの無い話をしながら、テニスコートまでの道のりを歩いていると他校の制服の生徒を連れているせいか、はたまた私が中途半端に有名なせいかテニス部のファンの子達の視線をメチャクチャ感じていた。

柳もそれを感じているはずなのに、何も感じていない風な涼しい顔をしている。
間近で見ても、本当に目が閉じていてこれでどうやって視てるんだろうとか思ってしまった。

そんな私の目線を感じたのか、クスリと微笑まれてしまった。


「場所、分かったみたいだから私は帰ってもいい?」

「構わないが、もうちょっと話て行かないか?」

「話?」


軽く頷く姿を見て、何だか良くない予感がする。
身を翻して逃げ出したい思いを押し殺して、何とか笑って「いいよ」とそう返していた。


「幸村が、気になることを言っていた。それを聞いて、俺は確かめに来た」

「……………。」

「『俺の好きだった。はもう居なくなってしまった』そう言ってたのだが。この言葉の意味が分かるか?」

「わ、からないわ」

「仁王から聞いてただろうが、が跡部や忍足と付き合っていたという事は俺も知っている。だが、幸村はその事はまだ知らないはずだ。なのに、何故そんな言葉が出るのか?それが疑問でな」


良かった。

幸村や、仁王が私の事話した訳じゃないんだ。それだけでちょっとホっとした気分になった。
でも、『達人(マスター)』と呼ばれるほどの洞察力を持つ人間を私みたいな凡人が黙りきれるかというとそれに対しての答えは【否】だった。


「とりあえず跡部や、忍足の事は話して無いわ。病床で余計な心配事かけないほうがいいと思って」

「ほぅ……。所でその髪は、何故切ったんだ?」


立海メンバーに会えば、会う人事に問われる問いかけ。
これほど、聞かれるという事は過去の私は余程髪を大切にしていたのだろうか?
思わず、そんな憶測をしてしまった。


「幸村には、言わなかったんだけど。ちょっと、イザコザがあって切られちゃったの」


だから、自分で切った訳じゃないの。そう続けると、驚いたのか柳の切れ長の瞼から一瞬だけ瞳が覗いた。


「…そうか。後一つだけ聞いてもいいか?」

「うん。いいよ、何?」

「実は俺は氷帝に偵察に来たのは初めてじゃない。前回は、と一緒に来たのだが覚えているか?」

「……………。」


覚えていない、そう答えられる事が出来たらいいなとは思うけど。
静かにこちらの様子を見ている、柳に言い訳が通用するとは思えなかった。

確かに柳と一緒に偵察に来た、そんな過去の日記を読んだような記憶があった。
だけど、とっさにそれを思い出して切り返すのには無理があったようだ。

一度来ているなら、柳ほどの人間なら場所など覚えているだろう。なのに、あえて案内を私に頼んだのだから、本来なら「覚えてなかった?」等の会話をしていなけばいけないはずだ。


「わかった。全部話すから、ここじゃギャラリーが多すぎるからちょっと移動しよう」


周りのファンの子達がチラチラとこちらを伺っているのが分かっていたので、当たり障りの無い交友棟に行くことにした。
無難にコーヒーを買って、一息ついた後に私はゆっくりと話し出した。

幸村や仁王にしたのと同じ話を繰り返していた。
15歳の身体に25歳の精神がやどっているという話を、出来るだけわかり易く話した。


「成る程な。それで幸村はあんな事を言った訳だな……。だが、俺的な見解を述べさせてもらうと。解離性同一性障害か、記憶障害という線の方が濃厚だと思うのだが?」

「簡単に言うと、二重人格か記憶喪失じゃないか?そう言いたいのね」

「ああ。話して居て分かった事が一つだけある。まっすぐ人の瞳を見て話すという点は違うが、話し方やしぐさ表情は俺の知っているそのものだ。その点から考えての結論なのだが……」

「ここに、こうやって居る私の頭が可笑しいそう言いたいのね」


これが普通の反応で、あっさり信じてくれた幸村や仁王の方が珍しいのかもしれない。
15歳の身体に25歳の精神が宿るだなんて、奇想天外な話すんなり信じてくれる訳もないのだ。

それを思い知らされて、口元に苦笑が滲む。


「でも、残念ね。似ているのは当たり前でしょ?15歳でも25歳でも同じ私なんだから」

「いや、正確には同じではないだろう?貴方の過去には俺達は居なかった。先ほど、そう言ったはずだ」


そう言われると、確かにそうで思わず黙り込んでしまった。
人間の性格などは周りに左右される事もあるから、一概に違うとも言えない。


「もう一つ、推論を立てるとするなら。今現在も俺達の知る、“”は貴方の内側に居るそう考えるのが妥当だと思うのだが」

「私の中に?」


ずっと疑問に思っていた。私がこっちの世界に来て、15歳の私の心は何処に行ったのだろう?その疑問はいつも浮かんでは消え、もしかしたら自分が彼女の居場所を奪ったんじゃないかそんな強迫観念まで持っていたので一緒に居るかもしれない。

そう言われて、嬉しいような恐いような変な気分になった。


「推論でしかないのだがな」

「………。誰にも言えなかったんだけど、最近ずっと過去を夢に見るの。部活の風景やら、学校の日常とか、そんな夢を繰り返し繰り返し見るの」

「ほぅ、そうか……。現時点で何とも言えないが、俺の方でも調べてみよう」


情報交換の為に、メアドとケー番を交換して。先ほどの幸村からのメールの事が気になっていたので、柳に尋ねてみた。


「さっき、幸村からメールが来たんだけど。『会いたい』って言われちゃったんだけど。幸村の会いたい私じゃないけど、行ってもいいと思う?」

「幸村は俺達には弱音を吐かない。現在の状態ででも、『会いたい』そう言わずにはいられないほどに幸村は追い詰められているのだろう。こんな事を頼める状況じゃないのは分かっているが、幸村の力になってやってくれ」


そう言われて、頭まで下げられてしまった。

その言葉で、幸村にとっての私というポジションが心の拠り所だということが分かって尚更罪悪感に苛まれた。


「分かったわ。土日にでも、また幸村の所に顔を出すようにするわ」


自分が幸村の側に居る事で、力になれるのならそう思い返事をしていた。

それから、偵察を続ける柳とそこで別れることになった。

去っていく私の後姿を柳がじっと見つめている事に、私は気付かなかった。






 





2006.03.26UP

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