守ってあげたい 47話












過去の自分と現在の自分、同じ人間であって違う部分があるのは在る意味当然だけど、決定的に違うのは過去に自分が居た世界と、15歳の私が居たこのテニスの王子様の世界とでは違う部分がありすぎる。

過去に私を支えてくれた人は居なかった。
同情されるのが嫌で友達にも、誰にも言えずにいた。

辛くても無理しても微笑って日々を生きていた。
毎日シンと静まり返った家へ一人帰り、孤独に押しつぶされそうになりながら暗闇の中ひざを抱え一人朝を待っていた。

一睡も出来ずに朝を迎えるだなんてザラにあることで、一人暗いため息を吐いて泣きたい気持ちを押し殺して生きていた。


振り返っても、母さんが死んだ中学生時代にはロクな思い出は無い。


どうやら、こっちの世界の私の方が幸せだったようだ。
愛してくれて支えてくれた人達が、いたみたいだ。
それは主に、幸村をはじめとするテニス部の面々だったらしい。

母さんが死んだ前後の日記は書かれていないけど、その後の日記を見るとそんな記述があった。
それを読んでも、他人に起こった出来事を読むようで実際自分に起こった事としてとらえるのは無理だった。

既に私の中では、10年以上前に起こった事で悲しみも苦しみも過去の思い出として昇華したはずだった。だけど、ここの私にとってはまだ生々しい傷なのだろう。

幸村と会って、引きずられるようにまた夢を見た。









母さんの葬式の後、気が張っていた私は泣くことが出来ないでいた。


「わざわざ、ありがとうね」

「ううん。本当は皆来たがったんだけど、それだと大人数になるから俺と真田だけにしたんだ」

「真田は?」

「…先に帰らせたよ」

「ふうん。どうして?」

の為かな?」

「私の為?」

「うん」


そう言うと何も言わずに、ぎゅっと抱きしめてくれた。


「ほら、こうするとの顔見えないでしょ。しばらくこうしててあげるから」


だから泣いていいよ、そう続けられてやっと涙をこぼすことが出来た。

ゆっくりと背を撫でられ、宥めるように背を叩かれる。その慈愛に満ちたしぐさに尚更嗚咽が増した。
幸村の体温と温もりに包まれて、涙が枯れるほど泣いてそのまま泣きつかれて眠りについた。






優しすぎる過去の夢。

今更何故私がこの夢を見ないといけないのだろうか?
実際には体験していない私に、過去を教えるように蘇ってくる記憶。

もしかしたら、今私の記憶はニセモノかもしれない。
そう思うと、自分が生きてきた25年の人生すべてを否定されるようでいいしれぬ不安に襲われてしまう。


私は誰なんだろう?


こんな事誰にも相談出来なくて、私は一人追い詰められていた。

早朝夢を見て複雑な思いで目覚め、そのまま寝なおす事も出来なくて少々寝不足のボーっとした頭で学校に行き授業を受けてもやる気がおきなくて、サボりを決め込む事にした。


サボる場所にあまりバリエーションの無い私は、例の裏庭に行くことにした。
木立を掻き分けて、入っていくとそこには会いたくて会えないはずの人が居た。


「忍足……」

「もう、侑士って呼んでくれへんのやな」

「どうしてここに……。」

「ぐうぜんちゅうのは嘘やけど。ここにおったら会えるような気がしてな」


仲直りしたときにここで会うたやろ?そう続けらて、あの時の気持ちが蘇りそうになった。


「まぁ、座り」


そう言われて、人間一人分のスペースを開けて横に座った。
忍足は私のその動作を見て苦笑を浮かべていた。


「忍足もサボり?」

「うーん。まぁ、そんな所や。、お前なんや顔色悪いで。具合悪そうやなぁ?」

「ちょっと、寝不足なだけ。最近夢見が悪くってね」


最悪な別れ方をしたはずだったけど、こんな風に前と同じように会話が出来てちょっと吃驚。
嬉しいような、なんだかちょっと複雑な感じ。

こんな風に割り切れるほど、忍足の中ではたいしたことじゃなかったそう言われているようで、場違いに傷ついている自分が居てそんな自分の中を見せる訳にもいかないので、作り笑いの微笑を口に刷いて余所行きの顔を作った。


「夢かぁ……。そら俺と同じやなぁ……」

「へぇ、どんな夢?」


軽い調子で返された言葉に、合いの手を入れるように問い返すと。


を抱く夢や、愛を囁いて溺れるほど抱き合って目が覚めたらお前はおらんねん。とっておきの悪夢やろ?」


皮肉げなその微笑を目の当たりにして、私が思ったのは罪悪感でもなく。

まだ愛されていて嬉しい。そんな醜い感情だった。
振った相手が、まだ自分の事を思ってくれているのを知ってそれを嬉しいと感じるだなんてなんて身勝手なんだろう?

だけど、その時感じたのは愛されていて嬉しいというその思いだけだった。

自分でいて自分じゃない過去の自分が愛されていて、現在ここに居る自分が無視されているそんな感覚に囚われていたので生身の自分を愛してくれる存在を求めていたのかもしれない。


「そんな顔しぃな。抱きしめたなるわ」

「ごめん」

「俺がここにおったんは、を待ってたんや」

「私を?」

「言いたいことがあってな。ずっと考えてたんや、が俺を振ったことの意味とか理由とか。
 何ぼ考えても納得できへんかった。頭では分かっても感情がついていかへんねん」


眼鏡ごしに忍足の澄んだ瞳に見つめらて、今更ながらに鼓動がドキリと跳ねた。

ああ、この人はやっぱり綺麗だ。


「お前を諦めよう、諦めようとすればするほどに夢見は悪うなるばっかりや。
 夢の中のお前は優しゅうて、熱うて蕩けそうで俺を惹きつけて離さへんねん。
 現実とは雲泥の差でこの俺が一生夢見ていたいと思うくらいや」


私も出来るなら、忍足の腕の中に居たかった。そう口に出来るならどんなに楽だろう。
そう思うけど、現実は沈黙を守るばかりだ。


「腐るほど、そんな夢見て俺は悟ったんや。無理に諦めんでいいんちゃうかってな。
 まぁ、今更友達に戻れるかちゅうたらちょっと、キツイかもしれんけど。
 とりあえず、友達からやりなおさへんか?
 顔合わしても、目もあわさん口もきかんちゅうのは結構キツイねん」


妥協してくれへん?そんな軽い口調で締めくくられた言葉は口調の軽さとは裏腹に忍足の苦悩が滲み出ているようだった。

確かに、あんな事があってからは極力顔を合わさないようにしていたけど。それでも会った時はあからさまに避けていた。私のそんな態度に忍足は傷ついていたようだった。


「友達に戻れるかな?」

「戻ってもらわな困るで、これからまたゆっくり口説いていくつもりやしな」


冗談めかしに言われたその言葉に本気が見え隠れしてて、ゾクリと背が震える。

時間がたてば、この人とまた共に歩めるだろうか?

そんな疑問が頭を掠めるけど、不確定な未来に思いを馳せるほど私は夢を見られない。
今は私を好きだと言ってくれていても、人間は心変わりする生き物だから……。


「お友達を口説いてはいけませんよ」


そう冗談めかしにそう言って私は本心を隠した。


「こら、一本とられたな。まぁ、でもとりあえず。友情復活したそう思っといてええな?」

「いいよ。ねぇ、一つ聞いてもいい?」

「ん?何や」

「忍足の目の前に居る私って、本物だよね?」

「何やいきなり、訳の分からんこと聞きよって……。
 こうやって俺の目の前に居ってつれない返事ばっかりする女やったら俺の目の前に居るけど。
 少なくとも、こんな思いさせてくれる女が夢や幻やないんだけは分かるで、
 触れそうで触ったらいかんさんはここに居るで」


自分以外の人の口でここに居る。そう言われて嬉しかった。
15歳の過去の私じゃなく、25歳の心が入った現在の私を求めてくれる存在に出会って何だかホっとしている自分が居た。


「そうよね。変な事聞いてごめん。さっき言ったじゃない、夢見が悪いってだから不安定になってるのかも」

「そやったらええけど……。顔色悪いで、寝不足ならちょっと寝たらどうや?
 起こしたるから」


そう言われて、本当に寝不足で体がきついのでありがたく寝る事にした。
木陰の下に丸まっていくらもしない間に睡魔が襲って来て、私は眠りに落ちていった。








 




2006.03.19UP

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