守ってあげたい 46話 幸村side












彼女と俺の関係は、最初は同じ部活に所属している部員とマネージャーというただそれだけの関係だった。

立海大付属中学のテニス部と言えば、全国にも名だたる強豪で部員数もさることながらマネージャー希望の女子も非常に多かった。

毎年マネージャーだけで30名近い希望者が入るが、残るのは1、2名というありさまで入部希望の動機が、大半が部員目当てとうありさまでマネージャーという存在にさほど期待はしていなかった。

4月が過ぎ、5月6月と過ぎていくごとにマネージャーは減りついにはだた一人しか残らなかった。
同じ学年のマネージャーということで、頼みごとがしやすいということでとの接点は増えていった。

だがこの時点でも、真面目に仕事をこなす彼女に好感は抱いていてもそれは恋では無かった。
不思議に思っていることがあった、真面目な彼女にしては珍しく突然部活動を休んだりすることもあり、日曜の部活には絶対出てこなかった。











その日俺は、親戚の叔父さんの見舞いに普段は来ない総合病院に来ていた。
見舞いが終わり、帰ろうとしていたときに見舞い用の花を抱えたと会った。

何処かバツ悪げな表情に、この出会いをが歓迎していないことが分かった。


「…偶然ね。お見舞い?」

「ああ……。親戚の叔父さんがここに入院しててね。そっちは今から?」

「うん。あっ、お母さん。こんな所まで来ちゃダメじゃない」


俺との話もそこそこに、パジャマ姿の色白で痩せた女性が歩いてきたのを見てあわててが駆け出して行った。


「もう、心配性ね。大丈夫よ今日は気分がいいから。そちらはお友達?」

「えっ、あっ同じ部活の幸村君。親戚の人のお見舞いに来てたんだって偶然ここで会ったの」

「あら、そうなの。てっきりのボーイフレンドだと思ったのに。残念ね」


そう言ってクスクス微笑むその笑顔が、今にも消えそうに儚く見えて一目見ただけが、何故か良くない予感がする。


「もぉ、お母さんったら。ごめんね幸村君、気にしないでね」

「初めまして、さんにはいつもお世話になってます」

「こちらこそ初めまして、の母です。この子おっちょこちょいだから、ご迷惑かけてないかしら?」

「お母さん!もう、変なことばっかり言わないでよ。私幸村君送ってくるから、コレもって先に病室帰ってて」


半ば押し付けるようにして、花束を渡しに背を押される形でその場を後にした。
母親の姿が見えなくなって、すぐは貼り付けていた笑みを崩した。


「ここで会った事誰にも言わないで欲しいの」

「……どうしてって聞く権利はあるかい?」


俺のその問いには、寂しく微笑んだ。


「聞いても後悔しないなら、話してもいいわ」


その返答から、決して楽しい内容じゃないことは分かった。
だが、先ほど見た病的に痩せ顔色の悪いの母を見てある程度の推測は出来ていた。


「後悔なんてしないさ」


そう答えたのは目の前の少女に対して憐憫の情が沸いたからとか人間的な理由ではなく、見て見ぬフリなど出来ない。ただそんな単純な理由であった。


「母さん、長くないの。まぁ、よくある話で癌なんだけどね」

「そう、なんだ」


半ば予想していたので、それほどの衝撃は無かった。


「でも、家族の人が病気っていうのは隠すような事じゃないと思うけど?」


同情をうけることはあっても、わざわざ隠す必要性があるとも思えなくて疑問に感じ、そう問うていた。

酷い言葉を投げつけたつもりは無かった。

だが、の顔がくしゃりと泣きそうに歪む。


「へぇ……。それで、周りの人間に「可哀想ね。あの子のお母さんもうすぐ死ぬんだって」って言われなきゃいけないの?欲しいのは同情じゃないわ。ただ、見なかった事にしてそう頼んでるの」


いつも明るくマネージャーの仕事をこなして、何の悩みも無いだろう勝手にそう思っていた。だけど、それは思い違いであの明るい笑顔も弱みを見せまいとする虚勢だということが分かってしまった。

遠くない未来に、死に行くものを持つ家族としてきっと辛い思いを何度もしてきたんだということがその言葉から分かった。

立海大において部活動もしくは委員会に入ることは必修だった。
きっと何の制限も無いのならはずっと母親の側に居たいのだろう。


「悪かった。そんなつもりじゃないんだ」


ふうと、小さなため息をついてはぐしゃりと自分の髪をかき混ぜた。


「ごめん。八つ当たりした。幸村君は悪くないのに……。ごめん」


小さくごめんと繰り返すその姿があまりに小さく見えて、その姿を抱きしめてあげたいそう思ったのがへの感情の始まりだった。

そこから二人の仲が深まることも無かったけど、離れることも無かった。

あれから何度も偶然を装って、病院に通いの母とも顔見知りになってつかの間だけど穏やかな時間を3人で過ごした。

そうしていくうちに、強固な彼女の心も解け心からの微笑みを見せてくれるようになった。


は最初感じたように、明るいだけの少女では無かった。
辛いときにこそ微笑う事の出来る、強くて悲しい子で支えようと手を伸ばしてもそれを打ち払って一人で立とうとする痛々しい面さえ持っていた。


「ありがと。幸村が来てくれたから、母さんも喜んでる。でも、無理して来て欲しくない」


夕暮れ時まで、病室で過ごして二人で帰る帰り道。ふいにはそんな事を言い出した。


「人が、人に頼ったり弱みを見せたりすることって悪い事かな?」

「………………。」

「100%同情じゃないとは言わない。だけど、友達を支えてあげたいそう思うから。俺はこれからもここに来るよ」


の父親はかなり忙しいらしく、殆ど見舞いに来ていないらしい。たった一人で、死を待つ母親の側に居ることがどんなに辛いことなのか想像出来ないほど俺は馬鹿じゃない。


「わ、たし誰かに頼ってもいいのかな?迷惑じゃない?」


歩みの止まったを振り返ると、アスファルトに水滴が落ちてゆく様が目に入った。
胸が詰まる。この感情が、同情なのか何なのかその時の俺は分からなかった。

ただ、この少女の力になりたいそう思った。


「迷惑じゃないよ。は大切な仲間だから」


精一杯の優しさを込めてそう言うことで、を受け入れた。


それから、色んな事があった。


の母が逝き彼女の病院通いは終わり、俺たちの密会も終わった。


しばらく沈んでいた様子の彼女も、日々をすごしていくうちにその明るさを取り戻していった。

そんな中俺達の関係は変わらなかった。
いや、あえて変えなかったというのだろうか?

彼女が俺を好いてくれているのを、俺は知っていた。
二人過ごした日々がその思いを育んだであろうことは分かっていた。

また、同じくらいいやそれ以上に自分自身がに惹かれていることは分かっていた。
手に入れ、愛すれば片時も離したくないほどに自らが溺れていくだろうことも分かっていた。

だから、何も告げず。何の約束もしないでいた。
そうしないでも、ずっと傍らに在る。そう信じていた。

今日と同じ明日が、ずっと続いていくそう思っていた。
この夏の大会が終わった時、その時にこそこの思いを告げよう。

勝手にそう決めていた。


だが、ある日突然彼女は消えた。


教師に聞いても、家の都合の為に転校した。新しい連絡先も、個人情報保護の為に教えられないと突っぱねられた。
本当に親しいなら、あちらから連絡があるはずそう言われてしまったらこちらは黙るしか無かった。

そんな矢先、俺自身が病魔に倒れあの病院へと入院する羽目になった。
自由にならない手足に苛立ちながらも、それを表面に出すことは無かった。

訪れる友達や家族にも、たいしたことなどない。そんな風に振舞っていた。
取り乱すことなど、自分自身のプライドが許さなかった。

自分自身の弱みを見せることが出来るのは、だけ。そう心に決めていた。
きっとなら、同情でもなく自然に側に居てくれるそう思うから。

だから、尚更に会いたかった。

辛いときほど微笑む事の出来る、そんな彼女に会いたかった。
柳から、週末にが来る。そう告げられて、俺は今か今かとみっともないくらいにの訪れを待っていた。

そんな中は現れた。


「久しぶり。ごめんね、ずっと連絡出来なくて」


まっすぐに俺を見るの目線に、違和感を感じつつも久しぶりに会えた。その思いで胸が一杯になった。


「来てくれたんだ。髪短くなったんだね。……もう忘れられたのかと思ってたよ」


久しぶりに会ったの髪が短くなっていた。それにも吃驚していた。
俺が長い髪を好きだ。そう言ったころからはとてもその髪を大切にしていた。

自身は長髪に、それほどの執着を持って居ない事を知っていた。だが、俺の為に大切にしてくれていたその髪をあっさり切り落としたにより一層ぬぐいきれない違和感を感じた。


「忘れてなんて居ないわ。ただ、新しい学校に馴染めなくて……。そんな事しているうちに携帯が壊れちゃったりして皆のアドレス分からなくなって」

のその言い訳を信じた訳じゃなかった。だが、否定する材料も俺には無くて黙って聞いているしかなかった。
お見舞いに持ってきたらしいケーキが目に入り、意識せずにを試すようなことを言っていた。


「それイヤミ?それは私が食べるつもりで買ってきたの。幸村の好物はガトーショコラでしょ?それも買ってきてるわ」


大体チーズ嫌いなはずでしょ?そう続けられた言葉で俺は全部分かった。

この目の前のはニセモノだ。

俺は確かにチーズが苦手だ。だが例外的に、チーズケーキは結構好んで食べていた。俺の知っているならこんな細かい嗜好は知っているはずだった。
深く問い詰めると、ためらいがちに話されたその話はとてもすぐ信じられる事じゃなかった。

パラレルワールドとも言えるような平行世界に居た25歳のが、15歳のの体に入り込むなど奇想天外もいいところで目の前のに担がれているそう考えるほうが自然だと思った。

だが、少なくともがこの病院という場所でこんな悪い冗談を言うような人間じゃないことを俺は知っていた。
そこから導き出される答えは一つで、今告げられた言葉が真実であるということだった。


「君が、本人であることにはかわり無いんだね」


コクリとうなずくの顔を見て、俺は叫びだしたい思いを堪えるのに精一杯だった。
俺の好きだったはもう何処にも居ないかもしれない、そう思うと不安で溜まらなかった。

「今日は帰ってくれ」とそう自分で言っておきながらもう二度と会えないかもしれない。
そんな不安に囚われて。


「お友達に、メルアド聞いたんだ……メールしてもいいかな?」


そんな言葉を言っていた。

であって、じゃない少女の後姿を見送りながら俺は迷路に迷い込んだような気分になっていた。




――――――、本当のキミは何処にいる?










 




2006.03.16UP

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