守ってあげたい 44話











日曜日に見舞いに行く、丸井と切原にそう言ったけど。

そう言った手前もしかしたらその日に他の人とハチ合わせるかもしれない、その可能性に気付いた私は日曜では無く土曜日に行くことにした。
あの夢を見た翌日から私のした行動は、過去のMY DIARYを読みふけるという地味なものだった。

MY DIARYは最初の頃に、事情を知るためにパラパラと目を通してそれ以来全く手をつけていなかった。
小学校はともかくとして、中学校からの日記だけで全部で8冊もあって。
それのすべてに目を通すのはちょっときついけど、読み進めるうちに気がついた事があった。

私は、ある特定の人物に好意を抱いていたらしい。
それが、恋と呼べるものなのかどうなのか日記の中の文面からは分からないけど。

あの夢の中で体験した思いは恋する乙女のそれと同じだった。
見つめられるだけで幸せ、微笑みを返せば微笑んでくれる。そんな小さな事がとても幸せで、嬉しくてたまらない少女の淡い恋。

夢の中では、シルエットしか分からず相手は分からなかった。
だけど、日記の中で特定の人物の事ばかり多く綴られていてその相手が誰なのかおのずと分かってしまった。

幸村精市、立海大付属中学テニス部部長その人だろうことが分かった。

友達以上恋人未満のような曖昧な関係だったんじゃないだろうか?
憶測の域を出ないけど、そんな風に思った。

15歳の私にも好きな人が居た。そんな当たり前の事実に気付かなかった。

それに気がついた時私が思ったのは、今更だけど綺麗な体じゃなくなってしまった事に対しての後悔だった。
本当なら、一番好きな人に捧げるべきモノを私がついうっかり酔っ払って一夜の過ちで失ってしまってそれだけならまだしも、忍足やら跡部とも致してしまったので。

それをもし幸村が知るようなことになったとしたらと思うと、地中深く沈んでしまいそうなほどに落ち込んだ。


好きな人に嫌われるほど辛いものは無い。


本当は綺麗な体のままでいる予定だったのに、何処で狂ちゃったのかなとそう思うけど。
千石との事はともかく、跡部や忍足との事は自分自身が選んだ決断なのでそれについて後悔はしていない。

けど、そんな事どうどうと言える訳も無いしなぁ……。

と全部バレる事前提で考えているけど、最悪の事も想定してないとボロが出そうなので神奈川への向かう列車の中で一人いろんなシュミレーションを繰り広げながら到着までの時を過ごしていた。






神奈川総合病院に着いて、受付で聞くと幸村の病室はすぐ分かった。

5Fの個室に居るらしくて、手ぶらで行くわけにもいかないと思ったので途中でケーキを買って来ていた。

深呼吸をした後に、意を決してドアを叩く。



コンコン



「どうぞ」


緊張に顔が引きつりそうになりながらも、微笑んで扉を開く。


「久しぶり。ごめんね、ずっと連絡出来なくて」


突然現れた私を見て、その瞳が驚愕に開かれそして、途端に表情が優しくなったのが分かる。


「来てくれたんだ。髪短くなったんだね。……もう忘れられたのかと思ってたよ」

「忘れてなんて居ないわ。ただ、新しい学校に馴染めなくて……。そんな事しているうちに携帯が壊れちゃったりして皆のアドレス分からなくなって」


自分でも非常に苦しい言い訳だと思うけど、連絡を取らなかった理由を適当に捏造してみた。そんな言葉を鵜呑みにしてくれるとは、正直思えないけど騙されてくれればめっけもんくらいのつもりでつらつらと嘘を重ねる。

私のその嘘に口を挟むでもなく、幸村は微笑んで静かに聞いていた。
持って来たケーキをサイドテーブルに置くと。


「ありがと。中身は何?」

「色々買ってみたわ」

「チーズケーキは?」

「入ってるわ」

「流石、だね。俺の好きなものちゃんと覚えてくれてた」

「それイヤミ?それは私が食べるつもりで買ってきたの。幸村の好物はガトーショコラでしょ?それも買ってきてるわ」


大体チーズ嫌いなはずでしょ?そう平然とした顔で続けながらも私の心臓はバクバク言っていた。
幸村関係の記述で、チーズが嫌いらしいという所を覚えていたので切り返す事が出来た。


試されている。


そう感じて、緊張が走る。負けたくない、訳の分からない思いにかられてまっすぐに幸村の瞳を見つめる。


「俺がガトーショコラを好きってよく調べたね。ねぇ、君は誰?」

「なに、言ってるの私は私よ」


今までのやりとりで、バレそうな事は何も言ってないはずなのに。
優しく微笑んだその瞳が私を拒絶している。


「目の前に居るの人は、ちゃんとの形をしてるけど。その中身は誰なんだい?」


穏やかな声音で、うっすらと微笑みながらそう問われて。
黒いというのはこういう事をいうのだと、変に感心してしまった。

冷房の効いた室内にもかかわらず冷や汗が背をつたう。


「何言ってるのか、分からないわ」


まっすぐに瞳を見てそう言ってつっぱねると、クスリと笑われてしまった。


、いやはそんな風にまっすぐに俺を見たことは無い。いつも恥ずかしげに、俯き加減に俺を見て、いつかまっすぐ俺を見て欲しいそう思っていた」


目線から違っていたのでは話にならないだろう。そんな俯き加減に見つめるだなんて記述日記に書いている訳も無くて。

そう言われて、力が抜けた。

気合入れまくって対峙していたのが裏目に出てしまっていたようだ。
ふぅーと大きなため息をついて、勝手にパイプ椅子に座り込む。


「いつから、バレてたの?」

「最初からだよ。いや、正確には連絡がつかなくなってから可笑しいなとは思っていたけどね」


急に連絡が取れなくなるような子じゃ無いからね。そう続けられて、白旗をあげたくなってしまった。
これでは、どう誤魔化しても無駄のようだった。

なので、最終プランとして考えていた全部正直に話すという身も蓋もない作戦に切り替えていた。


「信じてくれないかもしれないけど。聞いてね」


こんな前置きをして話し出した私の話を、幸村は真剣な顔をして聞いていた。

25歳の私が、目が覚めたら15歳の私の体に居た事その上私の居た過去の世界とは微妙に違っているということを包み隠さずに話をしてみた。

流石に、ここが漫画の世界そっくりですとは言えなかったけど。
多分彼に適当な嘘や、誤魔化しは通じないそう感じていた。

すべてを話終わって、幸村はしばらく無言だった。
ようやく口を開いた言葉が。


「君が、本人であることにはかわり無いんだね」


否定でも、肯定でも無いそんな言葉で、私への問いかけというより独り言のように聞こえた。
その後すぐ、「今日は帰ってくれ」とそう言われて私は帰るしかなかった。

幸村が15歳の私をどう思っていたのかなんて、知らないけど。
どうやらショックを受けているらしい彼を見て、少なからず私に好意を抱いていてくれたらしいことが分かった。
部屋を出る際に、ふいに背後から。


「お友達に、メルアド聞いたんだ……メールしてもいいかな?」


そう問われて、その小さな声が苦しげに聞こえて私はコクリと頷くしかなかった。



来る前にネットでギランバレー症候群という病気を調べてみた。
突然手足が動かなくなるという症状が現れる病気で、スポーツマンにとっては深刻な病気だろうことが分かった。酷い時は呼吸器の方にまで影響が出るらしい。

その病気に似た症状という未知の難病に侵されていて、平気な訳無いと思う。
幸村にとって15歳の“”がどんな存在だったのかは分からないけど。

その存在で少しでも、心の支えになりうるのであればと思って騙しきれるなら騙しきるつもりだったのだけど。鋭すぎる彼を騙すのは無理があったようだ。
15歳の私の体に、25歳の私の精神。つくづくこの世界に居ていい存在じゃないという事を思い知ってちょっと落ち込んでしまった。









重い気持ちのまま病院を出て、数歩も歩かないうちに私は誰かに呼び止められた。


「ホンマつれないのお、。こっちに来るんなら連絡くらいしんしゃい」


特徴的なこのしゃべり、振り向くまでも無く話しかけてきた男がコート上の詐欺師仁王雅治であることが分かった。



走り出して逃げたい、その気持ちをどうにか押し殺してゆっくりと振りむくとそこには予想どおり銀髪の彼―――仁王が居た。








 




2006.03.10UP

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