守ってあげたい 42話













跡部に抱かれたあの後、抜け殻のようになりながら授業を受けて家に帰ってからずーっと一人、一睡もしないで私は考えた。

いくら考えても、導き出される答えは一つで。

それを告げることを思うと心はシクシクと痛むけれど、悪いのは私だから自業自得だと思うことにした。


昇る朝日を見つめながら、私は今日という日を決別の日にすることに決めていた。


朝日が昇り、しばらくして早すぎる時間だけど私は登校の支度をして家を出た。

朝の清涼な空気に包まれて、少しだけ気分がすっきりする。
まだ、誰も居ない学校に着いて荷物を教室に置くと屋上へと上がって行き、そこで座り込んで私は2通のメールを出した。


Sabおはよう
―――――――――――
朝早くからゴメン。
どうしても、話したい事
があるの。
屋上で待ってる。


跡部と忍足に全く同じ内容のメールを出した。


「どっちが早く来るかな?」


これから話す内容は決して楽しい事じゃないけど。

こうやって待つのも最後になるかと思うと、早く会いたいような微妙な気持ちになる。

思い返せば、テニプリの世界に来て恋なんてしないそう心に誓ったはずだった。
だけど、いつのまにか私は人を好きになっていた。
誰かを愛するドキドキ感や、幸福感、妬みや、痛みいろんな感情を味わって年上やら年下とか最初はこだわっていたけどいつしかそれも気にならなくなった。

綺麗な綺麗な瞳で見つめられて、15歳の透明な感情で「好き」と言われて私は有頂天だった。

愛し合って、でも自分のせいで傷つけて別れ。

自らの弱さのせいで、差し出された手を拒めずに利用してまたその相手をも傷つけた。

どちらも、私には勿体無いほど純粋に私を欲してくれた。


バン


大きな音を立てて、屋上の扉が開く。

物思いに耽る時間は終わったようだ。

息せき切って忍足がやって来た。


。何や、こんな朝早うに……。びっくりして飛んできてしもうたわ」


そう言って、私の顔を見つけて安心したように微笑ってくれた。


「おはよう。ごめんね、こんな朝早く呼び出しちゃって」

「かまへんよ。それより何や話って?」

「それはもう一人が来てからにするわ」

「え?もう一人って、誰呼んでるんや?」


ひらきっぱなしの扉から、足音が聞こえ誰かが上がってくる音が聞こえる。
二人ともその音につられて、扉の方を見るとほどなく跡部が現れた。


「おはよう」

「……。何の用だ?」


跡部は、忍足の姿を認めても一瞬眉を顰めただけでそれ以上何も言わなかった。


、俺だけやなくて跡部と3人でせないかん話って何や?」

「……報告かな。昨日、跡部と話したの。
見事に跡部に振られちゃってまぁ、跡部にしたらこんな所に呼び出されちゃっていい迷惑だろうけど。すぐ終わるから、ちょっとだけ付き合ってね」


二人の顔を見て胸を掻き毟られるような思いがする。
二人とも、私が傷つけた男。
でもまた同じように傷つけるようになるかもしれない。


「私、忍足には戻れない」

「え?どういう事や!?まさか、跡部選ぶ言うんか?」

「跡部も選ばない。二人とも選ばないというか、選べない」


どちらかを選ぶだなんてそんな事出来ない。


「そんな決断、誰も幸せになれへんやん」

「……。忍足を選ぶことも考えた」

「なら」


話しかける忍足の言葉を自らの声で打ち消す。


「でも、それをしたら私は自分自身を許せなくなる……。それに、そうしてしまったらきっと忍足の前で綺麗な気持ちで笑えないと思う」

「俺のせいか?」


そこまで黙っていた跡部がそう問いかけてきた。
ゆるく首を振りながら。


「違うわ。これは私自身のせい。そして私が決めたこと」

「俺があの事をお前に告げたから……」

「何の話や。跡部お前はに何言うたんや?」


跡部に詰め寄らんばかりの剣幕の忍足を見て、ほぅと小さなため息とついた後。


「聞いても楽しい話じゃないわよ。………私は、跡部に抱かれながら忍足の名前を呼んでいたの。聞いたのはその話」


そう言っていた。その話を聞いて忍足は複雑そうな顔をしていた。


「忍足は、私の事キラキラしてて綺麗だって言ってくれたよね?」

「ああ……。言うたな」

「今ここで忍足を選ぶときっとキラキラしていられないと思うの」


まっすぐ綺麗な気持ちをくれた貴方達。

その気持ちを受け止め、受け入れるには私は打算に汚れすぎていた。

本当の意味で狡猾になれば、自分の醜さに蓋をしてどちらかと付き合うという道を選べたのだろうと思う。

でも、それは出来なかった。

どちらも選ばないのではなく、選べないのだ。


「そんなん納得でけへん。がキラキラしてなくてもかまへん。俺の事だけ見てくれたらそれでええんや」

「……。それをすると、私が私で無くなるの」


跡部を踏みつけて幸せになることなんて出来ない。
自分のせいで傷ついた人が居るのに、それを見ないフリなんて出来ない。

それでもいいって言ってくれるけど、それを自分に許すと譲れない何かが壊れそうになってしまう。
泣きそうになるのを、誤魔化してすうっと大きく息を吸い込む。


「それに二人とも好きだから、選べない」


私は無理に微笑んでそう言っていた。
忍足の事はすぐ好きって言えるくらい好き。
でも胸が痛くなるくらい純粋に愛してくれる跡部の事も好きだ。
そう思える。


「………。それが、の答えか…。話がそれだけなら、俺は行く」


感情を殺した声で跡部はそう言うと踵を返した。
それ以上問いかけないのが跡部の優しさだと思った。


「ちょ、待てや。跡部が納得したとしても、俺は納得でけへん」

「ごめん。もう決めたの」


求められている、その事実が嬉しくて悲しい。
跡部が居なくなってすぐ忍足に引き寄せられ抱きしめられた。


、そんなん言わんといてえな。折角やっと分かり合えて、これからやと思てたのに。それやのにこれでお別れやなんて、そんなん認められへん」


かき口説くように、哀切な声でそう言われて心は痛む。
この男を愛したい、本能はそう叫ぶけど。さっき去っていった跡部の後姿を思い出し、自分自身にブレーキをかけた。


抱きしめられて嬉しいそう思える。
忍足のぬくもりに包まれて、こうやって側に来ないと分からないような忍足の香りにも包まれる。

でも、それも今日が最後になる。


「ねぇ。最後にキスしようか?」


わざとおどけた声で私はそう言っていた。










忍足side

朝半覚醒状態の時に、携帯メールの着信音がした。
相手はからで、何気なしにメールを開くと簡潔な文章で『どうしても、話したいことがあるの。屋上で待ってる』と記されていた。
何だかよくない予感がして、俺は急いで学校へと向かっていた。

屋上に着くと、いつもと変わらない様子のが居てその姿にホっとすると同時にいいようのない不安が襲ってくる。

その予感が的中するように、跡部が来た後にお前はおもむろに口を開いてこう言った。


「私、忍足には戻れない」

「え?どういう事や!?まさか、跡部選ぶ言うんか?」

「跡部も選ばない。二人とも選ばないというか、選べない」


跡部を振ってきっと自分の所に来てくれるそんな自信があった。
だが、目の前の愛おしい女は何処か余所行きの顔をしてさよならを告げようとしている。


「そんな決断、誰も幸せになれへんやん」

「……。忍足を選ぶことも考えた」

「なら」

「でも、それをしたら私は自分自身を許せなくなる……。それに、そうしてしまったらきっと忍足の前で綺麗な気持ちで笑えないと思う」

「俺のせいか?」


今まで黙っていた、跡部が口を開く。


「違うわ。これは私自身のせい。そして私が決めたこと」

「俺があの事をお前に告げたから……」

「何の話や。跡部お前はに何言うたんや?」


自分の知らない事実があることに、ひどく苛立ちを覚えた。
なぁ、お前は俺のモンやったはずや。
それやのに、何故俺の手からすり抜けていこうとするんや?


「聞いても楽しい話じゃないわよ。………私は、跡部に抱かれながら忍足の名前を呼んでいたの。聞いたのはその話」


跡部に抱かれながらも、俺の名前を呼んだ。愛おしい気持ちと、跡部に対する嫉妬心で何とも言えない気分になる。


「忍足は、私の事キラキラしてて綺麗だって言ってくれたよね?」

「ああ……。言うたな」


優しくて、強くて潔い。汚い事や醜い事からも目をそらさないまっすぐな所に惚れた。
強くて弱い不思議な女。


「今ここで忍足を選ぶときっとキラキラしていられないと思うの」

「そんなん納得でけへん。がキラキラしてなくてもかまへん。俺の事だけ見てくれたらそれでええんや」


お前がお前である為に、俺を切ろうとしているのが分かった。
だが、どんな形でもいいから側に置いておきたいと思う気持ちの方が強かった。


「……。それをすると、私が私で無くなるの」


泣きそうな顔をして、呟くように言うお前。
ここで、手を離してやるのが愛なのだろうか?
だが欲しい気持ちが強すぎて、自分自身の気持ちをセーブすることが出来ない。


「それに二人とも好きだから、選べない」


は泣き笑いの表情でそう言った。


「………。それが、の答えか…。話がそれだけなら、俺は行く」


あっさりと引き下がった跡部。
きっとコイツはの気持ちを分かっていると思う。分かるからこそ何も聞かず、何も言わずに去っていった。
そうしてやるのが、の為。頭では分かっていても、感情がついていかない。


「ちょ、待てや。跡部が納得したとしても、俺は納得でけへん」

「ごめん。もう決めたの」


みっともなく追いすがり、細い肩を引き寄せ衝動的に抱きしめる。
すっぽり俺の腕の中に納まる小さなお前。
抱きしめると、どうしようもないほどのへの思いが募り、胸が締め付けられる。


――――好きや。


、そんなん言わんといてえな。折角やっと分かり合えて、これからやと思てたのに。それやのにこれでお別れやなんて、そんなん認められへん」


自分でもみっともない。そうは思っても、俺は自分を止められなかった。
精一杯の気持ちを込めて、を説き伏せる。
だが、その言葉の返事には微笑って。


「ねぇ。最後にキスしようか?」


そう言った。
うすく唇を開いて、キスを誘うお前。
口付ければ、それが終わりになる。
それが分かっていながら、俺は引き寄せられるようにに口付けていた。


長い長いキスが終わり。

その口付けの終わりと共に、俺は一つの恋を失った。
去っていくお前の後姿を見送った後、俺は崩れ落ちるようにその場にしゃがみこんだ。


「相変わらずキス上手すぎて、こんなん余計に忘れられへんやん」


引き寄せられるように引かれあい愛し合った俺達。
何かに阻まれるように、すれ違い傷つけ合った。
それを乗り越えもう一度やり直せると思っていた。
だが、それは夢と終わった。


「それでも、好きなんや。


聞かせる者の無い、愛の言葉は澄み渡る夏の空に融けた。







 


これにて、第1部終了です。
ほどなく第2部が始まりますので、お待ちくださいませ。
ここまでお読み頂きありがとうございました(ぺこり)



2006.03.01UP

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