守ってあげたい。 4話
















1間目と2間目の短時間の休み時間に、お約束どおりクラスメイトに囲まれて興味本位の質問攻撃を受けた。



何故転校してきたか?


前の学校は何処?




そう問われても、「MY DIARY」を読破していない私に答えられる事は何も無かった。

だから曖昧に笑うしかなかったのだが、そんな中。


「貴方、跡部様に一目惚れされましたわよね?」


と、高飛車な態度のお嬢様が話しかけてきた。


「はぁ?」

「とぼけないで下さる。跡部様に私たちの許可なく近づくのは許しません」


お嬢様故の傲慢、というか無知故の傲慢。
この狭い世界が自分の世界のすべてだと思っているから出来る態度、行動。
子供過ぎて、まともに相手にする気も起きない。


「というか、跡部様って誰?」

「な、何おっしゃってるの?貴方自己紹介の時にしっかり跡部様を見てたの、皆見てるんだから言い逃れは見苦しいですわよ」


クスリとわざと笑って。


「いや、印象的な泣きボクロだなーっと思ってみてただけで委員長跡部様っていうんだ。まだ、覚えてなかったから教えてくれてありがと」


遠巻きに跡部が見ているのを知りつつ、あんたなんかどうでもいいと意思表示。
さっきまで隣の席に居た人物を知らないと言い張る、自分の神経の図太さに笑いが出そうになる。
ここまでコケにすると、後から仕返しが怖いかもしれないが。無知な転校生を気取って、不可抗力を気取っておこう。


「私顔の良い人って、怖くて嫌いだから意識的に記憶から追い出そうとするの。ごめんなさい」


しゅんとした態度で、しおらしく謝ると。罰が悪いのか、「わかればいいのよ」という意味不明の反論をしてお嬢様は去って行った。

というか、顔の良い人が怖くて嫌いなんて真っ赤な嘘ですけど。むしろ好物ですが。でも、無知で傲慢な俺様は嫌い。


己の常識の中での出来事が全てで、箱庭の中にいるのに気付かないおぼっちゃま何てお断わり。


なんて考えて、ふと気付くと氷帝ってそういう奴等の集団だということに気がついた。

親の権力が自分のモノだと勘違いしている、未成熟なくせにプライドの高い困った子供達。

そう思い至ると、何だか灰色の学園生活のような気がして深ーいため息が出た。


努めて隣の席の俺様を、意識から追い出し真剣に授業を聞いているフリをしつつ。待望の昼休みを待った。


さん。良かったら、一緒にお昼に行きませんこと?」


さっきのお嬢様の取り巻きが声をかけて来たけど、個人的には今後の展開が面白そうだから行ってもいいかなーとも思うけど。
今は鞄の中の「MY DIARY」の方が大切だから。


「ごめんなさい。職員室に呼ばれているの。だからまた今度誘って下さい」


そう嘘八百を並べ立てて、適当に人が来ないような裏庭を目指した。













一応人が居ないのを確認して、昼食も用意してないから腹ペコだけど。
現状把握の為に、「MY DIARY」を読まないことには始まらないので柔らかそうな芝生に直座りして、さっさと読み始めた。



4月12日

明日から、氷帝学園という場所に通う事になった。
それと言うのも、父さんの突然の転勤のせいでロクロク挨拶もせずに立海を離れるのは心残りだったが。
アイツが保護者のうちはどうしようもない。立海では、テニス部のマネージャーとして頑張っていたが
氷帝では、流石にあの集団のマネージャーをしたいとは思わない。

仁王や丸井に後から何言われるか考えるとそれだけで憂鬱だ。
まぁ、今度の休みにでもフォローの電話でもしとけば何とかなるだろう。

氷帝では、メル友がいるからそれだけは心強いけど。
あの、ホスト軍団の一員みたいだから正直会う約束をしたはいいけど不安だ。

こんな時にやっぱり、母さんが居てくれたら相談出来るのに。母さんが逝ってからもう1年。
伸ばしっぱなしのこの髪ももういい加減切らないといけないと思うけど、中々踏ん切りがつかない。
女々しい自分が嫌になる。
明日は、転入最初の日だから父さんが煩いので早く寝ることにする。



とりあえず、前日の日記に目を通すとなんと立海からの転入らしい。
しかも、元男テニのマネ?…。いらん設定が増えてるな…。
この中途半端な転入はやはり、あの父のせいみたいだからある意味納得だけど。
今度の休みに仁王や丸井に電話?無理無理、丸井君には何とか誤魔化せたとしてもあの詐欺師の仁王になんて電話なんかしちゃうとバレそう。

で、ホスト軍団にメル友??会う約束??というか、その相手誰??携帯忘れてきたので、その確認も今出来ないのですが…。

無駄な設定が増えて正直うんざりで、ほぅとため息をついて俯くとぱらりと落ちてくる自分の黒髪。


長いなー。母さんの事はここでも変らないんだ。もしかしたら何処かで生きているのかななんて思ったけど。

久しぶりの自分の長い髪を見たときに、多分母さんの事も同じじゃあないかなとは思ったけど。やっぱりそうだったんだ。

中学2年の時母さんが死んだ。死ぬ直前まで、微笑んでいて癌だって知っていたこっちまで明るくするような笑顔を持った母だった。

何かを達成する時に好きな事を絶つというのを知って、長髪が嫌いな自分の髪を伸ばすことで願をかけた。



母さんが死なないようにと、だから闘病から死んでしまうまで3年。そして、それから1年たってもまだこの髪を切れないでいる。

でもそれも自分が中学生の時の話だったので、結局その髪は高校入学の時にはバッサリ切ってしまっていたのだが。

長い髪を見ていると、通り過ぎた悲しみが胸に襲ってくる。


ホロリと涙が零れる。


「何々?何泣いてるのー」


何処かで聞いたことのあるような能天気な声。見上げると癖のある柔らかな金髪が目に入る。


「芥川慈朗」

「どうして、俺の名前知ってるのー?」


しまった、つい声に出してしまったようだ。


「氷帝のテニス部は有名だから、名前ぐらい知ってるわ」

「へえー。転入生なのに、詳しいね」


当然のように隣に腰掛けて、にっこりと微笑まれる。

何で、こっちが転入生だって知ってるわけ?
思わずびくりと反応しそうになったけど。


「そっちも何で、転入生って知ってるの?氷帝ってマンモス校だから、私一人入ってきても”芥川慈郎”が私が編入して来たの知ってるのって不思議」

「昨日、写真見ちゃったC」

「写真って?」

「入学の書類についてる証明写真、跡部が書類もってたから。皆珍しがって見てたから、俺もみちゃったC」

「へぇぇぇー。」


跡部景吾…。普通大切な書類を持ち歩く?あいつ委員長以外にも確か、生徒会長もしてたんだっけ……何だかどんどん、嫌いになっていきそう。慈郎は何で今日に限って起きているの?


「まぁ、いいわ。過ぎたことグチグチ言っても始まらないし。芥川君はどうして、ここに?」


わざわざこんな見つかりにくい場所に来る理由が分からない。


「ここ俺の秘密のお昼寝場所だCー」


ああそれならある意味納得。じゃあ、私のほうが侵入者って事になるわね。
確かにこの場所、日当たりはいいし見つかりにくそうだからお昼寝にはもってこいだわ。


「で、さっき何で泣いてたの?」

「ゴミが目に入っただけよ」


ベタと言えばベタな言い訳だけど。まぁ無難かな?


「ふーん。そう…。それより俺の事は、ジローって呼んでよ?」

「んー名前呼びは特別な人しかしないって決めてるの。だから芥川君じゃ駄目?」

「じゃあ、俺を特別な人にしてよ」


あっさりと言われて、今ひとつピンと来ない。


「特別な人って意味分かっている?」

「カレカノって事でしょ?」


逆に問い返されて、苦笑が漏れる。


「彼氏は作るつもりは無いから、だから誰のことも名前呼びするつもりは無いの。だから、ごめん」

「えー。ちょっと残念、意外に本気だったのにー」


飄々とそう言って笑う。慈郎の表情には言うほどの本気は感じとれないから。
単なる言葉遊びだよね?会ったその日に、付き合いだすのってよっぽどじゃないと無いと無い事だしね。

至近距離で話していても、にっこりとした笑顔の奥にある真意までは掴めそうに無い。


「じゃあ、芥川って呼び捨てにしてもいい?私の場合大抵、男の子は名字呼び捨てで呼んでるから」

「本当はジローがいいけど。まぁいいか。俺は、ちゃんって呼んでもいい?」


書類で顔だけじゃなく、名前も覚えてくれてたらしい。


「出来れば、名字の方が嬉しいけど。そこまで強制出来ないから、いいよ」


そんな感じで、昼休みは過ぎていった。
というか、芥川って羊ってあだ名がつくくらい寝るのが好きなはずなのにずっと起きてたのですが…。
まぁ、いいか。でも、寝顔見たかったな。







 




2005.09.28UP

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