守ってあげたい 3話
まず、氷帝学園と聞いて何処かで聞いたというか某テニス漫画のおぼっちゃま学校と同じ名前だと思ったけど。
まさか自分が漫画の世界に転がり落ちてきたとは夢にも思わず。
何処かで見たような制服と何処かで見たような校舎の外観を見ても。
まさかね…。とその可能性を否定していた。
担任の先生への挨拶と編入の手続きをして、父は足早に仕事に行った。
普通の中学に居なさそうな、何処か上品な感じの先生ばっかりで正直自分がここでやっていけるのだろうかと不安になった。
「じゃあ、行きましょうか?」
「はい」
担任の女教師と連れ立って、廊下を歩く。
何だか、道すがら注目をあびているようで居心地が悪い。
時期を外した転入生ってめずらしいのかな?
始業式から1週間ほど遅れて入ってきた転入生として紹介されるべく、教室の中に入ってその中のクラスメイトに一際目立つ、泣きボクロがトレードマークの俺様を見つけた時には本気で目眩がした。
どう見ても、アレ跡部景吾に見えるのですが。ここが氷帝学園で、あの人がそっくりさんってオチがあるのかな?
コ、コスプレ?
それともマジで、テニプリの世界ですかー?
一昔前に嵌ってネット巡りしてドリーム小説など読み漁ったこともあるから、これがあの噂の異世界トリップというやつですか?
タイムスリップだとばかり思っていた自分には漫画の世界に来ちゃいましたなんて事がすんなりと受け入れられる訳も無く。
普通これ夢で、目が覚めたら「あー良い夢見たー」って笑って終わりだけど。この展開は、どうなのよ?
テニプリの氷帝学園への転入生でトリップして、尚且つ俺様跡部と同じクラスですかー?
「じゃあ、席は委員長の隣ということで、跡部」
「はい」
あのお方はやっぱり跡部景吾さんな訳ね。そっくりさんって訳じゃないのね。
俺様のそぶりをこそとも見せずに、爽やかに笑う委員長こと跡部の姿に違和感を覚える。
こっちだという風に、挙手をして誘導してくれた。
クラス中の視線が集まり、居心地が悪いったらありゃしない。
あれ?自己紹介したっけ?
どうやら、跡部に意識を吸い取られているうちに上の空でしていたらしいけど。
「よ、よろしくー」
引きつり笑いで、跡部にそう言うといい子の爽やかそうなその笑みから、一瞬だけど嘲りを含んだ嘲笑が見えた気がした。
「こちらこそ、よろしく」
でもそれは一瞬で、うまく覆い隠され。普通の人生経験の少ない子なら綺麗に整った美貌で微笑まれると、舞い上がって何も考えらえれなくなるのかもしれないけど。
こっちは、実精神年齢25歳で体年齢は15歳の酸いも甘いも体験した。女ですから、跡部の嘲笑にむかっ腹がたった。
「ほどほどに、よろしく」
そう言って、教科書等は揃っていたのでとっとと授業に集中することにした。
しばらく、授業を聞いていると余裕じゃないけれどそこそこ楽勝そうだった。
一応一流じゃないけれど、大学も出てますから。
というか、何で跡部と同じクラスなんだろ?どっちかと言うなら、クソクソが口癖のミソっ子とか銀髪の大型犬とかが良かったのですけど。
普通のドリーマーなら、逆ハーとか跡部or氷帝レギュラー陣との恋愛夢見てウキウキなのかもしれないけど。
こっちは普通のタイムスリップで人生やり直しのチャンスだと意気込んでたから、だからいきなりテニプリの世界に来たからと言って喜べるわけじゃない。
別にテニプリが嫌いな訳じゃないけれど、というかどっちかというと大好き。既刊の全巻持ってるし、アニメも見てたしHPも回るけど。
漫画の中の世界で暮らしたいと思う”好き”じゃない。何だか急速に現実感が失われていくようで嫌だ。
もう一度きちんと人生やり直すつもりでだたのに、水をさされた気分だ。
外見だけなら、跡部も好きなんだけどな〜。あの手の男は、それこそ遠巻きに見て楽しむのが一番。
食えない性格にプラスして敵意を向けられても、それにトキメキを感じるほど腐ってもいません。マゾじゃないしね。
というか、そんな事よりこっちの自分の「MY DIARY」の方が気になるのですけど。
リアルな他人?の日常を覗くようである意味ドキドキ。でも、流石に授業中は見れないよねー。見たいし気になる。
自分の鞄の中が気になりそわそわしていた私は、跡部がこちらに向けている視線に気付かなかった。
跡部 side
始業式から1週間。そんな中途半端な時期に転入生が入ってくると聞かされたのは、昨日だった。
例年のご多分にもれず、委員長なんで雑用を押し付けられてうんざりなのにその上、転校生の世話を押し付けられそうで正直気が滅入っていた。
担任と共に入ってきた転校生は、150センチあるか無いかの小柄な体に真っ黒でまっすぐな髪が腰まであり、何処か大和撫子という言葉が似合う風情で。大きな瞳とな白い肌が印象的な少女だった。
ランクで言うなら、普通よりは可愛くて綺麗な部類に入る容姿。
それでも、俺の取り巻きの中なら普通に入る部類だ。
教室に入ってきて、俺を見て驚愕の表情を浮かべて何処かおどおどとこちらを見詰めるその視線が不快で正直またかと思った。
自分の顔が、人より優れていて誘蛾灯の様に女の視線を集めると気がついたのはいつだろう?
男の本能を満たす為の、狩猟行為を全くしなくても好きなだけ女は手に入った。
求めなくても、当然の様に与えられる王者の余裕とでも言うのだろうか?
だから、ついその女をせせら笑った。でも其は一瞬で、うまく覆い隠せたと思っていた。
だが
「そこそこに、よろしく」
そう言った女の顔には、はっきりとお前が嫌いだと書いてあった。
フン、面白いじゃねーか?
「おい。おい」
授業中に小声で呼ぶと、不機嫌そうにその女はこちらを向いた。
「お前、名前は?」
「はぁ?さっき自己紹介したはずだけど、委員長は素晴しい記憶力をお持ちで」
「俺様が名前を聞いてやるんだからありがたく思え」
女はふーっとため息をつくと。
「」
とそう短く名乗った。
この女の視線を惹き付けたいそう思った。
名前を知りたいと思ったのも初めてなら、誰か一人に固執したのも初めてでこの感情の意味を俺はまだ知らない。
2005.09.26UP