守ってあげたい 39話












目の前に、ずっとずっと会いたかった。求めて止まない人が居た。


「……。ひ、久しぶりだね」


もっと、スマートに話しかけたいのに無様に声が擦れる。


「そうやな、久しぶりやな。髪、短かなったな……。アホな俺らのファンのせいらしいな。大丈夫か?」

「大丈夫よ。元々切ろうと思ってたくらいだから、全然平気」

「……。そうか、ならええけど」


ずっと、ずっと避けられていた。

それなのにいきなり目の前に現れて、浮かれていた自分がいたけど。
それも、昨日の1件があったからこそわざわざ私に会いに来たということが、分かって落胆してしまった。

分かっていたはずだ。

忍足に嫌われていると言う事を、でも愚かな私はこうやって姿を見て声を聞いて前と変わらぬように話しかけられて嬉しいと思ってしまう。


「横座ってもええか?」

「あ、うん。いいよ」


わざわざ断って、隣に腰掛けるその行為が二人の間の関係を如実に語っているようで寂しさが拭えない。


「この間の、部活が休みの放課後にに呼び出されたんや」

「え?に」

「呼び出されて、話聞いていくうちにな。俺自身の傲慢さを思い知ったわ」

「…どういうこと?」

「まぁ、黙って聞き」


そう、言われて忍足の言葉に耳を傾ける。


「俺は、今まで俺の事を好きって言うてくる女を腐るほど適当に扱ってきた。
 好きって言うてくる女に適当な気持ちで好きって返して、抱いて飽きたら捨てての繰り返しやった。 
 そんなしょうも無い事ばっかりしてた俺の前に現れたんがや。

 最初は挑戦的な瞳して、巧みなキスをする面白い女そう思っとった。
 だが、お前を知るにつれどんどん惚れてそしてその気持ちがピークになってどうしようもなくなって、告白した。
 
 そしたら、お前も同じ気持ちやったと聞いて嬉しゅうてたまらんかった。
 だが、鳳とお前の話を聞いて裏切られていたことを知って、そのショックでもう一杯一杯やった。

 お前の俺の事好きやって言う言葉も全部ニセモノに聞こえて、自分の中の殻に閉じこもとった。お前への愛が深ければ深いほどに傷も深かったんや」


そう言って自嘲気味に笑う忍足を見て、心が千切れそうな程の愛おしさを感じる。


やっぱりこの人の事が好き。


久しぶりに会って、声を聞いて閉じて塞いだはずの思いがあふれ出しそうになる。


「俺を呼び出したは本当にの事を心配しとった。
 にはお前の気持ちも俺の気持ちも全部お見通しやったんやろうな。

 お前に騙されていた事実が許せないそう言う俺にな、はこう言うたんや
 『最初から、俺の事だけを好きで居ないと恋は成立しないのか?』ってな。

 俺の事だけを好きやったを弄んで捨てた俺に、その言葉は効いたわ。
 それでも、往生際の悪い俺はウジウジしとったがが髪を切られた。
 
 それを聞いて、自分の気持ちを思い知らされたわ。
 ああ……。まだ、こんなにもの事が好きやってな」


それがよう分かったんや。そう続けられてバツ悪げに微笑う忍足の顔を見ても、今語られた言葉を認識することが出来なかった。


「え、なに?言ったの……」

「こんな事今更言えた義理やないんは分かっとる。お前が今、誰と付き合っとるかも知っとる。そやけど、俺がお前好きやっていうんは覚えといてくれ」

「好き……。って私の事。忍足が好きなの?」


目の前の事実が信じられなくて、こわごわ問い返すと。


「俺はの事が好きや」


そう言ってくれた。

でも、私を好きだと言った忍足は私を捨てて去って行ったはず。


「ウソ。嫌だ、これ私の夢の間違いよ。目が覚めたら、忍足は居なくて一人なの。寂しくて寂しくて、辛いから。幸福な夢は辛いの」


目の前の現実を信じるのが恐くて、これは夢だと自分自身に言い聞かせる。

こんな都合のいい事が現実に起こるわけ無い。

繰り返し見た、幸福な悪夢。

目覚めると隣に貴方は居ないのに……。
そんな私を見つめる忍足の瞳が辛そうに歪む。


「苦しんどったんは、俺だけや無いんやな。、これは夢やない。現実や、ちゃんと俺を見てくれ」


ゆっくりと、忍足が手を伸ばして私を抱きしめようとするのが分かる。

こわごわ触れてくる、その手にその腕にすっぽりと包まれ忍足の匂いに包まれる。

ぴったりと抱き合って、忍足の温もりを感じて鼓動を聞いてやっとこれが夢などでは無い事が分かった。


「…本当に、本物の侑士?」

「本当に、本物の忍足侑士や。目が覚めても消えへんよ」


頬を拭われる仕草で、自分が泣いているのが分かった。

頬を伝う水、忍足を失ってからそれはとめどなく流れ続けた。

涙が枯れるほど、泣いたはずでも思い出すたび、幾度と無く涙は溢れいつしかそれは私にとってそれは侑士への愛の証のように思えた。

その証の涙を、“侑士”が優しく拭ってくれる。


「もう、泣かんでもええ。

「侑士の匂いがする」


そう口にすると、ぎゅっと抱きしめられた。

こうやって側に来てやっと、香る侑士の匂い。その香りに包まれる。


「俺は、アホやな。こんなにもの事が好きやのに。
 どうでもいい、男のプライドやそんなモンを理由にしてお前を傷つけた。
 そんな俺にお前は、何度も好きって言ってくれた。お前に報いる資格は俺には無いかもしれへん。
 でも、このお前へ向かうこの思いから俺はもう目逸らさへん。愛しとるんや


じんわりと心が温まる。

忍足がくれた言葉の一つ一つが、とても大切なモノに思えた。

じわじわと広がるこの甘やかな痺れが、幸福からくるものだということを初めて知った。

私も好き、その言葉を言いかけた時にじっと私の首筋を見つめる忍足の目線に気付く。


その部分には、跡部に愛された証があった。


ちゃんと、前と同じようにコンシーラーとファンデで補正していたつもりだったんだけど。


「ここ、跡部がつけた跡あるな」


その部分を指でなぞられるとビクリと、無意識に体が揺れる。


「ファンデ、剥げてる?」

「いいや、は顔の色と首の色って微妙に違うやろ?だから、顔用のファンデーションで誤魔化しても。色違うから、分かるで。跡部に抱かれたんやろ?」

「…………。」


肯定の返事をすることも出来なくて、忍足をだだ見上げる。


「そんな顔せえへんでもええよ。お前の手を離したんは俺や、は別れた後に跡部と付き合っただけ、責める権利は俺にはあらへんよな?」


そう言ってクツリと笑うその顔が、今まで私の見たことの無い色をしていていた。


私が今まで見たことの無い嫉妬に狂う、男の顔をした忍足。


幸福感に酔いしれていた時の私は、愚かにも跡部の事を忘れていた。

自分の傷を癒す為、寂しさを紛らわす為だけに跡部の優しさに甘え付き合った私。

そんな私が、今また忍足の手を取る事が許されるのだろうか?
でも、私自身の気持ちはまっすぐに忍足へと向かっている。


「少し待って欲しいの。跡部と話してみるから」


ここで『私も忍足が好き』そう言えたらどんなに楽だろう。

何も考えずに、忍足の元へ戻ることが出来たなら……。

そう思うけど、こんな自体を招いたのは自分自身の愚かさのせいで。


「ええよ。いくらでも待つわ。お前を信じる強さが俺に無かったがせいでこないになったんやし、やけど覚えとき、の事を一番愛してるんは俺や」


その言葉の後に、瞼に口付けられもう一度強く抱きしめられた。


愛されている。


そう感じることが出来て泣きたくなるほど嬉しかった。





跡部と話し合う。

そう言ったけど、その時の私は、急に冷たくなった跡部の態度にもしかしたら簡単に別れることが出来るかもしれない、そう思っていた。

跡部がどんな思いで私の事を思っているのかなんて、知りもしなかった。






 




2006.02.22UP

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