守ってあげたい 38話












あの日の夜、あの後家まで送ってはくれたんだけど。
何故だか沈んだ様子の跡部に、「どうしたの?」と問いかけることは出来なかった。


翌朝、ザンバラの髪をどうにかする為に近くの美容院に寄ってから登校することにした。

本当はバッサリ切って、ショートにでもしようかと思ったけど切られた髪を惜しんでくれた跡部の為に長さを残して肩より少し下くらいのセミロングにした。

流石に学校に美容院に行くとは言えなかったので、風邪で病院に行ったことにして、丁度二時間目が終わった時間に合わせて登校してみると席替えが行われていてちょっとびっくりした。


「あれ?私の席って何処かしら…」

「おはよう。あれー?髪切ったのね。今日の朝急に席替えしたのよ、の席はあっちよ」


そう言って示されたのは、窓際の後ろから2番目の席へとなっていた。

反射的に跡部の席を探すと、廊下側の一番後ろの席になっていてかなり離れてしまったようだ。

跡部と目が合ったと思ったのだけど、何故か目を逸らされてしまう。


「跡部君と喧嘩でもした?」

「えっ…何でそんな事聞くの?」

「席替え言い出したの、跡部君なの」

「そう、なんだ。喧嘩なんてしてないよ」


何があったのかなんてこっちが知りたいくらいだ。

求められていたと思っていた。だけど、違っていたのかな?

それとも一度寝たら途端に興味が無くなるとかかな?
考えれば考えるほど、悪い方向へと向かっている思いに苦笑が漏れた。


「昨日ちょっとトラブルがあったから、そのせいで距離を置こうとしてるのかも知れないわ」


を安心させるために何とかそう言って誤魔化した。
私が跡部と付き合うと言ったことで、かなり心配を掛けているのにこれ以上何も言えないとそう思ったからだ。

私が跡部に避けられているとそう思ったのは、短時間の休みにも席を外されてしまって話し掛けることも出来なかったのだけど。

お昼休みさえ、メールで「用が出来たから一人で食べてくれ」そう入っていた。


「嫌われたかもしれないわね」


ぽつり独り言が漏れる。
最近ずっとお昼は、忍足なり跡部なりと一緒に食べていたのでは別の子達とお昼を食べているらしくて私は一人だった。

ここのところずっと、跡部のお弁当をご相伴になっていたので自分自身のご飯も用意していなかった。食欲も沸かないし、今日は無くてもいいやと思って一人過ごす事にした。

と言っても、行く場所にレパートリーの少ない私は例の裏庭のスポットで芝生の上に座り込んでいた。


季節はもう夏になっていて、日差しは眩しいけれど樹木が茂り適度な木陰になっていてこの場所はとても過ごしやすい。

時折通り抜ける風が頬をなで気持ちいい。


「体を重ねれば、うまくいくような気がしたけど。無理だったのかな……」


誰に言うでなく独り言が漏れる。

跡部を愛さなければいけない、そんな強迫観念に囚われていたのかもしれない。

でも真摯に愛してくれる、その気持ちに報いたいと思ったのも偽らざる本当の気持ちだった。

ゆらゆら揺れる自分自身の心の奥底に誰が居るかなんて、そんな事考えなくても分かっている。封じ込めた思いはずの思いが、蘇りそうになり私を苦しめる。


「…ゆう…し…」


殆ど名前で呼ぶことの無かった愛おしい人。

小さく呟くと、胸がつぶれるほどの切なさが襲ってきた。


「…ダメ、忘れなきゃ」


私は、跡部を愛さなければいけないのだから…。



ザッ



風が駆け抜ける。

風に煽られた髪を直そうと髪をかき上げると、上から覗き込む影があった。

つられて上を向くと、其処には忘れられない人――忍足侑士が居た。

















忍足 side

が跡部と付き合い始めたと聞いて俺はみっともないくらい動揺した。

愛した女に裏切られて、笑いものにされたと思っていた俺はこれ以上は無いくらいに傷ついた。

に呼び出され諭され、一度はと話し合うつもりだった。

だが、跡部と一緒に居るを見て自分の中に嫉妬の感情が巻き起こる。

あれは、俺を裏切った憎い女。そう思い込もうとしても、心はちぢに乱れる。

忘れようとしても、忘れることの出来ない瑕をつけた憎い女。

そう思い込もうとしても……。お前を求めずにはいられない。



その日の朝、俺はを抱く夢を見た。

白い肌に余すところなく所有の証の赤い印をつけ、激情のまま突き上げお前の秘肉につつまれ、俺を呼ぶお前の甘い嬌声。たとえようもない幸福感に包まれる。

―――――愛している。

目覚める前の俺の感情は、への思いで溢れていた。

朝からそんな目覚めを体験した俺は、朝練もサボリ一人朝から屋上で不貞寝を決め込んでいた。


「…しかし、昨日はさぁ焦ったよね」

「ホント、焦ったよ〜。まぁ、でも結果的には良かったじゃん。生意気な女の髪バッサリやれてさ」

「それは、言えてるかも」


きゃらきゃらと女達の甲高い、笑い声が響き渡る。

寝ている間に、昼休みにでもなったのか数人の女達の話し声に起こされた。

たわいもない世間話と、聞き流そうとしていたが。


「これで、もちょっとは大人しくなるでしょ」

「だね。大体アイツ、一人で跡部様と忍足君二人を行き来するなんて厚かましいにも程があるよね」

「そうそう、言うとおりだよね〜」


の名前が出て、半覚醒だった俺の意識は急速に覚醒へと向かう。

ちょっとまて、今コイツらちょっと前に気になることを言わなかったか?


「なぁ、お嬢さん方今言うてた話ちょっと詳しゅう聞かせて貰えんやろか?」


不意打ちに俺が話しかけると、女共は引きつった顔をしながらも詳しい状況を教えてくれた。その女共が直接に危害加えた訳じゃ無かったらしいが、牽制の意味を含めで今後このような事はしないと誓わせた。

皮肉なことに、が危害を加えられたと聞いて自分の思いを再確認することが出来てしまった。

俺と跡部のファンの女共が、嫉妬に狂ってを襲い。

の綺麗な黒髪を切り落とした。

その事実を聞いて、『守ってやりたかった』と思う自分が居てその気持ちが何よりもへの思いを象徴していた。

その後、髪の事もあってに会いたくなったが自分と入れ替わるように跡部と昼食を取っていると聞いていたので、この時間に会えるとは思っていなかった。

昼飯を食べに交友棟に行く道すがら、裏庭から突然出てきたジローとぶつかりそうになった。


「なんや、ジローお前半分寝とるやないか!?気いつけんと危ないで」

「あー。ごめん、この先で寝ようと思ったんだけど。が深刻そうな顔で居たから、其処行くわけにも行かなくて……。」

「この先にがおるんか?」

「うん、居るよ。ふわっ……。ねむっ、俺もう寝るねぇ……」


言うだけ言うと、ジローはそのままその場で眠りについてしまった。

冬じゃないので、その辺に転がしておいても大丈夫だろうと結論づけてが居るであろう場所へと分け入って行った。

少し中に入って、2、3分も歩かないうちに女の声が聞こえてくる。


「体を重ねれば、うまくいくような気がしたけど。無理だったのかな……」


その声だけで、だと分かる。独り言のようなその言葉を聞いて、が跡部に抱かれたという事実を知った。

付き合い始めた二人が、いずれはそういう関係になるのは分かっていたはずだ。

だが想像するのと実際に自分の耳でその事実を聞くのでは、ダメージが違った。


を突き放した自分。


それなのに、不貞を犯した女を責めるようにを詰ってしまいたいと思う自分がそこに居た。別れた自分には、何も言う権利が無い。

その当たり前の事実に苛立ち、踵と返そうとすると。


「…ゆう…し…」


お前の俺を呼ぶ声が聞こえた。

その声で、名前を呼ばれ嬉しいと思える自分が居る。


ザッ


風が吹き抜ける。

俺の迷いを吹き飛ばすかのような風に、背中を押され一歩を踏み出した。

俯きがちだったが、顔を上げ俺を見つめてその瞳が驚愕に見開かれるのを見た。






 




2006.02.20UP

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