守ってあげたい 36話
「ちょっと、さん聞いてるの!?」
「跡部様を振ったと思ったら、忍足君と付き合ってそれが飽きたら跡部様と付き合うだなんてどんな神経してるのよ」
あー。はい、ただいま校舎裏にて跡部様ファンクラブの皆様と忍足君ファンクラブのお嬢様方、総勢約20名に呼び出されネチネチネチ言われております。
放課後帰ろうとしたところ人目の無い場所で、声をかけられてそのまま強制連行された。
いつかは来るだろうと思っていたので、心構えだけはバッチリ出来ているのだけど。
予想通りの展開で、予想どおりの言葉をあびせかけられる。
「今すぐ、跡部様と別れなさいよ」
一人がそう言うと外野がそうよそうよと繰り返す。何だかまともに相手をするのも疲れてしまってため息がもれる。
「私の事が目障りな訳ね」
「分かっているなら、早く別れなさい」
「……。確か私には、手出ししないように跡部が言ってたと思うんだけど」
そんな感じでちょっと前に忍足から話を聞いていたから、私に手出しするとお嬢様方の方がヤバイ事になると思うんだけど。
疑問に思って問い返すと、何だか目の前の一団がひるんだような気がした。
「それはあなたが、跡部君に告げ口すればの話でしょ?」
その中のリーダー格の女の子が、そう言って意地悪気に哂う。
「私がおとなしくやられっぱなしになるような性格に見える?」
「おとなしく出来ないなら、おとなしくさせるまでよ」
そう言って、ポケットからカッターを出してちらつかせる。
チチチとカッターの葉を出す音が、シーンとした中でよく聞こえる。
それで人を傷つけることの意味を本当に知っているのだろうか?
傷つけられる痛みも傷つける痛みも知らないから、無神経に出来る行動。
「刺したかったら刺せば?」
あきれ返ってそう言うと、カッターを持った女の子はフフンと笑って。
「そんなバカな事する訳ないでしょ?カッターはねこうする為にあるのよ」
そう言うと、両脇に居た子達が私の腕を押さえてカッターを持った子にグイと髪をひっぱられる。
それだけで、そういうことかと得心がいった。
お嬢様のイジメは叩くでも蹴るでもなく、髪切りですか?
これくらいの女の子にとって髪は大事なんだろうなぁと思うとある意味効果的なイジメだと感心してしまったくらいだ。
でも正直私のこの長い髪って、切りそこねているだから正直ここで切られてもあんまりダメージ無いんですけど……。
キャーとかイヤーとか言わない私と、カッターを持った子と思わず見つめあいになってしまう。
「跡部様と別れるって言いなさい」
「あと忍足君にも2度と近づかないで」
口々に勝手なことを喚きたてる。跡部に懇願されるように言われて付き合い始めたと言うと目の前の子達は卒倒するんじゃないかと思う。
それも面白いかと思うけど、バカバカしくてこれ以上口を開く気にもなれなかった。
「どうなの?別れるって言わないなら、本当に髪切るわよ」
精一杯の恫喝のつもりだろうけど、カッターを持つ手がかすかに震えていてそれが微笑ましくて思わず微笑ってしまう。
それが勘に触ったのか、カッターを持つ手が振り上げられて振り下ろされるのをスローモーションのようにボーっと見ていた。
ザクリ
無駄に伸ばしていたので、腰につくくらいあった髪が30センチくらい切り取られたのが見える。
「あっ」
切られたほうより切った方が動揺しているみたいで、オロオロと仲間を見ているその様子を見て何だか怒る気も失せてしまう。
「これって、私が貴方達に髪切られたって跡部に告げたら大変な事になるんじゃない?」
確か、親が左遷とかそういう事になるって噂だったと思うけど。
「ご、ごめんなさい。お願いだから跡部様には言わないで」
いきなり手のひら返しで、20数人に一斉にそう言われて謝られてしまう。
内心、謝るなら最初からするなーって怒鳴り散らしたいけど。相手がお馬鹿お嬢様方だということで思い直して。
「今回だけ、特別に内緒にしてあげるわ」
そう言うと皆あからさまにホっとした顔になった。
ため息をつきつつ、正直面倒くさい事が嫌いだから。
今後の為に一言だけ付け加える事にする。
「でもこれ貸しだから、今後同じようなことがあったら即座にこの事言うからね」
と言って、釘を刺すことは忘れなかった。
お嬢様方と別れて、ザンバラになった髪でその場でどうしようか唸っていると携帯が鳴る。
跡部からで、部活が早く終ったから一緒に帰ろうというお誘いだった。
『今何処に居る?』
「まだ、学校に居るわよ。だから…」
イエスの返事をしかけて自分の髪の状態を思い出して、断わりの返事をしようとしたら後ろから誰かに携帯電話を取り上げられて、反射的に振り返ると憮然とした表情の跡部が居た。
「………………。」
30秒ほど無言で見詰め合ってしまう。
「その髪はどうした?」
「えーと気分転換で、自分で切ってみた…いやー失敗しちゃって」
自分でも白々しいとは思うけど、たははと笑って誤魔化してみるけど。全然笑ってくれません。
「そんな、馬鹿な言い訳を俺が信じるとでも思うのか?」
地面に切断された髪が散らばっていて、髪は長いところや短い所があるザンバラ状態。
どう見てもイジメに遭いましたっていうのが、アリアリと分かるその状況。
「私の言う事を信じてくれないの?」
これ以上追求してほしくない、その気持ちを込めてそうつっぱねてみる。
私のその言葉に、跡部の顔が辛そうに歪む。
「俺はお前を守りたいと思っている。にとって俺のその気持ちは、重荷なのか?」
「そうじゃない。そうじゃないの。私は平気だから、相手の子達も反省しているみたいだから事をあらだてたくないだけなの」
「そうじゃねぇだろ。そんな事されて、平気な訳ねぇだろ?」
切られた髪を掌で掬い上げて、ぎゅっと握り締められる。
その表情を見て理解した。私が傷つけられるのを見るのが嫌なんだ。
大切にされている。
今まで付き合った誰よりも一途に私の事を思っていてくれている。
「元々、切ろうと思ってたんだ。だから髪を切られても、全然平気。そんな事より、私なんかの為にそんな顔するのを見てるほうが辛くなる」
そう言い終わらないうちに、グイっと引き寄せられて抱きしめられる。
頭一個分ある身長差で胸に顔をうずめる形になる。跡部のコロンと跡部の体温に包まれる。
「私なんかって言うな。お前は俺が惚れたただ一人の女だ。守ってやりたい。大切にしたいとそう思うのに……。もっと自分自身を大切にしろ」
心に熱が灯る。
私の事を思ってくれる、一途でかわいい男。
一人になりたくない、寂しさに負けて付き合うことを了承した私。
ずるい私。
なのに、愛されていることがとても嬉しくて目の前の男をもっともっと惹きつけたいとそう思う自分が確かにここに居て。
自分自身に生まれたたくさんの矛盾点を誤魔化すように、自分から跡部の背を抱く。
華奢に見えるけどしっかりと筋肉のついた、男の背中。
指を背に這わすと、顎を掬い上げられて口付けが降ってきた。
最初は壊れ物を扱うように、ゆっくりとした優しい口付け。
だけど、ちゅちゅと啄ばまれ歯列を割られ口付けが深くなるうちにどんどん激しくなっていく。
今までの口付けに対しては何処か消極的で、流されるといった感じで答えていたけどここへ来て初めて積極的に口付けを受ける。
激しく絡められた舌をやさしくなだめるように、吸い上げて敏感な舌裏をなぞるとピクリと跡部が反応する。
その反応が可愛くて、嬉しくて悪戯心を刺激された私は跡部の下肢に手を伸ばしてみる。
其処は、服の上からでも分かるくらい熱く隆起しててやさしくなぞりあげると跡部の身体が大きく震えた。
その行為がお気に召さなかったのか、乱暴に突き放された後に有無を言わさず手を取られ引きずられるように歩いていくと、黒塗りのロールスロイスが止まっていて突き飛ばされるように中に入れられしまった。
「ちょっと、何処へ行くの」
「うるせぇ。ここまで俺を煽ったんだ。今更嫌とは言わせねぇ」
そう言われて、この後の展開が容易に想像出来てしまって顔が赤らむ思いがする。
でも、このまま中途半端な状態で跡部を受け入れていいのだろうか?
その疑問が自分の中に残る。
「嫌なら今のうちに言え。今ならまだ帰してやれる」
私の沈んだ様子に、跡部がそう声を掛けてきた。
強引なのに、優しい男。
私からの拒絶の言葉を何よりも恐れているのに、そうやってまだ逃げ場を用意してくれる。
跡部との付き合いを受け入れた時からいずれは、来るだろうと予想できた展開。
好きだという気持ちに付随してまわる。身体の関係。
昔はそれが無くても恋を維持していくことが出来た。
でも、一度その一線を越えてしまうとそれ無しでは恋は成り立たない。
「い…やじゃない。いやじゃないよ」
100%好きって言う感情じゃ無いけれど、私へ愛を注いでくれる男を拒み続けることは出来なかった。
「そうか」
嬉しそうに笑う跡部の顔を見て、これで良かったんだそう思いこもうとしていた。
2006.02.15UP