守ってあげたい 29話 〜忍足side〜
例の電話の翌日、いつもならギリギリに朝練に行くのだが、その日はわざわざ10分前に跡部を捕まえてあの電話の内容を聞き出そうとしていた。
「どういうことや?何で昨日、と一緒やったんや」
「…………。」
「俺はを抱いたりはしてへん。お前でも無い。なら、誰が抱いたっていうんや?」
問いかけても、氷のような……。いや氷の下でゆらゆらと揺れる青白い炎が見え隠れするような激情を押さえ込んだような瞳をして、俺を見ていつものような人を小バカにしたような顔をして俺を見る。
「を抱いたのは俺でも無い。……忍足お前でも無い。なら、他の男だろう」
「第3の男がおるちゅう訳か……」
「クッ……」
俺の発言を受けて、跡部が皮肉げな笑みを見せた。
「何や?」
「お前と、の事でこれ以上話す事は無い。一つだけ言うことがあるとしたら、を最後に手に入れるのは俺だ」
「まぁ、出来るならやってみい」
火花が散るとでも言うだろうか、男の本気同士がぶつかり合う。
お互いに譲れるものと譲れないものがあって、今回の“”だけは譲るわけにはいかない。
それは跡部とて同じことのようで、まっすぐに俺を見据える瞳がそれを物語っていた。
まさに一発触発の状態に、終止符を打ったのは能天気に登場した岳人の声だった。
「おはよー。あれー、おまえら見つめあっちゃって何?もしかして出来てたりしてー。んにゃわけねーか」
たははと笑うその姿の緊張感のカケラも無いその様子に、お互いの気が抜けた。
その場はそれでお開きになって、それ以降は一人でその事実を自分で色々考えてみた。
何を憶測するよりも、を問いただすのが一番早い。それは分かっている。
だが、の口から決定的な言葉を聞くのが怖いそう思えてしまった。
自分のモノでは無い女を責める権利など無い、理屈では分かっていても心がついていかない。激しく攻め立てて、激情のままに抱いてしまいたい。
獰猛な獣のような己の欲望と、己自身の変容にとまどいさえ覚えるほどだった。
冷静になる時間が必要だった。朝練が終ってからずっと、授業も出ずに適当な場所で時間を過ごしてずっと考えていた。
遊びなれた女のように巧みなキスを返す。
俺に好意を抱いていない、生意気で可愛い女。
それだけの存在のはずだった。だが、を深く知るにつれ惹かれていった。
同情でもなく自然に俺の欲しい言葉をくれ、俺が一番辛いときに抱きしめてくれた。
優しくて、深い愛情を自然にくれる唯一の女。
―――お前に愛を告げて、そして拒絶されたらどうすればいい?
愛している。この言葉が何よりも重たく、そして辛い。
美冴姉さんに対する感情とはまた違うその思い。美冴姉さんに対する感情はただ、せき止めるばっかりで苦しさばかりだった。だが、への思いは甘く胸を焦がすような思いと切なさが交互に襲ってくるようで……。
自覚をすればするほどに、坂道を転がるようにこの思いは膨らんでいった。
「恋をしたら、情けない男になるいうんはホンマやなぁ……」
いつだったか、岳人が好きな子を前にするとうまくしゃべれないそう言っていたのを、「好きやったら好きっていうたらええがな」そう自分は簡単に言ったら、岳人は「そんな簡単に言えるわきゃねーだろ?恋したら皆臆病になるんだよ」この時はそう言われても、その本当の意味は分かっていなかった。
今岳人の言葉の意味が、痛い程よく分かる。
今まで自分はどうでもいい恋愛しかしてこなかった。本気でどうしても失いたくない女に出会って、どうしても手に入れたい時はどうすればいいのか。
それを延々と考えていた。
いくら考えても、明確な答えが出る事は無かった。だが、跡部という強力なライバルが居る今ゆっくりしていられないというのは明白だった。
「結局腹くくれいう事か」
うるさい外野を、排除する為にファンクラブ解散させるくらい本気になってしまっている自分が居て、その必死さに自嘲してしまった。
「面白いくらいこっけいやな」
思わず、つぶやきが漏れた。
情けない男に成り下がってもいい、俺はお前が欲しい。
半ば強引に、放課後の約束を取り付け有無を言わさずに自宅のマンションに連れ込んだ。
「跡部から大体は聞いたけど、改めての口から事情聞かせてもらえるんやろうなぁ?」
自分の中に最早余裕など無いのに、わざとそれを押し殺し余裕ぶって問いかける。
「別に、忍足と付き合っている訳でもないのに…。話す必要ないじゃない」
返される答えは、予想通り切り捨てる言葉で。『付き合っている訳でもない』この言葉に自嘲の笑みが出る。
を目の前にして、今まで恋愛で培ってきた経験がまるで通用しないことに気付く。
半ば、カマをかけるような真似をして聞きだした内容は驚愕の事実だった。
一夜の過ちで、バージン無くしたなどと寝耳に水もいいところで……。
どうやら、初めて会った見も知らぬ男が相手だったらしく。恋愛感情の無い相手なら、笑い話で済むような事だろうが、笑えない事実とその見も知らぬ男への嫉妬の感情で半ば、口からこぼれ落ちるようにへ告白の言葉を言っていた。
「私も、忍足の事が好き」
その言葉を聞いて、信じたことの無い神にさえ感謝していた。
華奢なの身体を抱き寄せ、抱きしめる。
今あるこの幸せが何処へも行かないように、ぎゅっと抱きしめた。
どうしても、ベットがいいというかわいい我侭を聞き入れて、薄明かりの中でお前を抱く。
精一杯余裕があるフリをしてはいても、抱く相手がお前というだけで何もかも勝手が違う。技巧の限りを尽くして、慈しみたいと思うのに激情のままに貪りつくしたいという相反する感情が渦巻く。
長い髪がシーツに散らばり、嬌声を噛み殺ろそうとするその風情がさらに劣情を誘う。
「……んっ…ふぁ……」
「何で、ええ声かみ殺すんや。聞かせてぇな」
「…ヤ…」
「こんな時でも、強情やな。まぁええわ、いくらでも啼かすすべはあるしな」
何度目かの交情なのに、欲しい気持ちが抑えられない。
まるで、初めて女を抱きた時と同じよう…。いやそれ以上に、飢えて飢えて今目の前に欲しい相手がいるのにその気持ちを抑えきれない。
蜜が滴る下肢に、再度己の欲望を沈めても今欲しい女の体内に居るのに。
それなのに、明確なる飢えに侵食されそうになる。
「キリが無いかもしれへんわ」
「はっ…ん……。や、もう。……ああっ」
繋がったまま、の口の端から零れ落ちる唾液を舐め取る。ネロリと舐め上げて、そのまま愛撫を首元から耳朶へと移していくと耳元を責めただけで、きゅっと締め付けられてしまい。
「うっ…」
とうめき声が漏れた。
「フッ…」
笑われた気配がして、を見ると快楽に蕩けた顔をしていながらも楽しげに笑っていた。
愛おしさに胸が掻き毟られるとは、このことだと身をもって知る。
「随分、余裕やんか。なら、もっと啼いてもらわんといかんなぁ……」
そう嘯いて、どうやら弱点らしい耳元を責めながら腰を使うと絡めとるように締め付けられる。
もって行かれそうになるのを、何とか留まり宣言どおり啼かせる事に成功してから何度目かの精をのお腹の上に放つ。
半分失神するように眠りについたの身体についた残滓を拭い。自らも眠りにつこうとするが、寝顔を見ているだけで収まったはずの欲望がたかぶってくるのが分かる。
「ホンマ、キリ無いわ」
節操のない息子に苦笑を漏らしながら、眠るを抱きこんで眠りにつくことにした。
「幸せすぎて、怖いちゅうんは。ホンマやな」
今この手にある幸せが、消える日を思うと不安に思えて仕方ない。
らしくなく、弱気になっている自分自身を笑いが出る。だが、消えることの無い不安に苛まれる。
「愛しとるで、」
眠るに、口付けを贈り本格的に眠りにつくことにする。
儚い幸せと知らずに、恋人達は二人身を寄せ合って眠りについた。
2006.01.15