守ってあげたい 26話
教室からズルズルと引きずられて、ポイっと車の中にほうりこまれてしまった。
お高そうな車の中でも、跡部はむっつり黙ったままだった。
「…あの……。電話してもいい?」
そう問いかけると、やっと口を開いて。
「駄目だ」
とにべもない答え。
「でも、忍足と約束してるから……。」
今日の放課後は忍足曰くラブラブデートの予定だったので、交友棟で待ち合わせをしている。
だから、このまま私が連絡しないといつぞやの鳳みたいに待ちぼうけになってしまう。
「俺より、忍足の方が大切か?」
「え?」
そう、言われても現在佳境ですしね。もうちょっとで、この事にケリがつきそうだから出来るなら跡部の事は終わってから考えたいから…。
「現在(いま)は忍足との事を優先したいと思ってるけど……」
そう言うと、跡部は瞬間悲しい瞳をしてその後私に口付けてきた。
革張りのシートに押し付けられ、身動きすることも出来ずに一方的に口中を蹂躙される。
顎をテニスをする握力でつかまれ、閉じる事が出来ない状態で歯列を割られ飲み込むことの出来ない唾液が滴っても許してもらえなかった。
精一杯の抵抗で、肩口を押しても華奢に見えるその体の充実した筋肉を感じ取ることが出来てしまって、ほとほと男と女の力の差を思い知ってしまった。
私の呼吸すら奪うかのような、強引な口付けで意識が朦朧としてきたころやっと口付けから開放された。
私の襟元のネクタイを解こうとする跡部が目に入るけど、今は抵抗する気力も正直無かった。
ふと、動きの止まった跡部をぼんやりと見返すと、跡部がある一点を凝視しているのが分かった。
その目線の先には、コンシーラーとファンデーションで隠した千石に付けられたキスマークがある。
指で、その部分をなぞられるとヒクリと無意識に体が震えた。
「ロストバージンしたそうだな……」
「あっ…。いや、それはデマというかなんと言うか」
あははと笑って誤魔化せない雰囲気に泣きそうになりながら、私はこの場を切り抜ける作を必死に考えていた。
その時、バイブにしていた携帯電話が胸ポケットで振動を初めてモーターの小さな振動音が跡部と私の間に響き渡る。
「出ろよ」
「えっ?いいの?」
タイミング的に忍足だと思うし…。不審に思いつつも、確認するとやっぱり忍足からで。
「あー。ゴメン、ゴメン今日行けなくなりそうなんだ」
『なんや、そうなんか。なら早う言うてくれなんだら、ずうっと待ってたで。埋め合わせはキッチリしてくれるんやろうなぁ?』
「んー。それは、また今度考えるから」
『さよか、まぁ期待して待っとるわ』
電話越しに、忍足の笑う気配がしてつられて私も微笑むといきなり通話中の携帯を跡部に取られてしまった。
「ちょっと、返して」
取り返そうとしても、私の抵抗なんか赤子の腕を捻るようなものなのか、全然相手にもされなかった。
ナチュラルにムカツク。
「よう、忍足。は今日俺が借りるぜ」
『跡部、お前今と一緒なんか!?』
忍足が大きな声で、怒鳴っているので忍足の言葉も確認出来た。
「ああ。なぁ、忍足を抱いた感想はどうだ?」
その跡部の言葉を聞いて、眩暈がしてしまいました。
跡部に知られたのは、教室であんな話をしてしまった私の過失だけれども。それをまさか、跡部の口から忍足に言われるとは思ってもみなかったので呆然自失の状態に陥りそうになった。
すぐ、我に返って携帯を奪い返そうとするとあっさり携帯を返してくれたけど、その時には既に忍足との通話は切れた後だった。
「忍足が相手じゃねぇらしいな……。、お前を抱いたのは誰だ?」
神様、私何か悪いことをしましたか?
クラクラとした眩暈に襲われながらも、全然意識クリアな自分が恨めしいと思いつつ。普段は思い出しもしないような神に祈ってみた。
当然ながら、神の助けなんかは来ませんでしたが…。
ここで、私のお初の相手が跡部も知っている千石清純だって言えたらどんなに楽かと思いました。
変な話、自分が25歳って偽ってなくってそのまんまの私で千石と間違いを起こしたとしたら普通に言っていたのかもしれない。
確かに、酒に酔って初めて会った男と目がさめたらホテルってとても褒められた所業じゃないと思う。
でも、それが偽らざる本当の自分だからソレから目を逸らすつもりも無いのでどっちかと言うと、ソレで幻滅して離れていくならどうぞって感じだった。
でも、千石は私の事ハタチをとうに過ぎたお姉さまだと思っているから、ここで下手に名前を出して騒動に巻き込むのだけは避けたいとそう思った。
意を決した私は、こう切り出した。
「ウサばらしに、飲みに行って。目が覚めたら知らない男の人と、ラブホテルに居ました。以上。これが全部よ」
だから、相手の事は分かんない。そう続けて、笑ってやった。
ある意味ヤケクソですけど。
「う、嘘とつくな。そんな作り話、誰が信じる!?」
「んー。そう言われても事実ですしねぇ…」
証明しろって言われても困るし……。
そうこう話していると、車が止まり運転手さんが扉を開けてくれた。
降りなきゃダメよねぇ…。目的地は、アトベッキンガム宮殿かと思っていたけどどうやら違っていて○本木ヒルズのマンションってこんな感じっていうような、億ションに連れて来られてしまった。
「ここは、別宅?」
「俺の、プライベートルームだ」
さらっと言いますけど、ここ余裕で200uありそうなのですけどね。大理石の床といい、金持ちのお金の使い方は正直理解出来ないと思いました。
中学生の息子に、こんな億ションを買い与えるってある意味人格歪みそうだけど。
あっ、既に歪んでるかと全然余計なことを考えていると。
なんとかってデザイナーズブランドのソファに座っていると、また跡部が覆いかぶさってきた。
「見ず知らずの男に抱かせてるんだから、いいだろ?」
そう問いかけられて、カっと血が頭に昇り力ではかなわないのでおもいっきり頭突きを食らわしてやった。
ゴッ
跡部の額にヒットしたらしくって、自分もかなり痛かったけど不意打ちをくったおぼっちゃまは初体験だったらしく言葉も無くもんどりうっている。
「誰かに抱かれたから、いいだろって馬鹿な事言わないで。その論理でいくと私は万人に足開かないといけないことになっちゃうけど。跡部はそんな安い女が欲しかったの?」
非常に女を見下げている発言に、ため息交じりにそう言うと。
「……。わりぃ」
と小さく謝罪を返してきた。
「相手の事が好きだから、力づくにでも手に入れたいっていうのは男の論理よ。そんなのは愛でも何でも無いわ。
愛は慈しむものでしょ?なんでも、お金や力で解決できると思わないで……。」
私のこの言葉を聞いて、跡部は深いため息をついた後にこう言った。
「お前を抱いた、その見ず知らずの男に嫉妬した。そんな事を聞いても、この思いは無くなるどころか強くなる一方だ。
なぁ、教えてくれ。お前が俺を愛するようになるにはどうしたらいい?」
氷帝の帝王と呼ばれる彼が、迷い子のような瞳をして私を見る。
ゆらゆらと揺れる綺麗な蒼い瞳を見ていると、吸い込まれそうになるような錯覚を覚える。
だから、意識せずに言葉が口から零れ落ちた。
「愛する人と相愛になれる方法なんて、そんなの私が知りたいくらいだわ」
「なら、俺が教えてやる。俺を好きになれ、俺がお前だけを愛してやる」
その言葉と共に、跡部の熱い口付けを受けながらも…。本当にその言葉が真実だといいのにと頭の片隅でそう思った。
反射的にその口付けに答えながらも、この目の前に居る跡部の気持ちを量りかねていた。
あの後、跡部は家からの呼び出しがあって車で自宅まで送ってもらったけど。
家に帰ってから、ずーっと考えていたけど。
自分で自分の気持ちが分からなくて、考えれば考えるほど袋小路に嵌ってしまってしまいには考えることを放棄してしまった。
自分自身が、誰を好きでどうしたいのか…。己の事なのに、自分自身の気持ちが分からない。
「生きなおすどころか、失敗ばっかし……。」
つい独り言が、漏れる。
中学時代の自分の部屋と似ていて、違う部屋で一人膝を抱えて私は途方にくれていた。
2005.12.18UP