守ってあげたい 22話















保健室が見えてきて、足音を立てずに近づいて耳を澄ますと中から話し声が聞こえてきた。


「どうして、いきなり学校辞めるんや?結婚するんはもう少し、先のはずやったはずやのに……。」

「…言いにくいのだけど……。実は、赤ちゃん出来ちゃったの……」

「え?子供が?」

「ええ。今3ヶ月なの、本当はまだ勤めるつもりだったけど、征士さんが『辞めてくれ』って頼むものだから……。予定外の妊娠だったけど、叔父様や叔母様も喜んでくれてて……。
勿論、ゆうちゃんにも報告するつもりだったんだけど…。何だか照れくさくて……。」

「そやったんか…。いや、突然やったから吃驚したわ。おめでとうさん。ホンマ自分の事のように嬉しいわ」

「良かったゆうちゃんも喜んでくれて、急なんだけど結婚式もお腹の目立たないうちにという話になって、6月にすることになったの」

「ほな、6月の花嫁のJune brideって訳やな…。おめでとう」

「ありがとう。結婚したら、私は忍足の実家に住むようになるから。あっちに、行ったらゆうちゃんこっちの一人になるから心配だわ」

「俺かて、もう子供や無いし大丈夫やって。ホンマ子供やないんやで……。まぁ、ええわ。とりあえず、授業始まるから行くわ」


ガラっと戸を開けて、忍足が出てきた。

瞬間かける言葉が思いつかなくて、しばし無言で見つめ合う。


「なんや?」

「え、ちょっと心配になっちゃって……。迷惑だった?」

「彼女のお迎えが迷惑なわけないやろう?」


中に聞こえるほど大きな声で言われて、谷崎先生に聞かせる為の会話だという事がわかる。

忍足の声に誘われるように、先生が出てきて。


「あら、彼女?」

「ああ、そうや。最近転校してきた、同じ年のって言うんや。可愛いやろ?」

「ええ。可愛いわね。良かった、ゆうちゃんにも彼女出来たのねぇ。なら、私も安心だわ」


はじめましてと挨拶をしてみたけど。私を紹介したのも、もしかして先生を安心させる為?

忍足本当にこの人の事好きなんだ…。

そう思うと、何故か心の中がズキリと痛んだ。


「じゃあ、私引継ぎの書類作らないといけないから。貴方達も授業早く行きなさいよ」

「ああ、分かってるって」


谷崎先生が去って行くまでの、忍足は怖いくらいの笑顔で姿が見えなくなった途端。
憂いを含んだ暗い表情になった。
黙って、教室とは反対方向に向かって歩いていくので心配になった私はついて行くことにした。
付いた先は、屋上だった。
そこに付いても、忍足はしばらく無言で。沈黙の後、やっと紡がれた言葉も。


「悪いけど、一人にしてくれ」


拒絶の言葉でしかなかった。


「ここで、一人泣くつもり?」

「俺の完全な失恋を笑いにでも来たんか?」

「…………。」

「笑いたかったら、笑え。女たらしって言われとっても、本当に好きな女には告白はおろか、指一本触れられへんかった。情けない男や、腹の皮捩れるくらい笑うたらええんや」

「忍足は、凄いよ。私とは違って強いと思った」

「何がや?俺の何処が強いって言うんや!」

「気持ち伝えなかったでしょ?それが、強いって思った」

「俺は、告白することも出来んかった意気地なしや」

「………。思いを伝える事が必ずしも正しい事じゃない。
私は、自分の思いを貫きたいっていう勝手な思いで、告白して。
友達も、彼氏も全部傷つけた。失ってしまったものは、もう戻らないけどから。
思いを飲み込んで笑って相手の幸せを願える忍足は偉いよ」


言い終わると同時に、ぎゅっと抱きしめられた。
その抱擁は性的な意味合いは無く、嗚咽こそもらしていなかったが忍足が小さく震えていて泣いていると思ったのだ。
私からもゆっくりと忍足の背に手を回して、優しく抱きしめた。

その行為には計算も何も無かった。

ただ、目の前の傷ついた瞳をした男を癒してあげたい。そう思った。

自分と似ていて、違う愚かで優しい存在をもしかしたら好きになってしまったのかもしれないと思ったけどその思いを打ち消した。

だってこの男は、を傷つけた男なのだから……。



















跡部side



一度振られた相手を諦めきれずに思い続ける。こんな格好の悪い事を俺がするなんて思ってもみなかった。



あの女の事など、すぐに忘れるつもりだった。だが、忘れようとすればするほどにお前の笑顔が目の前にチラついて離れない。


「景吾どうしたのぉ?」


取り巻きの中で、顔も体もいい女に適当に誘いをかけその女を抱くつもりだった。
だが、とは違う茶色に染めた髪も、しっかりメイクされたその顔も媚びた態度もすべて疎ましく感じられる。


「気が失せた。帰れ」

「やっ、どおしたのぉ?私そのつもりできてるのにぃ」

「うるせぇ。とっとと帰れ」


尚もウダウダ言い募るのを無視して適当に放りだした。




俺が本当に欲しいのは、たった一人アイツ――だけだった。

俺に向けられる事のない笑顔。それを当たり前にように向けられている忍足を見て、嫉妬という感情の意味を初めて知った。


―――オマエガ、ホシイ


原始的な衝動が湧き上がってくる。今すぐ、引き倒して犯して俺のものにしてしまいたい。

こんなにも俺を熱くすることが出来るのはお前だけなのに…。

なのに、お前だけが俺を見ない。

触れることも出来ずに、ただ指を咥えてみているしか出来ない。
そんな日々がしばらく続いて、俺はあることに気が付いた。

忍足とお前の関係の不自然さに・・・。

気が付いたらどうしてもお前を問い詰めずにはいられなかった。

案の定、忍足との関係が作り物で目的は忍足に復讐することだと言う。

それを秘密にすることを条件に、俺は形振り構わずを求めて口づけた。

情けないと自分でも思う。だが、どんな事をしてもお前が欲しいそう思う気持ちを抑えられなかった。




朝の集会の後。

教室へと向かわずに、何処かへと向かうの後を付けてみると。

保健室の前で、忍足と保険医とのやりとりを見てしまった。

からざっと状況を聞いていた事を照合すると、忍足の弱みを握ったと言っていたがもしかして保険医が関係しているのか…。
何となく声をかける機会を逃してしまって、忍足の後をついて行くの後を追って行くと。

しばしのやり取りの後、二人は抱き合った。

自分で自分に言い聞かせるあれは、の計略だと……。だが、忍足の背を抱くの表情があまりにも優しくて…。

嫌な予感が頭を過ぎる。


だが、これが目の錯覚や気のせいでは無いということは分かっていた。

誰よりもを見ている俺だから、俺は気付いてしまった。

の忍足への気持ちを……。





それでも俺は、お前が欲しい。そう思うのは俺のエゴなのか?









 




2005.11.25UP

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