守ってあげたい 21話
忍足の気持ちがこちらに動いてるのが分かってしまう。
この手のタイプの人間は、警戒心も人一倍強いのだけど何かの拍子にその領域に踏み込んでしまえば気を許して素の状態を見えてくれるようになる。
何処でそのハードルを越えたのかなんて良く分からないけど。
感覚的に分かるのは、後一押しだということだった。
皮肉な事に、本当に自分に似ていると思う。だから、気を許した人間に裏切られるとどうなるかまで想像出来てしまう。
ふと、もし私の試験を彼――忍足侑士がクリアしたとしたらどうするつもりなのか?
それを考えてなかったことに気が付いて、思わず考え込んでしまった。
「、どないかしたんか?」
しまった、忍足と昼食中だったことを失念して考え込んでしまったようだ。
「えっ……。何でも、無い。今日の晩御飯何作ろうかなと思って……。」
「もしかして、が作るんか?」
「あれ?言ってなかったけ。うち母さん死んで居ないんだ。だから、家事全般は私の仕事だから」
別に隠す事でも、何でも無いからなるたけ明るく笑ってそう言ってみる。
「そやったんか……。そら、大変やったな」
「でも、無いよ。母さん死んだのは、1年も前だしね。元々家事とかは好きだったから」
それに、父さんは殆ど家に居ないしね。実質一人暮らしのようなものだけど、そこまでの情報を忍足に与えるつもりは無かった。
私自身も知らないうちに、忍足を自分の心の中に入れてしまっているのかもしれない。
自覚の無いままに、侵食されていくような危険な感覚がするから。
これ以上接点を増やす訳にはいかないと思う。
同病相哀れむ、その言葉がぴったりの関係で同情が愛情に変わるかどうかなんて、微妙すぎてそれこそ笑えないと思う。
「そうか。ならええけど。なら、彼氏としては手料理をご馳走になってみたいと思うんやけど」
「いいわよ」
「え、ホンマか?」
「手作り弁当をご馳走してあげる」
としっかり線引きしてみた。
偽りのカレカノだから、踏み込んでもらわれると困るの。
この間みたいに、皆でマンションに来るといかいうんじゃ無いでしょうしね。
それこそ、二人きりの空間なんてのになったら目の前の狼にぱっくり美味しく頂かれそうで嫌だ。
「なんや、ご自宅に招待して頂けるんかと期待してもうたわ」
「ふふっ。残念でした」
何でもないやりとりが、とても穏やかでふと自分の目的を忘れそうになる。
偽りの関係なのに、どうしてこんなに楽しいのだろう?
私自身も、だんだん自分の気持ちが分からなくなりつつあった。
回りにアピールする為の二人きりのランチが終わって5時間目が始まり、ペンケースを開けるとメモが入っていた。
そのメモの内容は、正直想定内の事だったので思わずクスリと笑みが漏れた。
『放課後、生徒会室まで来い。跡部』
忍足から漏れ聞いた様子で、まだ完全には諦めていないと思っていたけど。
その予感は的中で、おそらく跡部に見抜かれるかもしれないとは思っていたのでこの呼び出しもある意味予想どおりだった。
すぐ横に居るのに、わざわざメモにしてくるあたりこっちの思惑を汲んでいると思える。
何処まで、見透かされているか楽しみにしてしまう自分も居て微笑みを浮かべてしまう。
私の笑う気配に、さっきまでそっぽを向いていた跡部がこちらを見る。
跡部には見せた事の無いような笑顔でにっこりと微笑んでみると。目の前の俺様の顔が、みるみる赤くなってゆく。
あら、案外に純情なのね。どっちにしても、対策はもうあらかじめ考えているから私は余裕を持っていた。
放課後、どうやら今日はテニス部の部活動がお休みのようで忍足から一緒に帰ろうというお誘いが入ってはいたが。
当然跡部からの呼び出しが入っている私が其を受け入れる訳にも、いかなかったので適当に友達と約束があると言って断って先日連れて行かれた場所に今度は自らの足で向かった。
ノックもせずに、ガラリと扉を開けて中に入ると跡部が既に来て居て待っていた。
「良く来たな」
「呼び出しがあれば、来るのが普通でしょ?」
しかし、前回も思ったけど。この部屋何処の会社の、社長室かっていう内装よね。
大きなデスクに、立派な社長椅子?まであるし、その向かいには立派な応接セットがあるしね。
クイっと顎で、着席を促されて前回は突き飛ばされたソファに座ってみた。
跡部は社長椅子に腰掛けていたのだけれど、わざわざ私の対面では無く私の左側に座った。
うわっ、というか近いのですが…。
30センチ隣に腰掛けるとかいうレベルじゃなくて触れ合うくらい近くに座って来てしまって……。
「少し離れてくれると嬉しいんだけど……。」
そういうと無言で、隙間を開けてくれたけどその間5センチで、微妙だと思うけどそれ以上要求するもの憚られたのでとりあえずここに来た目的を果たす事にした。
「で、今更私に何の用かしら?」
「忍足に何をするつもりだ?」
いきなり確信を突くその言葉に、二の句がつけないとはこのことだと思うけど。
ここで、動揺を見せるといけないと思ってポーカーファイスのままで。
「えっ?何の事かしら?言っている事の意味がよく分からないわよ」
「なら、質問を変えよう。そこまでして、俺を遠ざけるのは何故だ?」
「………。」
跡部のインサイトにかかれば、全てお見通しになってしまっているらしい。忍足とのニセモノの関係も見破られてしまっているらしい。
その上で、真の目的が忍足だと気付かれているようで……。
こりゃどうやって、誤魔化しても無駄のようだったので。取り込んで、誤魔化すしかないのだけど……。
その方法はあらかじめ検討済みだけど、出来れば使いたくない手の一つだった。
ふぅーと深いため息をついて、髪をかき上げる。
「何処で分かったの?」
「お前と忍足をよく見ているとそれくらい分かる。わざわざ、人前でしかベタベタせずに逆に人目の無い場所では手すら繋がない。不自然だろう?」
確かにその通りで、見られている場所でしかイチャイチャしていないのでそれを指摘されるとどうしようもなかった。
「最初は、俺を遠ざける為に芝居を打っているのかと思ったが。それだけで、がこんな事をする説明がつかない。なら導き出される答えは、俺が目的じゃないなら忍足が目的としか思えないだろう?」
反論できるならしてみろという風情で、目前で微笑まれてしまって正直白旗を揚げたい気分だ。
「ここで違うって言っても多分無駄でしょうね。一つ聞いてもいい?」
「何だ?」
「跡部は本当に私が好きなの?」
私の問いに、跡部の蒼い瞳に力が宿り。
「好きだ」
何の迷いも無く返される答え。ここで、私の何処が好きなんて問いかけるバカな女じゃないけど。ほぉーっと深いため息が漏れた。
本当何故私なんか真面目に好きになるんでしょうね。
私が深いため息を吐くだけで、不安げに揺れる綺麗な瞳。
「俺の思いが、迷惑なのか?」
ここで「はい」って言える女がいたら出てきてもらいたいと思いました。心情的には「はい」って言いたいけど。
彼の真剣な思いが分かるから、それは言えなかった。
「迷惑というか、正直現在(いま)恋愛をする気分じゃない時に好きって言われてもピンと来ないってのが正直な答えなの」
「なら、いつになったらそういう気分になるんだ?」
そう問い返されても、明確な答えが自分の中にある訳じゃないから何も言えなかった。
「……忍足との関係が恋愛じゃないとしたら何なんだ?」
「うーん。復讐かな?」
適当な言葉が思いつかないけど、こうなった以上隠すつもりは無いので大筋を跡部に説明してみた。
最終的に最後に試験をしてから云々は、省いて説明してみた。
試験をクリアしたらどうするかを私自身決めかねていたから…。
「ほう、なら忍足を落として振るのが目的なのか?」
「うん」
「で、もう少しでそれも達成しそうなんだな?」
「え?良く分かったわね」
確かに、その通りだけどそこまで見透かされていると思わなかった。
「俺の観察眼を甘く見るなよ」
流石インサイトの持ち主だと思った。
「で、お願いがあるんだけど。この事忍足には黙っていて」
「それは、いいが俺の告白の行方はどうなっている?」
やっぱりそう来ましたか……。
「とりあえず、保留じゃ駄目?」
「保留なのか?」
うわっ、その目はイエスの答えしか許さないって言ってますよ。
あー。どう答えたものかなぁ……。
「忍足との一件が終わったら、ちゃんと答えを出すからそれじゃ駄目?」
甘えを含んだ声を出して言ってみる。
あんまりこんな甘ったるい声は出したことが無いので、自分で鳥肌が出そうで嫌だ。
「なら、口止め料が必要だぞ」
そう言われて、頬にかかる髪をすくいあげられて跡部の顔が近づいてくる。
口止め料がキスですか?まぁ、こういう展開も読んでいたから許容範囲だから。仕方ないなと瞼を閉じた。
唇が触れ合う直前に。
「。愛してる」
そう囁かれて、その直後に情熱的に口付けられた。
いきなり最初から、合わされた唇からヌルリとした舌が入ってきた。とまどい、逃げる私の舌を絡めとりひさびさの受ける側のキスに口付けだけでボンヤリしてしまうほど感じてきてしまって。
「……んっ…」
長いキスの合間に声が漏れ出てしまう。それに煽られたのか、背に回されていた手が胸を弄りだした。
あっ、今日の下着なんだっけ?とか考えている場合じゃないんだけど。前回のスポーツブラの失敗があるので、思わずそんな事を考えてしまう。
今日はピンクのレースだったと思うとか。そんな事を考えていると。
ブラウスのボタンを片手ではずして、ブラの隙間に手を入れて揉まれております。
必死で肩を押して、キスと愛撫から逃げようとしても左手で頭の後ろを固定されてて這い回る右手を阻もうとして手に爪を立てても全然相手にされなかった。
「…もっ…やめ…て…」
苦しいほどのキスの合間に、何とか抗議すると。
「もう少しだ、最後までしたりしないから。もう少しだけ、お前を味あわせろ」
とか言われてしまいました…。
というか、コイツは本当に中3かと思うようなテクニックで翻弄してくださります。
とりあえず、下には手がいかなそうなのでそれだけはホっとしております。
文字通り味わいつくすような勢いで、口中を蹂躙して下さいました。む、胸も散々弄くられて赤く充血してそうです。
最後にチュっと頬に口付けられて、今まで触れられなかった下肢をゾロリと触られた。
「しっかり感じていたようだな……。」
笑い混じりにそう言われて、羞恥に頬が熱くなるのを止められなかった。
ええ、しっかりと感じてしまってすごい事になってますよ。
あんまり恥ずかしくて、腹が立ったのでにやけきっている頬っぺたを捻ってやりました。
それすら彼には、嬉しい出来事なのかずーっと微笑んでいました。
ふと、もしかしてこの人マゾなのかもと思ってしまいました。
翌日、全校集会があってその中で保健の先生が交代する事を知った。
なんでも、急な事だけど結婚の為に退職するらしい。
後任の先生は、急な為に来月まで来ないけど臨時の先生が来てくれるらしい。
普通なら何のことも無いことだろうけど、これが忍足にどんな影響を与えるか知っている私は忍足に付け入るチャンスだと思うと同時に。
本当に彼を心配する気持ちと、二つの思いが鬩ぎあっていた。
「、大丈夫?」
無言で怖い顔をしていた私を、いぶかしんでが話しかけてきた。
「ん、ちょっと具合悪いから保健室行って来る」
「付いて行こうか?」
「大丈夫だから」
仮病だしね。心配そうなに心の中で、ゴメンとあやまりつつ。
集会が終わった後、保健室を目指した。
多分そこに、忍足が居るような気がしたのだ。
2005.11.20UP