守ってあげたい 18話














音楽室という場所には初めて入ったのだけど、教室というより個人レッスンが出来るような感じの部屋で流石氷帝というような感じの部屋だった。
スタンウェイのピアノが置いてあって、壁際に長椅子が置いてあったのでそこに座って話をする事になった。

口火を切ったのは長太郎からだった。


「本当に、忍足さんと付き合っているのですか?」

「え?…あっ、うーん。そうだけど……。」

「何だか、はっきりしない返事ですね。さんの意思で、さんが望んで交際することに決めたのですか?」

「うん。それは確かだよ」


まぁ、動機が不純だけどね。
忍足には、跡部に対するカモフラージュでしかも、保健室での一件を盾にとって脅してまで了承させたから。
私の意志っちゃ意思だよね。


さんは、知っているんですか?忍足さんには、他にも付き合っている彼女がいることを……。」


ああ……。自称彼女って名乗っている子なら、あの忍足なら2、3人居そうよね。
うーん。どう答えるのがベストなのかな?

この間からのメールでのやりとりや、私に対する態度からおそらくだけど好意を持たれているのが分かっていた。
正直、長太郎はとても可愛いと思う。だけど、それが恋愛の好きに繋がるかというとそれは今の私には結論の出ない答えだった。
だって、長太郎の好きになった私は以前の私と今の私は中身が違うから…。

もし、私が長太郎を好きになったとしても何だかズルしているようで自分で自分を許せそうに無い。
まぁ、ありていに言ってしまえばこの世界に居た15歳の私に嫉妬しているようなものだけど。

あまり考えると、自分で自分を嫌いになってしまいそうだった。


「そうなんだ。教えてくれてありがとう、でも恋愛は当事者二人の問題でしょ?
 心配してくれるのは、とても嬉しいけど…。大丈夫だから」


そう言って、やんわりと拒絶することにした。

本当は、当分は誰かと恋愛をするつもりは無い。
今もし誰かと付き合って、同じように裏切られたら……。
きっと私は立ち直れそうに無いから、今は傷ついた心を癒す時間が欲しかった。
だけど、跡部が私を好きだと言う…。正直これ以上、人に思われたり傷つけたりするのはご免だった。


「そうですね、分かりました。とでも言うと思っているんですか?」


あらー。ともかく、何か失敗してしまったようで…。
普段温厚な彼が怒っているようです。


「分かってるって、心配してくれているんだよね」

「そういう、意味で言っている訳ではありません」


ならどういう意味なの?ってそう聞いてあげたいけど、そう聞けば告白が始まりそうで嫌だ。
だから、私は。


「さっきね、朝一に跡部に拉致られて告白されちゃった」

「……。そう、なんですか。で、何て返事したんですか?」

「決まってるじゃない。『私は、侑士と付き合っているからお付き合いできません』
 そう言って断ったわ。誰かと付き合うときに、相手はどうであれ私は誠実でいたいと思うから」


だから断ったの、そう続けて微笑むと長太郎はとても苦しげな顔になった。

ごめん。でも、長太郎が好きだから。この関係を壊したくないんだ。
我侭だよね。今だけだから、きっと心が元気になったらちゃんと向き合うから。


「そんなに忍足さんが好きなんですか?」

「どうだろ?フィーリングがあったとでも言うのかな、多分忍足の思いが誰より分かるから惹かれたのかな?」

「それが、答えなんですね」

「うん」

「お願いがあります」

「何?」

さんを1度だけ抱きしめさせて下さい」


長太郎の瞳はとても真剣で、それが邪な気持ちからで無いことは明らかだった。


「いいよ」


私の許しの言葉を聞いて、長太郎の大きな手が私の肩をひきよせ大きな胸板に頬を寄せるとぎゅっと骨が折れるかと思うほど。
きつく抱きしめられた。

決別の抱擁。そう感じたけど、それを止めさせる事も長太郎の思いを受け入れる事も出来ないから。
ただ、黙って抱擁を受け入れるしかなかった。
こんな風に近くに寄らないと分からないような、シトラス系のコロンに混じる長太郎の匂い。
年下とは思えないほどの、しっかりした体躯に抱かれてこのまますべてを任せる事が出来たらどんなに幸せなのだろう。
そう思えた。

時間にしては2.3分の事だったのかもしれない。
でもその幸福なようでつらい時間はとても、長く感じられた。


フっときつい拘束がゆるむと、長太郎はさっさと身を翻して戸口に向かって。
背を向けたまま。


「しばらく、メール出来ないかも知れません。でも、必ず。必ずまたちゃんとメールしますから。だから、待っていてください」

「分かった。待ってる」


そう言って出て行った。
かすかに、長太郎の声が震えていたと思うのはきっと気のせいじゃない。

長太郎が出て行った後、こみ上げる感情を堪える事が出来なくて涙が零れた。








その後の授業は、とても出る気にはならなくてカバンもすべて置いたまま私は校舎を抜け出していた。






フラフラと当ても無く歩く。

お昼間学校のある時間帯だけど、気にする人も居なくてある意味ありがたい。

何をするでもなく、広場の噴水の前に座り込んでいるとあまり柄の良くないお兄様方が話しかけてきた。


「ねぇねぇ、何しているの?遊びにいこってば。その制服、もしかして氷帝?へぇーだとしたら、お嬢様なんだー」


適当に無視しているとペラペラと、大学生風2人連れはペラペラと話しかけてくる。


「おっ、もしかして照れてるの?」


俯いていると、見当違いの事まで言ってくる。
こういう手合いは、あまり相手にしないに限る。無視したまま、その場を去ろうとするけど。
がっちり二の腕を掴まれてしまって。


「駄目じゃん。何処行くつもり?今日はお兄さん達とゆっくり、朝まで遊ぶ事に決まったんだから」

「誰が!そんなのお断わりだって、離して」

「おっ、やっと口利いてくれた。シャイなんだねぇ。おい、お前車とって来い」


二人のうち、背の高いロン毛の男が短髪体育会系の男に命令している。

まごまごしていると、車に乗せられて何処かに連れ去られそうだった。

久しぶりだけど、出来るかな〜っと自問自答してみる。周囲を見渡しても、さっきと同じように知らんぷりを決め込んでいるようだった。

やるしかないようだった。

短髪の男が車を取りにいったをの確認して。


「ねぇ、もう逃げないから手離してくれる?」


右腕を掴まれているので、開いている左手で相手の頬をなぞりながら微笑んでみる。
騙されてくれると、馬鹿だな〜と思いつつ。誘惑してみると。


「その気になったのか、ふふ俺はいい男だからな」


と勘違いも甚だしく騙されてくれたようです。やっぱり男は馬鹿だと再確認した瞬間でした。右腕を離してくれた代わりに、お尻を撫でられております。

心の中で、3、2、1とカウントダウンして。

トンっと相手を突き放し、斜めに回り込んで軽く跳躍して相手の首筋に踵落しを決めてみた。


「ぐえっ…」


あまり美しくない擬音を発して男は沈んだ。

昔、少々遊んでいた時代に身につけた業でこれを使ったのもかれこれ5、6年ぶりだけど想像どおりに動く事が出来て満足だった。

まぁ、身体能力は若い頃そのままだからある意味当たり前なのかもしれないけど。

さぁ、さっさっとこの場を立ち去らないともう一人の男が帰ってきそうだから。

今度こそその場を去ろうとしていたその時、後から誰かに声を掛けられた。


「おい、お前」


振り向くと、長身に銀髪に三白眼の男が居て……このお方はもしかして。


「亜久津仁」


あの、山吹の問題児がそこに居た。










 




2005.11.12UP

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