守ってあげたい 15話
忍足と協議した結果、手っ取り早く付き合っているのを示す為に取る行動はテニス部の部活終わりをわざわざ待って、一緒に帰るといったものだった。
でもテニス部の部活が終わるまで、3時間近く待たなくてはいけなくって。
つい出た言葉が。
「待ってるのメンドクサイ」
「ラブラブな恋人同士なら、彼氏待つんは当然やろ?」
「かなー?私なら、お互いの時間を尊重したいから待ったりしないけど」
「は見かけによらず、あっさりしてんなぁ」
「見かけによらずって、どう見えるわけ?」
「んー。おしとやかで、儚げな大和撫子でどっちかというと彼氏に尽くすタイプに見えとったけど。中身を知った今ではそんな幻想も、捨てたわ」
ムカツク以前に、自分で自分の形容詞が大和撫子ってのが笑える。
「ふっ…ははっ、大和撫子ってねぇ…。ロマンチストの忍足っぽい発想ね。
私はてっきりこの黒髪だから、貞子ってでも噂されてるのかと思ったわ。
あっ、そういや跡部様親衛隊の皆様からの呼び出しっていつあるのかしら?
忍足に聞くのもなんだけど、あんたその辺り詳しそうよね?」
「あー。それなぁ、多分無いで…。」
「へ?何で?」
「御大みずから、圧力かけてるみたいやから。表立っても、裏からも親衛隊はなーんもようせえへんはずや」
「へぇ……。」
例の跡部財閥の力をこういう形で行使した訳ですか……ということは、意外に私に本気って事?
「なら、跡部様は結構私に本気ってこと?」
「らしいなぁ」
「さらに、メンドクサイ」
「うわっひどっ」
つい本音が漏れた。
フリをするにしても、誤魔化す相手が本気じゃないならそれなりにでも良かったのだけど。インサイトを持つ跡部を騙すのは至難の業だ。
「よりによって、跡部様が私に本気ねぇ……。」
「本気で迷惑そうやなぁ」
「んー」
目の前の目標達成の為には邪魔なだけだった。これはプランを練り直す必要があるのかもしれない。
「まぁ、跡部がに嵌まった訳は分かるような気いするわ」
「あら、それは光栄だわ。忍足にも、この私の魅力が通じるのね」
フフンと髪をかき上げて、悠然と微笑んでみる。
「そういうのんには、そそられんけど。年齢に似合わんような、瞳したり一本芯の通ったその性格が男惹きつけるんやないか」
「ふうん。内面をお褒め頂いてとても嬉しいけど。外見的には、NGってこと?」
「いや、全然守備範囲内やけどなぁ…。どっちかと言うと身持ちが硬いのが難点やな」
「尻軽がお好みで?」
「一応、仮初めでもカレカノやん。なら少しぐらい、お兄さんと遊んでくれてもええやん」
そう言いながら、忍足の目線が体を舐めるのが分かった。つーか、声もエロイけど目線までエロイのですか?
経験値の低い子ならこらイチコロでしょうね。ある意味が落とされたのが良く分かる。
そんなもんは、私にとっては何処吹く風ですけど。
「うーん。そうねぇ…。うまく騙しきれたら、考えてもいいわ」
「ご褒美っちゅう訳か?なら、頑張らんとなぁ」
私にとっては、上滑りの内容の無い会話。きっと忍足にとってもあまり意味の無い、会話をしながら。
本当に欲しいものを我慢する為にこうやって、他で紛らわせて虚しくないのだろうかと思ってしまった。
そう思ってしまったのは、自分も同じような事を昔してしまっていたからだった。
実際には忍足ほど、酷い事をしてきた訳じゃないけど。
高校生時代、親友の彼氏を好きになってしまってそれを紛らわす為だけに、彼氏を作ってそして、結果的にその彼を傷つけた。
今でも取り返しの付かない、思い出すのも苦い思い出。
それから、自分の過ちを認めず20歳の時に前の彼と出逢い、満たされるまでの私は無茶苦茶だった。
違法な事こそしなかったけど、1夜限りの過ちや。朝帰りを繰り返した。
その頃にお酒も覚えてしまったのだけど。
ああ…。分かっちゃった。何でこんなに忍足に腹が立つのか。昔の自分に似てるんだ。
すかした、大人ぶった仮面を被っていて世の中を舐めてて、さも自分は大人って顔してるけど。
そのお腹の中は傷つくことの怖いただの子供なのにね。
本当の強さがあるなら、きっと報われない思いを断ち切るか。
勇気を出して思いを告げて、自分の思いをどんな形へでも昇華させているだろう。
それをしないのは、弱いからだ。
傷つくのが怖くて、でも寂しくて手近にある温もりに手を伸ばしただけ。
ほらこんなにも、忍足の気持ちが分かる。
でもね、自分の傷を癒そうとして他人を傷つけるのは駄目。
私は、その代償を昔きっちり払わされた。
ズキリ
それを思い出しただけで、こんなにも胸が痛い。
「どないかしたんか?顔しかめて、痛いところでもあるんか?」
急に黙り込んで難しい顔をしていた私を気遣ってくれる。
「忍足ってさぁ。タラシだよねぇ」
「なんや急に」
「誰彼かまわずそうやって優しいと、きっといつか女に痛い目に合わされるよ」
というか、痛い目に合わすのは目の前の私の予定なのですけどね。
「ははっ……。ご忠告ありがとさん」
とそう言うと何故かポンポンと頭を撫でられてしまった。
もしかして、子供扱い?
まぁ、ここでムキになってもますます子供のようなので撫でられて乱れた髪を直しがてら、髪をかき上げる。
なんてことはない仕草だけど、それを忍足が熱を持った目線で見詰めていた。
「何?」
「…い…や。じゃあ、放課後待ってるで。」
「OK。じゃあ、後でね」
てな訳で、出来立てアツアツカップルの片割れの彼女が彼氏を待つ図を作るべくざわざわ部室の前に待機してみた。
部活終わりらしくて、中で着替えなどしているのかガヤガヤ話し声が聞こえる。
この雰囲気懐かしいなとそう思える。
高校時代の彼は、バスケ部だったから同じように私も待っていた記憶がある。
人生のやり直しをと思っていても、昔した自分の過ちを消せる訳じゃない。
「ふぅ…」
知らずにため息が漏れる。
ガチャリ
扉の開く音が聞こえた。
物思いに沈む時間は終わったようだ。
「あっ、じゃん。何だよー。待ってるなら早く言ってくれれば出てきたのに」
愛くるしい小動物が一番に出てきて、駆け寄ってくる。んー、このままがっくんと愛の逃避行したいと現実放棄しそうになった。
いかんいかん、と我に返って。
「えー。でも、彼氏待ってたからねぇ」
そう言いながら、部室のドアが開くと忍足がわざとドアを開けたまま、跡部に聞こえるように。
「そうや、岳人に言い忘れとったんやけど。と付き合う事になってん」
「マジ?」
「うん。マジ」
「つーか。跡部どうすんのー?」
開いたままのドアから、ビシバシ視線を感じます。
「どうするも、こうするも無いでしょ?別に跡部と付き合ってたわけじゃないんだから、私がおしっ・・侑士と付き合うのに跡部の許可がいるの?」
これまた、わざと聞こえるように大きな声でそう言ってみる。
忍足だけじゃなくて、跡部も騙す事になってちょっと悪いかなと思うけど。
跡部も忍足ほどじゃないけど、逸話を沢山聞いたからそんな男を彼氏に持つ趣味もないのでこれ幸いと本気で諦めてもらうつもりだった。
でも、跡部のインサイトもバカに出来ないから最悪事態を打ち明けて取り込むようにプランを変更していた。
まぁ、騙しきれればめっけもんかな?
おーおー。丁度、背を向けて話をしているから分からないけど。背中に突き刺さる強烈な圧力を感じます。
「と、言うわけで今日から一緒に帰れへんねん」
「え?」
という流れだと、毎日待ってないとダメですか?そこまで約束してませんし…。
「愛しのが、一緒に帰りたいって駄々こねよるからしゃーないやろ」
調子に乗ってコヤツ、二人になったら締めてやる。
心の中で毒づきながら。
「ごめんね向日、じゃあそういうことだから…」
まだ何か話したそうな、忍足をぐいぐい引っ張ってその場を後にした。
後から、長太郎からメールが来て事情を聞いたから分かったのだけど、あの後跡部が荒れて大変だったらしい。
まぁ、長太郎からのメールも携帯で打ったにしてはかなりの長文でびっくりな長さでひつこく忍足の事を聞かれた。
にさえ事情を教えてないのに、長太郎に実情を話す気もなかったので適当に相手をしてみた。
この辺りの手抜きさ加減が、のちのち自分を苦しめる事になるのだけど、自分のしたことの影響力を把握していなかった私は第一段階成功と、自分の目的の事しか考えていなかった。
2005.11.03UP