リクエストくださった貴女と、これまでいらしてくださった皆様に。

ふたつめの笑顔


「ねぇ、聞いてよ礼ちゃん・・・ママってひどいの!
いっつも私の言うこと認めてくれないんだから。
友達と遊園地行くの楽しみにしてたのにさ。一方的に禁止なんてあんまりだよ!
だいたいうちのママって・・・・・礼ちゃん、ちゃんと聞いてる?!」

私の止まらない愚痴に、お隣の礼人にいさんは苦笑で答えた。
高校に入ってから急に大人っぽくっていうか何か余裕な感じになっちゃった礼人さんは、
でも昔から私の話をちゃんと丁寧に聞いてくれる。

うちのママと礼ちゃんのお父さんが従兄妹だから、私たちはえっと、はとこになるのかな?
よくわかんないけど親戚な上にお隣さんだから、私たちはちょこちょこお互いの家に預けられたり二家族で一緒にお出かけしたりなんだりで、私にとって礼ちゃんはおにいさんみたいなものだった。

や、友達の話だと実際はお兄ちゃんってちょっと怖かったり意地悪だったりするみたいなんだけど。
そういう意味では礼ちゃんはホントのお兄ちゃん以上かも。
困ってたら助けてくれるし、こんなふうに話もちゃんと聞いてくれる、
何かあると・・・ううん、何もなくても私はちょこちょこお隣に入り浸ってた。

「それでね、ママってば」
いま私が礼ちゃんに不満をぶつけてるのは、来週末のお出かけを禁止されたから。
子どもだけで電車に乗るのが危ないなんて、いつの時代の話よ?!
私たちだってもう5年生なんだし、友達が転校しちゃうからお別れに仲のいい4人で遊びに行こうっていう計画だったんだけど「子どもだけで出かけるなんてとんでもない」と、ママはもう大反対。
昨日も今日も言い合って、埒が明かなくてお隣に逃げてきたところだった。

「ひどいんだよ!全然こっちの言うこと聞いてくれてないんだもん!
大丈夫だって言ってるのにさ、子どもを信用しなくて何が親よ!
ね、礼ちゃんもそう思うでしょ?」

「う〜ん、あやちゃんの気持ちも分からないではないけど」
けど?
わ、や、「けど」の先は聞きたくないかも。
「だって!」
私が話を続けると、礼人にいさんはしょうがないね、この子はって視線になって。
でもそれは優しい視線で、そしてまた私の繰り返しの苦情を聞いてくれた。

ピンポーン。
礼ちゃんちの呼び鈴が鳴った。ぎく、と思って礼ちゃんの顔を見ると、礼ちゃんは頷いて言う。
「たぶんね。あやちゃんのお母さんだと思うよ」
「やだ!帰りたくない」
無駄な抵抗だとは分かっているけど、でも、まだママの顔を見たくない。
「そうは言ってもね。おばさんだって、あやちゃんのこと心配してるだろうし。
今日はお帰り?」
・・・・・。
玄関先ではぼそぼそと話し声が聞こえる。ママと礼ちゃんちのおばさんが喋ってるんだろう。
「あやちゃ〜ん?」
礼ちゃんちのおばさんが、ついに私を呼んだ。

「ほら、送っていったげるからさ」
「え〜?」
送るって、隣なのに。でもそれはほんのちょっとは嬉しくて、何よりひとりでママの前に出て行くのは嫌で、立ち上がってふざけて私をエスコートする礼ちゃんに私は甘えた。

けど、ね。
礼ちゃんについて来てもらうくらいじゃ今現在の私とママの深い溝は埋められなかったの。


「あやちゃん!まったく、また礼人さんにご迷惑掛けて!」
玄関先でママはきゃんきゃん喚いてる。
「そんなのママに関係ないでしょ!」
さっきからの不満も手伝って、思わず強い口調で言ってしまう。

「や、僕は別に迷惑じゃありませんから・・・あやちゃん?」
取り成すように礼ちゃんが言ってくれるけど、私にもママにも効果はない。

「関係ないことないでしょ、あなたは私の娘なのよ?」
「そんなこと言うならもっと私の言うこと聞いてくれたっていいでしょ?!
話も聞かないでダメダメばっかり!」
他人の家の玄関先でやるような会話じゃない。
それは私も、そしてたぶん私以上にママもわかってたはずのことなんだけど、 家族ぐるみのお付き合いでこれまで培った気安さが、たぶん今日は裏目に出たのだ。

「うるさいってあなた、心配してるから言うのよ?とにかく遊園地の件はダメよ」
「心配じゃなくって言うこと聞かせたいだけでしょ?!いつも一方的なんだから!」
「だって危ないでしょう、何かあったらどうするの!」
「そんなこと言ってたら何もできないじゃない!
もう放っといてよ!心配なんかしてくれなくていい!ママなんて大嫌い!」

・・・・・言っちゃった。
その言葉が口から零れた瞬間から、決定的に言いすぎたことには気づいてたけど。
でも。

「まあ!あや、何てこと言うの!」
「うるさいってば!」
引き下がれない。止められない。
だって、私だけが悪いわけじゃないもん。ママが全然話聞いてくれないから。

「あやちゃん」

ママの言葉は聞けば聞くだけ言い返したくなっちゃう気持ちになってた私だったけど、 横から掛けられた静かで怖い声には息を呑んだ。

「・・・礼、ちゃん?」
礼人にいさんをまじまじと見つめてしまう。

「あやちゃんとはちょっと話し合いが必要みたいだね」
言うと礼ちゃんはママの方に向き直る。
「すいません、おばさん。いったんお引取りいただけませんか。
あやちゃんは後で送っていきますから。
あやちゃんにもちょっと落ち着く時間が要るみたいだし」

穏やかながらかなりの迫力を湛えた口ぶりだったからか、うちのママが礼ちゃんを全面的に信頼しているからなのか、ママは礼ちゃんの言うとおりに家に戻り、そして私と礼ちゃんは礼ちゃんの部屋に戻ることになった。


これって希望通りの展開のはずなのに、なぜだか全然そうじゃない。
さっきと同じ礼ちゃんの部屋なのに、礼ちゃんが笑ってないだけで何だか温度が下がったみたい。
さっきのように私と礼ちゃんは向かい合って、でも、今度話し始めたのは私じゃなくて礼ちゃんだった。

「あやちゃん、お母さんが心配なんかしてくれなくていいって、本気で思ってるの?」
・・・・・。笑ってない目が真っ直ぐこっちを向いてて、ちょっと怖い。
「だって!」
それでもそう言っちゃう私。その後に続けられる言葉はないんだけど。

だけど礼ちゃんは突っ込んでくる。
「だって?」
私はどうにか続く言葉を切れ切れに絞り出した。
「だって、ママが・・・」
ママが人の話聞かないから。ママが遊園地に行っちゃダメっていうから。ママが・・・・・。

礼ちゃんは私が口にする不満の類をもう一度ぜんぶ頷いて聞いてくれて。
ちゃんと聞いてくれて、けど、その視線は厳しいまま。
「うん、お出かけを止められて、あやちゃんが納得してないのは分かるよ?」
それは、間違ってないよ。
あやちゃんの言い分も分かるし、おばさんの言いたいことも分かる。
何かあったら困るし、けど、おびえてばかりで何もしないのが正しいかっていったらそうじゃないよね。

つい、守りすぎちゃうことはあるんだよね。あやちゃんのことが、大事だから。
でもね、それに異議を唱えるのはおかしくないよ。
そうやって、話をして、話を聞いて、両方が納得できる解決策を探すんだ。

「それは、どっちかが間違ってるって類のことじゃないんだよ。
あやちゃんもおばさんも、正しい。
けど、さっきのあやちゃんの言葉は、違うよね」
・・・・・・。

―――心配なんてしてくれなくていい、ママなんて大嫌い。
「僕はあやちゃんが大事だよ?何かあったら、心配するよ。わかるよね?」
うん。
小さく頷くと、厳しい視線は変わらなかったけど礼ちゃんは頭を撫でてくれた。

「おばさんもあやちゃんが大事だよ。何かあったら、心配する。わかってるよね?」
うん。
わかってる、わかってるんだけど。
「うん、だけど・・・」

私は頷いて、だけど泣いた。これって、悔し涙。
わかってる、けどそのせいで何もかも否定されるのは我慢できない。
礼ちゃんは私が泣いてる間ずっと、やっぱり頭を撫でてくれていた。
笑ってくれないくせに、さ。

「言ったよね?何もかもを我慢しなきゃいけないわけじゃないんだよ。
けど、いちばん大事なところだけは間違えちゃいけない。
あやちゃんを大好きだから、大事だから、だから心配してる。
その気持ちを、踏みにじるのはやめよう?
相手を傷つけるためだけの言葉なんて、あやちゃんには似合わない」

礼ちゃんの手の温かさを感じながら、でもぴしゃりと言われると。
ひどいこと言っちゃったな、って思い知らされる。
悔しいけど、くやしいけど。でも切り離せ、って言われてる。
「・・・・・うん」
どうにか涙が止まってぐすんと啜り上げると、礼ちゃんはもう一度私の頭をゆっくり撫でた。

手の動きに促されるようにして顔を上げると、やっぱり笑ってない目に行き当たる。
「あやちゃん。僕も君が大好きだから。大事だから」
真剣な目でそんなことを言われて、ちょっとおいでと手招かれると、従うしかない。
私が近づくと礼ちゃんはぐいっと私の腕を引き、私を膝の上に横たえちゃった。
え、これって、まさか?
ぱしぃん!!!

「え、や、痛い!!」
びっくりしたのと痛いのと、それからじわじわ恥ずかしいのとで叫ぶ。
ぱしぃん!ぱしぃん!
「お仕置きだよ。もう二度とあんなこと、言わずに済むように」
ぱしぃぃん!

ぱしぃん!!!
「痛ったぁ!」
「うん、痛いよね。もうちょっと、泣いておきなよ?」
ぱしぃん!ぱしぃん!
「たくさん泣いて、ごめんなさいして、吐き出しといで。」
ぱしぃぃん!

ぱしぃん!!!
「ぇ、やぁ、やだぁ!」
ぱしぃん!ぱしぃん!

やだ、っていっぱい泣いたのに。もうやだ、ごめんなさいって何度も言ったのに。
「うん、もうちょっと我慢しようね」なんて言われるの、ひどい!
ぱしぃん!ぱしぃん!
何度ごめんなさいって言ったかわかんなくなったくらいで、ひときわ強く叩かれた。
ぱしぃぃん!

「うん、お終い。あやちゃん、よく我慢したね」
涙でいっぱいの私が見上げた礼ちゃんの顔は、笑ってた。
手が止まったのがうれしかったのか、礼ちゃんが笑ってたのが嬉しかったのか、何だか余計に泣けてきちゃった。

礼人にいさんの笑い顔も、いつもとどこかがちょっと違う。
しょうがないね、って何でも聞いてくれるときの笑顔も嬉しいんだけど、何か、もっと、こう。
「・・・ごめんなさい」ってもう一度呟くと、その顔がさらにまぶしく綻んだ。

「わかってる。あやちゃんはいい子だし、十分罰も受けたしね」
まだすっごく痛いお尻が、悪いこと言ったんだってしみじみ私に思わせる。
けど「もういいよ、もう大丈夫」って顔で礼ちゃんが笑うから。

つられて私の顔も少しだけ綻んだ。
ママにもたぶん、謝れる。遊園地のことはともかく、今日のこと。
そうして礼ちゃんは約束どおり、隣の私の家まで送ってくれた。


「ママ・・・。・・・さっきはごめんなさい」
礼人にいさんについててもらってそう言うと、ママは何だか泣き笑いの表情を見せた。
うわ、私もまた泣いちゃいそう。
「ママも大人気なかったわ。・・・今日はもう寝なさい」
遊園地の件はやっぱりダメだけど、とあわせて言いかけたのをママも止めたのがわかった。

「あやちゃん、よかったね。お休み。
・・・・・明日またうちにおいで。おばさんに内緒で、作戦会議をしよう」
礼ちゃんはママに聞こえるようにそう言って、帰っていく。

「あらあら、まあ」
ママは困ったようにそう言って。
それから私とママは顔を見合わせて、どちらからともなく苦笑いを浮かべたのだった。


2007.10.08 up
感謝企画リクエスト、ひとつめです。
ご依頼は「幼馴染のおにいさんと妹のような存在の女の子のお話。
普段はやさしいお兄さんも怒ると怖いみたいな」でした。
幾つぐらいの歳にしようか結構考えました。外してないと、いいのですが。
「怒ると怖い」をもっとそうしたかったのに〜!あれ〜?^_^;

ちなみに管理人、6年生のときに母親と同様の理由によるけんかをしました。
行きたかったんだけどな、××モンキーパーク(笑)。
あと、礼人さんの読みは「あやと」です(すいませんこんなところで)。愛称はれいちゃん。
あやちゃんはひらがな。親戚でそんな似た名前、と突っ込みつつも変えられない^_^;。

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