魔除けの灯り
外から部屋を見上げると暗かったから、てっきり僕が先に帰ってきたのだと思ったんだ。
けれど家の鍵は開いていて、首を傾げて中に入ると確かに電灯は消えているのに薄明かり。
「ただいま」
「ん・・・」
返事が聞こえたような聞こえなかったような曖昧な薄闇の中、僕が見つけたのはこてんとソファーにもたれてうたた寝している祥ちゃんと、ローテーブルの上で揺れている橙色の炎だった。
おいおいちょっと、危ないよ?!
「祥ちゃん、ただいま」
部屋の明かりを点けて名前を呼ぶと、
「うん?・・・あれ?・・・や、まぶしい!」
眼を擦って起き上がってぼやいてる。
「おはよう、祥ちゃん」ちょっと怖い声を作って出したら、
祥ちゃんは目をぱちくりさせた。
「うん?あたし、寝ちゃってた?おかえり、修ちゃん」
「そうみたいだね、ただいま。
でも祥ちゃん、「寝ちゃってた」じゃ済まないと思うんだけど。危ないでしょ?」
「え?あ、あっ!・・・えっと・・・その」
「その?」
「・・・・・」
祥ちゃんは視線を僕から外し、そして黙りこんじゃった。
困ったな、叱る材料を増やして欲しくないんだけれど。
「・・・。ねぇ、電気消してよ」
「・・・。いいけど」
ぱちんと明かりを消すと、ジャック・オ・ランタンがテーブルの上でにやっと笑った。
「・・・・・。・・・ありがとう」
「どういたしまして。で?」
暗闇の中で祥ちゃんは囁くけれど、僕の返事に愛想がないことは否めない。
「で、って・・・。・・・・・。だって」
「だって、って言われてもね。
こんなの、見逃してあげられないよ?わかるでしょ?」
だからさ、ただでさえ叱らなきゃいけないのにさ。
謝れないことまで叱らなきゃいけない?
そんなこと、したくないんだよ。
ジャックを背にした僕には、光の加減で祥ちゃんの顔がはっきりとは見えなかった。
そもそも、祥ちゃんずっと、うつむいてたし。
「・・・・・うん、でも・・・。・・・・・」
きゅっと唇を噛んでいるだろう、ちょっと頬が膨れているだろう、そんな声。
いつまでも黙っていても、仕方がないでしょ?
「祥ちゃん、」
そんな気持ちの僕の呼びかけに、祥ちゃんは何を思ったんだろう。
「だって!・・・・・やだもん、言いたくないんだもん!」
「祥ちゃん」
そんなふうに返ってくるとは思わなかった僕は内心すこしうろたえつつも、
口から出た声の響きはそれなりに厳しさを纏ってた。
「言いたくないって、いったい、どういうこと?
言わなきゃいけないってこと、わかってるんでしょ」
・・・・・。返事はない。
それで結局、僕はソファーに腰掛けて。祥ちゃんを膝の上に引っ張り上げた。
「だって・・・・・。やなんだもん」
祥ちゃんはか細い声で言う。
「嫌だって言って、なかったことになるわけじゃないでしょ?」
ぱちぃん!
「・・・うん・・・。だけど・・・」
ぱちぃぃん!
祥ちゃんの足が、ぴくんと跳ねた。
「暴れない。火が点いてるんだから、危ないよ」
「・・・・・」
ぱちぃん!
祥ちゃんは何も言わなかったけど、その後ではぎゅっと我慢していた。
ぱちぃん!
ほんとは、火を消して電気を点けようと思ったんだ。
でも、祥ちゃんがそれを望んでないことは、何故かわかったから。
ぱちぃん!ぱちぃぃん!ぱちぃん!
「ほら、何を言わなきゃいけないの?」
ぱちぃぃん!
「・・・・・」
ぱちぃん!
「祥ちゃん。わかってるよね、危ないことしたって」
ぱちぃん!ぱちぃぃん!
「・・・・・」
ぱちぃん!ぱちぃん!
・・・・・。どうした、ものだろう。
ぱちぃん!
「・・・・・」
今日の祥ちゃんは、謝る気配を見せなかった。
ぱちぃん!
痛い、と言うでもない。嫌だと・・・少なくとも、叩かれるのが嫌だとも言わない。
ぐっと奥歯を噛み締めて、叱られるのは我慢している。
でも。
ぱちぃぃん!
「・・・・・」
言わない、のか、言えない、のか、そんな言葉ではそもそも表せないのか。
悪いと思ってないってわけじゃない。そうじゃないよね。
ぱちぃん!
困った僕は、でも困ってるところを祥ちゃんに見せる気なんてさらさらなかった僕は。
ぱちぃん!
手は止めずに、ふっと視線をさまよわせた。
ぱちぃぃん!
さまよう視線は光の元へ。
ゆらりと、ジャック・オ・ランタンの中でろうそくが揺れている。
オレンジ色の光が部屋に落とす影は薄気味悪い。
きっと、二人で眺めたらその光を楽しげだと思うだろうに。
と、そこではじめて僕はそのランタンが祥ちゃんの手作りだってことに気付いた。
ぱちぃん!
「祥ちゃん」
変わらない、厳しい声を作ってるつもりだけどさ。
「・・・・ん・・」
ぱちぃん!
でも、気付く前とはきっとどこかが違うんだろう。
祥ちゃんの声もどこかが違う。
ほんとにそうなのか、僕の耳のせいなのか、わからないけど。
「ジャック・オ・ランタンは、魔除けの光だって知ってる?」
ぱちぃん!
「・・・・・。そうなの?」
ぱちぃん!
「そうだよ」
言いたくない、と祥ちゃんは言っていた。
ただ言いたくないってだけじゃなく、そこには理由があるんだろう。
もちろん、それを僕は聞かない。言わなきゃいけないことは、言わなきゃいけない。
だけど、それは、祥ちゃんの気持ちを考えないってこととは違うはず。
譲るんじゃなくて、でも、祥ちゃんのためにできることがある。
「ジャック・オ・ランタンは、魔除けの光。
意地悪な悪魔や、ひねくれた魔女を追い払う」
「・・・・・」
僕の中にも。祥ちゃんの中にも。いろんなお化けが住んでいる。
「僕らを照らすのは、祥ちゃんの作ってくれたジャックの灯り。
橙色の、暗くて暖かな。
ほら、もう一度がんばって。言いたくないこと、言えますか?」
ぱちぃん!
「・・・・・。・・。・・・うん」
だいぶ、迷った末のようだったけど。
祥ちゃんは、はっきりそう言った。
僕はほっとして全身の力を抜いて。
祥ちゃんは起き上がって僕を見つめた。
「心配させて、危ないことして、ごめんなさい」
・・・せっかく、作ったのにって、思ったの。
せっかく、作ったのに。修ちゃんと楽しもうって思ったのに。
危ない遊びとしか見てもらえなくなるの、嫌だった。
だけど、そう見られても仕方なくって。
だから、あたしが目を離して眠っちゃったのが、それがショックで。
ぐちゃぐちゃになっちゃって、間違えた。ごめんなさい。
作ったの、ちゃんと見てくれて、ありがとう。
そう言って、祥ちゃんは僕を抱き締めた。いつもと逆、なんだけど。
そのままきゅっと抱き返して、ふたりでランタンの光を眺める。
悪霊あふれるこの夜も、
こんなふうに過ごせるのなら悪くもない。
2011.10.30 up
ふたたびハロウィーン通信さまにお世話になっています。
イラスト素材もLITTLE HOUSEさま、変わり映えせず申し訳ありませんが、好きなのです。
ろうそく遊び(笑)はむかし日記にも書いたネタですが、管理人は火遊び大好きなのです。
さて、手作りのJack-o'-lanternですが、実は柿でございます。
ナイフとスプーンで中をくり抜き、カッターで目と鼻と口を開けましょう♪
かぼちゃより柔らかいためお手軽です♪
強度を保てる程度に外周に実を残すようご注意を!
書き上げたら思いの外恋愛比率高い(?)とか、
結局「危ない」ことは叱ったんだか叱ってないんだかとか、
いろいろあるけど Happy Halloween!