チョコレートケーキのお味はいかに?

「ゆーちゃんのバカ!帰る!」
「え?あ、おい!」

投げつけられた可愛いラッピングボックスをすんでのところでキャッチして、俺は目を白黒させた。
その隙に、これまた可愛い俺のカノジョは回れ右して走っていく。
ちょっと、待てって!
もちろん我に返った俺も走り出し、2ブロック先で捕まえたものの、どうして彼女が怒っているのかさっぱりわからないままだった。

「どーしたんだよ、一体?」
「・・・。」
うわわわわ。怒ってる、っていうより、泣いてる、のか。
追いついたときには黙って俯いてた円花は少しだけ顔を上げ、
・・・たぶんちょっと潰れたボックスに目を留めて、で、ぽたりと涙をひとつぶこぼした。

「いらないんでしょ、捨てたらいいのに」
何でだよ?!どー考えても俺へのプレゼントだろ、これ。
「何言ってるんだよ、とりあえず・・・ウチで休むか」
訳が分からない状況は継続中だけど、泣かせたままじゃ喫茶店にも入れない。
幸い俺の下宿はここからだったら徒歩8分、ちょっと照れくさいけど彼女の手を引いて歩きはじめたら、そう抵抗はなくついて来てくれて助かった。

鍵を開け、ドアを開け、繋いでいた手を離す。
こんなときでもそれはちょっと名残惜しい。柔らかい、小さな手。
部屋はあんまり片付いてるとは言えないけど、引かれるほど汚くはないはず。
「空いたところに座ってて。お茶入れるからさ」
円花がたまに来るようになってから、常備されてるティーバッグ。(常備してるのは彼女だけど)
キッチンに来た彼女を「いいから」って座らせて、お湯が沸くまで床の上のもの脇に積み上げ、二人分のスペースを確保した。

ローテーブルに、マグカップの紅茶を二つ。
茶菓子はないけど・・・っていうか、たぶん、きっと、この箱の中。
でもさすがに、いま言い出すのは止めといた。

円花がゆっくりカップに手を伸ばす。それを見て、俺はなんか少しほっとする。
ふたりとも、やっぱりゆっくり飲み干すまでは黙ったままで。
伏目がちの視線もカップを包む手も可愛いなぁって思ってみてたりするんだけどさ、
それはそうと原因究明をしないわけにも。

明日はバレンタインデイ。今日は3連休最後の日曜日。
きのうは俺が、おとついは彼女の都合が悪かったから、この週末で会うのは今日だけ。
ウチの最寄り駅近くの本屋で待ち合わせ、駅に向かいながら今日の予定を話していたらあの展開。う〜ん。

「まど、どうしたんだ?俺、なんか傷つけること言った?」

カップを置いたタイミングで、すかさず聞いてみる。
これ以上まったりしてたら、うやむやにしたくなっちゃうからな。
円花は何でかわからないけど(今日はわからないことだらけだ)びっくりしたように俺を見た。

「・・・・・。」
じーっと見てると、怒りたいような、泣きたいような、困り顔に色を変え。
それからとうとう、途方に暮れた声がした。
「ゆぅちゃんが悪いのに・・・ずるいよ」
あはは。

こーゆーとこが、すっごく可愛くて、たまんないんだよね。
「ずるくない、ずるくない。だからさ、まず何で傷ついたのか、教えてよ」
先に下手に出る方がずるいっていうのは、わからないでもない。
自分の方が悪いのにって気持ちも裏に隠れているよな。だから驚いたんだろ?

円花が怒るにしても、泣くにしても、絶対ちゃんと理由がある。
気付いてあげられればいいんだろうけど、やっぱり分かんない時はあるから。
付き合い始めたときに、思ったんだ。
いつでもちゃんと、絶対聞くから。

またじーっと待ってると、今度はちょっと拗ねた色。
「・・・だってさ、ケーキ、上手くいかなかったのに」
あれ?俺の発言じゃないのかよ。ケーキ?
って、この箱は手作りのケーキってことですか?それはかなり、嬉しいんだけど。

「え、これ手作りのケーキ?開けていい?」
思わずテンションの上がった俺に、すげない一言。
「やだ!」
え〜!

「だってゆうちゃん、フランボワーズのチョコレートケーキ食べるんでしょ?」
はい?
木苺のチョコレートケーキ?・・・ってそーゆー一般名詞のことじゃないよな、もちろん。
今日のディナーを予約した、大学近くの小洒落たレストラン、フランボワーズ。

そっか、今日の予定をそこまで話したときだったけか、円花が怒ったの。
「えーと、ごめん、あのお店嫌いだった?」
前にいちど行ってみたいって彼女が言ってた気がしたんだけど。
だからかなり前から予約してたのに、ショック!
「・・・嫌いじゃないよ、行きたいけど!」
???

「あのお店、お菓子屋さんの方がメインだよ?中でも看板商品がチョコレートケーキ。
バレンタインに買おうと思ったら去年のうちに予約が必要なくらい、女の子の間では評判なのに・・・」

えっと、それは。
俺はバレンタインデーに彼女にチョコレートをご馳走しようとしてたってことですか。
しかもその彼女が手作りのチョコレートを作ってくれているというのに。
・・・・・。それは確かに、かなりまずい。
彼女がその手作りの出来に満足いってないってことがなかったとしても、まずい、よな。

と、円花は俺の表情を見て溜息をついた。
「・・・もちろん知らなかったんだよね・・・わかってた、けど。
ひどいこと言って、ごめんなさい」

「俺こそ。気付かなくてごめんな。悪かった」

お互いに謝って、目を見交わして照れ笑い。
彼女の方に手を伸ばすと、円花もちょっと寄りそってきた。
ほんとにごめんな、って思いつつ、行き違いの原因が分かってほっとひと息、
腕の中の円花の肩はあったかい。

このまま仲直りして、話は終わりにしたい気持ちは山々・・・なんだけどね。

「ところで」

「あ、お茶のおかわり淹れて来ようかな」
こらこら、お嬢さん。
話が変わる空気に腰を浮かした彼女の手をきゅっと掴む。
やっぱり小さくてすべすべしてて可愛いなぁ、なんて思うんだけど。

「乱暴な言葉や、逃げ出しちゃったことまではおたがいさまでチャラとしてもさ」
「えっと、え〜っと」
乾いた笑いも可愛いけどさ、見逃してやらない。
「人に物を投げつけるのはやりすぎだろ?しかも食べ物を」

「だって、ゆぅちゃんが!」
「俺のしたことは謝るけど、理由になりません。
人のせいにするような娘には、たっぷりお仕置きだね」

これも、付き合い始めたころに決めたんだ。
悪いことは、放っておいたりしない。
ちゃんと分かってくれるから、だから、分かってくれるまで。

「円花、おいで」
「やだ、ゆぅちゃん、今日くらい許してよぉ」
やれやれ。素直に最初っからごめんなさいが言えてたら、 十回くらいで許してやれたのにな。

「まど。人に物投げるのは、いいこと?悪いこと?」
「・・・・・。」
「返事は?もっと追加されたいの?」
「う・・・わ、悪い・・です」

「いい子だ。悪いことをしたら、叱られるんだよ。
だから、自分でここに来なさい」

さっき寄り添ってたところから、そのまま引き倒しちゃうのは簡単だったけど、
俺はさっと立ってベッドの真ん中に腰掛ける。
けじめというか、なんというか、嫌だろ?触れ合ってた流れでそのままお仕置きなんてさ。
自分でおいでっていうのが意地悪だって、思われてるのは知ってるけどさ。

動かない円花は、どうしようって顔で俺を見上げる。

「ま〜ど、悪いのは誰なの?」
軽く睨むと、眉をくしゃっとしかめてしぶしぶ立ち上がった。
ぽんぽんと膝を叩いてみせると「う・・」って呟いておずおずと体を預けられる。

素直でいいけどね。黙ったままなのはいただけないよ?
「何か言うことないの?さっきの素直な円花はどこ行ったのかな」
「あ!えっと、・・・ごめんなさい、ケーキ投げて。・・・。」
やっぱりケーキだったんだ、って俺が内心喜んだのは隠しておいて。
だから痛くしないで、って言いかけたのを飲み込んだ円花は、いい子だよ。

「そうだね。しっかり反省しなさい」
俺はおもむろに円花のスカートを上げ、レギンスと下着をまとめて下げる。
すべすべとしたお尻が見えて、きゅうっと円花が身を縮めた。

ぱしぃぃん!
「ふぇ・・・」
ぱしぃん!ぱしぃん!ぱしぃん!
「や、痛・・・ごめんなさい」
ぱしぃん!ぱしぃん!
「まったく、子供じゃないんだから。傷ついたにしても、言葉にしてくれればいいだろ?」
ぱしぃん!ぱしぃん!

「だって!だって・・・ゆぅちゃんに」
うん?
「俺に、なぁに?」
ぱしぃん!
手は止めてやらないけどさ、聞いてるよ?
俺のせいだって言いたいわけじゃないんだよね。わかるから。

ぱしぃん!
「ふぇ・・・。だってだって、頑張って作ったのに!」
「そーだよね。ありがとう」
ぱしぃぃん!

「やぁだぁ!もう、痛いったら!」
ぱしぃぃん!ぱしぃん!
「痛くしてるから。せっかく頑張って作ってくれたのに、円花、それをどうしたの」
ぱしぃぃん!

ぱしぃん!
「え・・・だって!」
ぱしぃん!ぱしぃん!
「だって何?俺に渡そうとして、一生懸命作ってくれたんだろ?
それなのにそのケーキをさ、まど、どうしたんだよ?」
ぱしぃん!

気付いた?ただ物を投げたってだけで(それはそれで怒るけどさ)、怒ってるわけじゃないんだよ。
ぱしぃん!ぱしぃん!ぱしぃん!
「・・・・・。」
ぱしぃぃん!
「黙っちゃった?どうしたのか言ってごらん、俺怒ってるんだから」
ぱしぃん!

「・・・・・。投げた・・けど・・」
ぱしぃん!
「頑張って作ったんだろ?」
ぱしぃん!ぱしぃん!
「・・・うん・・・」

「俺も悪かったけどさ。お店のケーキがどんなに美味しくたって、 俺はそっちの方が喜ぶって思った?」
ぱしぃん!
「・・・そうじゃないんだけど、」
ぱしぃん!ぱしぃん!
「だよね。じゃあどうして投げたのさ」
ぱしぃん!

「わかんないよぉ・・・。ごめんなさい」
ぱしぃぃん!

わかんないかな。まあね、そーかもしれない。
「ねぇ、まど。まどがケーキ作ってくれて、俺すっごく嬉しいんだけど」
ぱしぃん!
「・・・。でも」
ぱしぃん!
「でも、じゃなくて。俺の気持ちだよ?
それにきっと、美味しいよ、まどが一生懸命作ってくれたそのケーキ」
ぱしぃん!

「だって・・・でも・・・」
ぱしぃん!

「うん、『でも、』なんだよな。だから叩かれてるの、円花は。
頑張って作ったのにさ、頑張った自分のこと大事にしてないだろ」

「・・・・・。だ、・・・・」
「だって?」
「・・・・・。」
ぱしぃん!

「いい子だ。人に物投げるなんて、ダメだろ?なんで?」
ぱしぃん!
「・・・・・。ごめんなさい・・・」
ぱしぃん!
「ごめんなさい、は知ってるよ。何でダメなのか、ちゃんと言いなさい」

「・・・。」
ぱしぃぃん!
ほら、がんばれ。言えるまで、止めてやらないから。
俺のこともだけどさ、円花のことが、大事なんだよ。

ぱしぃん!
「ん・・・。・・・ケーキ、大事にしなかったから・・ゆぅちゃんのせいでもないし。
・・・ごめんなさい」
ぱしぃぃん!

「ん、じゃおしまい」
まあよしとしよう。俺はまあいいけどさ(いやまどのためにはダメかな?)、
円花がケーキを大事にするなら、それは自分を大事にすることだから。
手を止めたときには円花のお尻は真っ赤になってた。

ふぇぇん、って泣く彼女を胸で抱いてると、どきどきするくらい愛しい。
素直だからさ、間違えるんだし。
一生懸命じゃなかったら、間違えたりしないんだよな。
「ケーキ、開けていい?」
十分泣かせた後に聞いたら、円花はほろ苦い笑みで頷いた。

「でも、ほんとに失敗したんだから」
「ん、まど、まだ言うの?」
気持ちはわかるけど、聞けませんって。

「お、美味いぞ?」
ひとくち食べて、心の底からそう口にする。
確かにちょっと固いかもしれないけどさ、それに崩れちゃったみたいだけどさ、 でもこれ頑張って作ってる、まどのイメージが浮かぶわけでさ。

「・・・えぇ・・・嘘だぁ・・・」
ホントに、聞き分けのない。
「美味しいって、ありがとう。まども食べなよ?」
ひとかけつまんで円花の口の中に放り込む。
頬が緩んで、でも首を傾げて、その様子が可笑しいよ。

「食べさせてもらったら、旨いんだろ?無理すんなって、そーいうのが幸せじゃん」
味だけじゃない。絶対、どんな美味しい売り物よりも旨いんだ。

「・・・・・うん」

わかってくれて嬉しいよ?
そうしてふたりで美味しくケーキを食べて、まったりと。

結局その後、フランボワーズの予約をキャンセルしようとしたら「勿体ない!」なんてまどが騒ぐから拍子抜け。
「おいおい、さっきまでの騒ぎは何だったんだよ」
「ごめんなさいって謝ったじゃん…比べるの禁止だけど、フルコースに最後にケーキ、おごってくれるなら食べたいもん!」
う〜ん、女心はやっぱり謎だ。

午前中の計画はウチでゆったりに変わったものの、何とかしっかりバレンタインデート。
あ、あと映画館もプレミアシートに変更したな。
ケーキは確かに美味だったけど、ってか巧すぎてか円花もべた褒めしてた。
それこそ木苺山盛り入って、チョコレートケーキを超えてる感じ。
比べるようなもんじゃないな、確かに。

「でも比べるとしたら、やっぱ円花のの方が美味しいけどな」
「え〜、それって逆にムカツク〜」
え、何で?

365分の1の何でもない日に意味が付き、彼女の気持ちの謎を呼ぶ。
だけど、だから、面白いよな。
来年も無事に彼女と過ごせますように。こっそり祈ったValentine.

2011.02.13 up
なんとか期日に間に合った!快挙です。
(で、思わずメディアスパさまに投稿してしまいました・笑)
バレンタインデイくらい、ラブスパ(違)で、と義務感にかられ。
もちろんそんな義務はないけど。しかしなんでこう長くなるのか。
修ちゃんたちで考えてたんですが、そうはなりませんでしたね〜。
彼氏さんが彼女にべたぼれな図が書きたかったんですけど。

ちなみに高校生のとき、チョコレートケーキだかブラウニーだかを大失敗。
固くて穴だらけになったんですよね〜。何だったんだろう。

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