ほたる

学校の裏手の川をずうっと上がっていくと、ほたるが見れるんだって。
先生がそう話してた。

「車だとすぐなんだけどねぇ。歩いていくのはちょっと無理だよ。
お父さんかお母さんにお願いしてごらん」
って。
でもかあさんに聞いたら「今週はお父さんの帰りが遅いからだめよ。蛍を見るんじゃ、風太たちが寝た後の時間でしょ?」なんて返事。でもほたるって、ずっと見れるわけじゃないんだよ?来週だったらもう見られないかもしれないじゃんか。

次の日学校に行ったら、昨日連れてってもらったって子もいたけど、だいたいはなんだかんだで駄目って言われたって。大人って、こっちの要望をちっとも聞いてくれないよね。

先生の言ってた場所は、夕日温泉の近く。そこならとうさんたちと何度か行ったことある。もちろん車だったから、歩いて行ったことってないけど・・・行けない、かなあ?
僕は早速いつもの友達と、作戦会議に入った。

「どうせほたるなんだから夜だろ?」
「こっそり家抜け出せないかな」
「オレはスイミングさぼれば行けるかも」
「うちはかあさんが弟たち見てる間に抜けてくるよ」

「歩いてどれくらいかかるのかなあ」
「車だったらすぐだもん、30分くらいあれば着くんじゃねぇ?」
「だよね、こっそり戻れば平気だよね」
「じゃあ、今夜7時に集合な」

僕と陽一くんと拓海くん。僕たちこういう冒険が大好き。
拓海くんちのアパートが川にいちばん近いから、そこで集合することにした。

かあさんが保育園からふたりを連れて帰ってきたらすぐ、お腹空いたよ、って騒いでみる。
「あら、今日はどうしたの?」なんて不思議がりながら、でも早く晩ご飯にしてくれた。(父さんが遅くなるって分かってるのは今日の場合はラッキーだった。)
「ねえかあさん、ふたりがもうお風呂に入りたいって」
こっそり風太と雷太をだしに使って、首尾よく抜け出したんだけど・・・あとふたり、大丈夫かな?

拓海くんちのアパートの公園に着いたら、ちょうど拓海くんも降りてきた。へへって笑い交わして陽一くんを待ってると、「拓海〜?たくみ?!」って呼ぶ声がする。

「やば、見つかっちゃったかな?」
「どうする、もう行っちゃおうか?」
ここで待ってたらそのうち見つかる。陽ちゃんちに向かおうかって言ってたら、わ、陽ちゃんのお母さんがこっちに向かってくるところだった。

「ああ、いたいた。よかったよ」
陽ちゃんのおばさんは僕たちを見つけると大きな息をついて、おもむろに携帯電話を取り出した。
「に、逃げようか?」「うん!」
「あ、こら!大ちゃん、拓ちゃん!」
「拓海、いけません!」
陽ちゃんのおばさんの声に拓海くんのおばさんがこっちに気づいちゃったみたい。陽一おばさんは僕を捕まえて、拓海おばさんは拓ちゃんを捕まえちゃって、僕らはみんな御用になったのだった。
(うちのかあさんが陽ちゃんちに電話して、で、陽ちゃんは出かけそこなったらしい。陽ちゃんちの次に電話するのは拓海くんちに決まってる・・・案外早く気づかれちゃったんだなぁ)

それで僕らはそれぞれの家に戻されて。
(ちなみにかあさんは出かける算段をする前に僕のホカクの連絡を受けたみたいで、僕を連行した陽ちゃんおばさんにかなり恐縮してお礼を言ってた。)
「やだ、お尻やだ!」
で、僕はかあさんのお膝の上で暴れることになったのだった。

「小学生がこんな夜遅くに出かけていいと思ってるの?!」
ぱしぃん!!
「やだぁ!」
ぱしぃん!
「心配するでしょ?!雷太や風太がいるから、かあさんすぐに探しに行くわけにいかないのよ?!」
ぱちぃぃん!
「や、痛い!だって、ほたる見たかったんだもん!」
ぱちぃん!
「今週は無理って説明したでしょ?!我慢しなさい!」
ぱちん!
「だってだって、来週じゃもう見れないかもしれないじゃんか」
ぺちぃん!
「そんなこと言ったって、無理なものは無理なんだからしょうがないじゃない。
蛍だなんて・・・子どもたちだけで夜の川よ?!危ないでしょう!」
ぱちぃん!ぱしぃん!
「そんなこといってたら結局何もできないじゃん!」
ぱしぃん!
「川に落ちたらどうするの!」
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
「そんなことにならないよ!」
ぱちぃん!
「何言ってるの、なるかもしれないから危ないのよ。
それが分からないから子どもだけでは行かせられないの!」
ぱちぃぃん!
「痛ぁい!」
ぱちぃぃん!
「そもそも歩いていける距離じゃないわよ、夕日温泉なんて。
車で10分ならあなたたちの足だと2時間以上よ?」
ぱちぃぃん!ぱちぃぃん!

僕も母さんもかなり大声でやり合ってるから、ふたりが眠れなくてふすまの向こうからこっちをうかがってる。風太なんかもう、泣きそうだ。
「うぇぇ・・・かあさん、おこってるの?」
かあさんは困ったようにいったん手を止めた。
「風太、雷太、別に心配しなくていいのよ。かあさんはあなたたちに怒ってるわけじゃないし、お兄ちゃんもいまはちょっと悪い子だったから怒られてるけど・・・すぐにいい子に戻るわ。ほら、覗いてないで向こうでお休みなさい」
あの、かあさん?たぶんそれ、無理だよ。
「ふぇぇ・・・」
弟たちに覗かれてるのもいやだけど。でも、気にしないなんて絶対出来ないこともわかってる。
「大丈夫、だから覗いちゃだぁめ。あなたたちもお仕置きをお兄ちゃんに覗かれたらいやでしょ?」
「ふゃ・・・う、うん」
「じゃ、お休み」
かあさんはいったん立ち上がると、ふすまをぴっしり閉め直しちゃった。

「・・・・・。」
そのおかげでいったん膝から下ろされた僕は、固まっちゃう。さすがにもう逃げる気はないけど、・・・。
戻ってきたかあさんは、僕を膝に乗せ直しはせずに、床の上の僕の顔を覗き込んだ。
「大地、何か言うことがあるんじゃない?」
「・・・・・。」
「まだお仕置きが足りないかしら?かあさんさっき風太と雷太に『お兄ちゃんもすぐにいい子に戻るから』って言っちゃったわよ?」
「・・・・・。」
「とっても心配したんだから。夜の川は、危ないの。ううん、夜の街だって、危ないのよ。誰かにさらわれちゃったらどうする?」
「・・・・・。」
「ほんと、無事でよかったわ。・・・・・大地、かあさんに心配かけるのは、いいことかしら?」

そう聞かれて僕は、首を振った。かあさんは僕の頭を撫でて、すこし柔らかい口調で言う。
「いい子ね。大地が黙ってるときは、ちゃんと自分のしたことを分かってるいい子よ?
・・・・ほら、男らしく言わなきゃいけないことは言っちゃいなさい」

言いたくなかった。だってすごく行きたかったんだし。
そりゃ、心配かけるのはいいことじゃないけどさ。
頼んだのに連れてってくれなかったのはかあさんだ。

でも。

「・・・・・ごめん、なさい!」
観念して僕が口にすると、かあさんはぎゅっと僕を抱き締めた。
「いい子ね。もう二度と、しないで頂戴」
うええ。ちょっと涙がこぼれたのは、たぶんお尻が痛いから。
そういうことに、しておいて。

「今日はもうお風呂に入って、お休みなさい」
素直にそれにしたがって早々にふとんに入ると、どこから湧いて出たのだかすぐにふたりがやってきた。
「あれ、まだ起きてたの?」
「にいちゃん、大丈夫?」「にーちゃん、一緒寝よ!」
なぐさめてくれてるんだろうか、心配してくれてるのかな。
笑って一緒のふとんに入れてあげるとぺたっと僕にくっついて。そしてあっという間に眠ってしまう。
やっぱり心配かけちゃいけないんだなぁとつくづく思ったのは、僕だけの秘密にしておく。

2009.6.22 up
ちなみに、週末に拓海くんのお父さんが、3人をほたる狩りに連れて行ってくれました♪
家を出たのは大地君ちのちびっ子たちがすやすや眠りに就いたあとです(^^ゞ
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