苦くて甘い土曜日の午後
今年のバレンタインは土曜日だよね。
彼氏持ちの女の子としてはなおざりにするわけにはいかない行事だったりするわけで。
ほんとは前の休日に作るつもりだったんだけど、結局できなかったものだから、
土曜日でよかったって思ってたりする。学校お休みだから午前中に作れるからね。
実はね、ほんとは、補習があるの。
補習っていうか、選択制の追加授業みたいなやつね。英数国の三教科。
こんな日くらいお休みにしてくれたっていいじゃない、って女の子たちはもちろん思うわけだけど、
そこはお堅い進学校の我らが高校、そんな配慮してくれるわけもない。
ってことで、自主休講。
チョコレートのために学校休むほどの度胸はないんだけど、補習くらいならまあ、ね。
どうせ出席も取らないんだし、うん、風邪引いたかなって思ってくれるよね。
今年のレシピはアマンドショコラ。
アーモンドにカラメル絡めて溶かしたチョコでコーティング、仕上げにココア。
そんなに難しくないんだよ?有り難いのは致命的な失敗ってないところ。
不恰好にはなるかもしれないけどさ、食べられないものができちゃう心配ってしなくていい。
去年は自分とお友達のために作ったんだけど、今年はね。
誰かのために作るって、楽しいよねぇ。(その割には要求水準低いかな?)
いつも学校に行く時間に家を出て、両親も出かけたのを見計らってUターン。
もちろん、その予定は事前にチェック済み。
まあ、お出かけじゃなければ今日は補習はお休みなの、って言うつもりだったんだけどね。
ともかくいまは朝の9時、3時間もあれば余裕、余裕。
無事に仕上げてラッピング中の午後1時、玄関のベルが鳴った。
「はぁい」
ドアを開けるとそこには修君。
来てくれるのは嬉しいんだけど、まだ綺麗に包めてないのに。
うん、準備万端整ったら電話してどこかで待ち合わせようと思っていたのね。
でも、それでも会えて嬉しい。以心伝心?
「あれ、修君?よかった、ちょうど会いに行こうって思ってたんだけど。
でも、どうかしたの?わざわざ来てくれるなんて。」
修君はしばらく返事をしないでまじまじとあたしの顔を見て、
それからふうっと息を抜いた。
「風邪とか、体調悪いって訳じゃないみたいだね?」
え?うん、もちろん。元気そのものよ。お茶入れるから、どうぞ上がって?
修君は少し迷ったみたいだったけど、ここで話すのもな、って呟いて靴を脱ぐ。
お部屋が片付いててよかった。リビングも悪くないけど、自分の部屋の方が気楽だもの。
「ご両親は?」
「今日は一日出かけてるの。夕方には帰ってくると思うけど」
修君は何だか困ったような顔をする。あれ?
ともかくあたしは紅茶を淹れて、できたばかりのアマンドショコラもお皿に飾ってお部屋に運ぶ。
「はい、修君、バレンタインのチョコレート」
大好きだよ、って言いたいんだけど言おうとすると恥ずかしい。
告白するときなら言えるけどさ。付き合ってると難しいって、変だよね?
「ありがとう」
修君はそれから二三秒ためらって。
で、それから「好きだよ」ってあたしの言えなかった一言を言ってくれた。えへへ。
ところが。
「でも、白河、これはすごく嬉しいんだけど、頂く前に話があるんだけど」
「え、修君、何?」
あたしは全然心当たりがなくって、何だろ、って修君の話を待つ。
修君はそんなあたしの様子に深呼吸をした。
「補習休んでたから、風邪でもこじらせたのかと心配して来てみたんだけど。
単にサボりだったってことだよね?もしかして、チョコレート作るため?」
「うん」
うん、そう。修君のため。だって、補習よりこっちの方がよっぽど大事だもの。
そうじゃない?
「そうじゃないでしょ。
確かに選択授業だけど、出るって決めたもの、サボるのは良くないって思わない?」
そ、そうかなあ?
あれ、何か、いやぁな雰囲気?
「さらに加えて、僕もみんなも、風邪かなぁって心配してたんだけど。
心配かけるって思わなかった?」
え、えっと?
「や、風邪引いたかなあって思ってくれるかなあとは思ったんだけど」
「うん、確かにそう思ったよ?それで、心配したんだけど?」
え〜っと。そ、それは、予想外かも。
「あ、あの。心配かけようって思ったわけじゃないよ?」
「当たり前でしょ。だけど、みんな心配したの。わかってる?」
え、ええと。やだ、修君、怒ってる?
「怒ってるよ?でも、白河が気にしなきゃいけないのはそういうことじゃないんじゃない?」
ふぇ?わ、わかんないよ。
だってさ、修君のためにしたことなのにさ、どうして修君が怒るの?
「わからない?困ったね。それじゃぁ、ひとつづつ教えてあげないといけないかな」
え?
修君は、紅茶を置いたテーブルから離れたところに椅子を動かした。
「おいで?」って言うから、よく分からずに傍に寄ったら、手首を掴まれて膝の上に倒されちゃった。
「え、え?何?」
「白河、小さいときにされたことない?いけないことをしたんだから、お仕置きだよ」
ぱちぃん!
スカートの上から、修君の案外大きな手が降ってきた。
「や、やだ!恥ずかしいよ!それに、痛ぁい!」
「だろうね、お仕置きだから。だから、早く気付いてほしいんだけど」
ぱしぃん!
「え、だから、何?やだぁ!」
「嫌なのは、わかってるよ。きょう君は何をしたの?」
「ふぇ?だから!チョコレート作ったよ?」
ぱしぃん!
「あのね、チョコ作ったからって怒られてるわけじゃないんだよ。
チョコ作った代わりに、何したの?何をしなかった?」
「え?えっと、補習さぼった」
ぱしぃん!
「そうだね。それっていいこと?悪いこと?」
「えぇ?そりゃ、良くはないけどぉ」
ぱしぃん!!
「うん、よくはないけど?けど、なぁに?」
「えっと、だから、だって、だって、修君の方が大事だもん!」
ぱしぃんん!
「あのね。それはありがたいんだけど、でも、ちょっと悲しいんだけど」
「え、何で?」
「何でだろう?そこが分からなかったから、白河は間違えたんだよね。
だからちょっと、考えてごらん。どうしてだと思う?」
「・・・・・」
だめ、全然わかんない。
「全然わかんないよ?」って言ったら、修君は「それじゃあ終わってあげられないね?」なんて物騒な言葉と平手をくれた。
ぱちぃぃん!
「や、そんなの、ひどぉい!」
「わかるまで付き合ってあげるから、ちゃんと真剣に考えなさい。
チョコレート、すごく嬉しかったけど。
そうだね、白河が補習さぼらずに、今日の午後作ってくれたチョコだったら、
僕はどっちが嬉しかったと思うかな?」
う。
「それは・・・そっちだと思うけど。でも、なんで?」
修君の声色に、笑いがこもった。
「よかった、正解してくれて嬉しいよ、っていうかほっとした。
次の問題は君の言うとおり、「でも何で?」ってことだよね。どうしてかな?どう思う?」
「え、だから、わかんないって・・・」
ぱちぃぃん!
「や、痛ぁ!」
「わかんなかったら、じゃあどうしてさっきは正しく答えられたの?
ちゃんと考えなさい、わかるから。
考えないなら手伝ってあげられないよ?このまま痛いお尻で泣いてなさい」
えええ?
ぱちぃぃん!
「や、やだぁ・・・ほんとに、痛いんだから!
ちゃんと、考えるからぁ!もう、意地悪ぅ」
ぱしぃぃん!
「白河、僕が意地悪で叩いてる、って思う?」
「え?ううん、ごめん、違う、そんなことない!・・・そんなことないけど」
うん、勢いで言っちゃったけどさ。そんなふうには思わない。
ぱちぃん!
痛いんだけどさ。すっごく恥ずかしいし、嫌なんだけど。
修君が意地悪で叩いてるわけじゃないってことは、何故だか分かる。
でも、それなら何でだろ。
ぱしぃぃん!
「ここは分かってくれてありがとう、って言うところかな。
そんなことない「けど」って、何だろうね?」
修君の声はあったかい。痛いんだけど。
とりあえず、さっきの言葉本気じゃないって言うのはわかってくれてるんだよね?
痛いのに温かい、声はまだ続いてる。
「白河、もう一歩進んで考えてよ。どうして僕が君を叩いてるのか、わかるかなぁ?」
ぱしぃぃん!
何でだろ。
わかって欲しいな、と修君はささやく。
何でだろ。恥ずかしくって痛くって、止めてほしいんだけど、でも。
このままじゃやめてくれないっていうのも何故だかわかる。
意地悪なんじゃ、ないんだよね。違うよね。
ぱしぃぃん!
あたしが、あたしが悪いことしたから、って、修君言ったっけ?
「え、でも、何で?」
「うん?」
「何であたしが悪いことしたからって、修君が怒るの?」
ぱしぃぃん!
「さあ、何でかな?」
ちょっと先に進んだね、って修君の声があたしを包んだ。
自分のしたことが間違ってた、そう言えるのは大事なことだよ、ってふんわりと。
だってさ、修君がそう言うから。
そりゃあ、まあ、自主休講がいいことだとは、自分でも思ってないわけだけど。
修君は、あたしにそれを教えるんだよね。でも、何で?
あたしが悪い子だったって、修君には関係ない・・・・・・のは、すっごく嫌かも。
ふぇぇん。
や、やだ。痛いのと違う、涙が出てきた。
どうしよう、止まらない。「関係ない」って修君が言ったわけじゃ全然ないのに。
あたしが自分で変なこと思っただけなのに。やだ、どんどん泣けてきちゃう。
「や、やだぁ・・・」
「ん?何が嫌なの?答えを見つけるまでお仕置きは終わらないって、もうわかってるよね?」
ふぇ〜ん。
それって。やだけどいい、っていうか、いいけど嫌だっていうか。
「やだぁ・・・、そうじゃ、なくて。関係ないのは、いや・・・」
そんなこと言っても、修君、きっとわかんないよね。
いま泣いてるのは痛いのが嫌なせいじゃなくって。ううん、それも嫌なんだけど、そうじゃない。
不思議なことにわけのわかんないあたしの呟き、修君はちゃんとわかったみたい。
温かい声が耳元に優しく響く。
「落ち着いて。関係ないなんて、思ったりしないから。
もう一度聞くから、考えて、答えて。
君が悪いことをしたからって、僕が怒るのは、どうして?」
ふぇぇん。何とか、涙を収めようとしながら、あたしは掠れた声を出す。
「うぇ・・・、か、関係なく、ないから・・・。わ、悪い子でごめんなさい・・」
「はい、よくできました」
修君はそう言って、あたしの身体を起こした。
痛かったね、って指先であたしの涙を拭って、頭を撫でてくれる。
「関係なくないからね。好きだよ、それに白河はいい子だよ?
だから、間違えてるのを見たら放っておけないの。僕のせいで間違えるんだったら悲しいよ?」
ふぇぇん。ごめんなさい・・・。
「みんなに心配かけるのも良くないよね?」
「・・・うん」
「いい子だ。もうしないね?」
頷いたあたしに、お約束してごらん、って修君は言う。
「ごめんなさい、もうさぼったりしないって、約束するから」
だから嫌いにならないでね、って囁いたあたしに修君は優しくて困った顔をした。
「嫌いになんか、ならないよ。
でもね、僕のためにいい子になるんじゃないんだよ?君はもともといい子でしょ」
え、でも。悪い子だったらやっぱり怒ってくれるんでしょ?
「まあ、そりゃ。・・・そうだけど。」
くすくす。修君の困り顔に、あたしは笑った。
ほんとは、修君の言いたいこと、わかったけどさ。これくらいの意地悪は、いいよねぇ?
ってあれ、あたしの方が意地悪なのかな。おかしいな、好きなのにね。
笑っていたら、こつんと頭を小突かれる。
「いつまで笑ってるの。誰かさんのせいでかなり遅くなっちゃったけど、
折角作ってくれたチョコレート、このまま食べさせてくれないのかな?」
「あ、ごめん!紅茶、冷めちゃったから淹れ直してくるね」
ありがとう、って微笑む修君に、結局あたしは敵わないんだよね。
熱い紅茶に、アマンドショコラ。
美味しい、って言ってもらって味見はしてるけどほっと一息。
やっぱり絶対、嬉しいよね?
「補習さぼって作った甲斐があったよ」なんて口を滑らせたら、
「何か言った?」って怖ぁい顔して突っ込まれたり。
やあね、言葉のあやってやつじゃない。もうさぼったりなんかしない、から。
お尻は痛いけど、ふたりで楽しく午後のチョコ。Happy Valentine's Day♪
2009.2.15 up
修ちゃんってまだ呼んでない、修くんです。
帰りがけに修君は、男の子をそう簡単に自分の部屋に入れるんじゃないよと祥ちゃんに
釘を刺そうとしましたが、彼自身強く言えなかったので祥ちゃんはさっぱりわかってません。
あ、もちろん白河さんが祥ちゃんです。
ちなみに修君は、お母さんに挨拶してから帰りました。
お母さんの方がお父さんより先に帰ってきたのは幸いでした(笑)。
アマンドショコラは簡単です♪
そこだけなら日記です(*^。^*)。
ここでいう「補習」ってやつは、うちの高校では「課題講座」と呼んでいました。
塾の発達してない地方高校ではありがちなもの、だと思います・・・たぶん・・・。