降水確率100%?
ここんとこの天候不順はまったくもってわけわかんねえ。
そのせいで俺が弟の恨みを買うってのも納得いかねぇって。
とはいえいま降ってなくても10分後には大雨になってたって全然驚けないここ数日、
天気予報からも経験則からもどうしたって和希のご要望に応える訳にはいかねぇってことは明白だった。
「兄ちゃん、今日連れってってくれるって言ったじゃん!嘘つき!」
「んなこと言ったってしょうがないだろ、和希。
いつ大雨が降るかわかんねぇなんて天気予報で川遊びになんか連れて行けるかよ」
「だっていま雨降ってないじゃんか!約束したのに!」
「天気がよければ、って言っただろ?!とにかくダメだって、諦めな。
な、和、ゲームでもやらねぇ?」
「やだっ!絶対川に行く!兄ちゃんの馬鹿!」
俺は弟の機嫌をとってやるつもりでゲームをはじめたんだけどな。
ひとしきり喚いてそして静かになった弟が、そのうち寄ってくるかと思ったら全然その気配はない。
「和希?」
しん、と家は静まりかえってあいつは部屋で拗ねているに違いなかっ・・・・・え、おい、まさか。
「おい、和希?」
大声を張り上げる。返事はない。
慌ててゲーム機を放っぽり出して弟の部屋を見に行く。
やられた!部屋はもぬけの空だった。靴もない、鍵は開いてる、あの野郎、足音忍ばせて出て行きやがった。
「和希!」
ここで叫んでも無駄だ、無駄。わかっていても声が出る。
とにかく俺もばたばたとサンダルを突っ掛ける。
いつ雨になるかわかんねぇから傘だけは持った。
行きたがってた河原までは俺なら自転車で10分。
追いつくか?っつか追いつかねぇとかなりヤバいだろ。
あいつの足なら15分は掛かるよな?や、かかってくれって希望なんだけどさ、これ。
雨が降り出さなきゃいいけどな。
ああもう、何でもっと早く気付かなかったんだ、俺。
つーかそこまで考えなしだとは思わなかったぞ、和希のヤロー。
どうにかあいつが川に着く前に、あるいは雨が降る前に、追いつかせてくれって。
なんて考えながら焦って自転車を漕いでると、やっぱり、きた。
大粒の水滴がみっつよっつ顔に腕に当たったかと思うと次の瞬間にはバケツをひっくり返したような雨。
俺はますます焦って自転車を飛ばす。
「和希!」
弟の姿が白い水煙の向こうに見えたとき、さすがに俺はほっとした。
正確に言えば、俺は和希に追いついたわけじゃなかったんだけどな。
目的地である河川敷を見下ろす堤防の上に、和希はずぶ濡れになってただ立ってた。
「あ、・・・・・兄ちゃん」
「あ、じゃねぇ!黙って抜け出しやがって!河原に下りて流されてたらどうするつもりだったんだ!」
すっげぇ安心したせいで、余計に怒鳴っちまう。
和希は身を竦めたけれど、何も言いやがらねぇ。
とにかくこのままここにいてもどうしようもない。
「帰るぞ」
何も言わない弟は、けれど黙って素直に付いて来た。
ふたりともびしょ濡れだ。そこで初めて傘を持ってきていたのを思い出す。
「ほら、差せ」
和希の傘は小さくて、頼りなげに軽い。
「兄ちゃんのは?」
あ?・・・あー、俺の傘なんて、完全に忘れてたな。
「忘れた」
言うと和希は傘を押し返してきた。っつっても俺だって、肩がはみ出るサイズのこの傘を差したりはできねぇよ。
それで和希に「差せよ」って繰り返すけど、あいつもそうはしない。
まあどうせ、ここまで濡れてるんだからあとは同じか。
結局俺たちはふたりともずぶ濡れで帰り着いた。
「わぁん、いたぃよ!」
帰って、そのまま風呂場に直行して。シャワーを浴び、湯船に浸かり、そして着替えて。
着替えたばかりのところを悪いが、俺は和希をひっ捕まえて、ズボンもパンツも下げてしまった。
ぱしぃぃん!!
ほんと思いっきり引っ叩く。
ぱしぃぃんん!
「い、痛いってば、兄ちゃん!」
「当ったり前だ!怒ってるんだからな!」
外は相変わらずの大雨。開いた窓からは和希の言葉をかき消すぐらいの雨音が聞こえる。
リビングではさっき放ったままのゲーム音がテレビから流れてる。
なかなかに騒がしい三重奏に負けないよう、俺も声を張り上げた。
「んとに、流されたらどうするつもりだったんだよ!」
ぱしぃぃん!
「・・・・・」
「今日は駄目だって言ったろ?!聞いてなかったわけじゃねぇよなぁ?」
ぱしぃぃん!ぱしぃぃん!
「・・・」
和希からの返事はない。まあ俺だって、返事が来ると思って言ってるわけじゃねぇし。
言わずにいられねぇから言ってるだけだ。
ぱしぃぃん!
とはいえ、な。
俺の質問ともいえねぇ質問に答えねぇのはともかくとしてさ。
和希、このまま何も言わねぇつもりなのか?
そいつはちょっと、どうよ、それ。
ぱしぃぃん!
「ったく、さんざ心配かけさせやがって!心臓止まるかと思っただろ!」
「・・・・・」
ぱしぃぃん!
「何か言うことねぇのかよ。あ?」
「・・・・・」
和希は、何も言わなかった。そして、泣いてもいなかった。
身体を起こして覗き込むと(睨みつけると、だったかも知れねぇけど)、くっと顔を背けた。
沈黙は重苦しくって、雨の音も、遠い。
「和、答えろよ」
俺の声も、低く響く。
和希は僅かに肩を縮ませて、それで、こっちを向こうとした。
まあ実際のところ、俺の顔を見て、ってよりは俺の膝に目を落として、ってのが精々だったけどな。
「・・・・・だって」
だって、何だよ?
またしばらくの沈黙のあと、俺が何も言わないのを知って和希はふてくされたように続けた。
「・・・だって、行きたかったんだもん!」
俺はあやうくソファーからずり落ちそうになったさ。
なんだ、そりゃ。
欠片も理由になってねぇじゃねぇか。
「はぁ?んなことは最初っから分かってるよ。ほかに何か言うことねぇの?」
言ってやったら、和希はどことなくきょとん、とした顔をした。
何でだ?
「兄ちゃん、・・・わかってたの?」
「あのなぁ!」
いいよ、もう。お仕置き続行だな。
「あ、や、やだ!」
ぱちぃん!
膝の上に和希を戻してしまうと、ぱちぃぃん!
平手と一緒に、喋る。
「お前の希望も分かってないって思われてたわけ?それすっごい心外なんだけど」
ぱちぃん!
「遊びたかったのなんて分かってるよ。まだ降ってもなかったもんな、行けるじゃんってお前が思ったのも分かるけど」
ぱちぃん!
「いつ降るかわかんねぇって言ったよな?最近の天気はほんと、読めねぇんだよ」
ぱちぃん!
「ってゆーか、ここで降ってなくても上で降ってたら増水するんだよ、川ってもんは」
ぱちぃぃん!
「急に水が出たら俺にだってどうにもなんねぇんだよ。
流されるかも知れねぇところに連れて行けるわけねぇだろ?」
ぱちぃん!
「ってかそーゆーことを言ったつもりだったんだけどな?単に意地悪されてるとか思ってたわけ?」
ぱちぃん!
ぱちぃん!
「で、行きたかったのは分かったけど、ってか分かってたけど」
ぱちぃん!
「ほかに何か言うことねぇの、和希?」
ぱちぃぃん!
ぱちぃん!
「・・・・・痛ぃ・・・」
ぱちぃぃん!
「ほぉう?それだけ?」
ぱちぃぃん!
「や、ちがうよ・・・」
ぱちぃん!
「それで?」
ぱちぃん!
「・・・いたぁ・・・や・・えっと・・・」
ぱちぃん!
「ふぇ・・・ごめんなさぁい!ごめんなさい、兄ちゃん!」
やれやれ。
「黙って出て行くなよ。結構ショックだったぞ?」
「・・・・・ごめんなさい・・・」
「心配したってのは、分かってるよな?」
「うん」
そこまで聞いて、俺はようやく和希に笑いかけてやることができた。
「ま、いいだろ。何事もなくてよかったよ」
すると和希は口を尖らせる。
「え〜、兄ちゃん、僕は無事じゃないんだけど」
お尻をさすろうとして、そして顔をしかめて慌てて手を離す。
俺はほんとに笑った。
まあしかし、今年の天気は異常だよな。
ちょっとばかり和希に同情した俺は、その機嫌を直すべくいい手はないかと首を捻った。
2008.9.13 up
さすがにもはや秋に突入、ゲリラ豪雨もひと段落のようですね。
次は台風ですか。雨は有り難いけどあんまりひどくならないといいなあ。
m/m 好きなんですけど難産ですね。お兄ちゃんは小6とか中1とかくらいです^_^;。
おやそういえば、名前が決まってないぞ?!(笑)
和くんは2年生くらいです。管理人は海遊びよりは川遊びな地域で育ってます♪