※ この短編は、実のところは小さな兄妹弟7の別バージョンです。
っていうか、こうなるはずだったのに向こうはどうしてもこうなってくれなかった、という品です。
同じ話じゃないかという突っ込みは大変尤もです、が、ご容赦ください。

両方を選ぶ

親に試験結果を見せるなんて、それが悪くない成績でも嬉しいもんじゃないと思う。ましてや。
結構どきどきしたし、見せたくなかった。でも、隠したところで隠し通せるもんでもねーから、平気な振りをしてる俺がいる。

「お前にしちゃぁよくねぇな。ケイ、何かあったのか?」

試験の結果表から目を上げた親父は、腑に落ちなさそうな心配そうな視線で俺を見た。
まあ、そうやって心配されるくらい、いただけない結果だってこと。
実際やばいって思ってた。怒られるだろうって。けど、いま親父は静かに言葉を紡いでる。声を荒げたり、俺を咎めたりはしていない。

それに俺はほっとしてもいいはずだったのに、なんか、すっげえ落ち着かなかった。

「や?何もないよ」
俺は、下を向いたりはしない。怒られてるわけじゃねぇし。
でも、親父と目を合わせられるかっていうと、それも難しいけどさ。
まあ、向こうがわざわざ視線を合わせてこない限り、俺が微妙にあさってを向いていることはばれないだろう。

「それなら、いいけどな。ま、また次頑張れよ」

それだけ?
親父の言葉は、それだけで。俺はそれにほっとしていいはずなんだ。
なのに。

ちょっと待て、俺。普通にしてなきゃ、親父に感づかれるって。
そうは思うのに、身体がうまく動かない。
親父が返してくれようとしたその成績表、俺は受け取ろうと手を出したんだけどそれをうまく引っ込められなくて。思わず親父の顔を見つめてしまった。

だから。
まずいだろ、それは。

「どうした?」
親父は問いかけた。そりゃ、そうだって。だから、早く普通に戻れよ、俺。
でも。

「何で怒んねぇわけ?」
聞いてみた。このまま話し続けたら、どんどん引き下がれなくなりそうでまずいけど。
止められなかったんだ、仕方ねぇ。

「何?」
親父は、首を傾げた。
「何言ってるんだ?成績が悪いってことで俺が怒ったことなんてねぇだろ?」

そうだっけ。
「そんなことねぇだろ。ガキんとき、むちゃくちゃ人のケツ叩きやがったくせに」
あれ、確か小4の漢字テスト。俺、そんなこと覚えてたんだな。びっくりだぜ。

「あぁ?・・・ああ。お前、懐かしいこと持ち出すな。
別に点数が悪いから叱ったわけじゃねぇよ。あんときも言ったろ?
やることやって取れなかったんなら仕方ねぇけど、って」

そんなこと、そういえば言ってたな。
あんときは担任とも仲悪くって、なんだかんだいろいろあって、こんなの楽勝だからあいつの宿題なんかやらねぇ、って啖呵きったんだったよな。

「慶太、叱られてぇのか?」
や、そういうわけじゃ。
・・って客観的にはそう見えるかな、やっぱり。
「やること、やったんだろ?」
聞かないでくれって。答えたくなんか、ない。

「・・・・」

「ケイ?」

言いたきゃ、言えって。言いたくなけりゃ、それでもいいって。
それ以上は聞かねぇって、親父ははっきり言った。

なんでそう突き放すかな。
ガキのときは、俺の言い訳なんか聞きやしなかったくせに。黙ってても無理に口割らせたくせにさ。
・・・あ〜。そーゆーこと思っちまうあたり、俺、いまでもガキだなぁ。

黙った俺を、言いたくない、あるいは言うことないのどっちかなんだと割り切って、親父はまた手元の本に目を落とした。薄情モン・・・って、思う自分が情けなくなるから、俺はどっちか結論を出さなきゃ。
何にも言わないか。言っちゃうか。

や、あの、・・・頑張ってない。って。

言うか言わないか。
・・・・・。
「・・・何て顔してるんだ、お前」

本読んでたんじゃねーのかよ。俺の顔なんか、見てなくていいだろ。
それは多分「言いたいことがあるのはわかってる」ってメッセージ。だけど親父はそれ以上を聞いてくれない。
言いたい以上に言いたくないのか。言いたくない以上に言いたいのか。
そんなん自分で決めろ、って。
あー、もう。

言いたい。言いたいのかな。
言いたくねぇのも絶対ホントなんだけど。だって叱られてぇ奴なんて、いるわけねぇじゃん。
やることやったのか、って、やってない。
やってねぇ理由はあるけど、やってねぇことには違いない。
それを言いたいのか。言いたくねぇのか。

「あのさ・・・」
わかんねぇのに何でか勝手に、俺の口は「理由」を話し始めてた。
なんか、すごく言い訳みたいに響いて嫌だった。

部活で、ちょっとばかり顧問とモメた。その成り行きで俺たちは練習時間を増やしたし、後輩の練習メニューも俺が作った。(さらに言えば、実は先月彼女ができた。女子部の副キャプテンで、バスケやってる割にはちっこくて、気が強くて可愛い。もちろんこれは親父には内緒。)結構毎日忙しい、っていうかあれこれ考えることもいっぱいで、まああんまり勉強には手を割いてない。

やっぱ理由にならねぇよなぁ。つーかカノジョに知られたくない成績っつーのも微妙だし。由佳は結構真面目なんだ。
・・・っと、何の話だっけ。

「で?」

親父の聞き方は、やっぱりそっけなかった。
「えーと、だから、あの、その」
「勉強なんかより部活のがよっぽど大事だって、言ってもいいんだぜ?」
・・・・・。
言ってもいい?ほんとに?

親父は面白そうに俺を見ていた。
何かからかわれてるみたいでムカツク。
言ってもいいって折角言ってくれてんだから、そう言ってやればいい。
俺のどこかはそう唆してるんだけど、そう簡単には頷けない。
親父がそれでいいって言ってるからそうするって、それはそれこそガキっぽくねぇ?

「はあぁ」
俺は大きく溜息をついた。そして顔を上げ、親父を見据えて話す。
「その気もないのに、けしかけんなよ。・・・俺が間違ってたと、思う」

ちゃんと頑張ってねぇことも。
自分で言い訳を用意しちゃってたことも。

「その気もねぇのにとは、御挨拶だな。
ま、でもお前が間違ってたって思うなら、そうなんだろ。来いよ、叱ってやるから」

や、叱られてぇわけじゃねぇんだけど。
一瞬ためらった隙に、親父は俺の手首を掴んじまった。

「叱られたいわけじゃねぇって」
一応言ってみる。そしたら、一笑に付された。
「そんなの当たり前だろうが。叱るってのは子供の希望通りにしてやるってことじゃねぇからな」
ごもっとも。・・・って、親父は俺の手をきゅっと引く。
えぇ?、ちょっと、叱られるにしたってその手段はねーだろ、親父!
この歳になってそれは、どうよ。
親父は構わずに、俺を膝の上に引き倒そうとする。

「や、ちょっと!ガキじゃあるまいし、それは、嫌だって!」
「だから子供の希望は聞かねぇっつったろ?
もうガキじゃねぇかも知れねぇけどな、俺の子供には違いねぇだろが」
はぁ?
その科白、突っ込みどころがよくわかんねぇ・・ってだから、嫌なんだって。
つっても、聞く耳持っちゃくれねぇことはまあ、分かり切っていた。

ぱちぃん!
裸の尻を親父の大きな手で打たれるのは、俺が幾つであろうと、痛い。
ちっくしょー。
内心はそう呟くけど、痛いと喚くのも止めてくれって暴れるのも、それこそガキっぽいからやりたくない。
ぱしぃん!
結局黙ってるしかねぇんだ。

ぱしぃん!ぱちんっ!

痛いって。そりゃ叱られる原因作ったのは俺だけど。でも、なぁ。
ぱしん!
「やらなきゃいけねぇこと、やらなかったんだろ?」
うん、まあ。

ぱちぃん!
「部活にどんなに一生懸命でも、勉強しなくていいって理屈はねぇよなぁ?」
ごもっとも。
そう。言い返せることがないから、黙ってるしかねぇんだよな。

ぱちん!
「お前が悪かったんだ、無理しないで泣いとけ?」
・・・。や、それは、それこそ無理。
そんなこっぱずかしいこと、できるかよ。
意地でも泣かねぇったら。

ぱしん!ぱしぃん!
痛ってぇ。
俺と背丈はもうほとんど変わらねぇのに、親父の手はすっごくでかいような気がする。

「確かにお前、バスケ頑張ってるよな。毎朝早ぇし」
ぱしぃん!
つ・・・。あんた、何の話を始めんだよ、この状況で。
褒めてくれんだったらもうちょい別のときにして貰いてぇんだけど?
ぱちん!
「それは大したもんだって俺は思ってる。覚えとけ?」
ぱしぃん!

・・・だったら、これ止めてくれよ。そう思う、それはホント。
だけど言えない。それは交換条件にならないんだ。
ぱしぃん!
痛みの中で、何度もそれを確認させられる。
交換できるようなことなら、こんなふうに叱られたりはしねぇだろ。俺の胸だって、痛くない。

ぱしん!
そう。痛いのは尻だけじゃ、ねぇんだよな。

「わざわざ持ち上げてくれなくていいさ。それって関係ねぇから」
ぱちん!
確認したことを、言ってみる。実際、気恥ずかしくてやってらんねぇから、そういうことは黙っててほしい。特にこう、叱られてるときにはさ。
「関係ねぇから、褒めてんだよ。関係あったら、褒められやしねぇだろ?」
さくっとお答え。あー、そーかも。

ぱちぃん!
「ま、関係ねぇって身に染みてんなら次は頑張れよ。
ホントに頑張ってるモンを言い訳の道具にするのも勿体ねぇだろうが」
うん。

ぱしん!
「返事は?」
う。
「・・・・。わかってるよ。バスケも勉強も、どっちもやるべきことはやる」

それから由佳と遊びに行くのも(笑)。
バスケも含めて、やるべきことっつーよりか、やりたいことだし。
親父は俺を解放した。


いつもなら、話はこれで全部終わりだ。
ガキのころならいざ知らず、いまお仕置きの後に抱いて慰めて貰いてぇとは思わねぇしな。
・・・。
と、例にないことに、部屋を出て行こうとしていた俺を親父殿はついと呼び止めた。

「でもな、慶太」
何だ?
しかも「でも」って、珍しい。一瞬前まで人の尻叩いときながら、言うことひっくり返すのか?・・・それってかなり、ありえねぇけど。

「これも覚えとけ。いつか選ばなきゃなんねぇってときがくる」
は?
あのー、何ゆってんのか全然わかんねぇんだけど?
「どっちかを選ぶってのは、片方を捨てるってことだ」
え?
バスケの話じゃ、ねぇよな。

親父の声は、痛いくらいに静か。俺はなんて返事をしたらいいかわからねぇ。
「・・・わかんねぇよ」
ようやく絞り出した声に、親父は頷いた。
「まだわからなくていい、そのほうが幸せだ。でも忘れるな。そして、そのときには自分で選べ」

親父は、俺の返事を求めなかった。
でも、だからなんとなくわかった。
俺はまだ選ばなくていい。どれも捨てたりしねぇ。・・・そしてそうできるうちはそうしとけ、って親父は言ってるんだ。

「覚えてられたら、覚えとくよ」
「ああ」

まだそれでいい。
それが幸せなのかどうか、俺にはよくはわからねぇけど。
わかんねぇから覚えとこうと、そう思った。

2008.01.26 up
ふたたびどれともくっついてない、短編です。
冒頭申し上げましたとおり、別のお話のバージョン違い、派生品なんですけどね。
似てないと仰ってくださればそれまたそれで嬉しいのですが、
書いてる意識は同じところ。まあでもこちらはお勉強の話じゃないんですけど(^^ゞ。
ひとまず書き上げてすっきりです。そろそろ薔薇姫ちゃんを進めたいところです。

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