M/fのリクエスト、叔父/姪です。
もっと小さい子とか、もっと大きい子とか、ううむ、どの線がよかったでしょうかね。
依頼主さまのご希望に添えているかは不安ですが、謹んでいつもいらしてくださるお客様に捧げます。
銀の食卓
「いただきま〜す」
とある休日のお夕飯。
献立は、アジの塩焼きにさやいんげんの胡麻和え、牛肉の佃煮に茶わん蒸し。
母さん、久しぶりに一志おじさんが遊びに来たからちょっとがんばったんだなあって思いつつ、
食べ始めたんだけど。
茶わん蒸しの中に見つけた物体に、私は顔をしかめた。
「母さん・・・。この茶わん蒸し、ぎんなん入ってる。私が嫌いなの、知ってるくせに」
「あら、裕子だめだったっけ?うっかりしてたわ。ごめんね」
私は、ゆでたぎんなんは苦手なんだ。茶わん蒸しでも、お吸い物でも。
炒ったり揚げたりすればおいしいんだから、どうしてわざわざまずく食べなきゃいけないの、って思う。
だいたい、そもそもいまは秋じゃないよ?一体全体、なんでこれがこんなところに。
で、母さんが私のお椀から銀杏を引き取ってくれようとしたのに。なぜかうるさい横やりが入った。
「ちょっと姉さん、そこで謝っちゃダメでしょ。裕子さんも、出されたものは食べなきゃ」
「えぇ〜?母さんがいいって言うんだから、いいじゃない。放っといてよ、おじさん」
「だからおじさんじゃなくて一志さんと呼べって言ってるのに、ってそれはともかく。
せっかくお母さんが作ってくれたんだろ?好き嫌い言わずに食べないと」
せっかく、って言ったって、たぶん今日の母さんはおじさんのために作ってるっていうのに。
「おじさんはぎんなんが好きなんだからいいかもしれないけど」
ふと思いついてそう言ってみる。
「俺は確かに好きだけど、そういうことじゃなくて」
やっぱり!
茶わん蒸しにこんなの入ってるの、一志おじさんのせいなんじゃん。
「一つだけでも食べてみなよ。食べずに嫌いだとか言わずに」
「食べなくたってわかってるもん。わざわざまずい料理にしなくたっていいのに」
「作ってくれた人を否定するようなこと言うんじゃないよ」
「だって嫌いなんだもん!やだ、もうご飯いらない!」
あんまりおじさんがうるさいから(意地でも一志さんってなんか呼んだりしないから!)、
思わず大声を出しちゃって。
母さんも弟もそわそわしてるのわかっちゃったけど、もう引っ込みがつかない。
「裕子さん、やめな」
一志おじさんは別に大声じゃなかった。それが、余計に心を揺らす。
その場にいるのいたたまれなくなって、私は自分の部屋に逃げ出した。
***
ああもう、バカバカ。逃げ出したっていいことないのに。
全部おじさんのせいなんだけど。でも、食卓静まり返っちゃったな・・・。
茶わん蒸しのぎんなんは嫌い。食べたくないけど、でもほんとは、1個ぐらい食べるのなんかなんてことない。
苦い薬を飲むのと一緒だと思えばいい。
ご飯が食べられなくなるより、食卓が気まずくなるより、その方がいい。
だけどおじさんに言われたら、絶対そうしたくないじゃない。だってすごく、くやしいんだもの。
あ〜。
気まずい食卓を解消するには、戻って謝るべきなんだって。
それはわかっていても、それができるほど私はいい子じゃなかった。
そもそも、いい子だったらこんな事態になってないよね。
ちぇっ、もう。茶わん蒸しは好きなのに。
アジの塩焼きも、いんげんの胡麻和えも好きなのに。
牛肉の佃煮は明日まで残ってると思うけど・・・あーあ。
母さんに文句言いたいわけじゃなかったのに・・・それは言えないか、確かにちょっと、おじさんのことがなくても言い過ぎたかも。
・・・。
自己嫌悪。
だからしばらくして、「裕子さん、入るよ?」って一志おじさんの声がしたときには、
ちょっとだけだけどほっとした。それはそれでやっぱりくやしいけど、でも。
「うん・・・」
声が少しかすれる。一志おじさんには、聞こえただろうか。
入ってきたおじさんの顔は、見られなかった。
「裕子さん、ご飯食べるだろ?」
・・・うん。
頷いた、けど、声は出ない。一志おじさんは俯いたままの私の髪をぐちゃぐちゃに撫でた。
「やだ、やめてよ・・・」
どうしてこんなことだけは、声になるんだろう。
一志さんは手を放し、ますます俯いた私の横に座って深く息をついた。
「意地にさせるような言い方しかできなくて、ごめんな」
そんなこと、謝られるようなことじゃない。
だけど、謝れるなんてすごいなってほんとは思う。
そしてそれって、私も謝らなきゃいけないっていうことでもある、けど。
「一つだけなら、食べられるだろ?」
・・・うん。・・・。
頷こう、と思うのに、うまくいかなかった。
固まる私の反応を、一志おじさんは少し待ってくれたんだけど。
「裕子さん、」
この声は、顔を上げてみ、って言ってないけど言ってる静かな声。
わかるのに、意地張ってても仕方がないのに。
ぽとり、と涙がこぼれる。
ごそ、と一志さんが動く気配がして、隣からいなくなったと思ったら。
不意にその大きな手が、私の両頬を包み込んだ。
ちょっとだけ顔が持ち上げられて、そしたら一志さんはしゃがんで私を覗き込んでた。
あ、やだ・・・。
「・・・・・。」
目が合うと、やっぱり泣けてくる。
いま、たぶん一志おじさんは怒ってはいない。けど、譲ってくれてもいない。
「ちゃんと食べる、って、ゆってみ?」
そりゃ、譲らない方がまっとうなんだけど。
「・・・・・。」
ふうっと、一志さんは息を吐いて隣に戻ってきた。
「言いたそうに、見えるけどな。まあいいや、言えないんだったらお仕置きだ」
え?
「や、ちょ、ちょっと?!」
言葉と同時に一志さんは私の手を引いて、引っ張られた私はおじさんの胸に倒れこんだ。
と、そのまま倒れた体がおじさんの大きい手でお膝の上に固定される。
「え、やだやだ、これって」
「お、裕子さん、わかった?食べるものにわがまま言う子は、お仕置きだよ」
「や、やだっ!」
おじさんは私のスカートを捲り上げ、それどころか下着にまで手をかけた。
「嘘でしょ?やだっ、おじさん、そんなのなし!」
「嘘じゃないよ。悪い子のお尻には、痛い薬が効くから、さ」
ぱちぃん!
「いたぁい!」
一志おじさんの手は、知ってたよりずっと大きくて。
そんな手で力いっぱい叩かれたら、悲鳴を上げるしかない。
「痛いよな。で、どうして痛くされてるんだ?」
「・・・・・。」
それは確かに、私のせいなんだけど。ぱちぃん!
「や、やだ、もう」
ぱちぃん!
「嫌だろうけど。でも、もうちょい我慢しな」
ぱちぃん!
ぱちぃん!
「頑張れよ、裕子さんはいい子だよ?」
ぱちぃん!
一志さんの言ってることって、めちゃくちゃ。悪い子だからお仕置きって、そう言ったばかりなのに。
・・・そう思うのに、そう言いたいのに、言えない。
ぱちぃん!ぱちぃん!
「痛いよ・・」
それ以外言えないのは、なんで、なんだろ。
ぱちぃん!
ぱちぃぃん!
すっごく痛い一発で、一志さんは手を止めた。
「・・・?」
戸惑う私に、一志おじさんがふふっと笑ったのがわかった。
「痛かったよな。もう、いいだろ」
なにがいいのか、全然わかんない。私まだ、ちゃんと食べるって言ってない。
「もう叩かないよ。で、裕子さん、何が言える?」
一志さんは、私の体を起こして隣に座らせる。大きくて熱いその手が、今度は私の涙を拭った。
「・・・え、ええっと・・・・・。」
「頑張れよ、裕子さんはいい子だよ?」
さっきと、まったく同じ言葉。言えてないのに。言え、ないのに。
・・・。
叩かない、って言われたことが、余計に私の胸をつついた。
「い、痛かったのに」「うん」「銀杏、きらいなのに」「うん」
「食べたくない、のに・・・」「うん」
言っちゃいけないようなことしか言えなくて、言うと余計に涙が零れる。
それをそっとまた、一志さんの指が拭う。
言いたくない、けど、言わなきゃいけない。
叩いて言わされた方がよかったのかも、そう思わなくもない。けど。
一志さんは優しい顔で待ってる。
「・・・・・。食べるよ。全部食べる!逃げ出してごめんなさい」
たっぷりの沈黙の後、途中からやけくそまじりのごめんなさいに、一志さんは私の目を見て頷いた。
「偉いぞ、裕子さんはいい子だよ?」
「別に、一志さんにそんなこと言われる筋合いない」
一志さんのために謝ったわけじゃないんだから。
そう言ったのに、なぜか相手はご機嫌な表情でにやりと笑って。
「?」
「ついに名前で呼んでくれたじゃん。裕子さんっていい子だな〜」
しまった!
「今のなし!おじさんなんて、大っ嫌いなんだから」
「はいはい、そーだよなぁ」
ぜんぜん堪えてない・・・。いやまあ、ほんとに凹まれたら私が困っちゃうんだけど。
「ほらもう、おじさんだってご飯まだなんでしょ?私、先に戻るからね!」
「あ、裕子さん、待ってよ。・・・つれないなぁ」
待てと言われて待つ人なんて、いないよね。
食卓で母さんたちに「ごめんなさい」と呟くと、母さんはごめんねって目で苦笑い。
弟は素知らぬ顔で麦茶を飲んでた。
椅子の上にはいつの間にかクッションが置かれてて、私は何も言わずにそおっと座る。
そうしている間におじさんも戻ってきて、二人してあらためて「いただきます」なんだけど。
あれ?
「母さん・・・ゆでたぎんなんを炒ったからって炒りぎんなんにはならないよ・・・」
「そりゃそうだけど、この方が少しましかしら、と思ってね」
「ってか過保護だよ、ったく何のための騒ぎだったんだか」
「おじさんは黙ってて」
「あーはい、失礼しました・・・って、だからおじさんってゆーなって!」
目の前のお皿に一つ転がった銀杏を、最初にぱくっと飲み込んで。
微妙な味だけど、母さんがこれ一個だけ炒ってるところを思うとおかしい。
電子レンジで温め直してもらった茶わん蒸しは、それ以上の銀杏に出くわすこともなく普通においしかった。
「ごちそうさま、おいしかった」
「お粗末さまでした。おいしかったならよかったわ」
いんげんの胡麻和えも牛肉の佃煮も。アジの塩焼きが焼き立てでないのは、まさに自業自得だし。・・・あ。
「おじさん、お魚冷めちゃってごめんね」
「え?あ、あー。でも旨いよ。ありがとな、裕子さん、あ、姉さん」
「あらまあ、作った方はついでですか?」
「あ、いや、そーゆーわけじゃ、、って、ちょっと姉さん、わかってるくせに。
もう、裕子さん助けてよ」
母さんと一志おじさんが掛け合いをはじめて、私と弟は笑う。
何があっても、最後にご飯がおいしいんだったら、幸せだよね。
2013.07.07 up
家の冷蔵庫には、秋に実家から送ってきた銀杏がまだ残っています・・・。
引っ越し前にはまだ食べられる状態だったんだけど(←殻つきです。)
引っ越し前に全部食べきらなかったからな・・・まだ大丈夫かな・・・・・?
早く食べねば。
そしてすべてを炒って(あるいは揚げて)食べるつもりです!
ところで、お子様が銀杏をあんまり食べすぎるのは、むしろそっちの方がよくないですね(^^ゞ。
銀杏は、古くから咳、喀痰、気管支喘息などに効果があるとされておりますが、
子供が大量に食べると痙攣、意識障害等を起こす可能性があるそうです。
・・・子供のころから「食べすぎはいけない」と言われつつ家族みんなでぱくぱく食べていたというこの矛盾(^^ゞ。
薬効があるからじゃなくて、単に好きだからです。茹でたのは苦手だけど(笑)。
弟君は洋平くんといいます。お父さんは・・・いつも遅い、のかな?