イベント企画も兼ねてくださったのかな、このお題♪
イベント企画とは別の組み合わせで、三咲さんです。
夕焼けの電車
ある休日、家へと帰る電車に揺られていたら。
同じ車両の1ブロック向こうに双葉がいた。
窓の向こうの夕日を眺めながらも、やっぱりいると分かればつい視線は妹に向いてしまう。
真っ赤な夕焼けを背に、双葉は友達と話し込んでいた。
声は聞こえないけど楽しそうだな。
微笑ましく見ていたんだけど、ふとその友達の視線が双葉じゃないところに向いた。
あ。
座っている二人の斜め前に、初老、と言っていいだろう年配の男性。
友達はその人を気にしたようだ。
そうだね、席を譲るべきって感じの方だよね。
一度気になってしまえばもう落ち着かないのだろう、その子は男性と双葉に交互に目を遣る。
双葉の方は気が付かない。
もう少し近ければ、声をかけてやれるんだけど。
それには遠いし、車内を移動するにはちょっと混んでる。
友達の子は、確か双葉いわくの「ゆきちゃん」だ。
双葉、気づいてやれよ。そう思うのが半分。
双葉に言うなり、自分で譲るなり、頑張れゆきちゃん、って思うのが半分。
やきもきしながら見てたんだけど、時間切れで電車は僕らの町に着いた。
僕も降りるし、もちろん、彼女たちも降りる。
二人分空いた席の片方には、その男性が座ったようだった。
さて。
「お帰り、双葉。雪菜ちゃんだったよね、こんにちは」
「あ、三咲兄。一緒の電車だったんだ」
「そうだね。電車の中で二人を見てたよ」
「え、そうなの?」
「まあね」
何をどうやって話せばいいか、自分でもまだ分かっていなかった。
だけど、うちの妹のことだけじゃなくて、黙っていた方がいいとは思わなかったから。
「こんにちは」
はにかんで挨拶を返してくれる雪菜ちゃんは、僕の知る限り優しい子だ。
双葉よりはすこしおとなしい感じで、でも。
「二人とも、ちょっと話があるんだけど」
「え、なに?」
心当たりないよ、って気持ちを表している双葉の即答。
雪菜ちゃんは黙ったままためらいがちに僕を見上げた。
いい子だね、僕の言いたいこと気づいた?
不安にさせたいわけじゃないから、ちょっと笑いかけて。
よく双葉にやるように、思わずぽん、と頭に手をやってしまったのはやりすぎだったかも。
いつもより低いその位置の新鮮な感覚に、もちろん双葉とは違うって当たり前なことを思って。
雪菜ちゃんはちょっと驚いたように僕を見つめて、そしてはにかんだ。
「え、あれ、ゆきちゃん、何の話かわかるの?・・・くしゅん!」
うん、双葉、君はだいたいは勘のいい子だよ、ね。
「ここで話して風邪ひかせるのも困るし、すこし時間ある?雪菜ちゃん」
そんなに長い話にする気もないけど、立ち話では終わらないかな。
「はい」
彼女は小さく、でもはっきりと返事をした。
***
場所は移って、僕らの家の、暖かいリビング。
彼女も初めてではないはずだけど、最近は家に来ると双葉の部屋ってことの方がたぶん多いだろう。
「座ってて、いまお茶淹れるから。紅茶でいい?」
「や、三咲兄、あたしがやるよ?」
「ありがとう、でも雪菜ちゃんと話しといで。僕と二人にされたら彼女も気の毒でしょ」
「う、確かに・・・。ごめん、三咲兄。ありがとう」
そんな会話をしながら思う。僕はやっぱり妹が可愛い。
でもそれは、妹だけが可愛いってことじゃないよね。
ティーバックの紅茶に、母さんが常備してるクッキーなんかを合わせてリビングに戻る。
「ゆきちゃん、ごめんね?うちのお兄がいきなり」
そんな話を双葉はしてて、雪菜ちゃんは部屋に入った僕に目をやって、困ったように微笑んだ。
「お待たせ、どうぞ?」
ダージリンの香りに温かい湯気。双葉はさっくり切り替えて、置いたばかりのカップに手を伸ばす。
「お兄、ありがと」
「ありがとうございます」
僕も双葉も口をつけたのを見て、雪菜ちゃんもひとくち紅茶を啜った。
ひとくち、そしてふうっと息をついて。
雪菜ちゃんはカップを置いて、僕を見つめる。
だから僕もカップを置いた。
「雪菜ちゃんは僕の話の予想がつくかな」
「・・・はい、たぶん」
まっすぐな、混じったもののない返事。
偉いなって思う、頑張れって。見つめて気持ちが伝わるといいと思いながら。
「言ってみて、言えるから。
そして言えた自分を覚えてて」
「・・・・・。」
どう言っても、受け取る側としては叱られたって思うだろう。
ほんとは怖がってほしくはない、この状況では無茶な望みだろうけど。
まあね、いくら友達の家だって、こんなふうに連れて来られては落ち着かないよね。
嬉しい話でないことも確か、中身の予想がつけばなおさら。
・・・わかってて、それでも連れてきたんだ。
叱りたいわけじゃない。だからどれだったら伝わるかと言葉を探す。
「気付いてない双葉に、教えてやって。
双葉より余計に、責めてるわけじゃないよ。双葉より余計に、褒めてもいないけど」
「えぇと・・・?」
でも僕の言葉は、彼女を戸惑わせたようだった。
視線がちょっとさまよって、それから僕に戻る。そして。
「・・・でも、私の方が悪くて」
雪菜ちゃんはそう零して、双葉が問う言葉で異議を唱えた。
「え?なに?どうして?」
「・・・さっき、席を譲らなきゃって思うおじいさんがいたの。・・・その話、ですよね。
ごめんなさい」
双葉が尋ねたからか、そうでなくても話せただろうか。
「え、そんな人いた?・・・ごめん、ゆきちゃん。一人で悩ませて。
っていうかむしろあたしの方が悪いじゃん、気づいてもいなかったんだから」
仲がいいよね、君たち。・・・知ってたけど。
「うん、その話。
でもさっきも言ったけど、どっちかを余計に責めてるわけじゃないよ。
そもそも他人に責められるようなことじゃない。
やらなかったからって叱られるようなこととは、違うでしょ?」
「そうかもしれないけど、でも、譲らなきゃいけなかったんでしょ?
三咲兄だってそう思ったから、あたし達にこんな話をしてるんじゃない」
反論は、双葉から返ってきた。まあね、そうなんだけどさ。
双葉の反論はもっともなんだけど、でも伝えたいことはそうじゃない。何て言おうか。
「譲れたら良かったね、って思ってる。譲らなきゃいけなかったのかもしれない。
でもね、言いたいことはそこじゃないんだ。
・・・気づかなかった双葉ちゃん、その方に、あるいはその方を気にした雪菜ちゃんの様子に、
気付きたかったって思うかな」
「は?」
双葉は、いったい何を聞いてるの?って顔をした。何を当たり前なことを、って。
それでもちゃんと答えてくれて、すごく有難いんだけどさ。
「・・・そりゃあ、そう思うよ、ゆきちゃんだけ悩ませるなんて、嫌だし。
あたしが譲っても、ゆきちゃんが譲っても、どっちでもいいわけでしょ?
気づいたからって譲れたかどうかはわかんないけど・・・気づきたいかどうかだったら、気づきたい」
「よくできました、言いたかったのはそういうこと。
『どうしたかった?』って聞かれたら、こうしたかったって思えることがちゃんとあるよね、僕じゃなくて君たちに」
僕は二人に、笑いかける。
「さて、それで雪菜ちゃん。『どうしたかった?』言ってみて」
「・・・ごめんなさい」
うーん、そうじゃなくて、頑張って。
双葉が、テーブルの下で雪菜ちゃんの手を握ったみたいだった。
「怒ってないよ、謝らなくてもいいんだよ。どうしたかった?頑張って、言ってみて」
うちのお兄、何しゃべっても意地悪に聞こえるから、ごめんね?
双葉が小声で口を挟んでるのは、さて、冗談なのかどうなんだろうね。
でも励ましてるんだってことはわかったからさ、聞き流しとくことにするけど。
「え、えっと。
・・・譲れたら良かった、・・・譲りたかった、です」
ぎゅうっと、双葉の手に力が入るのがわかった。
「言えたよ、それを覚えてて。
譲りたかった自分がいて、それを言えた自分がいる。
さっき双葉に言えなかったこと、いま、ちゃんと言えたから。次はきっとできるから」
こくんと頷いた雪菜ちゃんに、双葉が言葉を重ねる。
「あたしだってゆきちゃんだけに悩ませたりしないよ。ちゃんと気付く、気を配るから」
「だってさ」
「どっちかできれば、なんとかなる。
譲るまでできなくたって、言えればきっと助けてくれる。気づいてなかったら、助けてあげて?
お互いさまだよ。お互いに、できることがある。
一人なら一人で頑張ることだけど、二人なら二人で何とかすればいい」
一人の方が双葉を気にせず譲れたかもしれないけどね。
そう言うと雪菜ちゃんはふるふると首を振った。
***
温かい紅茶を淹れ直してひととき。
雪菜ちゃんを家に送ってから、双葉はぽつっと言った。
「たぶん、お兄が最後に言ったのが当たりなんだよね。
ゆきちゃん、あたしがいなかったら譲れたんだと思う」
僕は今度こそ遠慮なく、双葉の頭に手を伸ばし、わしゃわしゃっと撫でた。
それは、双葉の後悔で。気づかなかったってことだけじゃなくって。
普段も、気を遣わせてるのかなとか。雪菜ちゃんは双葉のどんな反応を予想したんだろうとか。
でも、考えてもわからないんだよね、そういうことは。
双葉だけのせいじゃない。もちろん、雪菜ちゃんだけのせいでもない。
どっちにしても、大事なのは次だから。
「雪菜ちゃんには、言わないんだよ?」
「当たり前だよ!」
ふたりで何ができるかを、ひとりとひとりがそれぞれ思う。
大丈夫、君たちは仲がいい。
ひとりとひとりがそれぞれお互いを思うのを僕は外から眺める、まるでさっきの電車のように。
あのとき空に広がっていた夕焼けは、息を呑むほど鮮やかだった。
2012.12.24 up
クリスマスイブにクリスマスとは何のかかわりもなく、双葉ちゃんと雪菜ちゃん。
スパがなくてごめんなさいというのもためらう題材ですが、でもごめんなさい(^^ゞ。
いやこの題材でも人によっては・・・でも三咲さんはしないなぁ。
なぜこの組み合わせでこの題材かって追及をすべきかもしれません(^_^;)
ネタを思ったのは朝の電車だったんですけどね。
というか・・・やっぱり譲っておくべきだったかなと思ったのは。
実際にはいろんな方がいらして毎回悩ましいですよね、って、
悩ましいと思ったのなら声をかけなよ、というみんなの声がします・・・orz。ごめんなさい。
夕焼けの電車になったのはもちろん、あの有名な詩・・・もありますが、その後の展開のため(*^_^*)。
ついでに、喫茶店あたりで話させようかとも思ったのですが、だめだ、こんな話他人のいるところでできない(>_<)。
吉野弘「夕焼け」、学校でどう習ったかは忘れましたが、善意ではないものこそを描くあの詩は好きです。
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