ある暑い日の静けさ

「木槿、冷やしておいた林檎水、全部飲んでしまった?」
問い掛けの裏に抑えてはいるものの苛立ちが垣間見えたせいで、木槿はうっと答えに詰まった。何しろ冷たいものの飲み過ぎは程々にするよう言われたばかりだったし、それは独り占めするのが後ろめたいくらい美味しかったのだ。だからあっという間に飲み干してしまったわけではあるが。

「え、えっと。知らないよ」
思わず口から事実と違う言葉が零れて、木槿は余計にうろたえる。
藍葉もはっとしたように木槿を見つめ直し、二人は一瞬顔を見合わせた。
「あ、そうだ。用事があったの忘れてた」
木槿は慌てて目をそらし、そんな口実でその場を離れようとする。
藍葉は軽く唇を噛み、そして木槿を呼び止めた。
「木槿、待ちなさい」

普段よりも数段静かな、ひんやりとした口調。蝉の声さえ急に遠くなったよう。
言葉の裏の苛立ちは見えなくなったのに、その静けさが余計に怖い。部屋を出る寸前だった木槿も、これを無視して逃げ出すことはできなかった。

「何か言うことがありそうだけど」
足も、口も動かない木槿に、追い討ちがかかる。
動けなくなった以上、見逃されるとはとても思えない。これ以上黙りこくっていても仕方なかった。

「……ごめんなさい。さっき全部飲んじゃった」

観念して認めた木槿に、藍葉は深く息をついた。
「まったく…。飲んでしまったのはともかく、どうしてこんなことで嘘を?」
……。
怖かったから。言えば余計に叱られそうで、木槿は口ごもった。
「言えないようなことなら、最初からしなければいいでしょう。
自分のしたことを隠すために嘘をつくなんて」
もっともなお小言に木槿は肩を縮める。藍葉は続けた。

「大方、私が苛立っていて怖かったから、というところでしょうけど…」
その言葉に、木槿は目を見張って藍葉を見上げた。厳しい人だと思っていたから、そんなふうにこちらを慮ってくれるとは、意外だったのだ。

「でも、理由にはならない。こちらに来なさい」
藍葉の言い付けに、木槿は自分でもすこし驚いたくらい素直な気持ちで従った。理由にならないことは知っていたのだし、でも理由を分かってくれたのだ。
「はい…ごめんなさい…」

藍葉は木槿のお尻を剥き出しにする。ピシィッと高い音が響いた。
「数えなさい、十まで」
「ひ、ひとつ!」
ピシィッ!
「ふたつ!」
遠慮のない打撃が、木槿のお尻に打ち付けられる。痛い、って泣きたくなるのを数を叫ぶことでどうにか紛らわせ、手で庇いたくなるのも必死で我慢した。もう無理!って思ったとき、自分が「じゅう!」と叫んだことに気が付いた。

ぺたん、と床に座り込む。が、藍葉は木槿を解放してはくれなかった。
「まだ、だめ。どうして叱られたのか、分かっている?」
「う、嘘をついたから…」
さすがに、藍葉が厳しいからって冷たいものの飲み過ぎくらいでここまで叱られるとは思っていない。最初っから認めていれば、いろいろ言われはしただろうがきっと痛い思いはしないで済んだ。
それは分かるから立ちたくないって気持ちをねじ伏せてそして答える。

「そう、それに。自分のしたことに気がついてから、逃げようとしたでしょう」
言われてみれば、確かにそう。
「ほんとだ…」
自分のついた嘘を、そのまま押し通そうとする。
それはうっかり嘘をつくよりもっと、ひどいことなのかもしれなかった。

「嘘をつかれたのも、嘘をつかせたのも、悲しかった」
立った木槿に藍葉は目の高さを合わせ、静かに言う。
責められているのは自分なんだけど、だけど。
嘘をつかせた。
理由にならないってわかっている理由のために自らを省みる藍葉の言葉に、木槿は慌てた。
「や、ちが…!ひとのせいなんかにできない、自分が…」

藍葉はかすかに微笑んで、そっと木槿の服を直した。
丁寧な手つきに、木槿は半分ほっとして、残りの半分でこらえていた涙がひとつぶ零れた。

「ごめんなさい。悲しませたかったわけじゃない。
悲しませるって気付かなかったのも、ごめんなさい」

ちゃんと立って、藍葉の顔を見て、聞こえるように、伝わるように、そう願って言う。
これ以上の涙を零さないように。
怖かったからって気持ちを抜きにしても、相手を欺けば悲しませるに決まっている。
そんなつもりだったわけじゃないけど。
だけど、嘘をつくっていうのはそういうことだ。
藍葉はゆっくり頷いた。

「私のことはいいよ。でも、わかっているなら二度としないこと。いい?」
「はい。約束する、嘘なんかつかない」

答えた木槿に、藍葉は普段の口調に戻る。
「じゃあこの話は終わり。ところで、そんなに美味しかった?」
「とっても。残しとかなくてごめん」
二人は笑い、急にやかましく戻ってきた蝉の声に負けないくらい賑やかな声を振りまいた。


2010.08.13 07.18 up
お礼はキーさんカーさんの性別がどちらでもいけるようにっていうのが野望。
だからもちろん関係も謎。うまくいっているかはどうでしょう。
(お客様がカーさんキーさんそれぞれどちらの性を入れられたかも興味津々)

体勢も叩く手段も内緒です(笑)。できごとがしょうもない割には厳しいかな?
いやむしろ叩いてるシーン少なすぎでしょうか^_^;。
しかし、お腹を冷やしてもいけませんが水分補給は重要です。
冷た過ぎないものを少しづつ、でもたくさんお飲みくださいね。
塩分補給もお忘れなく。

いずれにしてもありがとうございました&お楽しみいただけたら幸いです。
これからもよろしくお願いします。

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